時影、近代魔術を語る 98
暑い夏の昼。
とはいえ、昭和の日本の平屋で、障子戸を全開にして私達は昔の夏を楽しんでいます。
縁側の向こうには苔むした美しい日本庭園。
作者は浴衣姿でソーメンをもってやって来ました。
「ソーメン出来たよ〜」
作者は大きなガラスの器に入ったソーメンをテーブルに置いた。
「涼しそうですね。」
私はテーブルについて、
冷ややかに輝くソーメンを見つめていった。
「うん、これからは、こんな風に大皿のソーメンを誰かとつつく食事の描写も出来なくなるかも知れないからね。
空想くらい、大いに楽しみましょう。」
作者はそう言って、汁に薬味をたくさん入れて箸を持ち直す。
「そうですね。」
私も、負けずにネギを入れた汁の器にソーメンをつけて食べはじめた。
冬に始めた設定考察は、気がつけばこうして夏にまで続きました。
なんとか物語を動かそうと頑張ると、話が脱線し、より複雑になるので、
これを説明しながらまとめるのは大変なのです。
今回話題にのぼるのが、『魔法の呪文』の脇役のジョージ。
しかし、彼は、童話の脇役でありますが、同時にこちらのクラーメルとメイガースの考察の手助けをする役割も担っていました。
近代魔術…の西条八十編から始まる我々の考察の辺りに話題を戻して行きます。
ジョージは、昭和の少女の恋のアイテム、アラン模様のセーターを語る役割の他に、
19世紀、ヨーロッパは近代化と共に狭まる世界と、
神話の時代の先人の生活を、エジプトやメソポタミアに見つけ、
英国では、古代ドルイドの神秘の技に民衆は興味を持ち始めるのです。
アイルランドと言う、ケルト神話とウイスキーが育まれた土地で生まれたジョージ。
編み物をしながら、彼が紡ぐアイルランドの思い出は、作者の当初の予定を大幅に狂わすことになりました。
そうです。19世紀のアイルランドの歴史はイングランドの植民地となることからの過酷なスタートになるのです。
農業が主な産業だったアイルランドは、地代を払わなくても庭で生産できるジャガイモにシフトチェンジをするのです。
が、後の不幸に繋がるのです。
フランスやヨーロッパが48年革命にわく頃、
アイルランドは、ジャガイモの不作による飢饉に悩まされるのです。
沢山の餓死者が出るなかで、食料の輸出が禁止される事はありませんでした。
これについては、賛否があるようですが、
食い物の恨みは恐ろしい。
これは、日本もアイルランドも同じのようで、現在でも、アイルランド人の中には、イングランドの政策を疑る人も少なくないようで、EU離脱についても、アイルランドと英国の交渉事にも影響しているのかもしれません。
餓死者は100万人にも及んだとも言われています。
正確な人数はわかりませんが、移民と餓死者のためにアイルランドの人口が激減したのは本当のようです。
移民先は主にアメリカになります。
ジョージのお父さんは、そんな辛い時代にアイルランドで青春を送るのです。
ジョージが生まれたのは、ジャガイモ飢饉のピークが終わった頃の話ですが、それでも、生活は楽なものではありません。
お父さんは、船乗りをしていました。
実りの無くした大地を捨て、海に家族を養う職を求めたのです。
お兄さんもそれに続きました。
でも、ジョージは島を出る選択をするのです。
家は小さかったし、少年のジョージには冒険する気持ちがありました。
教会の紹介で、大陸に渡り、はじめは職人の見習いをしていましたが、混乱する中欧で、より実入りのよい傭兵のような職へと流れて行くのです。
アイルランドの家族へより多くの仕送りをするために………。
(゜-゜)はっ…
気がつくと、作者が私を見て感心していました。
どうも、長く物思いに耽ってしまったようです。
「なんでしょう?」
照れ隠しにふてくされたように私が言うと、作者は愛しそうに目を細めて私に笑いかけてきます。
「凄いと思って…さすが、脇役を語るストーリーテラね。
ジョージの人生に引き込まれたわ。
でも…こんな事していたら、終わらないわね(T-T)
ふふふっ。
嫌になるけど、まあ、
これで、イングランド人を嫌うアイルランドの人達が、『通り魔』の世界にも加算されて行くのよ。
コロナで疫病の怖さを感じて生きているけれど、
餓死は……それ以上に過酷だと思うわ。
ジョージの気持ちはわからないけれど、
私も、太平洋戦争の鬱展開の餓死の話を聞かされて育ったから、それによって生まれる憎悪を思うと、なんだか切なくなるわ。
そして、このジャガイモ飢饉の話しはね、病原菌の話しでもあるのよ。
これは『パラサイト』の世界にウイルスが人間の世界を変えて行く、そんな幻想を私にみせるのよ。
この後から、細菌学と、言うのかな?
そんなものの学問が発達してくるのよ。
スイカの木原先生が、小麦の遺伝子について世界的な発表をしたり、
日本の近代生物学も進んでくるんだわ。」
作者はそう言って、美味しそうにソーメンを口にした。