時影、近代魔術を語る 107
星座の季語は秋と記憶していますが、秋の夜空は情緒を感じるものです。
私は縁側に座り、ウイスキーを片手に物思いにふけります。
縁側から鈴虫が、まるで遍路の僧のような、切ない音色で恋情をかき鳴らします。
しばらくすると、縁側のはしの闇から抜け出すように作者がやって来る気配がしました。
嗚呼…この素晴らしい光景に私はなごり惜しみながらウイスキーを一口含みました。
本日は、白州…日本で生まれた、キリリと精悍なウイスキーです。
この酒は、口に含むと初夏の竹林に迷い混んだような、そんな気持ちにさせてくれるのです。
「時影、ツマミもってきたよ〜」
夢幻の竹林と鈴虫の音をかき消しながら作者の声が響きました。
作者は、お盆を置いて縁側に座るとタブレットを取り出しました。
「また、聞くのですか…。」
私はあからさまに嫌な雰囲気をかもしながら作者を見る。
確かに、未完を終わらせる為に熱心なのは分かります。
分かりますが、朝から、ずっと、ヘヴィメタルを聞かされるには、私は歳をとりすぎたのです。
こんな美しい星の夜。
涼やか風を感じながら、もの悲しくも美しい恋の話でもしたいのです。
ひときわ美しいと、物語や俳人にうたわれた、秋の夜空に申し訳ありませんが、ラウドネスは似合いません。
少なくとも…今宵、この夜空には。
そんな私の不安な気持ちを知りもしないで、
作者は私の横でタブレットを操作していました。
流れてくるのは…奇想曲。
パガニーニの奇想曲24番です。
「まあ、食べなよ。」
作者は、そう言って焼いてきたスルメを一本口にする。
「はい。」
私も言葉少なくスルメを口にする。
風雅とは言えませんが、スルメの良いところは、会話が途切れても良いところでしょうか?
我々の騒ぎに驚いて、鈴虫は演奏を止めてしまいましたが、
代わりに場を響かせる奇想曲は、雄々しく美しい調べに私は、安心とリラックスした気持ちで聞き入りました。
パガニーニの奇想曲は、24曲あったと記憶しています。
彼がどのように考えて、作品を製作したかはわかりませんが、彼の故郷、ジェノバで製作された、この曲は、この時代の音楽家に少なからず影響を与えたようです。
「時影…私、あなたに言われて、フリマの時に、演奏していたアマチュアバンドのヘビメタおじさんを思い出したわ。」
作者は、スルメを飲み込むと空を見ながら呟いた。
「あまり、良い思い出ではないのですね。」
私は、テンションが低い作者を見つめて聞いてみた。
「うん…あの人、私より随分、若いとは思うけど、
ヘビメタするには、おじさんって感じなんだよね。
まあ、それはいいんだけど、フリマの時を思い出して、パガニーニの『悪魔的』とか、『人間業とは思えない演奏』と、言うイメージが変わったわ。
私、『魔法の呪文』を考え始めたときは、パガニーニの契約したと言われる悪は、もっと、童話のイメージだったのよ。
うーっと、例えるなら、『ファウスト』のメフィストみたいな…
でも、フリマの時のヘビメタを思い出すと、悪魔のイメージも変わってきたわ。
私もね、確かに、あのイベントであの人がステージで絶叫したときに、悪魔の音色を聴いた気がしたもの(´-ω-`)」
作者は、そう言ってある秋の田舎のイベントを思い出した。
東日本の震災の前には、地方の小さなイベントがあり、フリマもほぼ無料ではしの辺りでやらせてもらえたのです。
ほぼ無料なので、あまり良い場所は貰えないのですが、その時は、なぜか、ステージの近くに陣取ることが出来たのでした。
秋祭りで、子供たちのダンスの発表会などを兼ねた、小さなイベントでした。
県のゆるキャラが踊り、 演歌の新人が歌い、
地元の物産品の説明や、焼きそばやクレープの屋台に人が集まり、
ふりまじんのブースにも、沢山の子供たちが群がっていたのでした。
そんな昼下がり、
司会の青年の滑舌の良い進行で、どう見ても場違いな派手な格好の腹を出した中年のロッカーが姿を表しました。
そして、舞台のすそからワラワラと彼の贔屓が舞台前方に集まり始めます。
その後ろには、白いデッキチェアーが、整然と並び、彼らの前にうたを披露した女性の演歌歌手の余韻に酔う、年配者に寛ぎの場所を提供していました。
年寄りは、買い物好きです。
フリマの不思議な商品を気前よく買ってくれる、ふりまじんの上客です。
演歌が終わり、一息ついたあの人たちが、のんびりとこちらに買い物に来てくれるのを期待しながら作者は、椅子の方を見つめていました。
ビィィィーン
そんな期待を引き裂くようにエレキが場の空気に切れ味の良い音を放ちました。
そして、一気に右側にいたジーンズとTシャツの冴えない男が、何かにとり憑かれたように、素人とは思えない高速技でギターをかき鳴らしたのでした。
その音を吸収して、贔屓が一斉に悲鳴をあげました。
と、同時に、デッキチェアの老人たちは、肉食獣の気配を感じた鹿のように首を持ち上げ、そそくさと駐車場へと大移動を始めたのでした。
「こうして、タブレットとかで聞いても分からないものが、ライブにはあるのよ(--;)
私は、あの激しく唸り声をあげるボーカルの人を睨みながら、『コイツは悪魔だ』と、思ったもん。
ほんと、年寄りと子供が根こそぎ消えちゃって、イベント会場は焼け野原みたくなったんだもん。
忘れていたけど…
あの時の感じが、パガニーニの曲にも、あったのだと思うわ。
でも…これで話を進めると…パガニーニのイメージ、変わっちゃうわ。
あと少しで終わりだったのに…
どうしよう?」
作者のボヤキが秋の夜長に溶けて行きます。