時影、近代魔術を語る 68
気がつけば、そこは朝露の輝く西洋風のバラの咲く庭。
どこからともなく流れてきますは、フランス革命を描いた少女漫画の名作『ベルサイユのバラ』のオープニング曲
『薔薇は美しく散る』です。
ついこの間までの桜の舞台からの大胆な変更に少し驚きながら私は、一面に咲き誇る深紅のバラを見つめながら作者に聞いた。
「これは…どう言うことでしょう?」
私の質問に作者は難しい顔で無言で見つめる事で返した。
まあ、4月も中旬、桜から薔薇へと花のさかりも変わろうものですが、
何故にここでフランス!?
無言でバラの庭を歩く作者の三歩後を追いかけながら私は混乱していました。
穏やかで美しい西洋の田園風景を二人で歩きながら聴く『ベルバラ』の主題歌…
ここはフランス王妃マリー・アントワネットの隠れ家、プチ・トリアノンのようです。
マリーは、宮廷の人間関係に辛くなり、この小さな領地に理想の田舎を作り楽しんだとか。
私は爽やかな朝の風と遊ぶ作者を見つめながら、なんだか笑いが込み上げてきます。
少女の作者は、やはり自然が好きでした…否、周りは自然ばかりでした。
彼女は、春の小さな草花や初夏の果実を摘みながら都会の生活を夢見ていました。
二階建てのスーパーではなく、エレベーターのある百貨店をビル郡を…
そして、ブラウン管の向こうにあるベルサイユの宮廷を…
そう、20世紀少女なら、誰だって、一度は憧れるのです。
それが
プリンセス・シシーであれ、
ローマの休日のヘップバーンであれ、
ベルサイユのバラであれ、美しい西洋の城と美しいプリンセスに。
そして、美しいマリーとオスカル・フランソワの笑顔と共に、ベルサイユには華麗なバラ園があると、手放しで信じていたのでした。
くくくっ…(^-^)
私は、すっかり子供に戻った作者を見ながら思い出し笑いをしました。
ええ…、ベルサイユの庭園と言えば噴水なのです。
それは、水源地のないこの土地に水をひく、絶対王政の王の力と治水の技術力を見せつけるものとも言われています。
「ベルサイユにバラ園がないっ(゜Д゜)」
作者は検索をかけながら呪いの言葉をはき、
そして、オスカル・フランソワと名付けられた美しい白薔薇の存在にうっとりとし、
さっき、一気に舞台をこの場所にしたのでした。
「でも…マリー・アントワネットって、凄いわね…こんな田舎風味のテーマパーク作っちゃうんだもん。」
作者は池を見ながら後ろ歩きに私に話しかけてきました。
ベルサイユ宮廷から始まる物語が整ったのでしょうか?
「そうですね。それにしても…どうしてここを選んだのです?
我々は、イギリスの話を…クローリーとグレンフィディックからはじまるウイスキーの話をする予定でしたよね?」
私は、不思議に思っていたことを口にしました。
作者は今度は立ち止まり私を見て、口で答えました。
「物語を始めるためよ…。『魔法の呪文』を読んでくれた人がいたのっ!!
しかも、フル!!
続きを気にしてくれる人がいるんだから、そろそろ動かしたいのっ(>_<。)
そのためには、思考停止しているヨーロッパの歴史を動かさなきゃいけないのよっ…
本来なら、こんな片田舎じゃなく、鏡の間とかでド派手に話をしたかったけど、仕方ないわ。
まあ、いいわよ。
マリー・アントワネットは、この場所でフランス革命の知らせを聞いたらしいし、
ある意味、ドラマチックではあるわ。
『ベルバラ』は、言わずと知れた名作よ。
美しく気高いオスカル様が、革命のバラと散ったあのエンディングとこの主題歌に当時の私は感動し、そして、こう思ったのよ…」
作者は深くため息をついて、昔の罪を懺悔するようにこう言った。
私の西洋史は終わった…
そして、たまらず大笑いをはじめた。
「いやぁ…凄いわぁ。あのセリフ、と言うか、暗示、いや、ここまで来ると呪いとも言えなくもないわ。
ホントね、あれから、すっかり頭に入らなくなったのよ。西洋史。
凄いわ…オスカル様。
いや、普通にテストとか、受けて何とかしていたけどさ、
ナポレオンも嫌いじゃなかったけど、用事がすむと忘れちゃうんだよ…。
あんな事思うもんじゃないわぁ。
どんなに好きな人物の話が終わったとしても、
それで、どんなに喪失感におそわれても…
歴史は続くし、死ぬまでそれは続くのよ。」
作者はそう言って回れ右をして私の隣で楽しそうにステップを踏んで歩き出す。
コロナで散歩にも行けませんから、空想の散歩に少し浮かれている見たいです。
「西洋史の暗示、解けましたか?」
私は楽しそうな作者の横で聞いてみた。
美しい田舎の小道を二人で歩けば、遠くからヒバリの声がきこえ、
蜜蜂がせわしなく働いています。
フランスの少し憂いのある青空に、新しい藁の香り…
まるで、ちょっとしたランデブーを楽しんでいる気になります。
作者はリラックスしたように、鼻唄を歌っていましたが、私の質問に歌をやめて少し考えてから、質問返しをしてきました。
「ヘスは…どうなのかしらね?」
「ルドルフ・ヘスですか?」
ルドルフ・ヘス。ナチスの副総統で、この近代魔術の枠でしつこく取り上げた人物です。
「うん。1945年…破壊され、後に分割占領されたベルリンと自決をする昔の仲間の話を聞きながら、彼も一度はそう思ったのではないかしら?
でも…1980年代に入って何か、彼の心を乱した人物が登場するのかもしれないわ…。
私にもベルリンの壁の崩壊は衝撃的だったけど、 ヘスのそれとは比べ物にはならない、そんな気がするわ。」
作者はそう言って暖かい春風を頬に受けて微笑んだ。