第壱話 終戦記念日
初の本格小説シリーズ投稿です。色々至らない点があると思いますが、どうかドラえもんの如く温かい目で見て行ってください。
西暦2021年 9/3 14:30”帝都”東京
総理大臣官邸
ここ、総理大臣官邸1階の記者会見室では多くの人でごった返していた。その殆どがマスコミ関係の人間であった。
今日、9/3は大東亜戦争の終戦記念日である。歴代総理は毎年この日に、その戦争で亡くなった人への言葉と、今の幾らかは平和な時代への感謝の意を示し、1分間の黙祷を捧げる事となっている。
マスコミは総理が直々に現れて長々と原稿を読み、そして1分間頭を垂れる姿を写しに来ている。
そんな沢山のマスコミの前に1人の中年男性が姿を現した。彼こそ、この国の現内閣総理大臣、阿毎野幅切であった。
彼はマスコミ等の前に立ち、近くにあるマイクを手にとって喋り始めた。
「国民の皆様、こんにちは。マスコミの方々も早朝よりお越し頂いた様で、ありがとうございます。」
まずは挨拶と礼から入る。
この総理は以前の阿毎野総理は他の国会議員や歴代総理大臣と比べてもマスコミへの態度がよく、控え口調で喋るのだがしっかりと内政も務めており、国民の多くやマスコミの人間にも人気があった。他にも「国民第一」を掲げ、それに沿った政策も多くしていた。
そんな事もあってか、彼の内閣支持率はこれまで80%を切ったことが無い。
「さて、では本題に入らせて頂きます。
本日、9月3日は国民の皆様も知っての通り、大東亜戦争の終戦の日です。あの悲劇の戦争が終わってから既に75年と言う月日が経ちました。」
余談だが、大東亜戦争は1944年9月3日に終了したが、ナチスドイツが引き起こした第二次世界大戦そのものは史実より遥かに遅れて1947年中頃にナチスドイツの無条件降伏という形で終了した。
阿毎野総理は声を少し抑えて、マスコミの構えるカメラ群に眼を向けながら、しかしどれ一つのカメラに眼を合わせる事なく、話し続ける。
「かの悲劇で、実に160万人もの尊い命が犠牲となってしまいました。しかし、我々はその悲劇から立ち直り、今この平和な世界の実現へと確実に足を進めています。」
阿毎野総理は右手を大きく振り上げ、少し大袈裟に体表現をする。
「そして、かつての敵であったアメリカともいまや強固な同盟を結ぶにいたりーー」
◆◇◆◇◆
同刻 那覇空港空軍基地 待機室
そこに4人の男がいた。彼らは皆真剣な眼差しでテレビを見ている。その画面に映し出されているのは勿論、阿毎野総理の記者会見である。
『ーー無念の内に亡くなってしまった方々の思いを忘れず、我々はーー』
そのテレビを一際真剣な表情で見ているのは、草薙信剣中尉である。彼の祖父は大東亜戦争で亡くなっていた。軍人であるないの問題以前に彼の祖父の死のせいもあって毎年、彼はこの会見に見入っていた。
『ーー黙祷!』
テレビの画面に映し出されている人々が1人の例外無く頭を下げる。テレビを見ている草薙ら4人も頭を下げ、黙祷を捧げる。
ーー本来、この日の黙祷は待機室などでは無く全員外に出て黙祷を捧げるのが普通だが、彼らは、と言うより今この那覇空軍基地を始め多くの軍要所がその様に、言い方は悪いが呑気に外に出て黙祷を捧げている暇は無いのである。(それでも黙祷は欠かさないのだが)
その理由は2日前に起こったある”異常”にある。彼ら4人はその”異常”を調査する『75式汎用回転翼機乙』の乗組員だ。
また余談だが、75式汎用回転翼機乙とは、皇紀2635年ー西暦1975年ーに採用された回転翼機(要はヘリコプター)である海軍の35式汎用回転翼機乙型の空軍型である。米軍をはじめ世界中で採用されている”UH-60ブラックホーク”に性能面で僅かに劣るが、まぁちょっと古いし、その分少し安上がりなので現在もこの乙型や改良型が使われている。
『第2調査小隊員は直ちにヘリ発着場へ急げ。繰り返すー』
機械的な女性の声で草薙ら4人を呼び出すアナウンスが流れた。
「・・・、よし、行くか。」
最初に口を開いたのは信剣だった。
「おうよ。」
信剣の言葉に返事をしたのは同じ小隊仲間の産巣和久だ。
「しかし、何でこんなことになったんだ?」
4人全員が共有するだろう疑問を呟くのは、浅間大上。彼は思った事をその場で口に出してしまう癖がある。
そんな彼の問いに、
「俺に聞くな。そんなもの知らん。」
信剣はぶっきらぼうに言った。浅間は心なしか少し”しゅん”とした感じだ。
少し冷たい言い方な気がしないでもないが、これが信剣の平常運転だ。
「まぁそう言うなよ草薙。浅間も独り言のつもりだったんだろ?な?」
信剣の機嫌が悪そうな応答に、それをなだめる様な口調で口を挟んだのは住吉底筒。彼はこの4人の中で最年長で、4人のまとめ役みたいな存在であった。
「あ、あぁ。そう、そう。」
浅間がぎこちない感じで答える。
「ま、確かに分からんよなぁ、”あの異常”は。」
住吉が天井を仰ぎ、呟く。
「だが、それを探りに行くのが俺達の仕事だ。」
信剣が手にギュッと厚手の手袋をはめて言う。
「さて、行くか!」
産巣が立ち上がり、元気よく言う。本日二度目の「行くか」である。
「おぅ、そうだな」
信剣たちも立って、それぞれの荷物を持って部屋から出て行った。
◆◇◆◇◆
同日 18:30 総理大臣官邸内5階
総理大臣執務室
「ーーThankyouverymuch.Okay.Also」
阿毎野総理の翻訳役の官僚がマイクに向かって英語で喋る。
喋り終えた官僚がマイクのスイッチを切り、「今年は米国の大統領は来ませんでしたね。」と阿毎野総理に言う。
「まあ毎度毎度、来るわけでは無いからな。イギリス首相やフランスの大統領が直接来たのだから、いいのでは無いかね?」
阿毎野総理は「米国だけが全てでは無い」と後付けし、柔らかい椅子に深く背中を預ける。
(特に、今年はな・・・。)
すると、10秒もしないうちにドアが強く開け放たれた。
「総理、入りますぜ。」
総理大臣の執務室のドアをノックもせずに開け放ち、声を発して現れたのは黒いスーツを着た小太りの男。小太りとは言うものの、その身体は引き締まっており、その体型は脂肪ではなく筋肉によってもたらされていることを伺わせる。
「失礼します。」
少し遅れて入ってきた人も男である。この男も黒い・・・否、濃い藍色のスーツを着込んでいる。長身で、悪く言えばヒョロッと、良く言えばシュッとした体型である。
最初に入って来た男が日本国防大臣の倭田建。阿毎野総理とは旧知の仲だ。
次に入って来た男は日本海軍省の岩津角尾大臣である。
岩津海軍大臣が一歩前に踏み出て一礼した後、一つのA4ファイルを差し出す。そこには、”第1演習艦隊第一次捜索調査報告書”と書かれていた。
「例の調査報告書を持ってきました。お目通し願います。」
「分かった、今日中に目を通しておこう。」
阿毎野総理は岩津からファイルを受け取ると、閉じてあるディスクの横に置いた。
「岩津君はコレだろうけど、”わだ”君はどうしたんだね?と言うかいい加減、ノックの一つぐらいして欲しいのだが。」
阿毎野総理の少々非難的な視線は岩津から倭田に向いていた。見たところ、彼は手ぶらである。
倭田は阿毎野総理の”わだ”発言に少し顔をしかめるがすぐに顔を元に戻し、
「”わだ”じゃねえ、”やまとだ”だ。まぁそれについては悪かったよ。・・・少し、コレをね。」
と行って倭田はポケットから何かを取り出した。
彼がポケットから取り出したのは小さなプラスチック性のケースに入った更に小さな、それこそ小豆程の大きさのチップである。
それを阿毎野のディスクに置き、倭田は若干強面の顔を阿毎野の顔のすぐ近くまで寄せ、小声で喋る。
「DLIRが例の調査中に見つけた某国の機密情報だ。くれぐれも扱いには注意してくれ。核とかその辺に関する情報もある。」
これに阿毎野も小声で返答する。
「分かった。暫くはこっちで預かろう。」
倭田は「ああ、頼む。」と言って顔を阿毎野から離す。
「じゃあ、我々はコレで。」
そう言い、倭田と岩津は執務室を後にした。
◆◇◆◇◆
同刻 首相官邸内 国防大臣一行
執務室を後にした倭田国防大臣と岩津海軍大臣は首相官邸内の廊下を少し速いスペースで歩いていた。
「岩津君、例の件は片付いたか?」
突然、倭田が岩津に喋る。
「いえ、まだ。捜索を続行してはいますが・・・。」
岩津は力なく答える。
「陸軍も捜索の協力を申し出ている。かなり躍起になっているぞ。」
「分かっております。那覇基地と呉鎮守府から新たな捜索隊が3時間前に発進しました。まもなく、見つかるはずです。」
「既に2日たつんだ、さっさと見つけてくれよ?」
「無論です。」
倭田は一度立ち止まって振り返り、岩津の肩を掴む。
「今の所そんな情報は入っていないがもし万が一、外国組織が絡んでいたら・・・どうなっても知らんぞ。」
倭田は元々強面の顔を更に怖くして岩津を威嚇するように言う。
岩津も顔を真剣なものにして、「分かっております。」と一言言って、
「では、私はこれで。例の事もありますので。」
岩津は首相官邸を後にした。
1人残された倭田は、暫く首相官邸をほっつき回った後に喫煙所を見つけた。
「お、丁度いいな。」
今日はこの後予定も殆ど無いので、暫くブラブラしても大丈夫だろうとの判断で一服する事とした。(尚、首相官邸をほっつき回るのも、たいがいブラブラしている)
そうして少しの間、煙草をプカプカやっていると、珍客が現れた。
「おや、これはこれは国防大臣殿。」
まったりと気を抜いているところで急に声が掛かると人はそれが知人の声だとしても少しはビビるものである。
倭田もその例に漏れず、ビクッと肩を跳ねさせた後、「何だ、脅かすなよぉ。」と強面の顔に僅かにやんわりとした笑みを浮かべる。
「いえいえ、申し訳ありません。驚かすつもりは無くてですね・・。」
倭田の振り向いた先には通常礼服に身を包み、軍帽を浅めにかぶった男が立っていた。
彼は日本海軍聯合艦隊司令長官、国野立尊海軍大将である。
「君も、これかい?」
倭田は手に持った煙草を振って見せる。
「ええ。ご一緒、宜しいですか。」
「かまわんよ。」
国野は「ありがとうございます。」と言って、持っていた鞄から煙草を取り出すと倭田の隣に座り、今度はライターを取り出して火をつける。
カチッカチッ
「あれ?」
火がつかない。何度もヤスリを回すが、彼のライターに一向に火がつかない。
「オイル切れてんじゃねえの?」
倭田が煙草でライターを指して言う。
国野はライターの透明なプラスチックの部分を凝視する。
「・・・本当ですね。オイル切れを見つけやすいようにコレにしてるんですけどねぇ・・・。」
国野が持っているライターは、倭田が持っているような「ジッパー・ブルー2」(ZippaBLU2)といったブランド物では無く、そこらの100円均一ショップで売られている、いわゆる100円ライターである。
「はは、まぁいいや。特別にこれ使わせてやろう。」
「あ、いや、ありがとうございます。」
国野は倭田の持っていたジッパライターで煙草に火をつける。
「ふぅ、助かりました。」
「何々、ライターの一つや二つで礼を言ってもらっちゃ困るぜ?」
ははははは、と笑いを零す2人だがすぐにその笑いは収まる。
「「・・・。」」
話題が出ない2人の間に微妙な空気と沈黙が訪れる。
「国野、やはり艦隊の件か?」
沈黙を破ったのは倭田の方だった。
「・・・彼が中露に捕らえられたり台風で艦隊を全滅させる程無能だったとは思えません。ましてや、帝国を裏切ったなど・・・。」
国野は歯切れ悪く言うが、言葉には力がこもっていた。自責の念である。
「それは分かっとる。だが、現状その3つの何かしか考えられねぇ。」
倭田は国野の意見を半ば肯定しつつも、現実的な事を口にしかしない。
倭田と国野の話はほぼ平行線だった。
「何か、我々でも認知出来ていない現象が起きていると考えるのはどうですか?」
国野が、はたと思い立ったように指を立てて提案した。
「専門外ですが、当時のあらゆるデータを調査する必要があると思います。あまつさえ『大和』や『矢矧』を失っているのです。」
倭田は「ふむ。」と顎に手を当て考えるそぶりを見せる。
「艦隊の事もそうだが、君はもっと個人的な事情じゃないか?」
「?」
倭田の質問に彼は、何のことでしょう?と言ったような顔をする。
「息子が『大和』に乗っているんだろう?」
その途端、国野の顔から感情が失せる。
「・・・・・。」
「心配ではないのかい。」
「・・・出来の悪い倅です。私は民間へ行けと言ったのに、いうことを聞かずに海軍へ入って、中途半端に実力があるばかりにポンポンと・・・。」
国野の言葉に倭田は驚いた。国野の息子は倭田の記憶が正しければまだ齢二十代そこらだったはずだ。その年齢で彼の息子は大佐の階級なのだから、普通は「すごい」の一言に限る。
まぁ、恐らくはそういう意味での「出来の悪い」では無いだろうが・・・。
「出来の悪い、ね。それでも心配ではあるのだろう?」
「なるべく仕事に私情は挟まないタイプでして。・・・そろそろ戻らなくては。」
国野は倭田の質問から逃れるように「それでは。」と一言添えて立ち去った。
「・・・・・・。」
煙草の吸殻から出る灰色の煙が喫煙所を所狭しと染め、鼻腔の奥を突くなか、倭田は廊下の奥に消えゆく国野の背中を黙って見送っていた。
もし、誤字、脱字等を発見したら、コメント等で教えて下さると幸いです。