時影、近代魔術を語る 74 行進曲
ヨハン・ゴットフリート・ピーフケは誇らしく髭の顔を天に向け、
『プロセインの栄光』を指揮し終わると、満足そうに頷いてその場を退き、
新たな楽団にその場を譲ります。
1801年以来、大統領の面前で演奏する誉れをいただいた、アメリカ海軍 軍楽隊を引き連れて登場したのは、まだ少年のジョン・フィリップ・スーザです。
1867年13歳でアメリカ海軍に入隊します。
ので、1871年現在では、まだまだ、アメリカ海軍楽隊をひいきるなんて出来るわけもありませんが、
少年スーザの夢であり、作者の空想なのでまあ、様子を見ることにしましょう。
演奏されますのは『士官候補生』
「この曲…わたし達には、こっちの方が戦闘曲って感じがするっ。」
作者はまだ、ふさふさの口髭のない、あどけない感じのスーザを見つめながら嬉しそうに言う。
「…あなたの場合、パブロフ犬って感じですよね。
どうせ、火曜市のパンの安売りの歌とか、考えてるんでしょ?」
私は作者の隣で責めるように呟いた。
この『士官候補生』と言う曲は、1890年に発表されるので、小さなスーザは自分の作曲したものだとは分からないでしょう。
「悪い?名前は知らなくても、このフレーズを聞いたら、みんな知ってると思う、そんな曲だもの。
近所のオジサンの都市伝説を信じるなら、GHQが、アメリカに親近感を覚えさせるために日本のBGMとして使わせたとか…。
私の世代ですら、『軍艦マーチ』より馴染みがあるわ。」
作者はふてくされたように口を尖らせて呟く。
軍艦マーチって…一体、いくつなんですかね。
私は、笑いをこらえて真面目な顔を作る。
「で、何がしたいんですか?」
私は、滅茶苦茶な時代考証の世界で、たまたま同じ時代を歩んだ二人の楽士を興味深く見つめた。
「うん……。まあ、ここは、ヒトラー枠だから、ヒトラーやナチスの人たちが、『プロセインの栄光』に何を感じたのか、それをまとめようと思ってね。
ほら、聞いてみると違いがあるでしょ?」
作者は嬉しそうに私を見た。
まあ、別の曲ですから、違いはありますが…
私は片をすくめて『何が言いたいのか分からない。』と伝えた。
作者は目を細めて私を流し見ながら
「もうっ。バカにしてるわね?
まあ、バカなんだけど。
でも、バカなりに頑張ったわ(T-T)
ホント、クラッシックなんて、学校の授業でも頭に入らなかったのに…
この歳で倍は聞いたわよ。
でも、音楽なんて、正直、頭のいい人やら、音楽家のようなコメントなんて出来ないわ。ショパンとシューベルトの曲の違いなんて説明できないもん。
でもっ、今回、『プロセインの栄光』を聞いていて、この曲とスーザの曲の違いは、説明できると思ったわ。」
作者はそう言ってニヤリとした。
私は、作者を笑顔で見つめて話の続きをまつ。
「つまり、よ。違いは、笛吹男…、高音域の管楽器の音の量の違いなの。
ピーフケは、多分、実戦的な、戦場で演奏する曲を作ったので、シンバルとか、笛のような高い音が多いんだわ。
でも、南北戦争が終わって、大きな内戦が無かったアメリカのスーザは、主に凱旋…つまり、曲を聞くために人々が静かにするような場所にふさわしい曲作りをしたんだと思うの。
だから、スーザの曲は、静な場所では耳障りに感じやすい高音域の楽器ではなく、低く響く楽器を使ったんだと思ったの。
凄いでしょ?私、曲の違いを説明できるようになったんだわ。」
作者は嬉しそうに笑った。 それから、私の返事を待たずに、こう付け加えた。
「もちろん、こんな説明じゃあ、偉い音楽家のコメントなんて作れないわ。
でも、音楽に明るくなさそうな、ヒトラーの台詞なら作れそうな気がするでしょ?
むしろ、こんな説明、音楽を知るひとには出来ないコメントだと思う。」
作者はご褒美をねだる犬のような嬉しそうな顔で私を見た。
「確かに、武骨な軍人のコメントは、音楽に精通するひとには作れないでしょうね…。
例えば、楽器の名前とか、スーザフォンを新しいスマホの事だと思ったり、
カタツムリの大きいやつなんて、表現しませんからね。」
私は、マーチングバンドでひときわ目立つ、スーザの開発した大きな管楽器に感心する作者を思い出して目を細めた。
「新しいスマホは、ネタだもん。
さすがに、私だって、音楽家を調べているのに、スマホは思い浮かべないわよ。
まあ、でも、ここで、少し頭を整理するわ。
ナチスの話なんて私は、、多分、書かないと思うんだけどね。
『プロセインの栄光』の楽譜は、ピーフケの死後に見つかったのですって。
それまで、楽譜が見つからなかったなら、戦場で、即興で作ったのかもしれないわ。その後、大きな戦争が無かったので、演奏されなかったのかもしれないわね。
それが1909年、第一次世界大戦の5年前にみつかるなんて、なんか、不思議ね。」
作者はそう呟いてしばらく黙っていた。
それから、眉を寄せてこう続けた。
「そう言えば、スーザ、1889年に『雷神』と言う曲を作ったのよね。
アドルフが生まれたその年に…」
作者は、1917年、ヒトラーが聞いたとされる雷神の事を思い出したのだと思った。
「スーザの雷神は、ギリシア神話のゼウスの事ですからね。」
私は、あまり話を盛りすぎないように釘を指す。
「あら、wikipediaによると、正式な名前の由来なんて、おおやけにはなってないらしいわよ。
ついでに、お母さんはドイツ系アメリカ人なんですって。
この曲は、スーザを代表する曲で、その100周年を祝うアメリカ人は、ベルリンの壁の崩壊に、さぞ驚いたのではないかしら?」
作者は思わせ振りにそう言うと、あとは物思いにふけった。