時影、近代魔術を語る 140 森鴎外
暖かい日差しがこぼれるオープンカフェに『蘇州夜曲』が流れます。
作者が流しのバイオリン弾きにお願いしたのです。
『蘇州夜曲』は、映画『支那の夜』の劇中曲として作成されました。
作詞を担当したのは、西条八十。
現在でも、多くの歌手の方が歌う名曲です。
しかし、1940年と言う激しい歴史の流れのなかで、美しい物語と言うだけで生まれてくる事は叶いませんでした。
李香蘭。そう呼ばれた日本人の女性の人生を翻弄させながら、国同士の争いの策略に使われてしまったからです。
当時、いや、現在でも、スクリーンの世界に魅了され、その俳優たちに人は、好感をもつものですが、
それを旧日本政府が利用し、中国人の日本人への印象操作に利用したのです。
真実は…さずかに、作者も生まれていませんから、知るよしはありません。
ただ、彼女はこの曲と共に年配者にこう聞きました。
「美しい支那の娘が、日本の男性に恋をする。
日本の男性に憧れるように印象操作をするために映画を使った。」
これが真実かどうかは、私達には調べる術はありません。
が、敗戦した日本人に、アメリカへの好印象を植え付けるために、日本のテレビに西洋のドラマを流させた。なんて聞かされ、実際、昭和のテレビ番組では、アメリカのファミリーものやスパイ映画が流されて、皆が夢中になったのは知っています。
カーボーイもの
美しい西洋の時代劇
宇宙人やロボットが登場するSFX…
真実はどうあれ、確かに、私達はアメリカに憧れ、手本にし、夢を見たのでした。
「この曲を聞くと、思い出しますね。楽しかったウィーンでのお話を。」
私は「東欧」の枠でこの曲をピアノで弾いたことを思い出す。
「……そうね、ウィーン帝国華劇団は、面白かったわ…『魔法の呪文』書かないとね(T-T)
ここに来て、みんな、一斉に動くのやめて欲しいわ(>_<。)
とにかく、一作に集中して、小銭が欲しいのよっ(;O;)
こんな事をしていられないのはわかるんだけど…。」
「まあ…興奮しないで。少しづつ片付けて行きましょう。」
私は作者を励ました。
「ふふっ(T-T)大阪城に、上野公園に…桜が咲くわ。春が来るのよ…剛を連れて…私、結局0円だわ。
いっそ…宝くじでも買った方が、一枚でも300円の夢が買えるわね。」
作者は泣き言を呟き始める。
「300円では、モーニングも食べられないですよ。」
私は呆れる。10万字に近い作品は複数あるのです。
「本当に…行けるんかな(T-T)もう、色々と無理っぽいけど…。」
作者はため息をつく。
ちゃらんぽらんな剛さん
完結しない作品
終わらないコロナ。
確かに、絶望的ではありますが、諦めたらそこで終わりです。
「行けますよ。ほら、西遊記でも名言があったではありませんか。
『天竺は、近くに見えて遠く、遠くに見えて近い』と。絶望するほど遠くに感じていても、案外、ゴールは近いかもしれません。」 私はそう言って笑った。が、作者は笑わなかった。
そして、コーヒーを一杯おかわりをすると、バイオリン弾きにチップを渡して、もう一度、曲をリクエストした。
「聞きそびれたわ。今日は『蘇州夜曲』から始まる物語を話したいのよ。
プラハの少し甘めなコーヒーを共に。」
作者はそう言って穏やかに微笑んだ。
「この美しい曲に作詞をした西条八十先生。
周りが、どんな気持ちでこの詩を利用したかは知らないけれど、
それらの暗い噂があっても、今でもこの曲の美しさには変わりはないわ。
ゲッペルスのおかしな行動を考察するところから始まる、この物語。
確か…彼もナチスの思想誘導をしていた人物よね?
では…森鴎外はどうなのかしら?」
作者は甘いメロディーに合わせて私を見つめる。
「そうですね…確かに『舞姫』も、日本人男性とドイツの女性の悲恋もの。
当時、西洋人と接触の少なかった日本人にとって、西洋人との恋愛など、まして、西洋の女性と結婚前に恋仲になり、棄てる話など、想像も出来なかったでしょうからね。
結果として、思想誘導になったのかもしれませんね。」
「奇しくも、1980年代。日米関係の変化の時期に再び注目されると言うのも、なかなか、興味深いわよね。」
作者は、そう言って目をつぶった。
美しく、異国情緒を醸すこのメロディーに、遠巻きに人が集まってきました。
作者がからかうように私を見て、
「折角だから、プラハの人達にあなたの美声を聞かせてあげたら?」
なんて無茶ぶりをしてきました。
私は少し呆れました。
全く、気分で色々なスキルを付け加えてくるのですから。
拒否しようかとも考えましたが、それも無粋です。 私は指をならして、店の中からある人物を呼び出しました。
『エストレリータ』の主人公、AIのミズキです。 最近、出番が無かったので、たまには登場させてあげましょう。
ミズキは、コスプレ感をふんだんに含んだ燕尾服に身を包み、バイオリン弾きと共に、ギャラリーに挨拶をし、その美しいテノールで、旧市街の広場に遠い…昔の日本の歌を歌い始めました。
これは…春の終わりの水の国のうた。
東洋のヴェニスとうたわれた…美しい蘇州の切ない恋の物語。
プラハもまた、ヴルタヴァ川の流れと共に発展した…黄金のプラハと呼ばれた街です。
川の流れは、物を、人を…文化や恋を連れて流れて行きます。
それは、今でもかわりなく、この街を訪れる人達の胸をつくのです。