第七章 集結
2069年 Google、ダイブの一般向け販売を開始。世界各国のアトラクション、遊園地、アミューズメントパークが導入。
2070年 中国、ロシア、WWWの通信方式を利用した電脳空間の構築に成功。
2074年 MCSL、ダイブの普及に伴い、より実用的なサイバー空間構築に向けた提言を発表。
2076年 米流通大手Amazon.comが本社機能をサイバー空間に移転。ロボット、ドローンによる無人配送との併用で維持管理費の削減に成功。
2078年 Amazon.comの成功を受け、大手企業が続けてダイブの導入を決定。Google、ダイブの追加生産をサムスン、ASUS,ACERに発注。関連企業の株価が過去最高を記録。
2079年 中国、ロシア、世界中でのダイブの普及を受け、独自方式によるサイバー空間の発展を断念。
第七章 集結
十一月12日現地時間午後7時38分。MCPジャパン支部総括本部刑事部捜査一課。
「っはー」
「お疲れさまでした」
木下はコーヒーを差し出す。
「大変でしたね」
「大変というか……」
陣はコーヒーを受け取って一口飲み、トレンチコートのポケットからペンダントを取り出す。
「どしたんすか?それ」
「鈴木に3Dプリンタで復元してもらった。あの子のだった……」
ペンダントはコイン大の円形をしている。緑と青の宝石で装飾され、中心から少しずれた位置に、金色で十字が張られている。爆発の影響で表面には多数の傷が入り、小さなとげがあちこちに立っている。
ざらざらした感触を親指の腹で感じながら、陣はため息をつく。
「人が死ぬのは何度も見てきたが……やっぱり子供とか親の涙は……くるよなぁ」
陣は苦々しく吐露する。けっしてコーヒーが苦いわけではない。
「あぁ……」
木下は同情して良いのかどうかわからず、あいまいな返事をする。
「まっ。割り切るしかねえよ。そうしねえと仕事にならねえ」
陣はペンダントをポケットにしまう。
「そうですね。それはそうと、大統領無事でよかったですね」
「それな。でも明らかにテロだぞ。あんなの。すすきのとはわけが違う」
事件発生から十時間余り、初動対応を手伝ってジャパン支部に帰ってきたが、どこもかしこも爆破事件の話題で持ちきりだ。この捜査一課も例外ではない。柴咲は課長会議について行き、高田班はすすきのの一件で席を空けているが、それ以外のメンツは報道メディアにかじりついている。
『ありがとう、武田部長』
帰り際、アミリアは寂しげな笑みだった。
『私一人だったら、何もできなかったかも』
そんなことはないと思う。ホワイトハウスを見た時こそ崩れ落ちたが、その後の大統領の安否の確認、被害状況の把握、現場先着者としての報告は目を――それこそ、耳を見張るものがあった。
それに――ポケットの中のペンダントを握り締めて思う――俺が何かできたって言えるか?
「なんか、すすきのと合わせて合同捜査本部になるんじゃないかって、もっぱらの噂ですよ」
木下の声で、陣は回想から引き戻される。というか、俺はいつの間にアミリアを思い出して――。
「あん?」
ごまかすために、にらみを利かせて部下を見る。
「いや、爆破の関係で、本部支部の合同捜査本部ができるかもって――」
「三件目が起きりゃ、絶対できるだろうなぁ。今はまだ二件だろ。連続ととらえるかどうか……」
「三件目、起こると思います?」
「どうだろうなあ……。今のところたいした共通点もねえし……そりゃそうとお前、身元の確認は――」
「捜査本部ができちまった」
陣の言葉は、いら立つ柴咲にかき消された。
「「へ?」」
陣も木下も口をぽかんと開け、肩を怒らせて帰ってきた柴咲を見る。
「テレビつけろ」
「……はい」
木下は柴咲の言う通り、捜査一課に置いてあるテレビの電源をつける。
その画面に映った映像に、陣と木下は顔をしかめる。
「今度はイギリスだ。ビッグ・ベンがドカンといかれちまった」
言葉通り、ロンドンエリアの大時計は途中で真っ二つに折れ、手前の敷地に空いた大穴に真っ逆さまに落ちている。ウェストミンスター宮殿もビッグ・ベンを中心に崩壊が進んでいる。死者百名以上、とのテロップまで流れている始末だ。
「そんな、まだワシントンから半日ですよ?」
「そうだ。半日しかたってねえのに三件目だ。MCP各国支部から捜査員を派遣、本部の人間と合同で《サイバー空間における連続爆破テロ事件捜査本部》が課長会で通達された。当然、一件目のすすきのを持ってる高田班も招集がかかる。あと武田、お前もだ」
「え?俺すか?」
ニュース画面にかじりついていた陣は、驚いて柴咲の方を振り向く。
「優秀なやつはいつも取り合いになるんだよ」
「いやいや、殺人の方はどうするんですか」
「俺と木下が残ってやるよ。仕方ねえだろ、上に取られちまったら警部補クラスじゃどうしようもない」
柴咲は納得がいかない様子で椅子に座り込む。
「集合は現地時間の午前九時。詳細は追ってメールが来るんだと」
「九時って……あと三時間しかないじゃないですか!」
陣は時差を確認して唖然とする。つい数時間前まで今詰めて働いていたというのに、激務にもほどがある。
「知るかよ!本部長の肝いりで立ち上がってんだ」
「鶴の一声って怖いですね」
ふてくされながら言う陣に、柴咲は険しい表情で返す。
「最初の二件だけで100人以上死んでんだ。ロンドンも合わせりゃ200は超える。何より、こう三件も連続でやられて黙ってるわけにはいかねえだろ」
それは確かにそうだ。陣はキャスター付きの椅子に深く腰掛け、背もたれをきしませる。
行きたくねえなぁ……。
別に爆破事件に興味が無いわけではない。寝る時間を削って捜査本部に出向くのが苦痛と言うわけでもない。長年刑事をやってきて、それは普通のことだ。
しかし、今自分が担当している事件を途中で放り投げる。これだけが性に合わない。まだ何の糸口も見つかっていないというのに……。
柴咲はもちろん、そんな陣の思いも知っている。
「割り切って行って来い。こっちは俺らで何とかしとくから。お前はお前の仕事をして来い」
十一月12日現地時間午前八時50分。
MCP本部の29階。普段は会議で使われる大会議室。最大300人ほどが同時に入れる上、天井も高く、とても広々とした空間に感じる。
陣は大きなあくびをしながらその会議室に入る。集合時間の十分前。中は多くの捜査員でがやがやしている。国籍も所属もバラバラ、ぱっと見た感じ200人以上はいるだろうか。
すでにレイアウトは完了し、国家群ごとに何グループかに分けられて机が並んでいる。机はいつもの、白を基調としたものだ。正直見飽きた。他のデザインはないのだろうか。
そんなことを考えながら、ちらりと窓の外を見る。遠くの方にはホワイトハウスの残骸があるはずだ。他の建物が邪魔でよく見えないが、ずっと見せつけられてもそれはそれで困る。
「あら」
太平洋国家群の席に近づくと、先に来ていたアミリアが陣に気付く。華が咲いたようにぱっと笑い、陣は二日前に初めて会ったことを思い出す。
太陽みたいだ。
もちろん、社会人としてふさわしくない誉め言葉など口にしない。
「ああ、どうもクラーク部長。先日はお世話になりました。俺はまだ今日の出来事ですけど」
「来てくれたんだね、武田部長」
どこからかジョンがひょっこり現れる。気配すら感じさせずに接近してくるとは、ある意味才能かもしれない。
アミリアはジョンに遮られたことを一切気にせず――
「あなたも来てくれたのね、心強いわ」
――にこりとしたまま、握手を求めてくる。
「いやあ、本当に。ホワイトハウスでの働きぶり、素晴らしかったよぉ」
ジョンがニコニコしながら割って入り、同じように握手を求めてくる。強烈な押しに、陣は顔をしかめながらジョンの手を握る。
「それに、クラーク部長だなんてよそよそしく呼ばないで。もう初対面じゃないんだし、これからチームを組んで捜査するんだから。アミリアでいいわ」
ジョンの横から、再びアミリアが出てくる。
「え?いやいやそんないきなりには。失礼はできませんよ」
丁重にお断りする予定だったが、アミリアは不満そうに頬を膨らませる。
「何よ、現場では呼んでくれてたじゃない」
「あれはほら、その場の雰囲気と言うか、勢いで……。クラーク部長って呼んでも気付いてくれませんでしたし」
「ふーん。そんないじわる言うなら、もう『クラーク部長』って呼ばれても知らんぷりするわ」
アミリアはぷい、と横を向く。
「ええ?そんな、クラーク部長」
「そうですよ!クラーク部長」
慌てる陣(とジョン)だったが、アミリアは本当に反応しない。そっぽを向いたまま、頬を膨らませるばかりだ。
「あのー、クラーク……アミリア部長?」
「『部長』もいらないわ。私がジョンを呼ぶときだって、わざわざ階級つけないでしょ?」
確かにそうだが、ジョンがアミリアを呼ぶときは『クラーク部長』だ。そこはいいのだろうか。
「さすがに階級まで省略するのは……」
警察学校の同期や後輩ならともかく、本部と支部の違いもある上、いくら同階級とはいえ、出会って二日で敬称略は失礼ではないだろうか。
「けっこう頑固なのね、あなた」
「日本人は頑固ですから」
「日本人ってくくりがあるかどうかは別にしてね」
アミリアの言葉に、陣はにやりとする。
「私の記憶する限り、日本人ってくくりはもうないわ。ここは自由の国よ。気にしないで、私も陣って呼ぶから。その方が――ほら、気兼ねしなくていいでしょ?」
そう言って、アミリアはパチンとウインクする。明るいアミリアの性格に、陣もなんとなく納得してしまう。
「ああ、そういうことなら。よろしく、アミリア」
改めて、陣は手を差し出す。
「ええ、こちらこそよろしく。陣」
アミリアも手を差し出し、今度こそ握手を交わす。
「そうか!そういうことなら僕のこともジョンと呼んでくれて構わないよ!じ!ん!」
最後までなぜかしゃしゃり出てくるジョンだった。
「それで、ここが私たち環太平洋国家群のデスクよ」
「なかなか広いんだな」
大会議室の一角には20ほどの机が並べられている。
「ええ、陣と高田班長のチーム、私とジョン以下本部捜査一課が六名。オーストラリアとニュージーランド、カナダからそれぞれ二名ずつ。計16名。これが捜査本部Aチームになるわ」
「結構大人数で組むんだな」
「時差の関係で間隙が生じないよう、三つに分けて活動するの」
「なるほど……。まあ理にかなってるな」
納得してうなずく陣だったが、机の数は14どころではない。
「それで、この残りの机は?」
「それはまだ私も聞いていないのだけれど――」
「よーし!MCP捜査員は全員集合したか?各チームのチームリーダー、点呼をとって前に報告しろ!」
大会議室に、大きな声が響き渡る。
「本部捜査一課課長補佐のブライアンよ」
アミリアが小声でささやく。部屋に入ってきたブライアンは大柄な黒人だった。どことなく柴咲に似ている。
「ふーん……って、えっ⁉」
課長補佐に続いて入ってきたのは、まさかのジャパン支部捜査一課課長。
「……うちの課長だ」
「あらそうなの?課長も交代制になるからかしらね」
あののほほんとした課長で大丈夫だろうか。陣は割と本気で不安になる。
「おい武田、いるな?」
「あっ、はい。うす。大丈夫です」
チームリーダーとして人数確認をしている高田に、陣は返事を返す。
「そっちは……」
「アミリア・クラークです。こっちはジョン」
「ああ、クラーク部長にブラウン部長ね。了解了解」
高田は名簿にチェックマークをつけて、会議室の前方、偉い人が集う指揮席に向かっていく。
「お願いしまーす」
その背中に声をかけながら、陣は自分の席に着く。
点呼終了後、ブライアンが各員に席に着くよう指示を出す。そしてマイクを持つと、捜査開始の挨拶を始める。
「さて、急な招集に応じてもらってご苦労。諸君がご存知の通り、すでにジャパン、ワシントン、ロンドンで爆破テロが発生している。今後の発生、さらなる被害拡大を防止するため、そして最終的には犯人を逮捕するため、本部長を捜査本部長として対連続爆破――」
聞いているとかなり眠たくなってくるが、捜査本部が立ち上がるとなるとこの口上は避けられない。指揮席につくというのも、それはそれで大変だ。
「――片山警視、ありがとうございました。続いて――」
と、考えている間に、課長の挨拶まで終わってしまったようだ。まあ寝ないと力は蓄えられないし、しかたない。陣は大きなあくびをして、なんとか眠気と戦おうとする。
しかし、その戦いは不要だった。続いて出されたブライアンの発表に、陣は椅子から飛び上がる。
「――続いて、|多国籍電脳空間治安維持部隊《MCS》より、総合指令本部の第一実働部隊が応援に来てくれている。紹介するぞ」
「嘘だろ……」
「陣?」
立ち上がってつぶやく陣を、アミリアが心配そうに見る。
「ではMCSの皆さん、どうぞ中へ」
陣は歯を食いしばり、拳を握り締める。
入り口からは、MCSの隊員たちがぞろぞろと入ってくる。
「今回の連続爆破事件では、過激派グループやローンウルフ型のテロリスト、様々な可能性が考えられ……民間人及び我々MCP捜査員の安全確保のため、MCSが一個中隊を派遣してくださって――どうした?」
ブライアンは、一人立っている陣に気付く。
「……いえ」
注目を浴び、陣は渋々座り込む。アミリアは心配そうに陣の顔を見つめている。
「えー、それでは、キタノ中隊長より挨拶を。よろしくお願いします」
キタノと呼ばれた大男が前に歩み出る。ブライアンが差し出したマイクを受け取ることなく――丁寧に手の平で断りを入れ――大声で挨拶を始める。
「えー、MCPの皆さん。よろしくお願いします。MCS総合指令本部付第一実働部隊第二中隊長、ヴィクター・J・キタノです。今回は爆破騒ぎを終息させるべく、私の中隊が皆さんのサポートに参りました。事件解決までの間、よろしくお願いします」
深く頭を下げるキタノに従って、その後ろに一列に並んだ隊員が一斉に頭を下げる。
「それぞれのチームに小隊を割り振ります。各隊!持ち場につけ!以後はチームリーダーの指揮下に入れ!」
部屋全体が震えるほどの号令で、隊員達が動き出す。陣達のもとにも、六人ほどの隊員がやってくる。
その様子を見て、ブライアンが号令をかける。
「よし!それでは各チームで交代任務の分担を決めろ!決まり次第早急に報告を入れること!」
陣はやってくる隊員たちをジロリとにらむ。
「よろしくお願いします」
高田が挨拶をすると、向こうの小隊長も挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ずいぶんと若い小隊長だ。スマートながら筋肉質な白人。眉の上に掛かる程度の金髪に、きらりと光る碧眼。まあ認めてやろう、イケメンだな。どっちにしろ軍人は気に食わない。
と、小隊長は陣の視線に気付き、目を合わせてくる。その瞳は軍人らしい鋭さを秘めており、ともすれば殺気ともとれる。陣は目に見えてわかるように舌打ちの動作をとるが、アミリアにたしなめられて中断する。
小隊長はそれを見るや、すました顔に戻って挨拶を続ける。
「アイゼンハワーです。私の隊はすでに分担を決めてありますので、あとは高田警部補の采配にお任せします」
いけすかねえ野郎だ。
陣はアイゼンハワーと名乗った小隊長を再度にらみつける。そんなことに気付かない高田は、とんとんと作業を進める。
「わかりました。それでは――」
一係は高田とその部下|(木下と同期の巡査長)、本部から二名。オーストラリアとカナダから一名。
二係は高田班の巡査部長、本部から二名、オーストラリア、ニュージーランドから各一名。
三係は陣、アミリア、ジョン、そしてニュージーランド、カナダから各一名。
高田の指示により、以上三つの係に分かれることになる。
他のチームも同様に係分けが終了し、ブライアンから本日の予定が発表される。
「ようし、それでは一係はさっそく捜査にあたってくれ。他の係はMCSとの連携確認のため、地下三階の訓練場へ移動してくれ」
『いいか』
教官が広大な訓練場を練り歩く。
『これから始める訓練は、CBT、電脳空間戦闘術だ』
まだ19歳の陣は、同期と共に一列になって並んでいる。
『サイバー空間で凶悪犯罪に遭遇した際、相手側が現実世界では考えられない強力な兵器を持っている可能性がある。それに対抗するため、MCPはサイバー空間での制限をいくつか解除して鎮圧、逮捕にあたることが許されている』
教官はまず拳銃を取り出す。
『最初は拳銃だ。これは現実世界で支給されるものとほとんど同じだから、詳しい説明は省く。違うところは……装填数に上限が無い。装填し直す必要が無いから、使い勝手はいいだろう』
説明を終え、しまわれる拳銃。次に取り出されるのは――よくわからない、何やら大きい手だ。
おそらく金属でできている、深い青で塗装された巨大なマニピュレーター。教官はそれを右腕に取り付ける。右手を包み込むように装着されたそれは、一番長い中指の部分で約30㎝程はある。あれなら相当大きいものでも掴めそうだ。
『次に、各人に制限解除特殊武装、単に特殊武装とも呼ばれるが、これが支給される。形や効果は様々、自身に合ったものを選ぶ』
教官は右手につけた巨大な手をガシガシと動かす。どうやら、右手の動きに連動しているようだ。
『これは大型マニピュレーター、ボウルナックル。近接格闘用の武装で、見ての通りでかい拳だ。災害現場でがれきを運んだり、まあ、あとは単純に人をぶん殴れる』
ひとしきり大きな拳を動かしてみた後、教官は特殊武装のボタンを押す。大きな五本の指は、通常人間が曲げるのとは逆方向に関節が曲がっていき、小さく折りたたまれて収納される。最終的には右腕を覆う小手のような大きさと形になった。
『見ての通り、特殊武装は抑制型物理演算エンジンの制限を受けない。より自由度の高い戦闘が可能となる。MCPは犯人の逮捕が主な目的となるため、支給されるのは一つ。ちなみにMCSはサイバー空間内の暴動鎮圧が目的となるため、二つ支給される』
学生からえぇぇ、とため息が漏れる。
陣も陣の同期も、高校を卒業してすぐMCPに入った連中がほとんど。つまりまだ価値観が子供なのだ。よって、こういうメカメカしいものが好きでたまらない。それが対抗組織でもあるMCSより支給数が少ないと聞けば、不満が漏れるのも仕方がない。
教官は生徒の一人を指名する。
『あー、私語すんな!そもそも、この前授業でいった抑制型物理演算エンジンを覚えてるか?』
『はい!サイバー空間の中で、人が、えっと、現実世界と同じようにしか動けなくするシステムです!』
『そうだ。人に限ったもんじゃねえけどな。だがこれはあくまで、サイバー空間の物理法則の中で制限をかけているに過ぎない。解除すれば、物理法則の範囲内ではあるが、現実では無しえない超人的な動き、感覚を得ることができる。これが三つ目、制限解除。例えば――』
教官が左腕の端末を操作すると、訓練場の床から突如大きな石の柱が生えてくる。高さは1.5mはあるだろうか。暑さも50㎝はある。
教官は訓練着の袖をまくりあげ、石柱に近づいていく。そして、おもむろに石柱を掴みあげると――
『おらあぁ!』
――気合いと共に、50m以上遠くに投げ飛ばす。地上に落下した石柱は、バカンと割れて粉々になる。
突然の出来事に、学生の間から驚嘆の声が上がる。
『これは《超怪力》。筋力の強化が主となる。他にも常人以上の反射神経を得られたリ、遠くのものを見たり聞いたりすることも可能だ』
『すげえ』
『俺も超怪力にしようかな』
『バーカ、全部つけるに決まってんだろ』
興奮でざわつき始める学生を、教官は手の平を打ち合わせて黙らせる。
『注意すべき点は、制限解除は一つまでしか付けられない、ということ。MCSは職務の性質上、二つ付けることができるが――』
それを聞いて学生から再び不満そうなため息が漏れる。
なんだよ、つまんねー。あいつらばっかり。MCS楽しそうだな。なんて声も聞こえる。
『――数が制限されているのには、理由がある』
教官は渋い声で言う。
『あまりにたくさんの制限を解除すると、脳の処理能力の限界を超えてしまう。これには個人差があるが、最悪脳がオーバーヒートすると……まあ簡単に言うと死んでしまう』
EDRやバックアップシステムの説明の時と同じ、《死》というフレーズに学生はざわつく。ゲッ、マジかよ。色々難しいな。俺怖え。…………。
『ほら!私語すんなって言ったろ!これら三つの武器や特性を合わせて行うのがCBTだ!現場だけじゃなく、昇任試験でも必要な技能だからな!しっかりやれよぉ!まずは自分に合った特殊武装を――』
十一月12日、現地時間午前10時00分。本部地下三階、CBT訓練場。
本部の地下訓練場に来るのは久しぶりだ。あいかわらずここは広い。そもそもサイバー空間なのだから、どれだけ広い空間を作っても特に問題はない。CBTは一般人になかなか見せられるものではないため、わざわざ地下に造ってあるとか何とか。
訓練場は大会議室よりもさらに広い。端から端まで一キロはあろうか、天井の高さも100m近くある。床も壁もコンクリートむき出しのようになっていて、中、長距離の射撃場や、ビルでの戦闘を考慮した足場などがある。
陣は訓練場の端にあるベンチに座り、右腕につけた特殊武装のメンテナンスをしている。
「ふあーあ」
眠い。列島は今頃深夜だ。いくら捜査本部とMCSの親睦を深めるためとはいえ、さっさと終わらせて帰りたい。
いや――陣は右をちらりと見る――親睦を深めたい相手ではないから、猛烈に帰りたいのかもしれない。
右の方にいるのはもちろん、アイゼンハワーをはじめとするMCSの面々だ。陣達Aチームには各係に二人ずつ、計六名が配置されている。今いるのは二、三係の四人だ。めいめいベンチや地べたに座り、機器のメンテナンスをしている。陣は同じ空間にいるのに耐えられず、メンテナンスを切り上げて立ち上がる。
アイゼンハワーも同じタイミングで立ち上がる。
(たった)それ(だけのこと)が気に入らなかった陣は、アイゼンハワーをにらみつける。
「……」
数秒にらみつける陣。
「……」
数秒、何食わぬ顔で陣を見返すアイゼンハワー。
「……」
「……」
さらに数秒にらみ合った両者だが、アイゼンハワーが先に目をそらす。そして陣の横を通り抜けて射撃場へと向かう。他の三人も後に続く。
「帰ってもらって結構だ」
お互い背中を向け合ったまま、陣が話しかける。
アイゼンハワー達は立ち止まり、振り返る。
陣も振り向き、MCSのメンバーに辛辣な一言を投げかける。
「あんたらがいても現場が荒れるばっかりだ。犯人を捕まえるどころか、証拠の一つも残りやしねえ。だから帰ってくれ」
「ちょちょ、ちょっと陣!」
近くで聞いていたジョンが、陣を止めようとその肩を叩く。しかし陣は取り消さない。
「逆に聞きたい」
年齢からは考えられないほど落ち着いた声で、アイゼンハワーが話し始める。
「MCPだけで凶悪犯に太刀打ちできるのか」
陣とアイゼンハワーの言い合いに気付き、他のAチームメンバーも集まってくる。
「おいおいなんだどうした」
「なにかあったのか」
陣の周りに人が増えても、アイゼンハワーは少しも動揺しない。
「いや、たいした問題ではない。我々がいなければ今のサイバー空間は無い、と言いたかっただけだ。五十年前、MCPだけでは多発するテロをどうすることもできなかった。その後MCSが設立され、テロを根絶した。それがいい証拠だ」
淡々と話すアイゼンハワーに、陣はムッとして言い返す。
「バカ野郎、MCPが身を粉にして上に掛け合ったんだ。おかげで銃器の使用許可制度が導入されて、テロリストどもを大量に検挙できた。それで今のサイバー空間がある」
「そうだそうだ」
「銃を撃つしか能のないお前らとは違う」
カナダやオーストラリアの代表も、口をそろえて陣に賛同する。
「戦闘訓練を専門にうけているわけでもないのに、今回のような異常事態に対応できるとは思えない。そちらには別件とはいえ、つい最近MPも起きているようだしな」
よく調べていやがる。陣は小さく舌打ちをする。自分の指示ミスが原因であるため、反論もしにくい。
「はっ、お前らと違って常に一線で命張ってんだよ。何かないと穴ぐらから出てこないお前らに、現場のリアルがわかるもんか」
「俺なら下手は撃たない。たとえ真っ暗で、相手の位置が不明だとしてもだ。それだけの訓練を積んでいる」
……よく調べているなんてレベルではない。こいつ、俺の作った報告書の詳細まで呼んでいやがる。確かにMPという特異な事例だ。同業者であるMCSにも参考事例として伝わっていても不思議ではない。しかし、たった一つの事案をここまで詳細に分析しているとは。
陣は予想以上に手強い相手に、攻撃する視点を変えてみる。
「ほーん。ところで、アイゼンハワーってどこかで聞いたことあるな。もしかして第三次世界大戦の英雄、アイゼンハワー大佐の子孫か?」
アイゼンハワーは表情を変えることなくうなずく。
「そうだ」
なかなかのポーカーフェイスだ。これでは色々いじくったところで、何の反応も期待できない。まあいい。物は試しだ。
「どーりで身のこなしが軍人っぽいわけだ。あ?待てよ?名門アイゼンハワー家の人間が、サイバー軍じゃなくて、なんちゃって治安維持軍なんかにいていいのか?」
そこまで言って、アイゼンハワーが一瞬眉をしかめたのを見逃さない。陣は追い討ちをかける。
「ひょっとしてあれか?サイバー軍の厳しい訓練には耐えられなかったとか?」
今度は明らかにアイゼンハワーの態度が変わる。瞼をいったん閉じ、鋭い光をおびてにらみつけてくる。
「なんだ、やんのか」
陣は一歩前へ出る。他のMCPメンバーも後に続く。ジョンだけはオロオロしながら少しずつ離れていく。
アイゼンハワーはその場から動かず、しかし右手に持った特殊武装を丁寧に握りなおす。後ろではMCSの隊員が特殊武装に手を伸ばす――
「こらっ!」
まさに一触即発という状況の中、遅れてやってきたアミリアが割って入る。
「陣、あなた言い過ぎよ」
くるりと振り向き、陣の胸に指を突き立ててまくし立てる。
「これから合同訓練をしようっていうのに、その態度はいただけないわ。確かに五十年前のことは、どちらの功績が大きいかいろんな評価があるけれど、それは私たちのおじいさんたちの世代の話。今は爆破事件解決のために、力を合わせなきゃ。陣だけじゃなくて、みんなも」
アミリアは美しい顔をきりっと引き締め、MCPメンバー一人ずつに凄みを利かせる。そしてアイゼンハワーの方に向き直ると、その胸にも指を突き立てる。
「それにジョセフ!あなたも!もっと賢い人だと思ってたわ!今は小隊長なんでしょ?しっかりして頂戴!」
アイゼンハワーはジョセフと呼ばれて少し身構える。(ファーストネームで呼んだことに、ジョンも少し身構えている。)しかし表情はあまり変えることなく、ぷいと向きを変える。
「ちょっと?ジョセフ?」
心配そうに声をかけるアミリア。ジョセフは顔だけをこちらに向け、鋭く言い切る。
「大学時代のよしみだアミリア、おとなしく下がろう。だが次はこうはいかないぞ、武田――巡査部長」
そのまますたすたと歩いて行くジョセフに陣は言い返そうとするが――
「おう望むところだこの――」
「陣!」
――アミリアのドスの効いた声に遮られる。
「あーあー、わかったよ。俺が悪かった」
一言だけ詫びを入れて、陣はふらふらと歩き出す。
カナダやオーストラリアの捜査員が「おい、わかるぜ」「あいつら気に食わねえよな」と陣の肩を叩いて行く。
これがMCPとMCSが敵対組織とまで言われる所以だ。過去サイバー空間であった過激派によるテロの流れ。その濁流のような流れを止めたのが自分の組織だ。と、五十年たった今でも言い合っている。
加えて、お互いの目的の違いでたびたび衝突してきた。その違いは特に現場で顕著に表れる。犯人の逮捕を目標に掲げるMCPは、証拠保全を何より大切にする。しかしMCSの第一目標は治安の維持。そのためなら最悪、犯人の生死を問わない。よって、合同で捜査を進めても歯車が合わないのだ。
「陣」
遠くに離れていたジョンが、なれなれしく肩を抱いてくる。
「あいつ、いけすかない野郎だな」
珍しく、ジョンの言うことに激しく同意した。何が気に食わないのかは微妙にずれているが。
「「「おお~」」」
MCP、MCS両陣営から感嘆の声が上がる。場所は射撃場。
ジョセフが、次々とランダムに現れる標的を見事に撃ち抜いていく。いや、射抜いて行く。
すべての的の中心を射抜き、電光掲示板に表示される点数は、なんと満点だ。
「気に入らないねえ」
ジョンは誰に言うでもなく、ぼそりという。クールなイケメンで、射撃の腕がピカ一ときた。気に入らない。すごく。
「ジョセフはMCS随一の射撃の名手なの」
隣にアミリアがいることに気付いて、ジョンは慌てて態度を変える。
「ああ、そうなんだ。すごいねえ。さすが名門、アイゼンハワー」
「使っているのは電磁弓スリーブアロー。ジョセフ以外に使いこなせる人がいなくて、ほとんど専用武器みたいになってるらしいわ」
「ふーん。すごいんだね、アイゼンハワー少尉は」
ジョンはぶ然とした態度で相槌を打つ。
だが、確かにジョセフはすごい。よどみなく、ゆらぎなく、的の中心だけを射抜く。
使っているスリーブアローは、弓と言うにはあまりに小さな作りだ。一言で表すなら、ただの真っ黒いグリップだ。長さは十五㎝くらいだろうか。通常の弓のように両端が長く伸びていることが無く、当然弦も張っていない。その代わり、グリップから直角に、細い棒がのびている。棒の末端はT字になっており、手を引っ掛けやすくなっている。つまり、この長い棒を引っ張って引き絞り、手を離す。棒の中に内蔵されたスプリング構造が、弾丸の代わりとなる電磁矢をバネの力ではじき出す。
アミリアの言う通り、珍しい特殊武装だ。今まで見たことがない。しかしなぜ射撃場で拳銃を使わないのだろうか。特殊武装なら後で十分使う時間があるというのに。
ジョンの疑問を察したのか、アミリアが解説を続ける。
「スリーブアローの利点は、その清音性にあるらしいの」
「清音性?」
「ええ。サイバー空間では犯罪に使用されないよう、射撃音を完全に消し去るサイレンサーはフラットシステムの規制対象になっているわ。いくらMCSと言えども、特殊武装の悪用やクーデターへの転用を防ぐため、完全に射撃音を消すことはできないの」
「ふむふむ」
「スリーブアローは、火薬の爆発じゃなくてバネの力を使っているの。そのおかげで、発射音が限りなくゼロに近づいてるってわけ」
「なるほど」
「あとは……いろんな矢を放てるらしいわ。スタン効果や各散弾、アンカー付きのワイヤーを放って、遠い場所までつなげることもできるそうよ」
「「「おお~」」」
再びジョセフが満点を叩き出す。十枚の的が出てくるコースを三セット。これで全て満点だ。
「そんなにすごい人が来ているなんてね。陣はケンカ吹っ掛けなくてよかったのかも」
「それはそうよ。勝ち負けはともかく、今後の捜査に影響が出るわ」
ジョンとアミリアは、隣の射撃場に入る陣を見る。陣は他のメンバーと同じように、通常装備の拳銃での訓練だ。防音用のイヤーマフをつけ、弾丸が飛散した際に目を守るためのゴーグルかける。
プァッ。
アラーム音と共に、ランダムに的が現れる。手前に奥に左に右に。地面から伸び出てくるのだが、その高さもまちまちだ。的には円が描かれており、当たり前のことだが中心に近づくほど得点が高い。
ッガァン!ッガァン!ッガァン!
陣は素早く、正確に撃ち抜いて行く。的が表示される時間もランダムで、早い時はものの二、三秒で閉じてしまう。しかし陣は慌てることなく、一定のリズムで銃を撃ち続ける。
ッガァン!ッガァン!ッガァン!
あまりに正確無比な動作に、後ろで見ていたギャラリーがざわつき始める。となりで訓練を終えたジョセフも、ポーカーフェイスながら食い入るように見ている。
ッガァン!ッガァン!ッガァン!ッガァン!……
十の的を撃ち抜いた余韻だけではない。刀身のように研ぎ澄まされた陣の射撃に、訓練場にいた全員が圧倒されている。
プァッ
電光掲示板に表示された点数は――98.9点。
「「「おお~」」」
拳銃による本日最高得点に、訓練場はどよめく。この射撃訓練は、的一枚当たり最高十点まで得点できる。大まかな目安となる円が十段階に分けて描かれているが、採点自体はAIによって小数点以下まできっちり計測される。一ミリのズレもなく中心に着弾していれば十点満点。数ミリでも中心からズレていれば、ズレた分だけ点数が引かれていく。
そんな条件の中、爆発による反動が大きい銃で、しかも次々と射線が変わる中、ほぼ満点に高い得点をたたき出した。これはとてつもなく高度な技術だ。
チームメイトの功績に、ジョンは嬉しそうに笑う。
「喧嘩しても、大丈夫だったかもね」
「認めたくないけど――認めちゃダメだけど……ええ。そうね。すごいわ」
ひょうひょうと射撃場から出てくる陣を見て、アミリアも苦笑いをする。心の底から喜びたいのに、無理やり我慢しているみたいだ。
陣は少なくとも、ジョセフにも引けを取らない射撃技術を身に着けている。
当のジョセフは、何も言わずに無言で射撃場を後にする。しかしその顔はどこか感心したようだった。
「よし、と」
陣は深呼吸して、市街地を模したエリアへ移動する。射撃訓練を終えた各隊員たちが、徐々にこちらに移動してきている。
しかし――、まだ誰も訓練を始めてはいない。
早めに済ませちまうか。
陣は鮮やかな真紅の小手を取り出し、右腕に装着する。射撃訓練の前に中断していたメンテナンスを手早く終えると、市街地|(の訓練エリア)向けて歩き出す。
「対人想定、動きなし、平面配置、人数は六人」
エリア入口にいる職員に訓練状況を早口で伝えると、それを聞いた職員が手元の端末に打ち込んでいく。
すると、陣の目の前、市街地の少し開けた道路上に、人型パネルがせり上がってくる。陣から見て左側に二人、右に二人、正面手前と奥に一枚ずつの計六枚だ。
「っし」
テンポよく走り出す。と同時に、小手のスイッチを左手で押す。
目指すは左側二枚の人型パネル。徐々に加速していく間、右腕の小手が展開していく。それは陣の右手を包み込むような、大きなマニピュレーターの形をとる。
真紅のボウルナックル。
これが陣の特殊武装だ。
「おりゃあ!」
気合の声とともに、巨大な拳を振りぬく。人型のパネルは、まるでプラスチックを粉々に砕いたように乾いた音で散る。
そのまま、拳を振り戻す形で裏拳を繰り出し、近くにあったもう一枚を割る。
すぐさま横っ飛びして、中央の二体にとびかかる。ラリアットの要領で一枚を砕くと、受け身をとって転がりながら着地。起き上がりざまにアッパーを繰り出し、人型パネルの頭を吹き飛ばす。
最後は右側の二枚だ。
最短距離で近づくと、パネルの胴をむんずと掴む。そして――
「おりゃあああ!」
渾身の力で、もう一枚のパネルめがけて投げつける。
投げられたパネルは大きな放物線を描き――最後の一枚に見事、命中した。
その間わずか数十秒。近接戦闘が得意なボウルナックルの長所を見事に生かし切った戦法だ。
「ふぅ」
市街地を後にし、端の方で息を整える。久々にしては上出来だ。まだ相手は棒立ちのままだが、感覚を取り戻すには丁度いい。
「ボウルナックルね、それにしてもいい動きだわ」
アミリアが近づいてきて、にこりと笑う。よく笑う人だ。陣はこそりと心がくすぐられたような感覚に陥る。
「……まだまだ、これから連携も試さないと」
かぶりを振って、訓練に入っていくジョンを横目で見る。
「アミリア……さんの特殊武装は?」
「アミリア」
思わずさん付けにして訂正される。
「あぁ、そう。いや違うんだ。改まってみるとやっぱり――」
「アーミーリーア」
「あむぁ……そうだな。アミリア、デバイスを見せてもらえるかな?」
しかめっ面になりながら、セリフを絞り出してみる。アミリアは満足そうに笑い――
「私は」
――肩にかけていた大仰な白い筒のようなものを見せてくれる。
「超電磁バズーカ、アグニよ」
「わお……」
筒の長さは一mはあるだろうか、先端の発射口から二、三十㎝のところに、トリガーのついたグリップが付いている。筒の末端、肩にあたる部分はカートリッジ型の弾増を装着できるようになっていて、そのカートリッジが筒から直角に伸びているおかげで、肩にフィットするようだ。
しかしごついのを取り出したものだ。これは……。
「超火力が謳い文句の特殊武装だな、これまた……」
これをいっちょ前に構えているアミリアを見ていると、可憐な美人というイメージががらりと変わる。アイゼンハワーとのいざこざを仲裁した時といい、気の強い、燃えるような……戦う美人、か?
「大丈夫、主に使うのはスタン弾頭だから。広範囲を一気に制圧できるの」
「あー、なるほど。そりゃ心強い」
「違うわ、そんなに得意じゃないだけなの。戦闘自体がね」
「まさか。伊達や酔狂で本部捜査一課に来たわけじゃ――」
「だあー!いだあい!」
訓練場から響いてくるジョンの断末魔。陣は苦笑いで訓練場を見て、押し黙る。案外そういう人もいるのかもしれない。
アミリアも残念そうな笑顔で訓練場を見ている。
「ええい!もう一度!最初からあ!」
勢いよく突っ込んでいくジョンを二人で眺める。
「だから、頼りにしてるわよ。陣」
ふと、アミリアがふわりと笑いかける。その表情に、陣は一瞬目を奪われる。
「へっ?」
ふいを突かれた陣を置いて、アミリアは歩き出す。
「いや、だから俺は戦闘が専門じゃないんだがな……?」
頭をかきながら、後に続く陣だった。