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第四話:観戦

 昼休み明け、D科による模擬戦の見学授業。担任を含め、クラス内のほとんどの人間が、クラスに設置されたモニターに目を向ける中、俺は手元の春休みの課題に集中していた。


 旧人類と現人類の違いは何か、簡潔に答えなさい。


 この問いに用意された解答スペースは一文程度。となると、かなり要約する必要がある。

 そう思い、しばらく悩んでみるものの、いまいちピンと来ない。

 遠まわりになること覚悟で、前学期の授業を思い返しながら、代表的な四つの違いを心中で確認する。

 分かりやすい所から行けば……まぁ、"|憑依部位(ディー・リージョン)"だろう。

 人によって場所部位も、外見見た目も、中身能力も、何もかもがバラバラなそれは、憑依した悪魔の本体が居るとされ、今の世の中では外見や学歴などに並ぶ、重要なステータスの一つだ。

 そりゃそうだろう。個人で今までの物理法則をたやすく捻じ曲げれるような物が、ステータスにならないわけが無い。


 それと関連して、"付属変異(エンチャント)"。

 憑依部位(ディー・リージョン)を本体、つまり頭脳あるいは心臓とするのならば、それに合わせた肉体からだが必要となる。

 例えば火を自在に噴出できるような憑依部位(ディー・リージョン)ならば、その火に耐えられる体が必要になる。

 これら悪魔が行う人体の変異改造――それが付属変異(エンチャント)だ。

 よって、憑依部位(ディー・リージョン)と同じくその恩恵は各人で異なる。

 余談だが、俺の場合は脳が変異している。場所が場所だけに、どういう変異なのかまでは、詳細な検査はできていない。

 が、恐らく、瞳で受け取る常人より遙かに多い情報を、処理するための変異だと専門の医師から教わった。


 あとは……と、残りの二つを思い出そうとした瞬間、モニターからけたたましいブザー音が鳴り響き、思わず顔をしかめる。


「池園亮平、死亡判定につき、第三試合終了」


 ブザー音と立ち替わり、判定プログラムが抑揚なく勝負の結果を告げる。

 その声を聞いて、がくりと場内にいた両者が崩れ落ちる。

 無理もない、今の今まで戦っていた二人は、今日の試合でもかなり具合がひどい。

 片や喉元から血を流し、全身には大小無数の切り傷、特に右の太股のは半ば程までガッツリ刻まれている。

 もう片方は主に腕や肩に、パンチで穴を開けられたような穴が無数に穿たれている。

 ただし、そのどの傷からも、血の痕はあっても出血はほとんど無いに等しい。いや、そもそも傷と言う呼び方が相応しくない。塞がれた傷は、もはや傷痕と呼ぶべきだろう。


 そして、これも代表的な違いの一つ――|自己再生(リジェネーション)だ。

 よくある勘違いの一つだが、悪魔が憑いているのは憑依部位(ディー・リージョン)のみではない。本体がそこに居るとされてるだけで、それ以外の部分とて見た目に変化がないだけで、細胞の一つに至るまで悪魔は宿っている。


 もはや、現人類と悪魔との間に境界はない、と言えるぐらいに。


 だからこそ、悪魔は現人類自分を全力で治癒する。それがどのようにして実現しているのか、そも損失した体液等がどう賄われているかは、未だに謎だ。

 いわば、あらゆる憑依部位(ディー・リージョン)、あらゆる悪魔が等しく持つ能力と言って良い。


 ――ともあれ、なんとなく回答こたえは思い浮かんだな。と、ここでようやくペンを取り、解答欄に記入を始める。


 旧人類に比べ、現人類は単体での生存能力が向上している。


 スペースにピッタリと当てはまった文面からは、確かな手応えを感じて思わず軽く頷く。

 一つ思い出さぬまま終わったが、まぁ回答ができたし別に良いか……まだ解かなければいけない問題は山積みだしな。

 傍らにある紙の束を見てげんなりする。

 しかも、まだこの目の前の課題を終わってないとと来た。くそ、春休みの俺はかなりご機嫌だったらしいな。ダラダラしてた覚えしかないけどなっと、気を取り直して次の問題にいこう。

 悪魔が持つとされる、新種のエネルギーの名称を答えろ。

 こいつはそんなに難しくないな、と解答欄の上のペン先が滑らかに動く。


 ――魔力(マギカ)。悪魔の持つあらゆる能力の根源みなもと。


 時空から粒子に至るまで、この世のありとあらゆる物に干渉可能な万能ネルギー。

 大転(De-Mon)( Fall)前の学者なら鼻で笑っちまような説明だ。加えて、その実態はほとんど謎なんて伝えた日には、小学生からやり直してこいってな物だろうが……これが事実だから困るよな。

「医療スタッフは速やかに応急処置をお願い致します。また、五分後に第四試合を実施します。第四試合の対戦者は速やかに待機室に移動をしてください」


 何となしに苦笑いを浮かべる俺をよそに、再び合成音声が淡々と指示を出す。横目でモニタを眺めてみれば、専門の医療スタッフが二人に駆け寄り、手慣れた様子で点滴を刺したあと、それぞれの憑依部位(ディー・リージョン)に注射を打つ。

 |増魔剤(エーテル)だ。

 魔力は体力や酸素、血液などと同じく、過度に消費すると動けなくなることもあれば、最悪死ぬ可能性もある。

 その為、基本的には模擬戦の後は例外なく、増魔剤(エーテル)を摂取させる。

 もっとも、本来は今のように会場で注射するのではなく、医務室で薬を飲ませられるようなので、今回はやはりよほど消耗の激しい試合だったのだろう。


 などと、ぼんやりと考えを巡らせながら、その他の解答欄を程ほどに埋める。

 ……よし、とりあえずこの程度書いておけば、最悪このまま提出しても突き返される可能性はないだろう。

 そうして、次の課題に写り、他が雑談するなか黙々と問いを解いていく。

 すると、その集中を断つするように、再びブザー音が鳴る。

 第四試合が始まるみたいだな。……組み合わせだけは確認しておくか。

 そうして目を向けると、ちょうど見慣れた顔がアップで映る。冷然とした瞳、短めの艶やかな髪、余裕を感じる笑み――明日華だ。

 明日華が映ったことで、にわかに教室内が騒がしくなる。担任がなだめて雑談は収まるものの、浮き足だった雰囲気までは拭えない。

 明日華はD科内で上位には入るものの、際立って強いと言うわけではない。俺から言わせれば、戦い方もかなり地味だ。

 それでも、一番人目を引く選手はあいつだ。何せアイツには()使()が憑いてる。


「第四試合。春岡明日華、対、佐古(さこ)永佑(えいすけ)。シャッター開放」


 試合の準備ができたらしく、合成音声のアナウンスと共に、訓練場を横断していたシャッターが下がっていく。

 ここでようやく、訓練場内の学生は互いを知る。実戦を想定し、直前まで戦う相手に関して分からないようになっているのだ。

 まぁ、一年もすれば一目見て思い出せるぐらいには相手の情報がわかってる以上、どれだけの意味があるかって話だけどな。

 月一程度でしか見学しないP科生の俺ですら、佐古の憑依部位(ディー・リージョン)やどんな能力を持ってるかぐらいは分かる。


 ――なんてしたり顔で言っても、憑依部位(ディー・リージョン)については一目瞭然だけどな。

 と、佐古の両手を見て思う。左は白い肌でかなり大型、右はやや褐色で太め、こんな非対称的な手が憑依部位(ディー・リージョン)でないはずが無い。

 そんなことを思いながら顎を擦っていると、いよいよ試合開始のアナウンスがなり始める。


「シャッター開放完了。カウントダウン。第四戦開始まで、五、四、三、二、一……」


 ゼロ、と告げた瞬間、佐古が即座に動き出す。

 佐古は腰に差していたナイフを右手で抜きながら、砂を蹴りあげて距離を積める。

 対して、明日華は右手を合掌の形に、その手の平にゆるく拳を作った左手の親指をに押し付ける奇妙な格好で、相手を待つ。

 佐古の疾走に対して、静止したままの明日華。当然、距離はグングンと詰まって行く。

 そうして、両者の間が五メートル程になった瞬間、満を持して佐古がナイフを持ち変える。

 右手から左手に、ナイフから大剣に。

 言わずもがな、これは手品の類ではない。持ち手や握り方などにより、手その物と持った物を変化させる魔手――"手を変え品を変え(バラエティ・ハンド)"の能力によるものだ。

 その質量からか、大剣の剣先を地面すれすれまで下げるものの、佐古は足を止めぬまま距離を詰め、


「ぬんッ!」


 気合いの唸りをあげ、その速度を遠心力に転化させるように右に身を捻り、斜めに切り上げる。

 砂塵を巻き上げながら放たれた斬撃は、明日華も斜めに寸断――する筈がなく、モニターからは一瞬の金属(かね)の悲鳴が聞こえたかと思えば、呆気なく虚空を薙ぐ。


 (さば)いたのだ。


 その証拠に明日華の体は愚か、身につけた服にすら傷はなく、その手にはいつの間にか、白銀に輝く片刃剣が握られていた。

 まず間違いなく、知らぬ者がその剣を見たならば、美術品ないし祭具と判断するだろう。

 それ程までに剣は美しく、また彫られた意匠は繊細にすぎる。

 だが、事実はそれと異なる。むしろ逆、あの剣はこの世のあらゆる物質よりも堅く、そしてしなやか。

 あれはそんな矛盾した性質を持った剣、この世あらざる剣――魔にして魔ならざる剣。


 ややこしい話だ、と。クルリ、ペンを回しながら思う。

 現人類は全て悪魔憑き。この事に偽りはなく、例外もない。

 だが、ごく一部に悪魔憑きでありながら、憑依部位(ディー・リージョン)を持たない人間は居る。

 それこそが|天使憑き(エンジェリック)と呼ばれる希少な悪魔憑きであり――春岡明日華がそれだ。


 天使憑き(エンジェリック)には、それぞれ憑依部位(ディー・リージョン)の代わりに|憑依武具(ディー・ウェポン)と呼ばれる物を、体の一部から生成することができる。

 詰まるところ、その憑依武具(ディー・ウェポン)こそが明日華が手にした剣であり、天使から与えられた魔剣ならぬ聖剣だ。


 聖剣に大剣が捌かれたのを見て、佐古はすかさず大剣を手放し、距離を開けた。

 明日華がそれを追わなかった為、いまは互いに数歩ほどの距離で呼吸を図っているような状態だ。

  一見して、大剣を捨てた佐古が一方的に不利に見え、またそれを追わなかった明日華が判断を誤ったように思えるが、そうではない、

 折よくカメラが引いたのに合わせ、先ほど大剣が捨てられた場所を見る。

 そこには大剣の姿など影も形もなく、ただ地面が広がるのみ。きっと、その地面にある砂粒のどれかがあの大剣なのだろう。

 そう、最初のナイフとて元を正せばただの砂粒。佐古の魔手に掛かれば、ただの砂粒とて武器に変化(ばけ)る。

 そして、砂粒ぐらいならば、幾らでも忍ばせる場所はある。


「シィッ!」


 明日華が動かぬと見て、佐古が気を吐く。

 一瞬、手元がブレたかと思えば、その時には既に二つの手裏剣が投擲された後。

 遠くのカメラからは取られられぬ早業だったが、明日華は余裕の笑みを崩さぬまま自分に向けてまっすぐ飛んできたそれを聖剣で弾く。

 元より当たるとは思っていなかったのだろう。佐古は次々に手裏剣を投擲し、その数の分だけ金属同士のぶつかる音が響く。

 音が合計が二桁に達した所で、すかさず佐古が構えを変える。

 今までは片手一枚ずつ手首のスナップ主にして投擲していたところ、両手を左の脇に構え、スイングする。

 然して、次に投擲されたのは金属網であった。空中で花火のように広がったそれは、常人であれば生身の肉体のみで完全に避けるのは厳しかっただろう。


 だが、そこの居たのは明日華であり、天使憑き(エンジェリック)だ。

 天使憑き(エンジェリック)に与えられた力は憑依武器だけじゃない。ただただ、頑丈な道具などが悪魔の、天使の全てであろうはずがない。

 悪魔に契約が付き物なように、天使と言えば加護(エンチャント)が付くのがお約束だ。

 天使の加護(エンチャント)は悪魔とはと比べて実に単純――あらゆる身体能力の向上。拍子抜けするほど、単純だ。

 だがしかし、俊敏な足、鉄の心臓、強靭な腕、明晰な頭脳、器用な手先……他に何が必要ある?


 事実、明日華は広がった網を後方へのたった一跳躍だけで避け、かと思えばこれまでの停滞が嘘のように一気に間合いを詰める。

 その急変に佐古がかすかに焦りを浮かべて退くも、後退と前進どちらが速いかなど明白で、ただの悪魔憑きと天使憑き(エンジェリック)の身体能力差など語るも馬鹿らしい。


「アッ!」


 と佐古が言う間に、距離を詰め、最初のお返しと言わんばかりに右下から左上への切り上げ。

 寸での所で佐古の大型の盾に変え、両手で構える。

 予想されるのはこの試合十何度目かの金属音。されど、呼吸一つの間を経ても、そのような音はない。

 代わりに鳴るはジャリンと揺れる鎖の音。振り上げた右手と対になるように、腰元に回った左手はいつの間にか腰のポーチに括り付けられた手錠を手にしている。

 至近距離なのに加え、盾により大きく損なわれた視界、その視界の範囲内には大きく振りかぶられた聖剣となれば、もはや佐古に手錠の存在に気づくことができるはずがない。

 そうして、死角から忍びでた手錠は容易く盾を構える佐古の手を拘束。動揺している隙を逃さず、今度は両足を同じく手錠で繋ぐ。

 健気に跳んで逃げようとする佐古の顔面を、明日華は容赦なく聖剣の柄尻で打ち付け、意識を揺らす。

 それでもジタバタと抵抗するものの、そんなのが通用するはずもなく、あっさりと色合いが異なる手錠を手首に掛けられる。

 手首に二つ、足首に一つ、都合三つの錠が掛けられて、ようやくブザー音が響く。


「佐古永佑、"拘束"につき、第四試合終了」


 その無機質な声を受け、いつの間にか静かになっていた教室に、爆発的に声が溢れる。

 クラスメイトが男女問わず、口々に「すげぇ!」あるいは「すごいね」などと言い合い、誰かがその賞賛の合間を縫って問いを――もとい、確認の言葉を投げる。


「これで通算何回目の拘束達成だよ?」

「今回ので二十一回目だよ! ありえねぇ、二年になっても続ける気かよ、あいつは」


 クラスメイトが試合開始前、そして試合終了後にここまで騒ぐのには二つ理由がある。

 一つは明日華が天使憑き(エンジェリック)だからだ。しかし、この理由は最早過去形にしてもいいだろう。いくら希少な天使憑き(エンジェリック)でも、一年も経てば物珍しさも薄れる。

 となれば、必然的にもう一つの理由が本命となる。

 その理由とは明日華がこの一年の頃から続く模擬戦において、三種類ある勝利条件の内、最も難易度が高いとされる"拘束(キャプチャー)"以外を狙わないことにある。

 拘束(キャプチャー)が認められる条件は、手足を指定の道具で拘束することに加え、憑依部位(ディー・リージョン)に応じた無効化処理――今回の模擬戦で言えば、最後に付けた色違いの手錠――を実施する必要がある。

 何度聞いても面倒くさい条件だ。そして、それはD科生でも変わらない。むしろ、得点に響くD科性こそ、このような煩雑な上に反撃を食らう可能性が高い条件を達成しようとは思わないだろう。

 ま、だからこそ、面白いし、あいつもやるんだろうけどな。明日華の奴はあれで人を楽しませるのが好きなエンターテイナー気質な所があるからな。


「しかし、最後のアレ、どうなってたんだろうな」

「あーあれな。何か、おれ剣が短くなってた気がするんだよなぁ」

「いやいや、上で振り返ぶってるのよく見たけど、そんなことはなかったぞ」


 最後のアレ、と言っているのは佐古が盾を構えた時の話だろう。

 佐古からすれば、あれは思考の範囲外の出来事だったに違いない。

 推測に過ぎないが、あの男はこう考えていたはずだ。


 まず、切り上げを確認。ここまでの速度も踏まえて考えると、そこから急静止は不可能と判断。視界の犠牲を覚悟の上で大盾に変化させ、受け止める。

 全身を利用したフルブロックならば、加えて片手による斬撃ならば、いくら天使憑き(エンジェリック)の明日華とて反動で隙が生じる。

 その隙に乗じて、大盾を武器に変化させて反撃――とまぁ、こんな流れだったのだろう。決定打となる可能性は低いだろうが、急場で考えたにしては十二分にすぎる。いや、下手すると距離を詰められて動揺していたのも、油断を誘う演技だったのかもしれない。


 だが、実際にはそうならなかった第一段階の盾による防御が、そもそも素通りされてしまったからだ。 

 盾による死角を考えると間違いなく、あのカラクリは佐古から見えない。そして、背後から見れるとは言え、カメラでは動きが小さすぎて分かり辛い。

 言ってしまえば、二番目に答えたクラスメイトが正解だ。

 あの瞬間、剣が短くなっていたのだ。厳密に言うならば、外に出ている部分が短くなっていた。

 究極的に言えば、聖剣、いや憑依武具(ディー・ウェポン)なぞ振るう分には超頑丈な剣にすぎない。だが、その鞘は別だ。

 あらゆる憑依武器は持ち主の体の一部を通して仕舞われ、取り出される。

 最初の一合を見れば分かる通り、明日華の場合は手の平を通して、聖剣が取り出される。


 つまり、あの時のカラクリはこうなる。


 切り上げる途中で盾を確認した明日華は、すかさず持った右手の平に、聖剣を柄から自分の体に収納して行く。

 そうして、盾に触れない、あるいはかすめる程度まで短くした後、振り上げる勢いを利用。今度は収納した聖剣を滑るようにして取り出し、何事もなかったように剣を見せてプレッシャーを与えるのと同時に上手く佐古の動揺を誘う。

 最悪、手錠が躱されたとしても、明日華は如何様にも次の行動を取れていただろう。何せ、大盾では攻撃に移るまでにどうしてもラグができる。明日華の身体能力を持ってすれば、容易く距離を取れし、反応もできる。


 とまぁ、こう言ってしまうと互いのその場その場での判断差で勝利が決まったように見えるが、実際の所ここに明日華のイカサマがある。

 イカサマなんてあいつに聞かれた日には、間違いなく怒られるだろうけどな。

 繰り返しになるが、憑依部位(ディー・リージョン)の代替に天使憑き(エンジェリック)に与えられる物、それが憑依武器だ。

 ただの頑丈でよく切れる剣なぞ、名剣であっても憑依武具(ディー・ウェポン)――聖剣たり得ない。

 聖剣にもまた、祝福が掛けられている。それも、とびきりとんでもない奴が。

 明日華曰く、あの聖剣には目が良い天使が宿っているらしい。未来が透けて見えるほど、上等な目を持った天使が。

 その天使は自分から何かを言うことはないが、明日華が聖剣に触れて問うことで、未来を見た上での助言をくれるそうだ。戦闘に限らず、ありとあらゆることで。

 だからこそ、春岡明日華は迷わず、模擬戦において優秀な成績を残し、躊躇なく他人にお節介を焼き、俺を巻き込む。

 そんな傍迷惑極まりなく、人生楽できる卑怯な能力。

 それが明日華の持つ聖剣が持つ能力――"親切なる隣人(アドバイザー)"。

 傍から見ても全く分からない能力のため、このことを知るのは明日華本人から聞いたことのある奴だけだ。


 ま、だから、右田を含めた他のクラスメイトは知る由もないが、ハッキリ言って組み合わせの時点で結末は見えてた。

 右田の持つ"手を変え品を変え(バラエティ・ハンド)"は、その名が指す通り魔手が変化させる無数の道具ないし手を利用して、多種多様な戦法ができるのが大きな特徴だ。

 親切なる隣人(アドバイザー)はあくまで助言を与えるだけのため、次にどの武器が出てくるか、などは恐らく分からなかっただろうが、その戦法への対処を助言されたら結末は一緒だ。

 威力や範囲でのごり押ししたり、能力を使う余裕が無いほどの速攻ができたら良かったんだろうが ……こればかりはどうしようもないな。


 ただ、これまでの話をひっくり返すようだが、相性は良くなくても、勝てないことはない。親切なる隣人(アドバイザー)による助言がいくら未来結果を視てからのものであっても、相談する明日華は人間だ。

 いくら助言が正しくとも、肝心の助言を貰うための相談内容が誤っていたら意味がない。

 それ以外にも親切なる隣人(アドバイザー)には欠点はあるしな。……この世に悪魔の能力だけで決まる戦いも、人生も断じてない。

 っと、ミスった。いつの間にか、手が止まってた。

 全く、俺はD科でもないのに、何を悠長に分析してる。いま大事なのは、P科の教師たちからの課題点だろ。


 ……はぁ、明日華に求められるであろう、試合の感想を用意したと思うか。

 そうして、課題に目を落とした所で、教室がまたもざわめきだす。

 気になってモニタを見てみると、すぐにその理由がわかる。

 ……転校生に興味深々なのは、どうやらD科だけじゃなかったらしい。特に男子学生は熱心だ。


「あれが城崎護の妹だろ? 本当に小さいんだなぁ」

「クソ、折角顔が見れると思ったのに、ヘルメットが邪魔だな」


 城崎優妃だ。男子学生の言う通り、学校指定のバイザーメットで顔は隠れているものの、その小柄な体躯とメットから微かに溢れる銀色の髪を見れば、誰であるかは一目瞭然だ。

 しかし、確かにヘルメットは珍しい。現代では憑依部位(ディー・リージョン)の能力を見極めることが重要な要素となるため、視角を妨げる装備は好まれない。

 実際、D科生全体でも利用者は少なく、二年に至ってはこれまでに装備したものは居ない。


「あれ? あの娘、銃だけで剣どころかナイフも持ってなくない?」

「本当だ。あれかな? やっぱり、お兄さんのサポート専門ってことか」

「しょうがないでしょ。あんな小さい体で、真っ向勝負なんて無理無理」


 そんな会話を受けて、城崎の武器を確認してみる。

 腰に拳銃ハンドガンを二丁、背中に散弾銃ショットガンを一丁、そして太ももに短機関銃サブマシンガンを一丁……なるほど、確かに種類はあれど全てが銃器だ、

 ヘルメットに加えて、武器が銃器のみとは、随分とキワモノな装備だな。全く、昼休みの件といい、あいつは見た目に反したことをしないと生きていけないのか?


 と言うのも、だ。銃器があらゆる争いの場において主役を張っていたのも今や遠い昔の話。

 脇役として残っては要るが、少数とはいえ降板の話すら出る程がけっぷちだ。

 銃器らを脇役に追いやったのは――もう何度繰り返したことか分からないが、悪魔による変異であり、思い出し損ねていた最後の代表的な違いだ、


 反物力(Anti Force)領域(Field)。悪魔によって変異した細胞が放つ強烈な力場のことで、こいつは魔力を付与されていない物質による影響を著しく減少させる。

 例えば、魔力が一切付与されていない弾丸がこの力場に近づいた場合、その速度が……教科書通りに言うならば、弾丸に与えられたあらゆるエネルギーが肌に当たる前にゼロになる。

 魔力の付与なんて、難しく言ったがこれ事態は物体に触れるだけだ。

 問題はこの魔力が付与された者から離れた瞬間から、消失して行くことにある。更にこの消失の速度は付与者から離れる程に増す。


 お陰で現代のあらゆる銃器における基本的な有効射程は三メートル。これを伸ばそうと思えば、最先端技術が搭載された高級品か、憑依部位(ディー・リージョン)による能力を利用する他ない。

 さらに言えば、熱系統の憑依部位(ディー・リージョン)による暴発の危険性や自己再生(リジェネーション)によるマンストップパワーの低下など、その地位を貶める材料は主役から落として余りある。

 ハッキリ言って、現代の戦闘じゃあ銃器に限らず、遠距離武器は非常に相性が悪い。

 属人性の低さがなけりゃ、今ごろ失伝していてもおかしくない。


 そんなものを主武器するのは、相性の良い憑依部位(ディー・リージョン)を持っているのか、よほどの達人か、もしくは途方もない馬鹿のどれかだ。

 そして、城崎はバカには見えなかった。かと言って、他の二つにも見えない。

 女子に便乗する訳じゃないが、体躯の小さいはやはり大きい。兄貴云々は事実じゃないみたいだが、サポート専の可能性が一番大きいか……?


「第五試合。黒土(くろつち)文香(ふみか)、対、城崎優妃。シャッター開放」


 その声を聞いて、またも自分が熟考していたことに気がついた……訳ではなく、城崎の珍妙な装備を見た時点で、俺はこの試合を観戦することを決めていた。

 明日華の試合で集中も切れたし、この試合さえ終われば、あとはよく知らんD科生同士の戦いだ。この試合の後、集中して終わらせれば問題ない……と言うことにしておこう。


 しかし、対戦相手は黒土か。前に明日華に見せられた勝利数の順位で言えば、ほぼほぼ真ん中だった覚えがある。

 教師陣も城崎の実力を計り損ねているのか? 転入の際にも、いくつか試験等はあった筈だけどな。

 さて、その黒土の装備は女子でも威力を出しやすい薙刀に、防刃繊維の服に加え、要所をプロテクターで守る軽装備。

 城崎とは対照的なほぼ教科書通りの装備。違う部分は一点、ボトムに施された一筋のスリット。

 そこから見えるのは張りの良い美脚ではなく、硬質な輝きを放つ脚とそこに交互に掘られた丸い窪みと細長い溝だ。

 と、そこまで見ていたところで急にカメラが引き、すぐにアナウンスの声がなり始め、淡々とカウントを減らしていく。

 さて、注目の一戦だ。……まぁ、頑張れよ城崎。


 そうして、カウントはゼロに。両者それぞれの得物を手にして距離を詰めていく。

 そしてまた、教室に三度教室にざわめきが起こる。原因は城崎の得物にある。

 薙刀を両手に携える黒土に対し、城崎は拳銃を左右の手に一つずつ――いわゆる、二丁拳銃の構えを取っていたのだ。

 映画の撮影か何かと勘違いしてるんじゃ無いだろうなぁ、オイ。

 思わずそうして呆れてしまうものの、未だにあの城崎が伊達や酔狂でこんなことをするとは思っていない。

 だからと言って、あの二丁拳銃でどうなる……?

 そうして、再び熟考に陥りそうになる俺の耳に、ひそひそと漏れた雑談の声が届く。


「ありゃ、酷いな。本当にD科生なのか?」

「兄貴のおこぼれで受かったんじゃないの」

「あれじゃ、サポートもできなさそうね」


 いつの間にやら教室から期待や関心が失せていき、代わりに嘲弄と失望が入り交じった不快な空気が漂い始める。

 不快。そう感じる自分が居ることに、思わず口許が歪む。

 ……あいつはそんな奴じゃないってか。カッ、ちょっと話しただけでの理解者気取りか。我ながら、単純だ。

 なら、そのつもりで期待しよう。昼休みから散々驚かせてくれた、そのギャップに賭けるのも悪くない。バカに見えるなら、実際はその逆なんだろ?


 馬鹿俺の勝手な期待に応えるように、右の拳銃が吠える。

 距離間は目測でおよそ二十メートル前後、当然ながら銃の有効射程外。

 それがどうしたと言わんばかりに、続いて左の拳銃が吠える。

 威勢の良い吠え声を響かせて放たれる弾丸は、やはり黒土に傷を負わせることはない。

 有効射程以前の問題だ。二つの弾丸はどちらも黒土の対物力領域にさえ入らず、大外れだ。

 そして、三発目。ガラスが割れた様な対物力領域が放つ特徴的な音が鳴り、ポトリと涙のように黒土の瞳から弾丸が零れ落ちる。

 四発目も、五発目も、同様だった。ここに来て、またも教室の空気は変わりつつあった。

 それは銃声が一つ、また一つと重なる度に顕著になっていく。

 ぽつり、教室の誰かが呟く。


「何であんなに的中(あた)たるんだよ……」


 そして、その言葉がこの事態の全てだった。最初の二射以外、城崎の放った弾丸は全て黒土の瞳に着弾していた。

 それがどれだけ異常なことか、どうやってるのか、そんなことは後で良い

 問題はどんな効果があるのか、だ。どれだけ難度の高い技であっても、それが実戦に向いているかは別だ。

 相対する黒土の立場になって考えて見れば、すぐに答えは出て来る――まず間違いなく、踏み込みに躊躇する筈だ。

 着弾寸前まで弾丸が瞳に迫る恐怖、一瞬だけとは言え片目の視界を失う恐怖、そして何より――有効射程に入った瞬間、更に言うならば入るかもしれないと言う恐怖。

 この三つの恐怖は確実に黒土の心を蝕み、判断を歪ませる筈。


 果たして――城崎の意図した通りかどうかは分からないが――黒土は普段よりも数歩前でその足で強く地面を蹴った。

 固めた土塊を砕く鈍い足音をマイクが拾ったかと思えば、よく見なければ分からないレベルの細い地割れが、真っ直ぐに城崎の足元へと走る。

 そして、砂の瀑布が軽々と城崎の体を上空へと吹き飛ばす。

 空中に放り投げられた城崎を確認し、黒土はすぐさま薙刀の届く距離へと移ると、切り上げの構えを取る。

 構えが出来たのを図ったように、吹き上がった砂と共に城崎の体が頭から落下を始める。

 次の瞬間、スピーカーから響いたのは風切り音でも、城崎の悲鳴でもなく――二重となった鉄の咆哮だった。

 咆哮は、これまでと同じく弾丸を放ち、今までと異なり黒土の両手を目指し、初めて肉を抉った。

 両の手を撃ち抜かれたことで、カラン、と構えられていた薙刀が虚しく地面に落ちる。

 その穂先の側に二つの拳銃が落ちたかと思うと、城崎が両の手から着地、落下の勢いを削減するように前転、距離も詰める。


 慌てて薙刀を拾おうとした黒土に対し、いつの間にか抜いた短機関銃を素早く突きつける。

 黒土の顔に一瞬だけ躊躇うような表情が浮かぶものの、すぐさま「降参」と両手を上げる。

 それでも、教室からも、模擬戦場からも緊迫した空気は消えない。

 ブザー音は響かず、機械音声は勝敗を告げない、この試合はまだ終わっていないからだ。

 模擬戦の勝利方法の一つ"投降"の達成条件は、投降宣言を受諾することではない。

 投降を宣言した者を無力化することだ。

 なぜそのような条件になっているかは、投降してきた犯罪者に殺された警官の数を調べればわかる。


 だが、そんな緊迫した空気はパパンと味気なく響いた銃声によって、アッサリと崩壊する。

 城崎の手にした短機関銃の銃口から煙が漂い、黒土が苦悶の声を上げてその場に崩れ落ちる。

 その直後、ブザー音が響き渡り、すぐさま医療スタッフが飛んでくる。


「黒土文香、"死亡判定"につき、第四試合終了」


 そんな中でも機械音声は淡々と判定を告げ、城崎もそれを聞くと後ろで手当てを受ける黒土に目も暮れず、待機室へと戻っていく。

 この結果に教室内では、これまでで一番のどよめきが起こっていた。そして、そのどれもが城崎に対しての批判だ。

 通常、軍でも警察でも、投降を宣言した相手に対しての攻撃は厳禁だ。

 ただし、模擬戦に限って言えば、投降宣言した後も体勢を保っていれば、死亡判定となる。

 にも関わらず、城崎は黒土を撃った。今までにそういったケースはあるが、そのどれもが定期的にある精神検査で引っ掛かるような問題児だ。

 それら問題児たちと、城崎とが同じとは到底思えない。

 だが、現実はこうだ。と、担架で運ばれる黒土が映るモニタをにらむ。

 胸中にあったモヤモヤとした何かが、より濃くなるのを感じつつも、課題を進めるためにペンを手に取る。

 ペン先はなかなか動き始めようとしなかった。

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