時影、近代魔術を語る 62 西条八十12
コーヒーを飲み終わって作者は私に笑いかけて話をはじめた。
『トミノの地獄』
音読すると何か恐ろしいことがあると都市伝説になった詩である。
この詩には三人の登場人物がいる。
トミノと姉と妹だ。
この詩はトミノの地獄巡りの物語で、三人の人間関係がよくわからない。
トミノと妹は仲が良さそうなのだか、
姉は吐血したり、鞭を振るったりする。
「この姉と妹との関係が極端でよくわからなかったけど、『パラサイト』の為に東洋医学を調べていて、面白いことを知ったのよ。」
作者は少し得意気にそう言って説明を続けた。
東洋医学の基礎を築いた伝説の人物に神農と呼ばれる人物がいる。
この人は、沢山の植物を試食してその効果を記録していったのだそうだ。
『神農本草経』と呼ばれる著作が有名で、東洋医学の本を読んでいるとよく登場するので、覚えておくと良いと思う。
とにかく、作者はwikipediaで神農について調べていたときにある記述に興味をもつ。
それは、神農が植物を採取する方法だ。
神農は、植物を採取するのに赤い鞭を使ったのだそうだ。
そして、刈られた植物を片っ端から試食したらしい。
「これ、読んでいてゾクッとして、『トミノの地獄』を確認したわ!
それで確証をえたのよ。
姉の振るう鞭は、詩の中でトミノには直接当たってないの。
この鞭は、トミノを痛め付けるための拷問道具ではないの。
これを踏まえて、パンデミックで物語を構成するわね。」
作者はそう言って微笑んだ。
姉の振るう鞭が、神農を元にした新薬を探す様を表すとするならば…
この詩の世界観は、また違うものになるのです。
グレンフィディックを片手に私は作者の物語に耳を傾けました。
月明かりの中、少し肌寒い気がしましたが、作者は新しい発見に頬を高揚させながら話を続けています。
私はそんな作者を見つめながら、YouTubeでリストの『愛の夢』をかけました。
二人だけの世界で、ピアニストの優しい音色が縁側の廊下で月の光に包まれながら私達をつつんでゆきました。