第拾壱話 休日
今回は早めに投稿出来ました。
(° ∀ 。)
西暦2021年9月4日 AM.11:35 東京都
渋谷区
多くの人々で賑わう、ここ渋谷。
その中に、ファッションセンスの一切を無視したと言っても過言では無いラフな格好をしたガタイの良い男性と、白いワンピースを纏い、大きめのサングラスと麦わら帽子を身につけた、まるで白薔薇の様な美しい女性の姿があった。
「ほら、早く。次こっち。」
「・・・なぁそろそろ昼飯にしないか?」
「まだダメ。」
良持は伊奈美に引っ張られるようにしながら、青空の下摩天楼の中を歩く。
この渋谷に着いてから、かれこれ2時間半。ずうっと買い物に付き合わされ、その買い物によって良持の懐からは現金が飛ぶように無くなり、電子マネーは消し飛び、挙句に伊奈美の荷物持ち。
普段、金の使い方に無頓着な彼ではあるが今回は流石にやり過ぎなのでは無いか。
「そろそろ財布が寂しいんだが。」
「多分まだ大丈夫。ね?」
「いや『ね?』じゃねぇよ何処をどう判断して大丈夫だと思ったんだ⁉︎」
長年生活を共にしている(そうとも限らないか?)良持でも、伊奈美の考えるそれは偶に理解しがたい物がある。
「後さあ、1つ気になってんだけど。」
「何?」
ガサッ、と良持は手に持っていた割と大きいビニール袋を掲げる。
「何でベビー用品買ってんの・・・?」
そこにはオムツとか涎掛けとかおしゃぶりとか・・・挙句『離乳食の作り方講座①』何てものもあった。
「少々気が早過ぎやしませんかね・・・。」
現金の3分の1近くはコレによって吹っ飛んでいる。その事も含めて、良持は項垂れた。
が。
「分かんないよ?」
と涼しい顔で伊奈美はそう返す。
そしてちょうどおへその下あたりを摩って、サングラス越しでも分かる位の少し意地悪な笑顔を浮かべて、
「デキてるかも知んないし?」
と言った。
「そんなポンポンとデキるか⁉︎」
と良持は言うが、昨夜の出来事を思い出すやそれ以上の言葉を紡げなくなってしまう。
何となくバツが悪くなってしまった良持は、逆に伊奈美に問い掛けた。
「・・・お前は良いのか?」
「?、何が?」
「その・・・・俺なんかとで。」
「は?」
伊奈美は「何言ってんだ?」とでも言いそうな猛烈なジト目を向ける。
いや、ともすればブン殴り掛かって来そうな剣幕さえ漂わせていた。
若干の怖気を感じながらも良持は言葉を続けようとする。
「いや、だからさ・・・俺なん」
「いや待って馬鹿なの?貴方私を孕ませる気も無く結婚したの?抱いたの?」
「あいや、そうじゃ無くて」
「じゃ無くて何なの?私が貴方の赤ちゃんじゃ嫌だと思った?だったら結婚なんかして無い。そもそも何で今更聞くの?アレか、嫌いになったか。私のこと好きじゃ無くなったか?もしかして浮気か?え?そうなのか⁇」
「いえ、滅相もございません。」
余りの迫力に良持は思わず敬語になってしまう。
「だったら今更そんな事聞かない。私は貴方だから良いの。他の男の子なんて嫌なの。」
そう、伊奈美は諭す様に言う。
もう説教は済んだのか、彼女の口調は尖ったものから普段のものに戻りかけていた。
「分かった?」
「・・・・うす。」
良持の返事に満足したのか伊奈美は僅かに顔を綻ばせ、可愛らしい笑顔で、
「じゃあ、次。」
と。
良持にまだまだ地獄(買い物)は続けてやると宣言した。
良持にとってこの言葉は、死刑宣告にも似た響きとなって脳内を駆け巡った。
絶望の顔を呈する良持に伊奈美は、若干の怒気をはらんだ笑顔を向ける。その大きめのサングラスの下に隠された瞳には、《反省しろ♡》と書いてある様に良持には見えた。
◆◇◆◇◆
PM.1:28 同地
そんな訳で無慈悲(?)なお買い物は続き、良持がホッと出来たのは、お昼時となった正午前後であった。
それでもーー
「私、コレにする。」
お昼ご飯は良持の奢りだった。
午前中に財布からぶっ飛んだ金額が馬鹿にならなかった為か、良持の金銭感覚が一時的にマヒしていた。
おかげで、「デザートに。」と756円(税込)もする様なパフェを強請ってもほとんど顔色を変えなかった。
対して良持のお昼ご飯はと言うと伊奈美のそれと比べれば簡単なもので、適当に864円(税込)のトンカツ和膳を頼んだだけである。
「あんまり高いのは止めてくれよ・・・?」
と良持がため息混じりに呟く。
「えー。・・・反省した?」
「うんめっちゃ反省した。」
「んー、じゃっ、ここまでにしてあげる。」
と、途端に良持の体から力が抜け、
「〜〜っはぁーーーッ!」
と大きく息を吐き出し、机に突っ伏する。
どうやら金銭感覚が麻痺していても、財布から金がどんどん消し飛んで行くという事実は理解できていたらしい。
これ以上、貴重な金を湯水の如く使わされずに済むと思うと、普段から金の使い方に全く気を使わない良持でも安心してしまうというものである。
そこに、高さだけなら伊奈の顔面くらいはあるパフェをお盆の上に持った、この店の店員である事を示す制服を着た、少々痩せ気味の男が現れた。
「お待たせ致しました、《ミックスberryパフェ》でございます。」
「あ、はいー。」
(ネーミングセンス・・・。)
伊奈美が手を上げて言うと、男は彼女の目の前に例のパフェを音も無くスッと置く。
「蜂蜜はお掛けになりますか?」
「あ、お願いします。」
berryに蜂蜜なんかぶっ掛けたらメチャクチャしょっぱくなりそう、とか良持は思いながら伊奈美の目の前に出された《ミックスberryパフェ》にドロッとした黄金色の液体が掛かって行くのを見守る。
暫くして蜂蜜を掛け終えたらしく、店員の男は美しい姿勢で一礼し、
「それでは、ごゆっくり。」
と言って、そのまま踵を返して去って行くく。
「さっ、頂きまーす。」
(2回目なんだよなぁ、ソレ)
伊奈美は早速、パフェと共に付いてきたアルミ製のスプーンで、出されたばかりのパフェをリスの様な小さい口にせっせと放り込む。
「ん〜〜っ、美味し♡」
少女の様に顔を綻ばせ、伊奈美はパフェを頬張る。そんな彼女の幸せそうな姿を見て、先程まで硬い顔をしていた良持も思わず笑みがこぼれ出る。
「そんなにうまいか?」
「貴方も食べてみる?」
と、伊奈美はスプーンいっぱいにパフェを
掬うと良持に差し出す。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
そう言って、伊奈美の差し出したスプーンに、もんぐと食いついた。
間接キスではあるが、夫婦である彼らはそんな事は気にしない。いや、そんな事を一々気にしていたら夫婦なんぞやってられないのだが。
「へぇ、こりゃ美味いな。」
「でしょ?」
良持は素直な感想を述べる。
最初こそ、クリームとイチゴに蜂蜜ぶっ掛けたら、苺がメチャクチャしょっぱくなるのでは無いか、と思っていたものの、いざ実食してみれば、クリームと蜂蜜の甘さと苺の酸味が絶妙で、かなり美味い。
しかもこのクリームが全くしつこく無く、それが余計に蜂蜜との甘さを掻き出している。
「俺も今度来たらコレ頼もうかね・・・。」
「ふふ、それ何時になるのかな?」
伊奈美は柔らかい笑みを浮かべて言う。
「どうだろうな。」
それに良持も顔を綻ばせ、答える。
ーーこうして2人だけで話し合うのは何ヶ月振りかなーーそう思いながら、良持は無料のキンキンに冷えた氷水を口の中に流し込む。
「そんなガブ飲みしたら、お腹壊すよ?」
「大丈夫だろ。」
エアコンが効いているとは言え、良持らが座っているのは窓際だった。日光が直接当たって、割と暑い。
そんな訳で、良持は冷水をガブガブと飲み込む。
胃の中に飲み込んだ冷水が流れ込み、腹が冷える。少々暑い今では、その腹の冷えがちょうど心地よい。
はたと良持が思い出したように、伊奈美に声を掛ける。
「あぁそうだ伊奈美、この後どうする?買い物以外で。」
と良持は問うが、
「うーん、特に予定も無いしね、どうしよう?」
伊奈美も頰っぺたにクリームを付けたまま、若干困り顔で答える。
そう、彼等には午後の予定が無い。
ぶっちゃけ、ちょっと買い物するだけのつもりだったので午後の事を全く考えていなかったのだ。
軍隊と言う特殊な職業柄、普段彼等は娯楽というものが極端に少ない生活を送っている。その上、わざわざ自分が1日の予定何か作らずとも、ほぼ毎日訓練訓練また訓練。それが終わったらご飯食って風呂入って糞して寝て・・・。
そのせいもあって、彼等は1日の予定を立てるのがド下手糞なのだ。
「買い物しよう。」
「俺の財布のライフがゼロです。」
「CD買おう。」
「話聞いてた⁉︎て言うか家に収まりきらんほどある。」
「パチスロ行こう。」
「金が無いって言ってんでしょ!」
平坂夫婦の間で、小さな攻防が繰り広げられる。
殆ど平行線の話に伊奈美が少しため息を吐きながら言う。
「じゃあもう・・・」
それに良持の方も、頷きながら答える。
「そうだな・・・」
「「家帰ろう。」」
と、息を合わせるように言う。
平坂夫婦の攻防は両者意見一致という形で、1分もせずに終わった。
「じゃ、帰ろっか。」
「や、ちょっと待て。」
伊奈美が席を立って帰ろうとするところに、良持が待ったをかける。
「ん、なに?」
振り向いた伊奈美の視線の先には、当然椅子に腰を下ろした良持がいる。
「全部食べてからだ。」
と、良持の指差す先ーーーそこには、まだ三分の一くらいしか食べられていない、無残な状態な、件の《ミックスなんちゃらパフェ》が鎮座していた。
「ぁ、っ・・・。」
伊奈美が頬を朱に染め、無言で椅子にどっかと座り込んだ。
「へ、別に忘れてなんかないし・・・。」
気恥ずかしさからか、伊奈美は先程よりも速いペースでリスのように小さい口にスプーンでせっせと放り込んで食べる。
その光景を、良持は微笑ましい眼で眺めていた。
◆◇◆◇◆
PM.4:46 東京都 某所
あの後、伊奈美は信じられない速度でパフェを食べてしまった。
その後、暇だし体力作りも兼ねて歩いて帰っていた。
かなり歩いて、渋谷の人々で喧騒した街中からある程度離れ、郊外に出た。背の高い建物が減り、相対的に所々に緑が見られるようになった。
ミンミンゼミやクマゼミの雄が雌を惹きつけるために全力で鳴き散らかし、此処では渋谷のそれとはまた違う喧騒が辺りを包んでいた。
そんな時ーー。
「・・・ゔっ。」
とある公園の近くに差し掛かった時、良持が小さな呻き声のようなものを上げた
「どうしたの?」
「腹、痛い・・・。」
良持の答えに、伊奈美は「そらみたことか。」とでも言いたげな顔をみせる。
「だから水のガブ飲み、やめとけばって言ったのに。」
「だからって、今くるかよ・・・。」
良持の言葉も最もだった。
すでに昼食から2時間半以上経っている。
しかし、幸か不幸か、良持に腹痛が襲ってきたのは、お手洗いのある公園の近くであった。
「ゔぐ。すまん伊奈美、少し待っててくれ・・・。」
「はぁーー、分かった。」
伊奈美は呆れ半分、心配半分、と言った感じの返答をする。
「ゔぅ〜〜っ!」
良持は腹痛がさらに激しくなったか、それともKOUMONが限界に達したか、伊奈美の返答を全て聞き終わる前にお手洗いの中に駆け込んで行った。
そんな良持の背中を見送りながら、伊奈美は「やれやれ。」といった感じに肩を窄める。
彼女は適当に公園内のベンチを見つけ、そこに腰掛ける。
ふっとひと息つきながら、そのままベンチにもたれかかった。
伊奈美は一種の孤独恐怖症ではあるが、公園の様な開けた場所ならば彼女は1人でも大丈夫だった。
伊奈美は空を見上げる。そこにあるはずの真夏の太陽はヒートアイランド現象によって発達した、ブロッコリーを幾つも重ねて無理やり引っ付けたような巨大な積乱雲によって遮られ、空は若干の薄暗さを持っていた。
「傘、持って来といた方が良かったかな。」
そう呟きながら、伊奈美は鞄の中から鮮やかな日の丸が描かれた扇子を取り出し、それを広げて仰ぐ。
空が雲で遮られているせいで、地面からの放射熱と蒸発した水分も雲で遮られて、かなり蒸し暑いのだ。
・・・この日の丸扇子も女性のセンスの面で言えば割とナンセンスだが、伊奈美も私生活ではファッションなどは結構気にしないタイプなので、それは仕方ない。
そのまま数分間、ぼけーっと扇子を扇ぎながら、空模様を観察する。
ーーふっと、伊奈美の扇子を仰ぐ手が止まった。
「・・ーーー。」
相変わらずセミたちが鳴き散らす中、伊奈美は自分を舐めるように見つめる2つの視線に気付いていた。
◆◇◆◇◆
同刻 同地
一見して唯のガラの悪い、控え目に言って良い印象を与えない青年2人組みが、セミの鳴き散らす公園の前を通りかかった時、その行き脚を止める。
その2人組みの1人・・・髪を金髪に染め、耳たぶに所狭しとピアスをつけたヒョロマッチョ的な見た目の青年が、舌を舐めずりながら声を出す。
「・・・なァ、あの女良くね?」
それに答えるもう1人の青年は、髪色は茶髪だがやはりそれは染めたものであり、何となく趣味の悪い印象を受ける指輪を両手に、それも結構大量につけている。
そしてこちらも何となくヒョロマッチョっぽかった。
「ア?・・・へぇかなりの上玉だな。」
2人の男は、ベンチに腰掛ける栗色の髪をショートカットにした美しい女性を値踏みするように見つめていた。
「お前ェ行って来いよ。」
金髪の青年が嗾ける。
「ンでだよ、お前が見っけたんだからお前が行けよ。どーせ尻軽だろ。」
「けっ。分ぁったよ。」
茶髪に髪を染めた青年は、ポッケに手を突っ込んだままズコズコと女性の方まで歩み寄る。
「・・・。」
こちらに歩み寄ってくる青年を見据えながら、伊奈美はその後ろにいる青年にも目をやる。
2人の男を一瞥し、伊奈美は視線を逸らす。目を合わせたくなかったのだ。
ーージャリ、ジャリ、ジャリッ
砂を踏付けながら進む足音は、伊奈美のすぐ側で止まった。
「よぉ〜姉チャン。こんな所でどったの?」
茶髪の男は、凡そ初対面の人に向けるべきではない様な口調で、伊奈美を見据えて話しかけた。
「・・・人待ちです。」
伊奈美の方も〈です〉と丁寧表現てはあるが、その声色にはそんな丁寧とかそういうのは全く感じられなかった
「へェ、人待ち?誰待ってんの?」
「あなたには関係ないでしょう。」
伊奈美はそう言い放つが、
「エエ、教えて下さいよォ〜。」
男はなおも食い下がった。
早くもしびれを切らした伊奈美は眉をつり上げながら、
「そもそもあなた誰です?いきなり話しかけてきて。」
と言う。
しかし男の方はというと、悪びれもせずに
「別に良いじゃん、そんな細かい事。それに人に名前聞く時は、自分から名乗るのが、マナーってモンじゃない〜?」
「っ・・・・。」
伊奈美は眉をひくつかせるが、言い返せない。実際、その通りだからだ。
仕方がないので、伊奈美は自分の名を明かす。
「・・・私は平坂 伊奈美と言います。はい、名乗りましたよ。あなた達は誰ですか?」
と言いながら、伊奈美はベンチの後ろーー自分の背後ーーに振り向いた。
「っ‼︎」
そこには、金髪に髪を染めた青年が突っ立っていた。
「・・・何ですか?あなた達も名乗って下さい。」
伊奈美は背後に立っていた青年を見据え、冷たくそう語る。
「そ、そうだな。・・・俺はハヤサってモンだ。」
「・・・俺はタカソヤってんだ、宜しくなァイナミちゃん♡」
「そうですか、名前で呼ばないで下さい。ちゃん付けもやめて下さい。」
伊奈美は金髪の青年・・・タカソヤと名乗った男を睨む。
だがハヤサと名乗る青年が会話に割って入る。
「そうカタイ事言うなよォ。それより、俺たちとアソビに行かね?」
「人を待ってると言っているでしょう。」
「ねェ、その人って誰なの?あァ旦那さんかぁ?」
「へェそうなんだ。イナミちゃん人妻なんだ。ダメだなァイナミちゃんみたいな美人はもっとアソべるのに。」
ハヤサは伊奈美の左手薬指にはめられている白金の指輪に気づき、そう言った。
伊奈美はここでこの事を肯定すれば良かったのだろうが、堪忍袋の尾が短い彼女は良い加減痺れを切らしてしまい、声を荒げていた。
「ですからっあなた達には関係無いでしょうが!」
「へェ。」
彼女から滲み出る明らかな怒り。
それはこの2人の青年に向けられたものだったが、当の2人はそれが自分達に向けられたものではなくその他の人物ーー例えば、目の前の女性の夫ーーに向けられているものだと思い込んでいた。
そう思うや、2人の顔は見る間に下衆な考えをするものになってゆく。
「人待ちってウソっしょ?」
「旦那さんとケンカしたんだろ?よォし、俺たちが慰めてやるよ。」
「・・・・。」
男の言葉に、伊奈美はこれ以上無いほどの不快な顔をみせる。
伊奈美が知る由も無いが、このガラの悪い2人組みは今まで数多の女性達の想いを踏み躙り、純粋を奪ってきた所謂YARITINのクズだ。
男女問わず、いつの時代にもこういうクズはいるものである。
だがここまでの一連の会話は、伊奈美にこの2人組みの男がその手のクズである事を悟らせるには十分だった。
一瞬、ボコボコのコテンパンにして、キャンタマぶっ潰してやろうかと本気で考えたが、それを実行してしまえば多分自分が捕まるので、何とか手を押しとどめる。
「ホラァ、俺たちとイイコトしようぜ?」
と卑しい目で伊奈美を見ながら、タカソヤは彼女に手を伸ばす。
「・・・おっ?」
タカソヤの手を、伊奈美の小さく白い手が掴んだ。
(ノッて来たか?さて後は喰ってやるだけーーーッ?)
伊奈美がタカソヤの手を掴んだ瞬間、その手をグイと手前に引く。
するとタカソヤの腕は引っ張られ、関節が肩、肘、掌、と一直線に並んだ。
その瞬間ーーー、
ぐいッ!と力一杯に押した。
「ア痛っで⁉︎」
一直線に関節が並んでしまった事で力の逃げ場が無くなり、そのまんま肩が胴体を引っ張る格好となって、肩に負荷が掛かり肩を激しい痛みが襲う、と同時に転倒。
「ッテメェ!何しやがる!」
タカソヤは肩を押さえながら声を荒げ、伊奈美を睨み上げる。
「別に何もしてない。ただ手を押し返しただけ。」
「ッ!の女ぁ・・・!」
焦燥の顔色をみせるタカソヤに比してハヤサは冷静を装った表情をしていた。
「へぇー元気だねェ。でも・・・」
(こういう女を堕とすのが、最高に面白いンだよなァ・・・!)
醜い笑みを浮かべ、脳内に下劣な想像を思い描く。
彼は右ポケットから手の平サイズのスプレーを取り出す。
彼らが何やかんやで色々調合して造った催眠効果のあるモンである。
このクズどもは、このスプレーを使って女
性達の意識を刈り取り、人気の無いところに連れ込んではその尊厳を奪い、犯し、汚してきた。
そしてそれを撮影して脅し、偶に暇になると揺すりかけては再び汚し、犯し、壊す。
女に飽きたら、それで終了。
残された女性の方は、時に愛する人を無くし、時に信頼する友人を無くし、時に人生そのものを狂わされる。
つまり。今まさに伊奈美にも、その非情な牙は剥かれようとしていた。
ハヤサが伊奈美の眼前にそのスプレーを向けようとした瞬間ーーー!
・・・バシッ
「・・・⁉︎」
ハヤサの右手ーー例のスプレーが握られている手ーーを、ハヤサのそれよりも遥かに無骨で頑強な手が捉えていた。
その手の持ち主は、まるで獲物を探し出した鷹の様な目でハヤサとタカソヤを睨んでいた。
・・・腰でベルトをガチャガチャやっていなければ、もっとカッコ良かった気がするが。
「ア?誰だテメェ。今この女お取込み中だからどっかいってくれる?」
手を掴まれているハヤサは、鷹の様な目で自分を睨む男に内心ビビりながらも、表面上は強がった。
「俺らさァこれからカノジョとイイコトすんだよねー、・・・カッコつけてしゃしゃり出てくんなよニーチャン。」
タカソヤもハヤサに乗っかり、男にガンを飛ばす。
だが。
「黙れ。」
「「ーーッ‼︎⁈」
男ーー平坂 良持ーーにはその程度の威嚇など、目の前を蚊が通り過ぎた程度の事にしか受け止められず、寧ろ彼等にその鷹の様な目を一層釣り上げて、殺意さえ篭ったドスの効いた声で唸った。
2人が怯んだ直後ーー
ドンッ!と良持はハヤサをタカソヤに向かって突き飛ばして伊奈美に歩み寄り、その白い手を取る。
「遅くなったな、帰るぞ。」
良持はその手を引っ張り、彼女をベンチから立たせた。
「ッ、おい待て!テメェその女の何なんだよ!
タカソヤが声を荒げ良持に問うた。
良持は彼を一瞥し、
「は?まだ分からんのか?俺は伊奈美の男で伊奈美は俺の女だ。テメェらみたいな頭のネジぶっ飛んだクズどもには見せることすら嫌なんだよ消えろ。スズメバチの雌にでも好かれて死んどけ。」
と、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせた。 2人の男は突然の凄まじい罵詈雑言に耳を驚かせ、いつの間にか良持の片腕に抱かれていた伊奈美は、普段見慣れた(ある程度は)温厚な性格な良持の変化に目をパチクリさせた。
もっとも伊奈美の場合は、久し振りのキレた良持に少し驚いただけだが。
良持は伊奈美を片腕に抱いたまま踵を返し、公園から立ち去ろうとする。
が。
「なッ、なめんなァァッ‼︎」
背後から響く怒声!
良持が振り向くと、眼前には何処から取り出したのかサバイバルナイフを握りしめたタカソヤが飛びかかって来ていた!
だが、良持は振り向くと同時に右脚を胸の高さ辺りまで振り上げていた。
そしてその爪先は、タカソヤの鳩尾を的確に突いた。
「おぼッ⁉︎」
タカソヤは勢いのままぶっ倒れ、顔面を強打。鼻血を垂れ流した。
「・・・次、来てみろ。正当防衛で手の骨全部へし折るぞ。」
「「ひッ・・⁉︎」」
2人組みの股間が生暖かい液体で濡れる。
良持は彼等から目を離し、そのまま公園を後にした。
◆◇◆◇◆
PM.5:01 東京都 某所
「さっきの・・・。」
「〜〜♪」
例の悪漢から伊奈美を助けた(つもり)で、少しご機嫌が良い良持は、伊奈美の普段より小さい声かけに気付かなかった。
「・・・さっきのッ!」
「あ!えッ⁉︎何⁉︎」
大きな声で驚いた良持だが、伊奈美の声かけには気付いた。
「あれ位の奴らなら、私でも大丈夫だった。」
伊奈美は、暗に「別に助けはいらなかった。」と言っているのだ。
結果論に過ぎないが。
「いや、あーいうのは、男の仕事なのぜ。」
良持の理論も大概意味不明である。
「別に、そうでもないでしょ・・・。」
伊奈美はふてくされるように呟く。と言うか、何か不機嫌だ。
「・・・・。」
「・・・どうした?」
良持が伊奈美の香りを覗き込むようにして問うと、しかし彼女はプイッと顔を背けてしまう。
「別に。ただ、彼奴らに絡まれて折角の楽しい休日が台無しだなーとか、良持が阿保みたいに水をガブ飲みしなければあんなのに絡まれ無かったのになーとか、思ってないから。」
「イヤー、あの、ごめんなさい・・・。」
ガンガン思ってんじゃん。根に持ってんじゃん、とか思いながら良持は一応謝る。
「まぁでも・・・・。」
「?」
伊奈美はふわり、と優しい顔をして、
「久し振りに貴方のカッコいいところ見れたから五分五分、かな?」
「・・・そうか。」
「あ、イヤやっぱり五分五分では無いわね・・・。」
と、ここにきて伊奈美が再び少し顔を不機嫌なものに変えた。
「え?」
突然の伊奈美の変化に良持は少したじろぐ。
「ど、どうした?」
照れてか、少し赤くなった頰を少し擦りながら、伊奈美は仏頂面で言う。
「いい加減、私のこと“こいつ”って呼ぶのやめて。」
「あっ。」
あの時。
悪漢共に思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてやった時、確かに伊奈美の事を“こいつ”と言っていたことを思い出した。
「いやっ、アレはとっさに出て来た言葉でして、」
「だからって、だめ。私は伊奈美なんだから、貴方には“こいつ”じゃなくて伊奈美って呼んで欲しい。分かった?」
「いや、でもあの、」
「分 か っ た ?」
「・・・ハイ(泣)。」
伊奈美の有無を言わさぬ気迫に気圧され、良持は折れた。
伊奈美はそんな彼の様子を、まだ泣いた後で赤みの残る目で見つめる。
ふと空を見上げると、あの積乱雲は小さくなっており、雲の隙間からは傾きかけた陽が顔を覗かせていた。
2人の夫婦の姿は、ヒグラシの甲高い鳴き声と、陽炎の中に消えていった。
因みにですが、このヤリチンクソ野郎共の名前のモデルは居ません。
(ヤリチン、ヤリマンは屑。はっきり分かんだね)




