時影、近代魔術を語る 150 ベルリンソナタ
美しいミズキのテノールが叫びます。
永遠に結ばれる事のない人に恋をした悲しみを…
それは、途中で止まっている彼の物語を滲ませながら、静かに輝くブルタバ川の水面に溶けて行きました。
全く…残酷な事を…
私は眉間にシワを寄せながら、何やら必死に書き物をする作者を黙って見つめた。
歌劇『ウェルテル』は、ゲーテの代表作『若きウェルテルの悩み』を歌劇に作り直したもので、
親友の婚約者に恋をし、失恋の絶望の中でピストル自殺をしたウェルテルと言う青年の悲恋ものです。
今、ミズキが歌うのは、劇中のウェルテルの恋の独唱曲。
春風に、恋に目覚めた自分の苦悩を問いかけるのです。
曲事態は短いもので、ミズキが歌い終わると、作者はノートから顔を上げました。
「わりと意地悪なのですね?」
私は、少し皮肉を混ぜて作者に言いました。
ミズキもまた、逝ってしまった人間の女性を思いながら長い時を過ごす、哀れなAIなのです。
「そうね(-"-;)意地が悪いわよ。なんで、私がこの年で歌劇なんて調べなきゃいけないのよ〜(T-T)
ただ…森鴎外の『舞姫』の話をしたかっただけなのに。」
作者は頬を膨らませてもんくを言いました。
「そうですか?この歌劇『ウェルテル』の初演は1892年。つまり、森鴎外が帰った後に上演されたから、関係はありませんでしょ?
歌劇なら…他にも、前回、『カルメン』を調べていたではありませんか?」
私は自分の口調が少し厳しくなったのに気がついて、息を飲んだ。
私だって…貴女がいなくなったら……こんなアリアなんて歌いたくありませんよ。
そんな言葉が浮かんで、思わず目を閉じる。
「仕方ないでしょっ、ゲーテに繋げないと『ファウスト』に続かないし…
本当に、私、バカだよ…そうよ、万博に続く偽の漫画の巨匠の遺作をでっち上げるために、ファウストを調べたのに…なにしてるんだろうね(;O;)
まあ、さ、言いたいことはわかる。
でも、初演は確かに、1892年、森鴎外が帰国してからだよ?
でも、1880年から話は始まって、マスネが作曲を始めたのが1885年らしいのよ?その前の年にマスネは『マノン』と言うオペラを成功させているわ。」
「確かに、鴎外が留学した時期に合いますね。」
「うん。で、次に作り始めた『ウェルテル』は、諸事情で塩漬け状態になったらしいのよ。
飛ぶとりを落とすような忙しい西洋人よりも、少し落ち込んで焦り始めている人物の方が、無名の日本人の鴎外との接点がつきやすそうでしょ?
なんで、ゲーテなんて森鴎外が考えたかは知らないけど、西洋の文化や歌劇には刺激を受けたのは確かみたいだし、ここら辺は軽く堀混んでいたいのよ。」
作者は頭を掻いて、深いため息をついた。