時影、近代魔術を語る 77 行進曲
「それにしても…行進曲だけでもなかなか興味深いわ…
面白かったけど、終わらないわ(T-T)」
作者はそう言いながら、少年スーザに曲をリクエストした。
『雷神』はジョン・フィリップス・スーザが1889年に作曲した曲で、日本でも運動会やスーパーのBGMでも使われる馴染みのある曲である。
勿論、祖国アメリカでも、アメリカらしいフレーズは人気がある。
この曲が発表された年には、既にピーフケはこの世を去っていた。
19世紀末に生まれた二人の指揮者が産み出した二つの曲は、新世紀で華々しく戦場で相見える事になる。
ピーフケの死後、1909年に『プロセインの栄光』の楽譜が発見され、後にヒトラーがナチスの行進曲としてよく採用したのだ。
「しかし、歴史って不思議よね?
まさか、第二次世界大戦でこの曲も数奇な運命をたどるなんて…
スーザはアメリカ海軍にいたのだから、この曲は連合国側を応援する曲でしょ?
ヒトラーが生まれた年、スーザが音に聞いた雷神が、1917年、塹壕戦で雷神の声を聞いて総帥になったヒトラーを打ち破るのよ?
第二次世界大戦の戦局がかわる、ノルマンディー上陸作戦はね、海軍の見せ場でもあったのだもの。」
作者は少し疲れたようなため息をついた。
「ふた柱の雷神の物語…ですか。
そして、スーザとピーフケ、二人の指揮者の戦いでもあるわけですよね。
ノルマンディー上陸作戦の開始日は1944年6月6日。
スーザもピーフケも既に亡くなってはいますが、
文字通り、音として、お互いの祖国の兵士を励まし続けたのでしょう。」
私は、19世紀末を戦い抜いた二人の軍楽兵曹長に思いを馳せた。
作者は曲を無事演奏し終わってホットしながら、自らの時へと消えて行く少年スーザを見送った。
「ええ。今回はwikipediaに数奇な運命の物語を見せてもらったわ。
なろう歴史物と言うと、wikipediaで浅く作った、なんて揶揄されることが多いみたいだけれど、
今回は、なかなかいい感じに面白かったと思うのよ。
ええ、このノルマンディー上陸作戦はね、上陸からパリ奪還までの正式名称は『オーバーロード作戦』と言うのよ( ´艸`)
なんだか、ネーミングに親近感が沸いてくるでしょ?で、ね。」
作者は含み笑いで私を見て、こう言葉を続けた。
「このオーバーロード作戦では、落下傘部隊が降下することから始まるんだけれど、
第一次世界大戦の長引く塹壕戦で業を煮やしたチャーチルは、パラシュート降下の研究を思い付いたのですって。
つまり、ヒトラーが雷神の声に助けられて、後に総帥まで上り詰めるきっかけをその空に見たとき、
別のところで、チャーチルが未来のナチスを攻略する方法を知らずに空に見つけているのよ。
なんか、運命の不思議を感じるでしょ?」
作者はそう言って私に苦笑した。
「確かに、枠を割くだけの価値はありましたよね。」
私は、壮大に色づき始めた物語にときめきながらも、大きくなりすぎる話に不安も感じてくる。
ただの小さな少女小説。
作者がほしいのは、ただそれだけなのですから。
しばらくすると、出番を待っていたピーフケが、厳かに新しいドイツ皇帝を迎える曲を指揮し始めました。
プロセイン国王ヴィルヘイム1世の馬車がやって来たのです。