時影、近代魔術を語る 110
「時影…いくわよっ。」
と、作者は車のエンジンをかけました。
「はい。」
私は助手席でシートベルトを確認しました。
アースシェイカーの『Radio Majic』と共に、我々は三陸海岸へ80年代のバーチャルドライブを楽しんでいます。
なんでこんな事になったのか…
それは、生活音と音楽について考えるためなのです。
古い東北の観光ガイドに導かれ、いざ、ドライブ……と、言いたいところですが、
「ちょっと、スピード出しすぎではありませんか?」
私はギュンギュンと叫びあげる車のエンジンと、100キロをふりきるスピードメーターにギョッとしました。
「だ、大丈夫よ。仮想空間だもん。
それに、この位のスピードがないと、レディオマジックの曲の良さはわからないんだから。」
作者は前を見ながら危なっかしいハンドルさばきで海岸線を走ります。
「仮想と言うなら、もう少しグレードの高い車にしてくださいよ。
スーパーカーとまではいかなくても、ベンツとかBMWとか。
国産なら、スカイラインやセリカ、ファミリア…
軽自動車で無くても良いじゃないですかっ。」
私は、タコメーターをぐんぐんとあげながら必死に100キロを維持しようとする軽自動車に悲哀を感じる。
「うっ、うるさいわね…
そんな良い車乗ったことないわよっ。
それにっ。」
と、作者は遥か向こうの来たの海を睨みながら更に加速する。
「なんですか…」
と、聞いてはみたものの、不安な未来しか浮かびません。
「こっちの方が、スピード感が感じられるでしょ?」
作者はそう言いながら、美しい三陸のリアス式海岸を道路に沿って蛇行する。
「スピード感と言うよりも、針のむしろの心持ちですがね。」
私は口数を減らす決心をする。
80年代設定だからって、マニュアル車にしなくてもよい気がするのです。
高速道路なら、これでもよいのでしょうが、
蛇行する一般道を100キロ走行なんて、慣れないマニュアル車で走るなんて、空想でもやめてほしいものです。
無口になる私と比例して、カーステレオは饒舌になります。
アースシェイカーから、ラウドネス。
アイアンメーデンと、激しい曲が続きます。
曲が変わるごとに、空もゆっくりと闇に包まれて行きました。
私はフロントガラスから見える空をみてため息をつきました。
美しい…秋の夜空が広がっています。
それは、昔、宮沢賢治の見上げた空と続いているような、満点の夜空です。
暗くなって怖くなったのか、作者は減速をしました。
助手席側のドアガラスを開けると、北国の尖ったような秋風が頬を切るように入ってきました。
「私、ずっとヘビーメタルを聞きながら考えていたわ。
そして、思いついたの。
ヘビーメタルって、車で高速走行するときの体感に近いリズムじゃないかって。
80年代ヘビーメタルが流行ったのって、乗用車や大型のバイクの普及も関係あるんじゃないかと考えたわ。
人の音楽に対する快不快って、生活音の変化にも関係あると思ったのよ。」
作者は前を見たまま話しかけてくる。
「そうですね、そう言えば、映画『バックトゥザフューチャー』でも、主人公が過去の世界でギターの演奏をして…
未来のヒット曲にドン引きされていましたね。」 私は懐かしい80年代のアメリカ映画を思い出した。
「バックトゥザフューチャーかぁ…懐かしいわね。
まあ、そんな感じで、19世紀の人達も、生活音の変化と共に、パガニーニを心地よいと考え始めたのだと想像したの(^-^)
と、言うわけで、今度は時速40キロでパガニーニをかけてみるわ。」
作者がそう言いながら、カプリースNo24をかける。
漆黒の夜空の中で、それはとてもシックな空間に変えて行きます。
「確かに、パガニーニは素敵ですね。」
私はそう言って、しばらく、北国の夜風を楽しんだ。
「うん………。まあ、色々と、怪しい部分も、無いとは言えないんだけど…
少し昔のヴィバルディでも、合うっちゃー、合うと思わなくもないけどね、」
「まあ、馬でも、加速させれば、40キロ近辺を瞬間的には出せないわけでも無さそうですからね。」
「あははっ。まあ、なんだ、細かく突き詰めずにこの世界観で、パガニーニを考えるわ。」
作者はそう言って笑う。
私は夜風に踊るパガニーニの音色を聞きながら、なにも言わずに目を閉じた。