時影、近代魔術を語る 63 西条八十13
グレンフィディック入りのコーヒーに頬を赤らめながら、作者は少し酔ったように楽しそうに目を細めて話を続けました。
「姉の鞭が薬を意味しているとしたら、
物語は格段に変わってしまうの。
ここで、エンディングを決める地獄について考えるわね。
ネットでは、親より先に死んでしまったトミノ…
なんて説があったけれど、詩のトミノが行く地獄は無間地獄。
親より早く、死んだ子供が行くのは、大正時代の常識なら、賽の川原。
早死にした子供は、賽の川原で石積みをさせられるのよ。だから、トミノは違う罪を背負っている。
日本の地獄もダンテの地獄のように層があって、
無間地獄はwikipediaによると最下層。
もっとも罪深い人が行く場所なのよ。
そして、無間地獄に向かう罪人は、殺生、盗み、親殺し等。
つまり、トミノの罪は親殺しだと思うのよ。」
作者はそこで言葉を止めて私の表情を確認した。
「親殺し…。残酷な設定ですね。
パンデミック設定の話ですから、この場合、トミノが家族に病気を感染させた、と、言うわけですね。」私は作者のトミノのゆくえを憂いだ。
「うん。1918年に作った詩だから、そんな雰囲気があると思う。
拡散者としてウイルスを家庭に持ってきたトミノ。
それによって両親が亡くなる。
そこでトミノと妹を支えていたのは姉。
でも、姉も発病、吐血をする。
総じて、トミノが家庭を支えることになるわ。
人生真っ暗闇の、癒してくれる花すら無い、そんな情況。
まさに、生きてる事は地獄よね?
姉の鞭が、効果の分からない治療や薬を試す姿だとしたら、
幼くしてその薬代から何からを負担しなければいけないトミノはつらかったでしょうね?
でも…それよりも、お姉さんが病死したほうがトミノには辛いことなんだと思うわ。
苦しむお姉さんの様子に、薬代を何とかしようとするトミノ。
それでも…吐血をするほど重症なら、助からないと医者に言われたのかもしれないわね。」
「鞭で叩かなくても…地獄までは一本道。選択の余地がない、と、言う事ですか。」
「うん。姉は死んでしまうのだと思う。
ここで、幼いトミノと妹を引き取ってくれた人がいるんだと思うわ。」
作者は悲しい顔で散る桜を見つめて言った。
「そんな事、この詩にはかいてありませんよ。」
私は少し明るくなる展開をわざと否定する。
どちらにしてもトミノは、地獄へと向かうのです。 それなら、途中の勝手な付け足しなんて、辛さが増すだけです。
「確かに、明確には書いてないわ。
でも、金の羊が登場するでしょ?
春の象徴の鴬と共に登場する羊は、牡羊座の黄金の羊だと思うのよ。
八十は、海外の文学にも明るかっただろうし、
時代的にも、西洋風味に憧れを感じてもおかしくはないわ。
と、するなら、牡羊座のギリシア神話が彼らの人生に影響を与えてもおかしくは無いでしょ?」
作者は表情を変えずに私に聞いた。
「ギリシア神話…アマタイス王の前妻の二人の兄妹を助けた、ゼウスの黄金の羊、ですか?」
私は牡羊座の物語を思い出しながら聞いた。
図書館から借りてきた星座の本を夢中で読んでいた少女の作者を思い出した。
あれから随分と月日が流れましたが、
12星座のはじめの星、牡羊座の伝説は、今でも作者の胸に生きているのでしょう。