第参拾漆話 紛紜
多分今年最後の「いか旗」でございます。お納め下さい。
???
第1演習艦隊旗艦 戦艦『大和』
艦橋
『目標群a、反応消失!』
「よし・・・。」
シートに背を委ねるなかで、蔵斗は自身の策略が成功した事を安堵した。
戦艦の主砲で本格的な対空戦闘など古今東西聞いた事がない。それだけに、正直、成功するかどうかは“掛け”の部分が割合多かったが・・・どうやらそうでも無かったらしい。
それというのも、この『大和』に(無理矢理にでも)ガン積みされたハイテク機器の性能と、それを扱う乗員達の練度は、この迎撃を成功させたのに十二分な説得力を持っているように彼には感じられた。
―――しかし、その安堵も数瞬のこと。状況はさほど変わっていない。
『敵編隊b、及びcが増速。現在距離17浬―――。』
「主砲1番2番、続いて迎撃。1番はb、2番はcを攻撃せよ・・・!」
『―――了解。』
蔵斗がマイクのインカムを離す前に、伊藤が付け加える様に言った。
「三式弾で撃ち漏らした敵機は、『冬月』と『涼月』に迎撃を任せよう。・・・あまり彼らの仕事を取っては、済まないしな。」
「了解しました。」
『両翼の『冬月』、『涼月』・・・本艦の射線より離れる。』
ジリリリリリリ・・・・・‼︎
同時に、主砲発射を報せるブザーが鳴り響いた。
それが鳴り終わり、数秒後・・・。
『主砲、っ撃ェーッ‼︎』
ズドオォォオォォーーン‼︎
号令と共に艦橋の前面は閃光に包まれ、砲煙もまた艦の周囲を包んだ。
―――人を容易に死に至らしめる爆圧と共に、1発で1t以上にもなる砲弾はほぼ水平に撃ち出さた。砲身から飛び出した時には、砲弾は既に超音速にまで達している。
砲弾―――三式弾は、数秒の内に第1演習艦隊の輪形陣を飛び出し、衝撃波を放ちながら目標へと吹っ飛んで行く。
『大和』を『大和』たらしめる象徴―――主砲たる46cm砲は、度重なる改修を受け、最大射程は45kmにまで達した。人すら容易に殺傷できる爆圧を撒き散らしながら撃ち出される砲弾は、平射でも十分な距離まで達した。
両舷に放たれた46cmの三式弾は衝撃波を起こしながら、『冬月』と『涼月』の正面を飛んで行く。
◆
同
第1演習艦隊
駆逐艦『涼月』
艦橋 ウイング
「―――おおっ!」
艦橋のウイングにいた見張員は、その衝撃波を肌で感じていた。それはこの『涼月』に限らず、『冬月』でも同じ事であった。
ごうんっ !と艦体をひっぱたく様な衝撃!遅れて、どぉん、と物体が大気を押し潰す様な音が響いた。
そして―――
「!」
水平線の直ぐ上に、3つの光球を彼らは見る。・・・それは『大和』の三式弾の時限信管が正常に作動し、灼熱と酸欠による死の嵐を撒き散らした証であった。
「すげぇな・・・。」「あぁ。あれが戦艦の砲撃か。」
見張員達が双眼鏡を覗きながら、そんなことをぽつぽつと言い始めた。
彼らはミサイルや速射砲といったものは見慣れていても、“前時代的”と言える“戦艦”の大砲は殆ど目にする機会が無かったこともあってか、何となく珍しいものでも見た様な感覚に陥っていた。
しかして、それでも彼らはやるべき事は粛々と行なっていく。
双眼鏡から目を離し、艦橋に一通りの報告を入れる。しかし、彼らが見たのは砲弾の成した破壊を示す光景だけであって、その戦果を推し量る事は出来ない。よって―――
「三式弾の炸裂を確認・・・効果のほどは不明。」
と淡白な報告になった。しかしこれに対して返って来た返答もまた淡白なもので―――
『―――了解した。引き続き監視に努めよ。』
それだけであった。
「了解。監視を継続する。」
それだけ言って報告し終わると、彼らは再び双眼鏡のレンズに目を寄せる。網膜には、三式弾の残した煙が水平線に立ち込めている景色を写した。
その中に―――
「・・・・・・‼︎」
ゴマの実のような・・・本当に小さな黒い粒をその網膜は捉えた。普段から訓練している者でなければ見逃していただろう。
「―――報告、こちら艦橋見張!敵機と思しき物体を発見―――数7!」
『―――こちらCIC、了解した。こちらでも捉えている。・・・ESSMによる迎撃を開始する。発射に備えろ。』
「了解した。」
◆
同
駆逐艦『涼月』
CIC
艦隊の左翼を守るこの『涼月』を含め全8隻の建造が予定されている『初月』型は、日本海軍の保有する通常の汎用駆逐艦としては、トップに君臨する対空戦闘能力を誇っている。近距離(個艦防空圏)での対空戦闘に限れば、イージス艦のそれに勝る防空力を発揮し、彼自身のみならず、その僚艦にすら防空の傘を提供することができた。
そしてその高い能力を支えるレーダーもまた、相応の性能を持っている。
『―――レーダー再探知!方位0-6-7、距離16浬・・・機数7。高度上がる。7・・・8・・・。』
(―――かかった!)
同時に、砲雷長が叫んだ。
「対空戦闘始め!」
それが発端となり『涼月』のCICは間を置かずして緊張感が最高潮に達した。―――『初月』型のCICは従来艦艇のそれと比べ、かなり明るい。それ故、各員の顔に刻まれた影は一層深く、それが余計に彼らの顔を厳しいものに見せている。
しかしてそれでも、彼らの動きは迅速で、かつ正確だった。
彼ら『初月』型に搭載されているFCS-3Aは、高性能なAESACバンドレーダーと民生品を使用した高度な射撃指揮装置を統合したシステムである―――従来のFCSと比べると、新戦術情報処理装置(Advanced CDS)との高度な連携によって、迅速なリアクションタイムの実現に成功している。
端的に言えば従来のFCSでは人がやっていた仕事の多くをACDSが自動的に処理し、目標補足から攻撃までを極めて迅速なものとしているのである。
彼らの迅速な対応を可能たらしめたのは、彼ら自身の練度もさる事ながら、FCS-3Aというシステムに支えられている部分も大きいというのも、また事実であった。
そして―――FCS-3Aの真価は、もう1つ存在した。
「目標敵機、数7。諸元入力、VLS解放・・・ESSM一斉射!」
CICの大型ディスプレイの一角に、砲雷長は目をやった―――前甲板の32セルのVLSが映し出され、そこから噴煙を上げながらESSMが矢継ぎ早に撃ち出される様が見て取れた。
同時に対空レーダーの得る情報が映し出されている大型ディスプレイに、7基の矢状の光点が現れ、凄まじき勢いで敵機へと突進してゆく。
この『涼月』の乗員からすれば、それはなんら珍しいことではないが、従来の駆逐艦からすれば、このESSMの連続発射は喉から手が出るほどに欲しい能力であった。
従来の駆逐艦は、ESSMを最大で3発までしか誘導できない―――だがそれを、『初月』型は(状況にもよるが)ICWIを利用することによって優に30発を超えるESSMを同時誘導できるのだった。
上昇に転じた、足の遅い7機を叩き落とすことなど、彼にしてみれば何ら造作のない単純作業であった。
「ESSM、侵入阻止5秒前!・・・4・・・3秒前!」
「侵入阻止目標固定!スタンバイ・・・!」
一声の数瞬後、大型ディスプレイでESSMを示す矢状の光点と敵機を示す四角い光点が交錯し―――その姿をディスプレイ上から永遠に消失した。
それはつまり、彼らの撃ち放ったESSMが1基の例外もなく敵機を貫き爆ぜた事を示しているはずだった――――――が、CICという外部から遮断された場所に詰めている当の彼らからしてみると、甚だ実感に乏しいものであった。
だが、同時に入る艦橋見張員からの報告―――それが彼らに実感らしい実感を与える。
『CIC、こちら艦橋見張! ・・・敵機の撃墜を確認・・・!』
ふっ―――と期せずして漏れる溜息。達成感と実感の中で彼らが今、本来自身にあるべき何かが欠落している事に気づくのには、まだ時間が必要であった。
「―――『冬月』、ESSM発射。残存敵機8機を撃墜!」
直後、データリンクにより右翼を堅める『冬月』が、残った最後の敵機を撃墜した事を彼らは知った。
そしてそれが終わった海の上は電子の目にも、人の目にも、異様なまでに静かに写った。―――あたかも、大嵐の過ぎ去った海原に放り投げられたような、そんな感覚すらも覚える。
だがその静けさは、次の報告によって一瞬で打ち砕かれた。
「海上武装強盗船団が動き始めた。針路3-0-1、速度10ノット。」「新たな不明船団も移動開始、30分後に海上武装強盗船団と合流するコース。」
「・・・!」
上空にあって艦隊の目を代わるSH-3Cの合成開口レーダーが捉えていた敵影は、その不穏なる事を一掃に主張していた。
同時に、旗艦からの伝達―――
『全艦に告ぐ、対艦戦闘用意。繰り返す、全艦対艦戦闘用意・・・!』
◆◇◆◇◆
30分後
東記暦681年 霧の大洋 外縁
カラブリァン皇国海軍第1戦列艦隊 第1航空分艦隊
旗艦『スペクター』
コッリングウォードは艦尾に拵えられた一時的な指揮官室で、頭頂の白髪を撫でていた。―――それが、彼が行き詰まった時によくする仕草である事は、この場の誰も知らなかった。ただ1人の沈黙・・・一歩この部屋から出たとすれば、そこは喧騒と血肉の阿鼻叫喚の巷。彼が何事かを考え込む時、喧しい事を何よりも嫌った。
「・・・後方、主力戦列艦隊視認!」
後方に待機させておいた第1戦列艦隊主力が、その全速を以ってコッリングウォード隷下の第1航空分艦隊を追従していることは、数分前から魔力振幅探信儀の解析により既に分かっていたことだった。
だが―――それが何になる?
とても相手になるとは思えない。
第1戦列艦隊主力は、旗艦『ロヤル・ソベレイギン』を含めて戦列艦15隻、『フリオウス』級竜騎士母艦5隻の計20隻から成る。この第1航空分艦隊と合流すれば、戦列艦の総数は30隻余に上る。普通に考えれば、十分、いや十二分な戦力―――だが今現在我々が対峙している“敵”は、その普通に当てはまる存在ではなかった。
(まさか、竜騎士団が・・・!)
つい先刻、魔信士によってもたらされた報告は、彼を一時思考放棄させる程衝撃的で、受け入れ難いものだった。
総勢85騎を誇った精強第1戦列艦隊の竜騎士団は、戦闘らしい戦闘もせずに、ものの10分程度で殲滅せしめられたというのだ・・・‼︎先の戦闘と合わせれば、合計で100騎近いワイバーンの喪失・・・あまりにも、大きすぎる損害だった。
敵水上艦隊に対する有効的な攻撃の損失に加え、航空部隊、ひいては艦隊のエアカバーの損失。・・・これらの事態は、カラブリァン皇国海軍の戦士を遡っても類を見ない損害に違いあるまい。
特に、エアカバーの損失はコッリングウォードならずとも、事の重大さは理解できた・・・カラブリァン皇国海軍の戦列艦は、“友軍のエアカバーの届く範囲でしか行動しない”という大前提がある。何故かといえば、それは“戦列艦の虚弱さ故”に尽きる。
カラブリァン皇国海軍は早期から戦列艦のワイバーンに対する虚弱性を見抜き、それに起因する制海権確保の難関たるを克服するために、竜騎士母艦が建造されているのだ。
そういった経緯を持つカラブリァン皇国海軍の戦列艦が、エアカバー損失という事態の深刻さが分からぬ人間など、ほぼいるまい。
事態―――たった4騎で20騎以上を数えたワイバーンを壊滅せしめた、恐るべきあの敵航空部隊の跳梁跋扈を許す―――は、何としても回避されなければならない。
しかも煩わしいことに、最大の懸念事項がいまだに残っている。
―――逆撃の任を帯び向かったワイバーン85騎を瞬く間に殲滅せしめた、“敵主力”の存在・・・カラブリァン皇国海軍で勇将とも、知将とも評価されるクスペード・コッリングウォードをして、この“敵”は余りに如何ともし難かった。
だいたいからして、一体全体敵は如何なる方策を以って、あの精強なる竜騎士団を叩き落としたというのか?
地上、海上の部隊にとって、戦闘飛行中のワイバーンほど煩わしい敵は居ない。ましてやそれを撃墜するなど・・・彼らの想像の埒外の出来事なのだった。
艦からワイバーンを撃墜する(しかも85騎も!)などと言う離れ業をやってのける相手に、たかが30隻程度の戦列艦で、果たしてどうやって足搔けるのか?
未知数・・・余りにも未知数‼︎
「どうする・・・。」
コッリングウォードは片手で頭を支え、悩み込んだ。
逃げるも一手。だがそうなれば、「コッリングウォード家の栄光は永遠に、神と共にありけり」とかなんとか訳の分からない事を抜かされ、一族諸共首を刎ねられるだろう。それに、部下たちにも責任が飛びかねない。
ならば戦うか・・・?それも、彼の中では“否”の一択だった。無用に兵士が死に逝くのをかれは何よりも嫌った。ワイバーンすら苦もなく叩き落とす連中だ。たかだか戦列艦がちょっと集まってちょっかいを出したところで、烏合の衆に変わりあるまい。
「・・・!」
その中で、1つの案が浮かぶ。部下たちの多くを逃がし、そしてかかる責任も自分の身一つに集約されるであろう策。だがそれでさえも、彼を躊躇させるに十分な危険を孕んでいた。
彼の脳裏に浮かだのは、少数の戦列艦を自身が率い、主力を逃すというものだった。主力が逃げ延び本国に帰り、責任を咎められたとしても退避を命令した自分は最早この世にはおるまい。
多くの兵士を逃がし、かつ自身に関わる一切の責任問題は親族に及ぶことも無いはず。当の本人が死んでいるのだから。
だが―――
「兵士達を道連れに―――死ぬことなど出来ん・・・!」
殿は彼1人で出来るものではない。彼の指揮する戦列艦、その乗員らが大勢必要となる。当然、その乗員ららも自身と共に死に行く事になるだろう。
家族と大勢の部下を助けるために、自身のみならず少なからぬ部下を道連れに死ぬ―――それを即断即決できる程の肝っ玉は流石に彼には無かった。
彼は自身の胆力の無さを呪った。指揮官として艦隊の行く先を、取るべき行動を即断即決出来ても、人として、部下達の生か死かを決める事が出来ないのだ。
頭を落とし、考え込む・・・が、幾ら考えを巡らそうとそれ以上の妙案は浮かばなかった。
「いや、これしか方法はあるまいて。」
ゆっくりと面を上げたコッリングウォードの目が、ゆらり、ゆらりと蝋燭に照らされる。暗い影の中に現れた瞳に、光は無い。
腰を持ち上げ、扉へ向かう。
扉に手を掛け押し開こうとしたまさにその瞬間―――!
バウゥンッ・・・‼︎
「・・・?」
一発の銃声が艦内を駆け巡った―――場所は、近い。
コッリングウォードは足早にその場所へ向かった。
◆◇◆◇◆
数分前
同
『スペクター』
第二甲板 臨時旗艦区画
「なんだと・・・?」
男は唸った。
腕はわなわなと震え、眼をかっと開いている。眉もまたヒクつかせ、その全身を以って怒りを体現していた。
男―――『スペクター』艦長は震える肩と共に、目の前の人物を睨め付ける。
「いま、何と仰った?」
言葉使いこそ目の上の者に対するそれではあったが、その態度と眼光から見てとれるのは、忿怒や嘲りと言ったもので、間違っても目の上の者に対するそれでは無かった。
それまで彼に顔すら向けていなかった“人物”は、その艦長を横目に一度だけ見て語り出した。
「先にも申した通り・・・このまま進むは即ち死。果たして我らに相対する者が何であれ、舳先を―――艦の進む路をあの者達に向けてはならない。」
白い法衣にも似た衣服に身を包む人物は、言葉の抑揚もなく、ただ無感情に語った。
「戯言を・・・!」
対して艦長は眉を吊り上げ、歯を剥き、感情の赴くままにその身体を、口を動かしていた。
「貴方のそれは―――その水晶玉は何を映している・・・⁉︎我々が敗けると、その玉が言っているのか?・・・神に加護されし者たる、この我々が・・・ッ‼︎」
“人物”の向かい側にある人の頭ほどの大きさの水晶玉を指差し、彼は怒鳴る。“人物”の背は小さく、“人物”の向かい側にある水晶玉も容易く彼の目からも見えていた。その水晶玉には―――なにも映っていなかった。
“人物”は振り返る。法衣が崩れぬ様にゆっくりと、繊細な動きだった。
「これは“確定を観る水晶”。水晶玉などと言う無礼な呼び方は謹んでもらいたい。」
“人物”は花弁の様に美しく小さな唇でそう言った。白き法衣を身に纏った“人物”の姿は、齢にして10を僅かに超えたばかりの、子供そのものだった・・・しかし、その顔を見ただけでは、艦長にはそれが少女なのか少年なのか、およそ図りかねた。
少女は言う。
「貴方達は―――いや貴方は、己の信仰を盾にした自己満足の為に進み、その先に勝利を見出そうとしている。その結果は、“確定を観る水晶”の恩恵を受けるまでも無し。」
「“予見人”だからとて調子にのるな。あなた方は唯我々を勝利に貢献する様、言を呈すれば良い・・・小娘の分際で、大きな口を叩くな!」
「小娘ではない。というより、そんな大声を出していては神官兵が首根っこを捕まえに来るだろうぞ?」
予見人は法衣と共に水晶球を抱え込み、ニヤリと嗤った。
そこに―――
「先程から怒鳴り声がしますが、如何されましたか?」
音もなく開かれたドアの前に、白い法衣にも似た鎧を纏った男が現れる。腰には、大樹の根にも似た複雑な文様の描かれたツーバンデットソードを携えていた。
「そら見たことか」とでも言わんばかりに、予見人は目線を走らせ―――たところで、変なところに気づく。
(あれ?)
1人足りない。
神官兵は2人いたはず。
「もう1人は、何処か?」
率直な疑問を予見人は口にする。
「もう1人・・・?あぁ、あの愚か者ですか。」
いうや、法衣の男は懐から何かを取り出し、床にゴトッと転がした。
「・・・?―――ッッ⁉︎」
“顔”だった。
もう1人の方の。
「全く、同じイーツェ神に仕えぇる者として、この男の言動は恥ずかしい物でしたよ。「我信仰せしむる者に永遠の繁栄と平穏あらん」・・・そう、“教典”にも書かれているのに、この男といったら・・・。」
コツ、と床に転がった頭を足先で小突く。
「信仰心が足りませんね―――我々には神の御加護がある。勝てぬものなどいないのですよ・・・そうですな、艦長?」
「うむ。この男は―――」
この大人達は何を言っているんだ?
「何で・・・殺した?何故殺す必要があったの?」
瞳孔の中に2人を映し、少女は震える唇で問い質した。
答えたのは、神官兵の方だった。
「何故?それは貴方が最も解っている筈。信仰心の足りぬ神官に生きる価値などないのです。神官であれば、唯ひたすらに神を信じ、その信仰の正統なることを身を以て示さねばならない・・・だと言うのにこの男は神を疑った、“勝てるのか?”と。」
「イーツェ神を信じられぬ者に生を受ける価値はない・・・イーツェの恩恵を受ける者の向かう所敗北はあり得ない。それを否定する貴方も―――また。」
艦長が腰にしていた拳銃を取り出し―――目前の予見人に向けた。
「ひっ・・・」
予見人は、彼らに対して始めてその年齢らしい怯えた声を上げる。
「初見の人に拳銃を向けるのは初めてですが・・・まぁ致し方ありませんな。」「全くです。」
「やめ・・・っ、止めてぇ・・・・。」
正しく少女のように怯えきった表情を見せる予見人に対し、神官兵と艦長は蔑みにも似た目を向けている。
(・・・最初、目にした時は驚いた。まさか本当にこんな少女が予見人を務めているとは・・・そう思ったが―――)
「所詮は小娘か。」
カチ、と拳銃の撃鉄を上げる。ロウソクの淡い光に、先端に取り付けられた緋色の魔法石が、不気味にギラリと反射した。
頭を抱え、その場に屈みこんでしまった予見人の姿は、最初の頃の超然とした立ち振る舞いからは全く想像できない物で、彼を落胆に陥れるのに十分な光景だった。
「・・・っ!」
「―――もう一度だ。」
「・・・?」
「水晶玉に聞け。イーツェの加護を受ける我らが敗ける事などあり得ない。我らに正しき道を示せ・・・。」
震えながら頷き、予見人は確定を観る水晶を机上に置き、向き直る。
小さな背は尚も震えていた。
「―――、―――・・・。」
ややくぐもった声で、詠唱を始める。艦長らの耳には全く聴きなれぬ発音で、何を言っているかはさっぱりであった。
1分程経ったろうか・・・水晶が仄かに青い光を放ち始め、薄暗い部屋を海色に染め上げた。すると―――
「――――――・・・〜〜〜ッッッ‼︎‼︎」
ぶわっ、と側から見ても分かるほどに予見人の顔に汗が浮かんだ。
「・・・どうした。」
無感情に艦長が口を開く。それに対して―――
「ダメ・・・いけない‼︎戦ってはいけない・・・ッ‼︎」
「「・・・⁉︎」」
突然、ガタッ!と椅子を蹴倒して立ち上がり、取り乱した。顔を青くし、瞳孔をカッ開き、少女は狼狽する。
「死ぬっ・・・!みんな殺されるぅっ・・・‼︎」
頭を抱え、死に物狂いの形相で訴えかける少女に対し、艦長と神官は青筋を浮かべて応えた。
「みな死ぬだと・・・殺されるだと!そんな事があってたまるか!神に導かれたる者が、斯様な戯言を抜かすな!」
「所詮は小娘だったという事ですよ・・・イーツェの御寵愛を受ける器ではなかったというだけです・・・。」
「・・・っ、そうだな・・・とにかく、我々を愚弄した蛮族共を屠らねばならない事には変わりない。神官殿、行こう。」
何かに怯え、泣き崩れる少女にまるで興味を無くした様に、踵を返して退室を促す艦長に、その少女は取り縋った。
「待って!いけない・・・行ってはいけない!アレに!アレに殺されるッ・・・‼︎本当に皆んな死んでしまう!挑むものは尽く・・・っ!」
「ええい・・・黙れ!」
「あっ、ちょっと・・・」
バウゥンッ‼︎
―――ドサ。
ガクン、と一度だけ痙攣した少女の肢体は床に崩折れ、二度と起きることはなかった。
それを見た神官兵は瞼に手を当て、やれやれ、と言った口調で話す。
「いやいや全く、何をやっているんですか・・・信仰心こそ劣等でしたが、これでも魔導師級の優秀な魔術士なんですよ?まだ矯正の余地はあった筈。それにそうポンポン手に入る人材では無いのに―――」
「矯正など不要。神の御意志にそぐわぬ者はその身の浄化あるのみ。」
「フ―――貴方は我らが神に陶酔してらっしゃる。」
2人が、死体となった予見人の傍で言葉を交わせていると、ある意味、彼らの彼らの予期しない客が現れた。
「―――何事か・・・‼︎」
「「!」」
勢い良く開け放たれたドアの向こうに立つ白頭に、2人の姿勢は瞬時に敬礼へと変わった。
白頭の持ち主―――クスベート・コッリングウォードは、目の前に飛び込んで来た光景に、驚愕を隠せなかった。
◆
「どういう事だ、これは・・・!」
コッリングウォードは目前の惨状に狼狽する。
銃声が聞こえたと思えば、その部屋ではこの艦長と神官兵が白い法衣を紅く染め床に斃れ伏す小柄の人物を見下ろしていたからだ。
「予見人・・・⁉︎銃声といいコレといい、何があったのか・・・説明してもらおう。」
コツ、と靴音を鳴らし一歩前に出たのは、『スペクター』の艦長であった。
「神の御意志に反する叛逆者を排除しました。」
彼の実際にした行動と、それを事もなさげに言う態度は、如何に寛容な人物として知られるコッリングウォードと言えども勘弁出来るものでは無かった。
「排除だと。貴様・・・貴重な魔導師級の魔術士を殺すのが排除だと・・・適当な処置だと言っているのか?未だ15にも満たない少女を・・・艦隊運用に欠かせない、この艦隊ただ1人の人材を殺すのが排除だと言ったか、貴様‼︎」
コッリングウォードの胸中には、『スペクター』艦長への罵り、怒りの他に、焦燥があった。
現在のカラブリァン皇国海軍艦隊の運用には、予見人の言葉に依るところが大きい。
その行動を取り続けた時、確定的に起こり得る未来を“見る”能力をもつ―――単純だが余りにも強力な・・・言ってしまえばチート地味た能力。未来を見て、自軍の有利になる様に部隊を動かす―――そうやってカラブリァン皇国は損害を少なく、戦果を大きくしていった。
今やカラブリァン皇国軍の作戦運用は予見人無くしては成り立たない・・・それに対する焦りだった。名将として知られるコッリングウォードであっても、予見人の言葉に頼る事も少なからずあった。
その軍隊運用の根幹とも言える予見人を殺し、かつ平然としている艦長と、それを側で傍観している神官兵を彼は許してはおけなかった。
「今すぐにでも極刑に処しても良いが・・・やめておいてやろう。どうせ・・・死ぬのだからな。」
「提督まで・・・何を宣っているのですか。」
艦長の半ば衝動的に取ったとも言える行動は、コッリングウォードという1人の人間を吹っ切れさせ、彼らの運命を決定する―――それは、既にある人物が予言した運命。
「『スペクター』以下第2戦列隊は、今より敵艦隊攻撃に向かう。・・・そして、第1戦列艦隊は直ちに反転、本国まで帰還させる!」
「な!何を言いだすのですか!」
「第1戦列艦隊の退避を万全とする為、我々は殿となる。・・・貴様は戦って・・・死ぬことこそが望みなのだろう?」
「違います!私は神の加護の下、全軍の指揮を統一し、一丸となれば勝てると言ったのです、第2戦列隊だけでは・・・」
「どっちも同じだ馬鹿めっっ‼︎」
「⁉︎」
「予見人が“そう”言ったらそうなるのだ!艦隊全軍をあげても勝てる相手ではない・・・これは決定事項だ。負傷者を他艦に移した後、出撃する。まさか此の期に及んで抗命する事はあるまいな・・・?」
「・・・っ。」
返す言葉をなくした艦長は、拳を握り締め押し黙った。
「貴様もだ神官兵。」
艦長の側で澄まし顔で佇む男を睨め付け、コッリングウォードは言った。
「職務放棄どころか同僚を殺すとは、ある意味畏れ入るわ。これも貴様らの信仰というものか。」
「左様。」
気味の悪い。
「・・・狂信者は信用ならぬ。」
どちらにせよ、貴様らの死は確定だがな・・・そう言って踵を返し、コッリングウォードは退室した。
額には尚青筋を浮かべていた。
どうしても艦長をトラブルメーカーにしたかったんや……無理があるかもだけど、どうしても彼奴には馬鹿というか悪役というかヤベー奴になって欲しかったんや……
カンニング・クリスタルの命名は完全にノリですゴメンなたい。




