時影、近代魔術を語る 99
水を含んだ涼やかな夏風が軒先の風鈴をならして挨拶をして行きました。
昼ごはんを食べおわり、作者は広い黒檀のテーブルに大きめのお絵かき帳を広げて鉛筆で北欧を描きました。
「アイルランドをまずは、エントリーするわ。
現在、1888年。
ジョージとアンドレの少年時代から、この頃のイングランドに多様な人種、民族が集まってきた様子が分かってきたわ。
平民もそうだけど、
少し前には、ドイツ皇帝になるヴォルフェイム1世もイギリスに逃げていたんだもん。ロンドンは、私が子供の頃に想い描いたような、白人だけの社会…と、言うわけでも無かったのだと思うわ。
歴史や記録に残らない、そんな人たちについて、もう少しフィクションが加えられそうな気がするわ。」
作者はそう言って、画用紙の北欧のアイルランドに手作りの毛糸の人形をジョージの変わりに置いた。
「そうですね、『シャーロック・ホームズ』にアヘン窟が登場しますし、
使用人として、インドやアジア人が来たでしょうし、
切り裂きジャックでも、ユダヤ人の移民の容疑者もいましたしね。」
私は作者に同意してロンドンにアンドレの代わりのカッパの人形を立たせた。
「うん……。面倒な時代に手をつけちゃったよ(T-T)
次は何処にしようか?
童話の恋愛ものだった『魔法の呪文』、なんか、複雑な事になってるけど……
はぁ(´ヘ`;)
悪いけど、登場人物…でもないんだけど、
話を複雑にした張本人、パガニーニについて語りたいわ。」
作者は渋い顔で天井を見つめた。
「わかりました。」
私はそれを見て少し笑いながらデザートを用意した。
香りの良い冷たい烏龍茶を作者にいれる。
それは、台湾の翡翠色の綺麗なお茶で、フランボワーズの香りがする甘い気持ちになるお茶です。
茶菓子は自家製の水羊羹を。
私の得意なお菓子なのです。
「パガニーニ……。」
作者はそう言って、水羊羹を一口、くちに入れました。
「そうですね、あの時、パガニーニを選択していなければ、今頃こんな事をしていなかったかもしれませんね。」
私も羊羮を楊枝で切りながらボンヤリと去年の事を思い返していました。
我々は、小説の現金化を目標として活動しています。
一年目は、勝手が分からずに混乱し、
二年目、とりあえず公募へ投稿を目指しました。
でも、賞金付きの公募は10万文字が必要です。
10万文字。
さらりと書いてはいますが、物語として続く10万文字は、とても、大変なのです。
「そうかなぁー(-_-;)
最近は、そうとも言えない気がしてきたよ(T-T)
魔法の呪文もパラサイトもさぁ…
なんか、私、呪われているような気がするわ。」
作者は深いため息をついた。
「呪い……、と、言うよりも呪い、の方があってる気がしますよ。」
私は作者を見て苦笑した。
「まじない…ねぇ。まあ、漢字は同じなんだけれど、まじないだと、私が原因みたいだわね。」
作者もそう言って苦笑した。
「そうでしょ?『パラサイト』は、あの時、投稿すべきではなかったのですから。」
私は、冬のすったもんだを思い出した。
「でも、あれはあれで、なかなか興味深いわよ…。
まあ、ともかく、今回はパガニーニ、いこう。
悪魔の天才ヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニ。」
作者は煙にまくように明るくそう言った。