時影、近代魔術を語る 59
幻想的な月明かりの下、庭の小さな桜の花を眺めながら作者はグラスを片手に山本リンダさんの『どうにもとまらない』を口ずさんでいます。
作品作りが、どうにも止まっているのですが…
私は少し困りながらも、場違いな激しい音楽に、懐かしい小さな女の子の幻を探していた。
筒上のお菓子の入れ物をマイクに変えて、可愛らしく歌っていた私の少女は遠い昔に私の手の届かないところへと行ってしまったと言うのに。
「はぁ…、リンダ、久しぶりに聞いたわ。
なんか、脱線したけど、ディアドラについて話すわね。
なんか、光源氏みたいに赤ちゃんから奥さんを育成してきたアルスター王。
東洋、西洋関係なく、こう言うのは男のロマンなのかしらね(-"-;)
私は育てた男の子を旦那にしたいなんて考えたことないけど、
ともかく、ディアドラは好きな男と駆け落ちするけど、アルスター王の方が一枚上手で恋人が死に、
ディアドラは、アルスター王に囚われるわ。
そして、王を否定したために怒りをかうの。
王は、ディアドラを辱しめ、いじめようとするのよ。
ディアドラは絶望して隙を見て自害をするのよ。」
作者は一気にそう話して、グラスを空けた。
「それでも…人はスコットランドへと向かい、
現在では、スコッチウイスキーと言う名と共に世界にその美味しさを伝えている訳ですね。
亡くなってなお、ディアドラと恋人がイチイの木になり、絡み付いて離れなかったように…。」
私もそう言って残りのボルモアを飲み干した。
潮の薫りが、鼻孔から放たれて、死してなお結ばれた恋人の物語に心地よい酔いを加えてくれる。
「うん。イチイって西洋ではお墓の植物らしいわ。 だから、花言葉も『悲しみ』とかなんだって。
毒があるらしくて、動物避けに墓場に植えられたみたいだよ。
日本では、高級木材として良い意味があるらしいわ。」
作者はそう言って月を見上げた。
この人は、悲恋の恋人たちの話に、なにを感じているのだろう?
「日本ではイチイは一の位と書いて一位。笏の材料でしたね。」
「らしいね…知らないけど。
まあ、これは擬人化した話。でも、これは『パラサイト』の設定考察だから、ディアドラをウイスキーの醸造の為の菌類と仮定するわ。
それが、ウイスキーか、他のものかは知らないわ。
でも、あるときそれが、出来上がったのよ。
仮にウイスキーで話をするわ。
ウイスキーは、アルコール度数が高くて、火をつける燃料にもなるし、
消毒やら、植物の有効成分の抽出…つまり、薬としても役にたつわ。
反面、依存性もあり、飲み過ぎれば体を壊す…毒の面もある。
この扱いについて、当時のシャーマンで知識人のドルイドが止めたのではないかしら?
例えるなら、麻薬のようなものね。
麻薬と呼ばれる薬品のいくつかも、はじめは主に鎮痛剤として販売されたのよ。
それで、当時のアルスター王は、厳しい制限を設けて製造したのではないかしら?
それを、外国の人間が盗んで逃げようとしたのよ。
それなら、国民も戦争をしてでも守る気持ちになると思うわ。」
作者は眉を寄せて、なにかを考えながらそう言った。
「浪漫は無くなりますが、確かに、その方が分かりやすいですね。
けれど、結局は盗まれてしまう、と、言う結末ですか。少し…寂しいですね。」
私は、ボルモアの酔いに包まれた物語が消えて行くのを少し憂いながら言った。
「人間側の話なら、ね。
けれど、これは、菌類が望んだ話としたら、どうかしら?
新天地を夢見るのは、他生物も同じだわ。
より遠くに、より良き環境に、子孫を増やそうと考えて、そう、酵母がスコットランドへと向かいたいと考えたとしたら…
なかなか、興味深いでしょ?」
作者はそう言って考えに沈んだ。
「人知を越えるモノ…ですか。菌類の生存戦略としては、悪くないのかもしれませんね。」
私はその話をきいて、二杯目はスコッチウイスキーにしようと決めた。