時影、近代魔術を語る 137 森鴎外
昼になりました。
少し暖かな日差しに誘われて我々は街に出掛けることにしました。
ホテルから一本街へと繰り出せば、そこからは全て世界遺産の建物がならんでいます。
「オドロオドロシイ事ばかりを考えていて、すっかり忘れていたけれど、
ここはチェコ…
チェコなのよっO(><;)
チェコって言ったら、バイオリンより、ビーズ!!
チェコビーズのお国じゃぁぁ無いのっ(;_;)
忘れていたわっ。
サックリと。
買えないまでも、ウインドショッピングを楽しまなきゃねっ。」
ふんっ。とばかりに息も荒く作者は早足で街へと繰り出して行きます。
路面電車がすぐ横を走り、ノスタルジックな風景に、異色な雰囲気の私の作者。
つまづく前に捕まえないと行けませんね。
私は急いで駆け寄ると、作者と軽く腕を組み、驚く彼女に笑顔を向けました。
「なっ…」
「中央広場に行きたいのですよね?道、わかりますか?」
「うっ……知らないわ…。知ってる…かもだけど、やっぱり、ナビしてください。」
作者は言葉とは裏腹に、少し不満そうな顔でそう言った。
私は、大人しくなった作者に笑いかけながら、コバルトブルーに輝く異国の空を見つめる。
「なんか…凄いわよね(@_@)どこかのテーマパークに迷い混んだような街並み…。なんか、バイオリンの音とか聞こえてくるし、さ。リスト?
ああ…あれはっ、まさしくリスト(;_;)『愛の夢』
胸がいたくなるわね。」
作者はそう言って渋い顔をする。
「暖かい…涙のような音色。」
私は昔、作者がこの曲の感想で言った言葉を思い出す。
リストは、カロリーネとの秘密の恋をワイマールで昇華し、晩年はその思いでと共に生涯をワイマールで終わらせる。
私と作者は…どこへと流れ着くのでしょうか?
ふと、そんな事を思って組んだ腕に力が入る。
「イテッ☆」
作者が思わず呟いて、反射的に腕を放した。
「すいません。」
「いや、良いから。そんなことはっ。それより、あそこの露店、ビーズを作ってるみたいよ。
凄いわっ。いこうっ。」作者はそう言って弾かれたように露店に走って行きました。
本当に…
複雑な気持ちのまま放られた私は、ゆっくりと歩きながら気持ちを鎮めて行きます。
チェコ…、この国名を日本で感じる機会は少ない作者ではありますが、
元々は、壊れたネックレスを貰って分解をして、新しく指輪やらネックレスを作ったりしてフリマを楽しんでいた作者は、小説より、アクセサリーを作る方が好きなのです。
事実、ファンタジーを描きたい動機も、
ゴテゴテと作り込んだネックレスなんて、普通は売れないけれど、小説の登場人物の物なら、買ってくれるかもしれないとか、妄想したからでした。
そんな彼女が憧れるビーズパーツが、
スワロフスキービーズと
チェコビーズ。
これらは、地元の手芸店でも買い求めることが出来る、ちょっと楽しい贅沢品でありました。
チェコビーズ。
ビーズの形体として使われることもありますが、
ボヘミアングラスとして有名です。
プラハのガラス工芸の歴史は古く、12、13世紀まで遡れるのです。
初めは教会のステンドグラスの様なものが主流で、後にカール4世がこの地を東欧の文化の中心地として整備し、栄えたこともあり、ベネチアからガラス職人がボヘミアへ移住、よりエレガントなガラス細工へと進化して行くのです。
「いいわね…チェコビーズ。
見ているだけで、創作意欲が沸くわ…
この美しいビーズでカール4世に献上する首飾りなんかを可愛らしい少女と作ったりする話を書きたいわ(;_;)
少女小説は鬼門なんだけどね(^-^;」
作者は、私の方へと戻りながらぼやく。
「そうですね。まあ、ゆっくりと始めましょう。」
私は、作者を慰めながら中央広場に向かって歩き始めた。
「うん。まあ…なんか、また、複雑化するようなネタを拾っちゃったけどね(;_;)
ボヘミアングラスにベネチアのガラス職人が関係あるとすると、
『魔法の呪文』のメアリーの仮面を売り付けたベネチア人のイメージも変わってくるわ。
プラハの赤毛の錬金術師との関係も分からなくなってくるわ。
本当に、どこへ流れるんだろうね、この話。
まあ、これも混乱するけど……森鴎外よ(;_;)
森鴎外が、ここで色んな話に干渉してくるなんて考えもしなかったわ。
森鴎外。
国語の教科書でサラリと紹介される、文豪と呼ばれる昔の人…それだけだと思っていたわ。
でもっ、この人が明治時代にドイツに留学が出来たのは、文学のためではなく、医者…近代的な公衆衛生を学ぶためだったのよ……(;_;)
軽い気持ちで調べたわ。
『ベルリンソナタ』を作るために、手塚先生モデルの漫画家を作る必要があったし、共通点は気がついたら拾っておきたかったのよ。
文豪で医術を学ぶ鴎外。ファウストを翻訳した。
漫画家で医学を学んだ治虫。
ファウストの漫画を創作した。
なんか、この辺りを広げたかっただけなのに……。
なんか、面倒になってきたわ(;_;)」
作者は、私の腕をつかんで奥歯を噛み締める。
私は、腕の痛みを黙って受けていた。
春に剛さんが戻るのです。小銭を稼いだ実績を土産にしたいのです。
ネット大賞が始まったのです。参加、とにかく、参加しなくては話が始まらないのです。あせる気持ちは良くわかります。
「お腹…すきませんか?」
私は、さりげなく作者に聞いた。作者は、驚いた顔をする。
その年を重ねた顔に、小さな頃の作者の顔が浮いて見えて、懐かしさが胸をつく。
「オープンサンドを食べましょう。プラハの名物なのだそうですよ。
それは沢山、種類があるそうですよ。」
私は、そう言って早足で歩き出す。
「オープンサンド?それのどこが名物なのよ。良いけどね、別に、私、昼は何でもさ。」
作者は、少し小走りになりながら私に合わせてついてくる。
プラハのオープンサンド。パンにカラフルな具材をのせたそれは、ガラスケースに並ぶと、とても可愛らしく綺麗で、お腹も満足する…気分転換には一番の薬になるに違いないのです。