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茶色いノート  作者: ふりまじん
近代魔術を語る
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時影、近代魔術を語る 111

ざわつく人の声が耳に集まり、淹れたてのコーヒーの甘い香りが鼻孔をくすぐります。


目の前には美しい婦人服に身を包む私の作者。

19世紀の華やかなドレス姿です。


ここは北欧のカフェ。

1830年代と言うところでしょうか?


1806年、ナポレオンがベルリン勅令を出して大陸封鎖しをしてから、1915年にナポレオンを追い出すまで、プロセインではコーヒーの輸入が難しくなりました。


が、ナポレオンの時代が終わり、コーヒーがまた、北欧の町に溢れる頃。

ヴェネチアから新しい市場を求めて、スイスの…エンガディーンの菓子職人がベルリンへとやって来るのです。


臼井隆一郎先生の『コーヒーが廻り 世界史が廻る』では、ベルリンスタイルのケーキ屋兼カフェをつくったのは、1818年ジョバノーリさんだとか。


彼らがベルリンで儲けたお金で故郷のスイスにホテルなどを建設し、

やがてスイスは一大保養地として名をはせるのだとか。


まあ、そんな事はどうでも良い作者は、甘いお菓子とコーヒーを嬉しそうに楽しんでいました。


「落ち着きましたか?」

作者が旨そうにコーヒーを飲み干すのを見計らって、私は声をかける。

「うん。オーストリアのカフェも良いけど、ドイツもなかなか面白いわ。」

作者は、店の所々に飾られるプロセイン王の肖像画やら、銃、大砲のミニチュアを見て笑う。


「まるで、オタクのカフェ…って感じよね。」

作者は、そう言って興味深げに辺りを見回した。


「オタク…って、失礼ですよ。」

私は武骨そうな男性の多い店内で大きな声で話す作者が心配になりました。

「大丈夫。オタクなんて言葉、プロセインどころか、19世紀の日本でも通じないからさ。

それに、オタクって、基本、悪い意味ではないんだからね。」

作者は少し不機嫌そうに口を尖らせる。


「まあ…なんでも良いですが、おしとやかにお願いしますよ。

バッハだって、女性がコーヒーを飲む事はあまり上品な事ではないと歌にしていますよ。」

「コーヒーカンタータね。ふんっ、そんなの、この時代だって一昔前の古くさい考えよ。

そんな事より、今日はパガニーニの話をしなくては。」

作者はそう言ってニヤリと笑う。


と、同時にバイオリンがパガニーニの曲を奏でる。

「そうでしたね。今までの…パガニーニの考察の総仕上げでしたね。」

私は苦笑しながら辺りを見渡した。


「そうよ。もうすぐパガニーニのコンサートが近くの会場であるのよ。

待ちきれないお客や、高いチケット代が払えない、金があっても買えなかった客の為に、今日は流しのバイオリン弾きが、会場近くのカフェで客にアピールしているわ。

史実はどうかは知らないけど、昔行ったツヨシのコンサート会場を思い出すわ。」

作者は懐かしそうに笑った。

現在でも、コンサート会場の近くで、アーティストを真似たファッションで、歌を歌うパフォーマンスをするファンを見かけることがありますが、

時代が違っても、ファン心理は同じではないか、と、作者は考えたようです。

「そうですね、まあ、これは習作ですし、雰囲気をつかむだけですから、軽く進めましょう。

レコードを発明したエジソンが、世界に向けてプロデュースをするのが1877年ですからね。

パガニーニの音を聞くためには、コンサートに行くしかなかった訳で、

会場に行けなかった人達が、流しのバイオリン弾きに演奏させて、聴けた人間と意見交換などしていたかもしれませんね。」

私は色がつき始める世界につい、微笑んでしまう。


「そうね、私はヘビーメタルで世界観を構築したから、全ての人がパガニーニを好きってわけではないみたいだけど。」

作者は、斜め向かいの席の席を見る。

立派な髭の老人が同席していた実直そうな中年男性に眉をしかめながら不服を言っている。


「全く世も末だな。折角、我々がフランスの奴等から国土と誇りを取り戻したというのに!」

老人はそう言いながら、美しいマイセンのカップに注がれた深いコーヒーの黒を満足そうに見つめる。


ナポレオンの大陸封鎖のおかげて、北欧諸国に海外からの輸入品が滞るようになりました。

その為、プロセインの人達は、色々な代用コーヒーを開発することになります。

チコリの根をいぶしたものは、わりと飲めたなぁ。と、昔を思い出す老人に、作者は、戦時中タンポポの根をいぶして代用コーヒーを作った大人の話を被せて目を細めました。


臼井先生によると、マイセンのカップの底の絵柄は、そんな苦難の時代に、コーヒーが薄く澄んでいったために、底の絵柄が良く見えたため、と、書いています。


作者の描く老人は、闘いを終えて、絵柄の見えない、まさにブラックコーヒーにプロセインの栄光を確認する気持ちになっていました。


「本当に、この国のこの先が思いやられます。

若者は、あのような悪魔の曲の為に高額のチケットに手をだすのですからね。

何が良いのでしょうか?あの速いばかりで、ギシギシとうるさい雑音…

あんなものは音楽などではありませんよ。


全く、最近の若者の感性は謎ですよ。

あんなもので歓ぶ子供達を見ていると、パガニーニが悪魔と契約をしたなんて噂が飛び出てくるのもわかる気がします。」

中年男は、流しのバイオリン弾きの奏でる奇想曲に歓ぶ人達に白い目を向ける。

作者は、その中年に、フォークソングを愛し、

アイアンメーデンを聴く生徒たちに眉を潜めていた先生を思い出す。


そんな保守的な年配者の横の席で、ボブヘアーの神経質そうな青年が一人、パガニーニの公式の楽譜を手に自分の世界に浸っていました。


リストです。


物凄い集中力で楽譜を追いながら、彼は頭の中で音を再生していました。


そうしながら、遠く聞こえる流しの奏でる奇想曲の間違いを拾って、憤りながら、より、今日のコンサートに胸を膨らませていました。


違う……あんなんじゃないんだ。

この曲はもっと透明で、雲を突き抜けるような、シャープな音でなければ!


ああっ、でも、本当に、こんな音が、現実に出せるのだろうか?

頭の中ではなく?


信じられない…

本当に、僕が思い描くような、そんな曲を現実の世界に表現なんてできるんだろうか?


リストのドキドキは、登場新しいカセットウォークマンでラウドネスを聞いている哲哉のドキドキにリンクするのです。


「ふふっ。なんとなく、19世紀の音が表現できた気がしない?」

作者は嬉しそうに私に言う。

「そうですね、こうして見ると、時代はめぐるものですね。キャラクターが生きている感じがしますよ。

音楽の授業のありがたいイメージから、随分と立体感が出てきたと思います。」

「でしょ?普通に楽譜を見ながら音を脳内再生させる世紀の音楽家なんて文章にしたら、なんか、別世界の生き物みたいで感情移入なんて出来ないじゃん。


でも、こうして、哲哉とラウドネスを重ねて、ウォークマンを引っ張り出してみると、リストもまだまだ若造の、夢見るピアニストに見えてくるじゃない。」

と、作者は自慢げにはなし、それから、なにかを思い出したように止まり、

それから、頭を抱えてテーブルに伏した。


「ど、どうしたんですかっ」

私の問いかけに、作者は泣きそうな顔で恨みがましく私を見て言った。


「私……作品化するわけでもない話に、何をこんなに時間をかけて話してるんだろうね(;_;)


『パラサイト』を完結させなきゃいけないのにさ…

お金を稼がなきゃいけないのにさ…


フランクの恋物語を何とかしなきゃ、いけないのにさ…


あああっ、自分が嫌だわぁ°・(ノД`)・°・


リストの事なんて…そんなん、どうでも良いことだよね…。」


作者はいつもの泣き言を呟き、

私はコーヒーのおかわりを注文した。


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