時影、近代魔術を語る 105
白い皿に乗せられたハンバーグと味噌汁とご飯。
畳の部屋を丸い白色蛍光灯が照らしています。
どこからか聞こえてくる虫の声が、秋の訪れを知らせていました。
穏やかな夕食。
私と作者は向かい合って食事を始めました。
私たちは特に話すこともなく、それでいて、お互いにリラックスした気持ちで食事を終わらせ、
私は食後の穏やかなひとときを楽しみ、
作者は食器を洗い終えるとデザートにプリンとコーヒーを持ってきて、テーブルにそれとタブレットを置いた。
そして、夜の会話のBGMをネットに探し再生する。
しばらくすると、場違いなエレキギターと誰かの絶叫が部屋に響き渡り…
私は驚いて作者を見た。
「な、何事ですか?」
私の質問に作者は曲名で答えた。
「ガタファイトよ。」
Gotta Fight…LOUDNESSの曲です。
スピーカーから、ガタファイトと声がするので間違いは無いでしょう。
LOUDNESS…ラウドネスは、1980年代一大センセイションを起こしたヘヴィメタルのバンドです。
「……。それはわかりますが、何故、今、この選曲なのですか?」
私はパガニーニから始まる物語の設定に作者が飽きてふざけたのだと思った。
「そんなの、リストとショパンを理解するために決まってるでしょ?」
作者はそう言って私に苦い顔をむけた。
「リストとショパンを理解するのに、何故ヘヴィメタルが選曲されるのか理解できません。」
私は呆れ混じりの非難顔を作ると作者を見た。
作者は激しいギターの唸り声をバックに私をみて、急に笑いだした。
「ごめん、ヘビメタ嫌いだった?」
作者の笑い顔に、何か、疎外感を感じて、私は少し不機嫌な気持ちになります。
「別に…嫌いではありませんよ?
しかし…女心と秋の空とはいえ、クラッシックを語っていたのに、いきなりヘヴィメタとは。」
私の言葉に作者は嬉しそうにのり、話始めました。
「でしょ?クラッシックとか、リストだショパンだパガニーニだって言われて、なんか、固っ苦しいイメージで進んでいるけど、それ、違うと思うんだよ。
で、ラウドネスなんだ。」
作者はそう言って、小さな話を作り始めました。
『Gotta Fight』は、1989年リリースの映画の歌でした。
『オーディーン 光子帆船スターライト』と言うアニメの曲と言うことで、ネットなんて無い田舎の少年少女…
私の作者のような人物まで、ヘヴィメタルを知る事になる昭和の名曲です。
田舎とはいえ、80年代は子供が沢山いました。
ジェル状の整髪剤で髪を整えた、少し丈の短い学生服…短らんと呼ばれたそんな上着に幅の広いズボンの、少し格好つけの中学生秀夫がママチャリの前かごに今月号の音楽雑誌とカセットを入れて友人の哲也の家へと急いでいました。
哲也の家につくと、家の前に乱暴に自転車を止めて、哲也の家のドアを勝手知ったるなんとやらで開けて入って行く。
誰もいない玄関で、なんとなく「おばさんこんにちは」と声をかけ、さっさと哲也の部屋のある二階へと向かうのだ。
「よう、哲也、これ見たか?」
秀夫が頭を逆立てたアメリカ人が笑う表紙の雑誌を寝ていた哲也の前に投げる。
雑誌が腹に当たって、哲也は「イテッ」と言って雑誌を手にしながら秀夫を睨む。
「なんだよ…。」
哲也は少し威嚇の入った問いかけを秀夫にむけるが、興奮している秀夫は気にせずに、と、言うか、自分と感情の温度差がある哲也から雑誌をひったくって目当てのページを広げた。
「ラウドネスがくるんだよっ!文化会館に!!
にーちゃんの先輩がチケット4枚手にはいるから、俺たちも連れていってくれるって言うんだよっ!!!」
「ええっ(°∇°;)ま、マジかよ。マジで、ラウドネスがくるんかよっ。」
「おっ、おおっ。マジだぜっ。しかも、先輩が車で連れていってくれるから、文化会館の裏で出待ちするんだぜっ。」
「うぉぉっ。最高じゃん!」
「スゲーだろ!俺、この話を聞いて、一番に哲也の事を考えたんだ。」
「うぉぉっ。サンキュー!!」
「行くだろ?」
「勿論!」
「チケット代だけど、○○円だ。」
と、秀夫に言われて、哲也のテンションが下がる。
「どうしよう…俺、こずかいないよ…。」
哲也、天国から一気に地獄に墜落する。
秀夫にLpを借りてから、哲也はヘヴィメタルに夢中だった。
生まれてこのかた聞いたことの無い、唯一無二のサウンド。
人間業とは思えない、激しいギターと、魂すら揺さぶるような重低音。
それらが、生で聞くことができると言うのだ。
行きたい。行きたい。ああっ、行きたい!
哲也が沈黙するのをみて、秀夫は残念そうにため息をつく。
「ごめん、他あたるよ。」
秀夫が諦めモードになるけれど、寝た子を起こされた哲也は諦められるわけもない。
「ヒデ、待ってくれ、一週間、いや、三日でいい。
漫画やゲームを売って金を作ってみるからさ。」
哲也は秀夫に食い下がる。「わかったよ。頑張れ。」
秀夫は爽やかに笑って、二人はラウドネスの話を弾ませるのでした。
「と、この小話、一体、どんな意味があるのですか?」
私の質問を作者は不敵な笑いで受ける。
「あるわよ。この小話の哲也と秀夫の話を、リストとショパンにまとわせて考えるの。」
作者はそう言って楽しそうに笑った。