時影、近代魔術を語る 104
「初めての10万字の物語への挑戦だったから、私、頑張ったのよ…
パガニーニは、バイオリンの天才と呼ばれた人でね、題名は知らなくても、どこかで聞いたことのある音色なのよ。
奇想曲なんかは、海外ドラマのホームズのバイオリンの演奏シーンに使われたりしているもの。
19世紀の天才繋がりで使われたんだと思うけど、
そのイメージがあるから、著作権が切れているのに、モダンでスタイリッシュなイメージがあるもの。
ネットでBGMが必要なときとか、知って損はないと思ったの。
90年代、音楽の教科書から随分とクラッシックの曲が消えたと聞いたわ。
代わりに歌謡曲を入れて、小学生の興味をひくんだと。
当時、クラッシックなんて聞かないし、興味がないと、保護者も思っていたみたいだもの。
現在でも、そう考える保護者は多いと思うわ。
でも、SNSの普及と技術の向上で、個人の出来ることが増えている現在、知らないうちに、子供が他人の著作権を侵害し、物凄い罰金が…なんて事も心配な現在、小さな頃から少しずつ著作権の話をする機会にもなるとか考えたわ。
クラッシックの曲にあわせて、すべての人に与えられた先人からのプレゼントについて。
まあ、著作権は複雑で、本当にパガニーニを使っていいかと聞かれると心配にはなるけれど、アレンジとか、演奏者の権利とか…
CDを使うのは、クラッシックでもダメだった気がするとか、細かいことを考えるとキリがないけど。
とりあえず、100年以上経過している曲なら、自分で演奏する分には、大きな問題にはならないと思うもの。
それにね、パガニーニの『カノン砲』と呼ばれたバイオリンの名器は80年代によく小説でも使われたワードだったわ。
物語で使われる楽器として、ピアノに続いて、バイオリンは、高額で持ち運びも簡単だから、ミステリーなどにもよく使われたの。
ストラディバリウスは、特に有名よね?
あの小さな楽器が、三億円とかするんだもの。
あれは室内の演奏用に作られているらしいわ。
まだ、音楽の需要がが貴族のものだった頃に、宮廷などで演奏するために開発されたからなのですって。
まあ、色々調べると、バイオリンの起源自体は、アジアや中東とも言われていて、東欧トランシルバニアのジプシーが作った、なんてのもあったわね。」
作者は去年の『魔法の呪文』の考察で偶然知った話を思い出して笑った。
「そうでしたね。バイオリン自体は、貴族の為のものと言うわけでもありませんし、クラッシックの有名な音楽家が良く使うようになるのは、18世紀くらいからとか調べていましたね。」
私も、昔を思い出して笑う。
本当に…この人は、物語に関係ないところで引っ掛かっては、毎回、問題と物語を増やして行くのです。
「うん…なんか、そんな風な事、聞いた気がするわ…
私、もっと昔からバイオリンは高級だって思っていたけど、
元々な、ジプシーなどの町の音楽家の持ち物だったのよね?
まあ、バイオリン、語ると長くなるけど、一般ピープルに必要な知識としては、ストラディバリウスが高いと言うことと、宮廷など、少数の人間の観賞用に作られたってことと、
後に登場するグァルネリと言う名器は、ストラディバリウスより大きくて、良く響いたってことなのよ。
この辺り、うろ覚えで、今、調べても良くわかんなかったけど、私はそう考えて話を作って行くから、そう書くわよ。
詳しいことは、音楽の先生にでも聞いてほしいわ。
まあ、19世紀、市民革命と共に、音楽のお客様も少数の貴族から、多人数の市民にかわり、
広い劇場で、沢山の人に向けて演奏をする事になるらしいの。
その為に、楽器もより良く遠くまで響くものが必要になってくるわ。
パガニーニは、そんな時代のバイオリニストで、
その点を改良されたグァルネリとの出会いは、運命的なものだったのだと思うわ。
とにかく、音が届かなければ、天才もへったくれもないもの。
鶴の一声といった具合に後ろの客席まで音を届けるグァルネリに、パガニーニは、当時、バージョンアップして精度や威力を向上させていた大砲『カノン砲』に例えたんだと思うの。
と、言った感じのミニ知識を入れて話は作られる予定だったのよ…
ああ、これは、私の音楽のなけなしの知識の中で、なんかクラッシックの音楽なんて関係ない人生だけど、知っていて良かったと思える知識だったのよ…
確か、2話目で6万字くらいだったかしら?
パガニーニの話で、文字数を広げて、いい感じの字数にする予定だったのに…(T-T) 」
作者は一年前を思って込み上げる痛みに耐えていた。
「そうですね、本来はとても単純な物語でしたね。
借りた本を返しに宮廷の図書館へ言ったときに知り合った少女リリア。
でも、彼女は、メアリーと同じ魔法技師で、1948年革命の混乱で行方が分からなくなった恋人を探していた。
彼女は、恋を知り、願いが叶わないのを知っていて『魔法の呪文』を唱えるのです。
永遠の時をさ迷う体になれるように。
そして、願いが叶う時が来るわけです。
メアリーとフェネジの登場で。
バイオリン職人の彼の想いを知っているパガニーニのイル カノーネの音色と共に。
多分、カノーネの音色と共に現れた恋人の魂とリリアの魂が、お互いの気持ちを確かめあって天国にのぼってめでたし、めでたしの物語だったのですよね…。」
私はこの素直なストーリーラインから度々外れるメアリーに翻弄されていた作者を思い出して苦笑する。
「もう、今更よね(T-T)
なんだか知らないけど、ドイツ帝国まで飛び出してきて、なんかドロドロとした陰謀に巻き込まれちゃったもんね(;_;)
あれを書かなければ…綺麗に完結のボタンをクリックしたんだけど。
人間、欲をかいてはいけないわね。」
作者は深いため行きをつく。
いつのまにか、辺りは闇に染められて、鈴虫の声が聞こえてきました。
また、夏が過ぎて行きます。
時間が進むのは早いですし、作者が完結できないのもどうしようもありません。
誉められたものではありませんが、でも、この『鐘』の物語を書くことに決めたのは、お金のための10万字の為だけではなかったのです。
私はうなだれる作者肩を軽く叩きました。
「でも、あの話は、深い想いを胸に秘めて一人残されたフランクの救済の物語でもありましたよね?
確かに、大変混乱していますが、どんなに混乱し、大変な運命でも、キャラクターは作者が自分の幸せを願って奔走してくれることを嬉しく思うものですよ。
確かに、あの時代は大変だったし、複数の物語が干渉して辛いでしょうが、
きっと、フランクはあのままベッドで眠っているよりも、メアリーに会うその時が、少しでも進んでいることを喜んでいるはずですよ。」
私はそう言って作者を励ました…つもりだった。
が、それを聞いて作者はニヒルな笑いをもらした。
「ふふっ…フランク…。アイツを目覚めさせたから、こんなに混乱してるんだけどねっ。」
「確かに、その通りですが、まあ、今日はこの辺にしておきましょう。
夕飯は…どうです?久しぶりにハンバーグでも作りましょうか?」
私が立ち上がると作者は嬉しそうに私を見上げた。
「えっ?作ってくれるの!?」
「はい。特別大きな、ケチャップソース味のやつを。」
明るく私を見つめる作者に嬉しくなって私は張り切って言った。
焦ってはいけません。
物語はまだ、ちゃんと生きているのだから。
私は自分にそう言い聞かせた。