時影、近代魔術を語る 132 ベルリンソナタ
バイオリンの旋律が、石造りの広いホールへ広がって行きます。
コロナの昨今、密やかで穏やかな談笑が、食堂のホールを暖めていました。
我々は窓側の隅の席に座り、クネドリーキと言う茹でてパンとグラーシュと呼ばれる牛のシチュー。
そして、ビールでプラハの夕食を楽しみます。
異国風味のシチューを楽しむ作者は、楽しそうではありません。
コロナもあり、我々は無言で食事を済ませると、まだ寒いプラハの町をゆっくりと散策がてらホテルへと向かいます。
「ああっ。面倒くさいわ。でも、話さなきゃ、先に進めないから聞いてくれる?」
作者は、ヴルタヴァ川を右手に見ながらぼやく。
「ええ。カレル橋を渡るまで、まだまだありますからね。」
私はプラハの冷たい風を頬に感じながらそう言った。
「ありがとう(T-T)
もうね、一度吐き出さないと、どうにも頭が回らなくてさ。
どうも、ネット大賞は3月辺りらしいし、
私の目当ての公募は4月。ホラーも出すなら、3月と、予定は目白押しなんだけどね、
もう、こっちの話が、頭を回るんだもの。」
と、作者は私をチラリと見ながら様子をうかがう。
「そうですね。森鴎外先生が、原因ですか?」
私は、少し呆れながらも、作者の話の糸口を見つける。
そう、このベルリンソナタ、たまに書くだけの約束でしたが、森鴎外先生が、柳田先生とゆかりがあったりして、無視も出来なくなったのでした。
「うん……。そうだね。森鴎外…学生時代はいたずら書きをするくらいしか興味なかったわ。
それに、学校も積極的に読めとは言わなかったし。」
作者はぼんやりと昔を思い出す。
「まあ、西洋人の女性と恋仲になったけど、身分違いのために捨てた話とか、思春期の性についての話とか、令和の現在では、いかがわしいのかどうかを考える前に、漢字と文字数に読む気が薄れる…名作ですよね。」
私は、web小説の行間スカスカに慣れてしまった作者に苦笑する。
「うん(-"-;)学生の私は、森鴎外なんて、学生じゃなくなれば縁もゆかりもなくなるし、こんなものを読んだって1円にもならないとか考えていた気がする。
時代は西洋イケイケだったし、日本の文学なんてつまらないとか考えていたわ。
黒澤監督の『7人の侍』が、西洋の映画に影響を与えた…とか、なんとか言われても、私は、邦画より洋画が好きだったし、
日本の話は何だか暗いんだもん。」
「そうですか?80年代はアイドルの素敵な映画が沢山ありましたよ。
そう言えば、『舞姫』も郷ひろみさんが主演でしたね。」
「うん…奇しくも1989年リリースよ(T-T)
なんか、舞姫のエリスのモデルが見つかったらしいわ。1981年に。
なんか、それで盛り上がったみたいなんだわ。
この偶然が、五島先生の『1999年以降』の三島由紀夫先生との最後の台詞にリンクするんだなぁ(T-T)
三島由紀夫に「ヒトラーを調べろ」って言われたとか書いてあったけど、文学ファンのblogとかで、この台詞については怒っていた人が多かったもの。
まあ、真実は、閻魔さまにでも聞かなきゃ、今更なんだけれど、
いまは、真実より小説よっ。小銭を稼ぐんだもん。
三島由紀夫と合わせるなら、ヒトラーより、森鴎外の方がすんなりするんだよね。
ここで調べたの。
なんで、1970年に亡くなった三島由紀夫先生のエピソードを五島先生が、著作に書いたのか?
当時、何か、話題になってると思ってね。」
作者はそう言って苦笑する。
「何を見つけたのですか?」
私は近づくカレル橋に話の結びを考える。
「ふふっ……、やっぱり話題になってたわ。
1988年に。
五島 勉先生の話題の乗っかりかたとか、つかみの上手さは尊敬するけど、上手すぎて、逆に嘘臭くなるわね(;_;)
なんかさ、三島由紀夫賞って奴が、1987年創設で、1988年から選考されたらしいのよ。
1987年…ルドルフ ヘスの変死した年と同じくしてね。
当時、この二つの出来事は、話題になった事でしょうし、二つを融合した話をつかみに使えば、興味を持つ人が増えるはずだわ。」
「貴女のように、ですか?」
私は、長い年月を経て、なお、昭和の人気作家のワンフレーズに囚われる、私の作者を思い、甘いしびれが胸ににじむ。
「そ、そうね……。ホンと、話の筋がうまく流れすぎて、頭がどうにかなりそうだわ(;_;)
没後17年って、半端な年に創設された三島由紀夫賞。それは、奇しくも1988年。
100年前、1888年、森鴎外がドイツから帰国をした年であり、切り裂きジャックがあった年なのよ………。
私の脇キャラ北条がベルリンへと向かったとしたら、乱歩ではなく、森鴎外について、三島由紀夫先生が、それに近い誰かにアドバイスされた冒頭で始まるのが自然だと思わない?
そして、そうすると、1888年のドイツ皇帝の崩御、森鴎外、そして、ルドルフ・ヘスの変死と翌年のヒトラー生誕100年周年が一直線に繋がるんだよね(T-T)
考えたくないけど…考えちゃうんだよ。はぁ…。」
作者は一気に捲し立てて、少し、スッキリしたように微笑んだ。
「ほら、見てください、カレル橋ですよ。
ヤン ネポムツキーの銅像に触ると良いことがあるらしいですよ。
触ってみたらいかがですか?
難しい話はこれくらいにして、プラハの夜を楽しみましょう。」
私は、作者の手をとって少し早足をはじめた。
今年も七転八倒しそうですが、それでも、春はやって来るのです。
ネポムツキーの銅像に触らなくとも、私は、この人がいるだけで幸せなのです。