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第三話:目が点

『悪いのは人相だけにしたらどうなんですか、アナタ』


 開口一番、薄青の瞳から送られてくるメッセージは、これまでの様相からイメージしたものとは打って変わって辛辣で冷やかなもの。

 あまりのギャップに二の句が継げない。そんな俺はよっぽどマヌケな顔をしていたのだろう。城崎がフフンと満足気に笑う。

 その小癪な顔を見てようやく、気を取り直して、魔眼でメッセージを伝える。


『随分な言い様だな。あんたはもう少しお淑やかと思ってたよ』

『人を外見で判断するなって教わりませんでした?』

『そいつは金言だな。人の顔を見るなり、頭を下げる知り合いにも教えておこう』

『人相の悪くて、校則、法律を進んで破るような人だったら、さすがに危ないと判断しても良いと思いますけどね。特に私みたいに襲われても、怯えて声をも出せない様なか弱い美少女なら』


 軽く鼻を鳴らして、自信ありげに無い胸を張る城崎に対して、俺は頭痛を覚えずには居られなかった。

 はぁ、昨日といい今日といい、ここまで気を使ってたのが馬鹿みたい……いや、馬鹿そのものだ。

 そうして、後悔に身をやつしていると、クイクイが袖を引かれる。


『早く春岡さんにも通訳した方が良いんじゃないですか。貴方があんまり、わたしを睨むものだから、彼女、不安がってますよ』


 睨んでるつもはないんだけどな、と思いながら指差す方を向けば、確かに平静を装っているが、微妙に落ち着かない様子の明日華が目に入る。

 視線だけでやり取りしているため、あいつには全く事の成り行きが分かっていない。不安がるのも当たり前か、元々の発端はあいつだ。

 ……良い機会だ。もう少し、ヤキモキさせてやろう。などとも思うが、手の下りと言い幼稚過ぎるので、止む無く明日華に声をかける。

 待ってたぞ、と張り切った様子の明日華。早く早く、と騒々しい城崎。

 それぞれ視界の左右に入れ、不本意ながら瞳の悪魔を呼び出す。


『おい、二人共伝わってるか』

『こっちは大丈夫だ』

『わたしも大丈夫です。と言うか、その魔眼、複数人対象にできるんですね。春日さんの声もわたしに聞こえましたし……』

『和名じゃあ一応、目は口ほど物を言うって諺が当てられてるからな』


 と言っても、実際には直接伝わってる訳じゃないんだが……わざわざ説明しなくとも良い話だ。

 などと、思いながら明日華と城崎の初会話に耳を傾ける。


『その、なんだ、優妃さんは思ったよりももハキハキ喋るんだな』

『ハキハキも何も、言いたい事を思うだけじゃないですか? 筆談するのに比べたら、格段に楽ですよ。いちいち、意味が伝わるように略する必要がないですから』


 おずおずと奥歯にものが挟まるような言い方をする明日華と対象的に、城崎が怪訝な表情で応える。

 先までと立場が逆になった様子は端から見ると面白い。特に明日華がああいう言い方になるのは、めったにない事だ。なので、ついつい、口を挟んでしまう。


『思ってたよりも可愛くない。そう言いたいんだろ、酷いな明日華』

『違うよ! 勝手に人の代弁をしないでくれ。……ただ、見てた印象や筆談してた時の印象とは、違うと思ったのは確かだよ』

『……誤解させたようで申し訳ないです。そういう意図はなかったのですよ。先程の話の補足になりますが、どうしても筆談だと応答が遅くなるので、少しでも早く返すために略してたんです』


 眉を八の字にして答える城崎に、いやいや私こそ、と明日華。

 おいおい、随分と俺に対しての態度と違うくないか、こいつら。


『しかし、春岡さんは律儀ですね。このデリカシー・ゼロさんみたいにもっとストレートに言って頂いて大丈夫ですよ。春岡さんが思ったようなことは、親類縁者に言われ慣れてますし、私もオブラートに包むのが苦手な性質たちなので』 


 あっけからんとした言葉に、明日華もようやく罪悪感が紛れたらしく、ほっとした表情になる。

 おっと、もう少し謝罪合戦が続くと思ったんだけどな。明日華あいつは人に厳しい分、自分にも厳しい。

 まぁ、それは良い事なんだが、その分ちょっとやらかしただけで、引きずって面倒くさいんだが……ふむ、なかなか良いコンビなのかもしれないな。


『って、サラっと罵倒した挙句、人をダイエット用炭酸飲料みたいに言うなよ』

『そう言われましても、わたしは貴方の名前を知らない訳でして』


 ……言われてみれば確かに、自己紹介した覚えはない。下手に俺が城崎の名前を知っていたから勘違いしていた。



『それとも、春岡さんみたいにマサとでもお呼びすれば?』

『馬鹿言うな、昨日今日あったあんたにそんな呼ばれ方したら怖気が走る』

『随分な言われようですね。全く、昨日わたしの喉のことで素直に謝ってくれた紳士は何処に行ったんでしょうね……』

『ついさっきまで居たか弱い淑女とどっか行っちまったよ。今頃どこぞでしっぽりやってる』

『あら、じゃあわたしは何なのでしょう? 美少女?』


 抜け抜けととぼける顔を見てると、張り倒したくなるが、さすがにこんなことで手を出すわけにはいかない。もっとも、これで相手が男だったら、どうだったかは分からないが。


『はぁ……失礼、私は二年P科所属の相見正通と申します。お嬢さん、貴女の名前を伺っても? これで満足か』

『もう少し努力しましょうと言った所ですかね。言い方が演技掛かり過ぎてますし、わたしはお嬢さんじゃなくて淑女レディです』

『カッ、おませな淑女なことだ。そのキンキンとやかましい口をどうにかしたら、そう呼んでやるよ』

『笑い方も言葉も汚い、更に減点しますよ、全く……』


 そう言って、城崎がため息をつきつつも、こちらに手を差し出してくる。

 意図が分からず困惑していると、一層ため息を深くして近づいてくると、素早く俺の手を取る。

 突然のことに動揺する俺をよそに、城崎が軽く会釈をして言葉を放つ


『ご存知のようですが、二年D科の城崎しろさき優妃ゆきです。以後、よろしく願いますね。相見さん』

『……ああ、よろしく頼むよ。城崎さん』


 丁寧な挨拶と一緒にグッと力の込められた握手。自分の口から絞り出るように出た言葉は、自分でもありありと分かるほど動揺している。


『紳士じゃあ有りませんけど、遊び人でも無さそうですね』

『硬派なんだよ。それより、ちょっと離れてくれないか。仲間はずれにされて、へそを曲げてる奴が居るんだ』


 クスクス笑う城崎から顔を背けたい気持ちを抑えながら、そう視線で伝えて城崎の背後を指差す。

 城崎が怪訝な表情で振り返り……また、クスクス笑い始める。


『お話は終わりかい、正通、優妃さん。だったら、ボクも君たちの寸劇に混ぜて貰えると助かるんだけど』


 そうして、腕を組んで口を尖らせる明日華はまるで小さな子供だ。

 俺も城崎のように笑い出せれば良いんだが、そうなったらいよいよ機嫌が悪くなりそうだ。


『すいません。春岡さん、別に相見さんを取るつもりはなかったんですよ』

『カッ、城崎そりゃ勘違いだ。明日華こいつはどっちかって言うと、あんたを取られて不機嫌なんだよ。そうだよな、明日華』

『後半はともかく、前半はね。もっとも、長い間幼馴染してるお陰で、よく勘違いされるし、されてもしょうがない思うけどね』


 俺と明日華の淡白な反応に『あら、そうですか』と、露骨につまらなそうに城崎が応える。

 そして、それきり言葉が止む。何とも言えない微妙な沈黙が俺たちの間を流れる。

 気まずい、そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、本来姦しいハズの女二人が俺に向けて、なんとかしろと訴えてくる。

 通訳ってそういうもんじゃねぇだろ。そうは思っても、言葉にした所で通用する気がしない。誰か俺に通訳を寄越してほしい。

 馬鹿なこと考えてないで、何か話題でも考えねぇとな……あーそーいや言っとくことがあった。


『そういや、城崎。俺が言うのも何だが、あんまり魔眼の奴を信用しない方が身のためだ。他の悪魔憑きに比べて、やり口が目立ちにくい類の能力が多い分、馬鹿なことをするやつも多い。いつの間にか高いツボだの絵だのを買わされてるならまだマシ、下手をすれば犯罪に利用される可能性もある』


 まぁ、だからこそ、まっとうな魔眼持ちでも、俺みたいに親しい人以外には隠していることが多い。

 犯罪云々に加え、魔眼は他の悪魔憑きに比べて、憑依されているかどうかが分かりづらい上、数自体も少ない。疎まれる理由としては、十二分だ。


『そんなこと、前の学校でも習いましたよ。そんな可哀想な人を見る目は止めてください』

『なら、なおさらもっと気をつけろ。俺の魔眼こいつだって、本当に話ができるだけと思うか? もしかしたら、お前の考えていることを見通すような魔眼めかも知れない』

『だから、分かってますよ。でも、会ってから一日も経っていないわたしを助けようとする、お二人を見てたらそんな事を考えるのも馬鹿らしいと思いません?』

『っでもなぁっ…』


 心底面倒くさそうな城崎の言葉に、反論できずにいると、これまで黙っていた明日華が吹き出すのをこらえるように口に手を当て、体を震わす。

 何がそんなに愉快なのか、と視線で訴えてみるが、顔を手の平で隠している所為で伝わらない。

 なので、やむなく口を開く。


「ずいぶんと楽しそうだな、明日華」

「……ク、クク、ゴメンゴメン。君がそうやって言葉に詰まるのは珍しいからさ」

「随分と高尚な趣味をお持ちなことで。ったく、もういい、確かに城崎の言う通りだな。確かに明日華こいつを見たら、そんな頭の良い事を考えるようには見えないよな」


 そう言って、くしゃくしゃと頭を掻きながら、相変わらず面倒くさそうな表情の城崎に目をやると、すぐさま脳裏にメッセージが反響する。


『わたしは二人って言ったんですけどね。と言うか、どっちかと言うとわたしは貴方のほうがお節介焼き……と言うか、お人好しだと思いますよ』

「はぁ!? 待てよ、城崎。あんた誤解するなよ、この通訳じみた真似も、昨日ゴチャゴチャしたのも、明日華あいつがうるさかったからだ。俺にはあんたに何かしてやろうなんて気持ち一辺たりともない」


 思わず語気を荒げて訴えるものの、城崎はやれやれとでも言いたげに肩を竦め、子供にでも言い聞かせるようにゆっくりと視線で語りかけてくる。


『そうやって、わざわざ注釈や能書きを、いちいち説明する辺りがお人好しっぽいんですよね』

「アッハッハッハ! そうだな、その通りだ優妃さん」

「うるさいぞ、明日華! クソ、もういい、俺ぁ帰るぞ。時間も時間だ」

「何を言ってるんだ、正通。まだ少し時間あるぞ」


 踵を返す俺を引き止めるように、明日華が笑う。

 実際、昼休みの終わりは近いものの、クラスに戻るには少々早い。

 だが、そんなの織り込み済み。こういう時、幼馴染はどう行動するか分かり易いから、ありがたい。


「お前ら二人はこの後、休み明け一発目の模擬戦訓練だろ? 急がないと不味いんじゃないか」

「……っと、忘れてた。確かに着替えの時間を考えると、微妙な時間だな。行こう、優妃さん……優妃さん?」


 明日華の声に気になって振り向けば、何か考え込むように城崎が俯いていた。

 その様子に俺と明日華が揃って首を傾げていると、ハッと城崎が顔を上げる。


「どうした、城崎。訓練服でも忘れたのか」

「それなら、多分一人分くらいなら、スペアを先生が用意してくれてると思うよ。まぁ、どうしても減点は免れないだろうけど、初めてなら大した減点じゃない」

『……いえ、ちゃんと訓練服は持ってきてます。すいません、久しぶりに模擬戦をするので緊張しちゃいまして』


 そうバツが悪そうに頬を掻く城崎の笑みは、明らかに取り繕ったものだ。

 まぁ……何を考えてたにせよ、本人がそう言ってるのであれば、気にしない方が良い。会ってまだ二日の人間なら尚更だ。

 であれば、と明日華が何か言おうとする前に口を開く。


「そうかそうか、そりゃ何よりだ。精々、緊張してくれ今日は俺の科が見学に行くからな」

『へぇ、この学校は他の科も模擬戦を見に来るんですか?』

「あぁ、この学校はちょっと特殊な制度があってねと言っても、まず使われない制度だから、一番は実際にボク達が能力を駆使する姿を見て向上心を養ってもらうのが目的さ」

「つまり、優秀なD科様を見習ってお前らも努力しろって事だろ。そんなことやってるから、D科が浮いてるって事に教師連中は気付かないのかね。ま、とは言いつつ、普段の授業よりは楽で良いんだが」

「もう少しオブラートに包んでくれると、浮いてるD科のボクとしてはありがたいのだけどね」


 呆れた様子で頭を振る明日華に「努力はするよ」と軽く応え、校舎に戻る扉へと体を向ける。

 すると、こちらに駆け寄る音が背後から鳴り、すぐにクイと袖が引っ張られる。

 やれやれ、と内心で肩をすくめて後ろを向けば、すぐに落ち着いた声が脳裏に響く。


『すいません、一つわたしからもお伝えして置くことがありました』


 そう言って城崎は、何か逡巡するように顔を一瞬だけ伏せたあと、これから決戦にでも行くような表情で、他愛もない言葉を俺に伝えてくる。


『ありがとうございます。こんなに話をしたのは久しぶりでした』


 そうして、こちらが何を言う間もなく、俺の脇を過ぎ去り明日華も置いて校舎の中へと去っていく。


「カカ、律儀なことだ」

「何を笑ってるんだよ。気持ち悪い」


 振り返って見ると、何故かジト目で明日華がこちらを見ていた。が、その眼差しはそんな表情とは打って変わって、したり顔が浮かぶような声で語りかけて来る。


『でも、久しぶりにいい顔をしてる』


 そう言ったきりこちらの返事を待つことなく、悠然と明日華が屋上を去る。


「……久しぶり、ね。確かに悪い気分じゃない」


 遅れて出てきた台詞を虚しく響かせ、俺もまた校舎に入る扉に手をかけた。

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