時影、近代魔術を語る 162 ベルリンソナタ
『宵待草』は、竹下夢二が1912年、雑誌『少女』に発表した詞をもとに作られた曲だ。
それを1917年 多忠亮さんがバイオリン曲として発表し人気を博すのだ。
「1917年…私たちのなろうデビューの100年前よ。
この曲は、その関係で少し調べたわ。」
作者は、物悲しいミズキの歌を聴きながら呟いた。
「そうでしたね。確か、女性の気持ちの歌だと思っていたのでしたね?」
「うん。これ、夢二の失恋ソングなんだよね。
でもさ、夢二のたおやかな女性の絵と共に、夜の女性のイメージで語られたんだよ。
ホント、馬鹿馬鹿しいわよ。
私なんて、子供の頃、この歌、歌うと止められたのよ。近所のオッサンに。
で、シリアスな顔で言うんだよ〜
『やめろ、それは夜の女の歌なんだ。』
だって…バカみたい。
少女雑誌に載った詞じゃん。夢二の失恋ソングじゃん。なんか、尊敬して損したわよ(●`ε´●)」
作者は昔を思い出して膨れていた。
「でも、女優 高峰三枝子さんのデビュー曲らしいですから、仕方ないのではありませんかね?」
私は肩をすくめた。
高峰三枝子さんは、歌う女優の先駆けなのだそうです。
「1931年に『モロッコ』がトーキーとして日本に上陸するから…新しい技術のマスコット的な存在だったとのかしらね、高峰三枝子さんは。
きっと、映画から歌う高峰さんの美しい姿が広がって、おっさん達は夢二の事を忘れたのね(^^;)」
作者は、そう言って苦笑した。
「どうでしょう?でも、トーキーの普及とレコードも増えてくるのでしょうし、当時のモノラル音源なら、女声の方が綺麗に聞こえたでしょうね。」
「うん。しかし、夢二の話まで出てくるとは思わなかったわ。
この詞は、夢二が千葉の犬吠埼の辺りで知り合った女性との淡い恋がベースになっているらしいわ。
二人は、結構、仲良くなったようだけれど、娘側の親がそれを心配して他の男と結婚させて、夢二は2度と会えなくなったらしいわ。
待ち続けても、もう、来ない相手を憂う気持ちをうたった詞よ。
しかし、女性からは迷惑よね?
結ばれる事もない男性に、永遠に愛を語られるなんて。
他の男性と結婚して、子供も出来たら、なおさらよ。」
作者は、眉をよせて嫌な顔をする。
「貴女なら、迷惑ですか?結ばれなかった相手に…世界に向けて愛を語られるのは。」
私は、『土用の夜は』で並べられたキャラを思って切なくなる。
例え、誰が醜いと言っても、せめて作者は、この人には嫌ってほしくはないのです。
歪んでいたとしても…人々の心に残り、語られる怪物を。
「( ̄〜 ̄;)どうかね…私は、書く側だから、被害者より、加害者になりそうで怖いわ。
それが、例え、私が痛い目にあって、辛かったエピソードでも、ネットで乗ったら、その流れを制御できないもの。イジメ役の相手に何か批判がいくのも怖いわ。
こちらは、乗り越えて笑い話として書いても、読んでいる人には、辛いかもしれないし、
相手に好意的に書いても、そう伝わるとは限らないもん。
あと、私が虐めるような話もね、内輪では楽しい思い出だとしても、読者の捉え方は違うかも知れないし。
夢二の相手の女性にしても、色々、噂されたり、あらぬ想像されたりしたろうしね。
怖いわ。」
作者は、何かの痛みを受けたように唇を歪めた。
「そうですね。気を付けないといけませんね。」
私は同意した。
「まあ…そうは言っても、間違いはあるだろうけど。
今のうちに色々書きながら、様子を見よう。
折角、底辺作家なんだもん。無名は、無名の利を利用しなきゃね。」
と、作者はメモ帳を取り出して話を続ける。
「ふふっ。なんかね、『宵待草』って、一番を夢二、二番を八十が書いたらしいわ。あまり、知られてないらしいけど。
ビックネーム二人の詞を見たら、私も、3番を作りたくなったわ。聞いてくれる?」
と、作者は短い詞を披露した。
咲けず萎れた待宵の
姿が悲しや月満ちる
踏めば泣き砂 夢のあと
「どう?いい感じでしょ?」
作者は楽しそうに私に聞いた。
「……。これ、もしかして『パラサイト』の事でしょうか?」
私は、作者に冷たい視線をむける。作者はばつが悪そうにわらう。
「ばれた?」
「バレたではありませんよ。咲かずに萎れて夢のあとって…、なに諦めてるのですか、まだまだ、31日までは日がありますよ。
完結のポッチを押して、妖精さんにお星さまを貰うんでしょ?」
「や、やめてよ…恥ずかしいなぁ。あのときは、少し疲れてたんだから。
わかったわよ…もう。頑張るわよ〜はぁ。」
作者は深いため息をついて、その勢いで立ち上がると、新鮮な空気を吸い込んで明るく笑った。
「そうね、頑張ってくるわ。夢二の話ももう少ししたいんだけど。」
二次小説でも、歌詞とか替え歌は駄目なのだそうですが、夢二も八十も詩人であり、作曲家でない事、七五調の短い詩である事を考えて、詩として3番として載せてみました。
ついでに、この詩は、宵待草のイメージですが、『パラサイト』が終わらない私の気持ちをうたったものです。