時影、近代魔術を語る 119
風が強く窓を叩き、石造りのこの建物の中に、隣の青年が奏でるバイオリンの音が凍える空間を切り裂くように通りすぎて行きます。
サンサースの『死の舞踏』に合わせて、死者の国からコシチェイが凍える人間を仲間にするべく陰鬱なステップで街を徘徊するのです。
私は紅茶で薄めたホットワインを作者に差し出しました。
「夜が更けて…寒さが厳しくなってきたようです。少し、薪を増やしましょう。
貴女もコシチェイにつれて行かれないよう、もう少し、暖炉に近づいたらどうでしょう?」
私の言葉に、作者は少女のようにクスクスと笑いだした。
「ばかね…、コシチェイは、スラブ神話の不死の精霊…彼のストライクゾーンは若い娘。
私なんて、とっくの昔に用ナシよ。」
作者はそう言って笑いながらくしゃみをする。
私はそんな作者に暖炉の近くの椅子に置いていたストールを頭からかけてあげる。
「確かに、コシチェイは、老人で、見目美しい若い娘が好みでしょうが、この寒さです。
デッドボールを食らって…風邪などをこじらせないとも限りませんよ。」
「でっ…デッドボールって(-_-;)言うわね…。」
作者は暖かいホットワインで手を暖めながら私を甘く睨む。
そして、ホットワインをテーブルに置いて、一枚のレコードを取り出した。
ハチャトゥリアン『仮面舞踏』です。
アラム・ハチャトゥリアンは、20世紀初頭のロシアに生まれ、後にソビエトの音楽界で輝いた人物です。
この『仮面舞踏会』と呼ばれる曲は、同名の劇のために作られた曲です。
東欧の異国情緒が漂う壮大なメロディに流されるように、作者が私の手をとりながらダンスに誘います。
「寒くなってきたから、少し、体を動かそう。」
作者はそう言って、ぐわっと私の手を握ったまま腕を突き上げて、グルグルと暖をとるための怪しげなダンスを始めました。
「強引ですね。」
私は口とは裏腹に作者をリードしながらダンスを楽しむ。
小学生になる頃には、王子さまのダンスより、アイドルのダンスを好むようになった作者とホールドを組んで踊れるのは、懐かしく、やはり楽しい。
「あなたも、大概よ。」
背中を強引に支えられて、完全に私に主導権を奪われた作者は、悔しそうに私を睨む。
「似た者同士と言うところですかね?
まあ、たまにはいいではありませんか。」
「まあ、いいけどさ。
じゃあ、プラハの話でも始めようか。」
作者は、諦めたように笑って、それからダイナミックなこの曲に合わせて話をはじめた。
「ハチャトゥリアン…この曲は、ソビエトの音楽だったのね…
ソビエト…ロシアでなく、ソビエトなのね。
後期昭和の世界観では、ベルリンには見えない鉄のカーテンが存在していたわ…
資本主義と社会主義の国が東と西で冷戦状態だったから。
私の人生に大っぴらには影響してなかったけど、ドラマや漫画では、キャラは大変な運命を背負わされていたわ。
私が忘れられないのは、ドイツ人のサイボーグの男性で、西と東に恋人がわかる別れになったのよ。
私、ベルリンの壁が壊されたとき、ふと、彼を思い出したわ。
漫画の脇役みたいな役の彼だったけれど…
壁を壊して抱き合うベルリンの人達に、あの悲運の青年と恋人の再会を祝ったわ………
でも、平成版では無かったことにされていたわ…
まあ、仕方ないんだけど。
私は、ドイツの知り合いなんて居ないし、
鉄のカーテンなんて、実感することは無かったけど、
テレビのドラマや報道番組をみて、それらはとても分厚くて、壊せないものだと思っていたの。
見えないけど、結界のように強く、強靭なものだって。
でも…
こんな事をしているうちに、なんだか、頭の中の常識がおかしいことに気がついてきたわ。」
作者は、そう言って私のホールドをときながら回転してポーズをとる。
「シュールですね。」
私はポーズをきめた作者をみて呟いた。
日頃、引っ込み思案で恥ずかしがりなのに、いきなり回転してポーズをきめたり…。よくわからない人なのです。
「そうね…シュールだわ。
ソ連にもね、不良とかいたんだって!!
私、なんか、先生に逆らったら、シベリアに送られるくらいのイメージでいたんだよぅ(>_<。)
なんか、こわい注射器打たれたりして、筋肉を増幅させられて、みんな無口なんだって、本気で思ってたよ…
でも、そんな話をしたら、ロシアの人に笑われるわね(;_;) 」
作者は呟くようにそう言って、テーブルのホットワインを飲む。
「まあ、ロシアの方は我々の記事なんて読みませんから、大丈夫。
それより、プラハを書かないと、読者に呆れられますからね。」
私はそう言いながら、レコードの中央にきた針を戻しレコードを片付ける。
「それはわかるわよ。だから、色々と頭の中をね、こうして整えているわけよ。
去年の今頃、フランクと錬金術師をなんとかしようとプラハを調べたんだわね。」
作者そう言って暖炉の火を見つめる。
あれから一年。こんな事になるなんて、考えることなく、前進していた我々がおりました。