時影、近代魔術を語る 65 西条八十15
柏原芳恵さんの『A・r・I・e・s』と言う曲と共に作者は復活する。
この曲は1987年ドラマの主題歌としてリリースされました。
「懐かしいわね…忘れていたわ。この歌。
『アリエスの乙女たち』と言うドラマの主題歌で、アリエス…牡羊座の女性がテーマの物語なの。
芳恵ちゃん、可愛かったんだよ♪」
作者は酔いが覚めたのか、スッキリとした顔つきでブラックコーヒーを作ると口にする。
「貴女も…可愛かったですよ。」
私は若い頃の作者を思って笑った。
私の作者は不機嫌そうに目を細めて話を続けた。
「もうっ、私はいいのよ。それより、説明が長くなっていけないわ。
執筆三年目の課題ね。
ともかく、ここまでの話を元にして、トミノの地獄を語るわ。
私のトミノはある日、病原菌を無意識に家庭に持ち込んで、それが元で両親が他界。
代わりに面倒を見てくれた姉も吐血をし、死亡。
幼い兄妹は医者か施設に保護されるわ。
妹は既に発熱しているけど、回復はしたんだと思う。
トミノはこの時、家族を殺した病気と戦うことを決めたんだと思うわ。
詩の中で、無間地獄までの道行きが長いのは、それが只の罪のために堕ちる地獄ではなかったことを表現していると思うの。」
「七曲りの道や、山や溪の表現からですね。」
「うん。道案内の羊と鶯がかごに入れられたり荷馬車を引かされている事から、それなりの犠牲を伴う道だと想像できるのよ。
この地獄に行くための対価を皮の嚢にいれるとあるけど、
加工された『革』ではなく、生物の表皮を表す『皮』を使い、
『袋』ではなく、『嚢』嚢腫など、オデキのように生物の膨らんだ物を扱う為にも使う漢字を当てているから、
トミノの皮の嚢に積めたものは、病原菌のサンプルだったのかもしれないわ。
トミノは養父と、妹のために戦っていたのかもしれないわ。」
「しかし、投薬がうまく行かなかったのですね?
妹を思えば、薬にもなるが誤食すれば毒になる、キツネボタンが咲くのですから。」
私はウイスキーを飲み干して切ない気持ちで呟いた。
両親を失い、養父と妹の病気を治すために努力をし、薬害で妹が犠牲になる。
こんな残酷な地獄があるのでしょうか?
まさに、生きる事こそ地獄。
キリスト教的地獄観がこの詩から醸し出されている気がします。
しかも、結末はトミノが無限地獄に落ちておしまいです。
こんな話、この時期にするものでは無かった気もするのですが。
「まさに『生き地獄』嫌な詩ですね…
で、結末の地獄の止めピンは何だったのでしょうか?」
私の問いに作者は柔らかい笑顔を返した。
「うん、これ、私も最後がいいこじつけが思い付かなくてね。」
「…こじつけ…」
「でも、伊達…つまり、見かけ倒しではない。と、言うのだから、地獄の止めピンは何かの権威があるんだと思ったわ…
そう思い付いたときにね、私、見えた気がしたの。
成長したトミノが白衣に感染病の専門医の名札を赤い止めピンで胸につけて、
パンデミックの惨状へと自ら進んで行く場面を。
感染拡大した生き地獄で、己の罪や辛さを胸にトミノは積み上げてきた知識と経験で立ち向かうのよ。
同じ辛さに困る人たちを助けるために。
私、自分で考えて、ちょっと感動しちゃったわ。
この『トミノの地獄』って、沢山の解説があるんだけれど、
遊郭に売られるとか、
戦争の哀歌とか、
呪いやら、恨みのうただとか。
都市伝説を際立たせるために、不気味な感じに語られることが多いのだけれど、こんな、希望のある終わりかたも考えられるのね…
さすが、西条八十先生だわ。
『パラサイト』のエンディングをどうしょうか悩んでいたけど…
絶望的な結末でも、キャラクターが覚悟をもつと、なんか、希望と力強さが加わるのね。」
作者は胸に込み上げる何かを飲み込むように、優しげに息を吸い込んだ。
「そうですね…。」
私はグラスに取り残された丸い氷を見つめて呟いた。
この作者、いつもはロクでもない事ばかり話すのですが、変なところで素直な話を作ることが出来るのです。
「しっ…かし。(´ヘ`;)
私もトミノみたいに呪われてるのかもしれないわね。
『ノストラダムスを知ってるかい?』なんて連載したために…
設定地獄の七曲りをグールグル(T-T)
完結させて二万円かせいで、名古屋に行って終われるのかなぁ°・(ノД`)・°・」
作者は駄々っ子のように叫ぶ。
私は空のグラスを床に置いて壁にもたれ掛かってわらう。
「それでは…貴女の結末に待つのは無限地獄と言ってるようですよ。」
まさに…エターナル。
でも、私はあなたとならそれでも構わないのです。