時影、近代魔術を語る 100
ニコロ・パガニーニ…
19世紀のイタリアの天才バイオリニストです。
彼を登場させることで、ドミノ倒しのように物語が激しく変わって行くのです。
去年の秋の事を思い出して私はため息をつきました。
私のため息につられるように軒先の風鈴がチリンと静しげな音をあげます。
作者が思い付いたように扇風機にスイッチを入れました。
ふわりと風が悶々とする気持ちの熱も奪うように優しく私のほほを撫でて行きます。
「パガニーニ……。私、なんで彼を選んじゃったかね(T-T) 」
作者の台詞が悲しく響きます。
「貴女が『鐘』と言う曲の作者と曲名をこの歳で知ったから、じゃ、なかったでしたか?」
私は、『魔法の呪文』の2章『パドゥドゥ』が上手くまとまってホクホク顔の作者を思い出して笑った。
「そうね……。」と、作者は小さく呟いて一度感情を溜め込むと、次の「そうね。」の台詞で激しい後悔を込めて解き放った。
「嗚呼…そうなのよっ。
だって、知らなかったんだもん。パガニーニなんてさ、
昭和の常識じゃ、クラッシックなんて、ショパンとベートーベンとモーツワルトが分かれば、まあ、良いって感じだったもん。
他にも、色々いたけどさ、音楽室に確かに飾ってあったわよ。肖像画。
でも、ベートーベン以外は、怪談ネタにも語られなかったし、サンサースとか、シューベルトとか、バッハは授業を受けたときは知っていても、すっかり忘れていたわ。
パガニーニなんて、記憶の端にもこびりついてなかったわ。」
作者は悔しそうに唇を噛む。
「それで、作品にはパガニーニを登場させたわけですね?」
「そういう訳じゃないわよ…。これは童話だから、知って得する人物を一番に考えたわ。
親だって納得の理由。
誰もが知っていて、そして、著作権がフリーの曲。
時代はネットで変わったわ。子供の憧れはユーチューバーでしょ?
著作権フリーの曲を知ることは、その点でも得だし、
クラッシックの曲を知ることは、それだけで教養が有りそうに見えるじゃない。知名度だって、世界クラスだもん。
私も知っておきたかったし…
『パドゥドゥ』があんまり上手くいったから、私、こんな感じのパターンでメアリーと旅が出来ると思ったのよ(T-T)
メアリーとフェネジと子供達と、ドイツを音楽をつれて……。」
と、作者は自分の失敗を思って自虐の笑いを爆発させていた。
「そうですよね…、昭和のアニメはヨーロッパを旅してましたよね?
可愛らしい少女が、妖精とかを連れて。」
「なぜか、高確率でレストランでウエートレスをして、歌うんだよ…。」
作者は子供の頃に見ていたアニメを思い出して微笑んだ。
「そうでしたね…。なぜか、ヨーロッパ風味の世界観に日本の諺を入れてみたり…
とにかく、主人公の少女が可愛らしいお話がいっぱいでしたね。」
私は、小さな頃の作者を思い出す。
この人にも、素敵な王子さまとダンスをするのを夢見た頃があるのだと、なんだか感慨深く、時流れが胸を切なく締め上げて行きます。
「……あったわね…そんな話。
あそこまで完璧じゃなくても、一話一万字の完結する話で続けられると思ったのに……
気がついたら、こんなカテ違いな場所で、ドイツ帝国と切り裂きジャックと物語るなんてね…(T-T)
はぁぁっ。
第二回をパガニーニにしなければ、リストやショパンが絡んで来なかったのよっ。
この…いま流している『鐘』だって…ピアノの伴奏だから、正確にはリストの曲でしょ?」
作者はタブレットから流れてくる『鐘』について呟いた。
そうです、音楽の教科書にも登場するリストやショパンも19世紀では、まだまだ青年で無名の頃もありました。
そして、彼らはパガニーニに憧れたのでした。
リストは、バイオリニストの鬼才の曲をピアノで表現して見せたのでした。