時影、近代魔術を語る 91 黒ユリ伝説
「よく…女の書く歴史物は面白くないって、そんな事を耳にしたけれど、それは戦闘シーンの事よね?
逆に女の闘いなら、男の書く歴史物の方がおかしいと思うのよ?
黒ユリ伝説でも、淀君がねねにたてをついて、秀吉を争うみたいな話になりやすいけど、
正妻と側室で、そんな目立つ戦いなんてしないわよ。」
作者は文句を言う。
「それでは、物語が進みませんよ。」
私が呆れると
「だって…、女はもっとしたたかだわ。
淀君だって、自分だけ跡継ぎのいる状態で、年老いたねねにあからさまな喧嘩なんて売らないわよ。
いい?戦国武将が5人いれば、正妻やら側室がその倍以上いるんだから。
女にとって、女こそ恐ろしい敵は居ないもの。
そして、女の見方が沢山いる方が心強いのよ。
長い間、秀吉に尽くし、子供を授からなかった、ねねには、結構な女性の同情票が入るわ。
それに、日頃から目立つ淀君は敵が多そうだもの。
側室の一番の踏ん張りどころは、旦那が死んだあとよ。
マリーアントワネットだって、王妃になった途端に、義父の愛人を一掃したでしょ?
年寄りの秀吉が死んでしまったら、揉めるのはわかりきってるもの。
ねねには、自分の側について欲しいと考えたはずだわ。」
作者は少し困った顔をしながら言う。
「なんだか、ストーリーラインが外れてしまいましたね?
それでは、黒ユリ伝説の物語が成立しません。
まあ、淀君の話は、後付けのようですから、しかたありませんが、ね。」
私は、この先の結びを考え始めた。
が、作者は不敵な笑いで話をつづける。
「これが、そうでも無いんだよね…。
ここで、淀君の経歴を調べてみるわけよ。
するとね、黒ユリ染めの伝わる白峰のある石川県との因縁が見えてくるのよ。」
作者はニヤリとする。
なんだか、話が右往左往してすいません。
が、これは設定ノートなので、気の向くまま書いて行きます。
「石川県…お母さんの市が柴田勝家と結婚していますね。」
「うん。ついでに、織田家の祖先は越前の人らしくてね、劔神社ってあるらしいんだけど、そこが織田家の氏神様らしいわ。
つまり、淀君が黒ユリを知らないことはないし、
それに成政が手をつけることに激怒したと考える方が私にはしっくり来るわ。
80年代、パステルカラーが流行した時、私も、あの晴れやかな色見にときめいたけれど、今は、とてもあんな色合いの服なんて着れないわ。
特に緑は人を選ぶもの。
ねねも美しくも晴れやかな萌木色にときめいても、自分にはもう合わないと思ったのではないかしら?
若向けの色みの珍しい反物を淀に見せて、気に入ればあげてもいい、とね。
でも、淀からしてみたら、自分の先祖からの土地のもので、多分、秘伝に関わるものよね?
黒ユリの生息地の北限は白山。
高山植物の黒ユリは、神様の花とも言えるわよね?
そんな希少な花と聖域を荒らされる危険を感じたのかも知れないわ。
だから、希少な反物をふんだんに使った、美しい黒ユリ染めの打ち掛けを着て、ねねを迎えたのかもしれないわ。
現在でも、一年で10反くらいしか作れないとか書いてあった気がするから、
当時でも、権力でどうにかは出来なかったと思うのよ?
その打ち掛けは、きっと古くから伝えられたもので、それを見たねねの胸を打った事でしょうね。
氏神のいる土地に嫁いだ母は、兄に国を滅ぼされ、同じ越前で新しい義父となった柴田勝家も、秀吉に殺されるんだもの。自分はその側室にされ、
それでも、神の領域を渡すことは、絶対にさせないと、そんな気概がこもった美しさで、ねねの前に座っていたんだわ。」
作者は夢見るように語った。
「なんだか、物凄い話になってきましたね。」
私は、作者の話に少し呆れて笑った。
伝えられる淀君とは違う、一途でたおやかな淀君だと、そう思いました。