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電脳戦争  作者: 影宮閃
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第十八章 決着

2222年 すすきのに続き、ワシントンエリア、ホワイトハウスで爆破が発生。ホワイトハウスは崩壊、米大統領は現実世界にいたため難を逃れる。

      翌日、ロンドンエリアでも爆破が発生。ビッグ・ベン崩壊。事態を重く見たMCP本部は、本件を連続爆破テロと断定。各支部との合同で、捜査本部を設置。

     エジプト、ギザエリアで爆破発生。カフラー王のピラミッドが崩壊する。

     同日、MCP本部は爆破事件の被疑者として男の顔写真を公表。アクセスポイントの検問システムに登録するとともに、目撃情報の提供を呼びかけ。

     NYエリアより、犯人と思われる男から爆破予告の通報が入る。MCP、MCS、確認のため現地に部隊を手配するも、避難誘導の遅れから多くの犠牲者を出す。

第十八章 決着




 陣は目の前のPCを起動してみる。爆破の埃はかぶっているものの、奇跡的に無事なようだ。

 よかった。いちいち現状保存からデータを引っ張ってきて復元する手間が省ける。

 画面を拭い、起動した画面に自分のIDとパスワードを入力してログインする。

 端末はMCP共通のものなので、IDさえあればどこでもログイン可能なのだ。

 素早く起動したそれに、陣は青く輝くディスクを読み込ませる。

 ディスクの中身は録画メッセージだ。PCの画面や、ARデバイスを用いての投影が可能となっている。

 画面は埃まみれで、見るに耐えられたものではない。陣は机上にあるARデバイスにデータを送り、メッセージを投影する。

『……』

 出てきた人物に、思わず数秒、見とれてしまう。

 いつ撮ったのだろうか、銃で撃ち抜かれる前の、綺麗な顔のアミリア。

 いつものポニーテールで、少しはにかんで、ARだということを隠されていたら、本当にその場にいると勘違いしていたことだろう。

『……陣へ』

 アミリアは、視線をカメラにまっすぐ向けて、話し始める。

 陣は、黙って見て、聞いて、その全てを事細かに記憶しようとつとめる。

『あなたがこのメッセージを見ているということは、私はもう、死んでしまったのね。だってもし、あの子のことがうまくいったら、このディスクは捨てるつもりだから。……そうね。まずは……ぁん……私、謝らなくちゃ。あの子の正体に、気が付いてたこと』

 アミリアは何を言うべきか悩んでいるようだった。首を振ったり、唇をかんだりしている。

『どこから話せばいいのか――一番は、私たちの家庭環境かしら。あんまり時間はないけれど……。そうね、話すわ』

 やがて、覚悟を決めたのか、秘密を一気に告白するように、話し出す。

『私の家はクラーク家、あのクラーク家の直系なの。私にはトムという弟がいて――私とトムは、幼い頃から英才教育受けてきた。

 英才教育と言っても、虐待みたいなものよ?朝から晩まで勉強勉強勉強……。遊ぶ時間なんて一つもなくて、軽いノイローゼだったわ、あの頃。

 母はそんな状態をよく思っていなくて、私たち二人を助けるために、離婚を選んだの。

 でも、長い時間をかけた裁判でも、二人分の親権を勝ち取ることは叶わなかった。私かトム、どちらかが父の下に残ることになったの。

 父は――男系の方が優秀だからってトムを取りたがってたし、母も、私を女らしく育てたくて、特に反対もしてなかった。でも、私は、私だけはよくないと思ってた。

 あの子は昔から自分の言いたいことが言えない子で、泣き虫で、父にも怒られてばっかりで、私がいつも慰めてあげてたくらい。〝もしあの子が父の下に残ったら、きっとつぶされちゃう〟……子供心にそう思ったわ。

 私、女だけどあの子の姉だもの。放っておけなかった。だから、立候補したの。〝私、科学者になりたい!〟って、ウソをついて……もちろん、父は喜んだわ。最終的にはやる気のある私を選んで、トムを母に押し付けた。

 その後は――フフ、ご存じのとおりよ。私は父の教えを聞かずに、MCPに入った。母が働いていた、この職場に。

 そうして、あの子と再会したわ。最初に気付いたのはNYの時。たぶん直観だったの――バックアップされちゃったから、記憶はないけれど――私の端末に〝犯人はトム!〟ってメモが残されてたの。きっと、爆破前に必死に書いたのね、私。

 ――で、北京で逮捕する時、確信したわ。

 あの目……どんなに顔や声を変えても、変わらないものがあるわ。

 あの子のあの、助けを求めるような目。私に泣きついて、すがりついてくるときの目。子供の頃から変わってない。……初対面の人に、あんな切ない表情する男はいないわよ。フフッ』

 (トム)の甘いところをついて、一人笑うアミリア。その姿は、弟を想う姉そのものだ。

『犯人は、私の弟。これは私の問題だわ。父との確執で忙しいって理由をつけて、あの子に会わなかった私の責任。だから、私があの子を説得する。罪を認めて――たぶん死刑になるでしょうけど――ちゃんと、まっとうしなさいって。そう言うつもり』

 アミリアは周囲をキョロキョロと気にするそぶりを見せる。周りに誰もいないか、確認しているようだ。確認が取れると、もう一度カメラ目線に戻り、切実な顔で話し出す。

『もし……もし、私が失敗したら――こんなこと、あつかましくて本当に申し訳ないのだけれど――あなたに頼みたいの。あなたは本当に優秀で、頼りになるから。警官として、人として――。きっとあの子を、止めてくれるって信じてる』

 一息に言うと、アミリアは目を閉じて深呼吸する。そして、パチリと目を開き、いつもの、笑顔いっぱいの顔で告げる。

『最後になってしまったけれど、陣、愛しているわ。あなたに出会えて、私は幸せだった。〝世界が明るい〟ってよく小説とか映画で言うけれど、そんなことが本当にあるんだって、私感動したわ。もう一度、愛してる。そして、あなたの想いも、ちゃんとわかってる。だから悲しまないで』

 陣は静かに涙を流し、メッセージを胸に刻む。アミリアはカメラに近づき、録画終了のボタンを押そうとする。

『こんなメッセージでごめんなさい。使われないことを祈るわ。じゃあ、これで――』

 少しためらい、アミリアは声を絞り出す。すがるように、助けを求めるように。

『お願い、あの子を止めて』




 あの子を、止めて――。

 お願い――。

 ――。

「――はっ!」

 息をのむ。

 頭の中で、アミリアの声がいつまでも反響し続ける。

「……」

 荒い息づかいの中、目だけを動かし、周りを見渡す。自分の体を、周囲の状況を。

 両手は縛られている。

 何で?

 ロープのようなもので。

 何に?

 木組みの椅子のようなもの、そのひじ掛けに。

 両足も縛られている。

 手と同じように。

 腰、胴体部分も同様だ。

 身動きがとれない。

 唯一自由なのは、首だけだ。

 ここはどこだ?

 どこかの狭い、部屋の中だ。

 赤黒い明かりに包まれた、赤黒い天井、壁、床……。

 広さは六畳くらいか。

 真ん中にぽつんと座らされている。

 目の前の壁際に、男がいる。

 こちら背を向け、何か作業をしている。ように見える。

「んんん。目が覚めたかあ」

 男は振り向き、気付き、こちらにやってくる。

 手には何かを持っているが、暗くてよく見えない。

「はあー。んん」

 髪を撫でつけながら、男は陣を食い入るように見つめてくる。

 陣は無言のまま、男をにらみ返す。

「心配するな。あれは麻酔だ。少し――眠ってもらったんだ。あのままじゃ話ができなかったろう?」

 そう言って、男は陣のわき腹を小突く。

「……!」

 焼けるような痛みに、陣はうめきをあげる。

「んんんん。心配するな、心配するな。今助けてやる」

 男はかがみ込み、陣の左腕から端末をはずす。そこからEDRを取り出し、赤色を、陣の左腕に、突き立てる。

「……ぅぅぅ!……ぅ!」

 予期せぬ行動に、陣は驚き、戸惑う。

 なぜ、わざわざ助けるのか。

 男は治った陣のわき腹をさわさわと撫で、満足そうに笑って頷く。

「過剰な力だ」

 手のEDRを見つめ、

「これも」

 後方に投げ捨てる。

「これも」

 先ほど持ってきていたものを拾い上げる。

 真紅の小手。陣の特殊武装。

「全部、お前たちの抑圧の対象だ。んふ、人を縛り上げ、支配し、コントロールするための」

 男は小手の匂いを嗅ぎながら、立ち上がる。

「んー。はあ……。ようこそ、ディープウェブへ」

 両手を広げ、歓迎のポーズをとる男。

「ディープ、ウェブ……?」

「そうだ。俺が名付けた。まあ呼び方なんてどうでもいいが……ここは表よりもより深い世界だ。単純な裏世界ではない。できること、やれること、世界の構造も本質も、向こうとは比べ物にならないほど、深い。見事なものだろう、誰もが自由になれる世界。中国政府が封印していたものを、俺が復旧した。発電所のシステムに入り込み、古い設備に無理矢理電気を流した」

「犯罪者め」

「犯罪者じゃないさ!創造主と言ってもいい!」

「お前はたくさん殺した。お前の実の姉も」

「必要なことだ。すべて必要なことだった。後もう少しで完璧になる。もう少しだ」

「アミリアは少なくとも、お前を救おうとしてた!」

「その通り!」

 男は高らかに吠える。

「その通りぃ!姉さんはいつでも、俺の味方をしてくれた」

 陣に近づき、顔をなで回してくる。

「俺が泣いていた時、苦しんでいた時、姉さんは優しく抱き留めてくれた。俺が元気のない時、あきらめかけた時、姉さんは俺の頭を撫で、笑いかけてくれた!」

 陣は男の手から逃れようと、顔を賢明に振る。

「お前にわかるか?全てを管理され、束縛され、父親の望むままに育て上げられる、この苦しさが!牢獄の中で、死ぬまで出られやしない、この苦しさが!」

 男は陣の頬をつかみ、目と鼻の先で唾を散らしてまくし立てる。

「俺の父親はいつも言っていた。アミリア、トム、いつか、人のためになる発明をしなさい。人のためになる研究をしなさい」

 声色を――おそらく――父親の者に変え、男はおどけて話す。しかし一転、恐ろしくさめた表情になる。

「それは教えではなかった。呪いだ」

 陣の顔から手を離し、続ける。

「うちの家系では代々誰かが、何かを発明してきた。電脳空間三原則を提唱した脳波研究の第一人者、エドワード・クラーク。孫のジョナサン・クラークがその理念を形にし……。その息子パトリック・クラークは抑制型物理演算(フラット)エンジンを、さらにその息子、ビル・クラークはバックアップシステムを開発した。そしてこれまた息子である俺の親父自身も、何かを作ってる真っ最中だ……。全員、時代を変える発明を担ってきたーーただ一人、エドワード・クラークの息子、ジェイソン・クラークを除いて!」

 男は目をひんむき、狂気に満ちた目で早口にしゃべり続ける。

「俺たちの教育が進むうち、親父の口癖は変わっていった。『ジェイソン・クラークになるな』『ジェイソン・クラークになるな』『ジェイソン・クラークになるなジェイソン・クラークになるな』『ジェイソン・クラークになるなジェイソン・クラークになるなジェイソン・クラークになるなジェイソン・クラークになるな』……。親父にとって、うちの一族にとって、何も成し得なかったジェイソン・クラークは、恥ずべき汚点だった。

 親父は自分の子供が、そんな汚点になることが耐えられなかった。何としても優秀な子供に育て上げる。頭にあったのはそれだけだ!姉さんはその犠牲になった。

 ある日、姉さんは親父に連れて行かれてしまった・・・・・・。俺の目の前から!永遠に!連れ去られてしまった‼

 太陽のような姉さん。女神のような姉さん。お前にはわからないだろう!どん底の真っ暗闇の中、手をさしのべてくれる姉さんが、どれほど美しかったか!勉強を終えるまで、ろくに寝られもせず、食べられもしない中、賢明にかばってくれる姉さんがどれだけ神々しかったか!」

 男は目をつぶり、天井を仰ぐ。自分の言葉と姉の偶像を、全身に染み渡らせるように、深く深く、呼吸する。

 ゆっくりと目を開け、断言する。

「そんな姉さんを奪った親父を、許すわけがない」

 恐ろしく淀みのない声で、男は続ける。

「だがそもそも、こんな親父を作ったのは誰だ?――俺は考えた――親父という化け物を作り上げたのは……この世界そのものさ!クラークによって作られた世界に、クラークたちは縛り付けられ、呪いを背負い続けている!そして今や、クラークだけではない!全世界の人間が、単一の世界に縛り付けられ、もがき、苦しんでいる!」

 気分が昂っているのか、激しい身振り手振りを交え、熱弁を続ける。

「MCPができ、MCSができ、抑制型物理演算(フラット)エンジンができ、世界は変わってしまった!お前たちは縛り付ける一方だ!」

「それで戦争が無くなった!平和のための法だ!」

「違う!無くなったのは自由だ!法はただの足かせだ!」

 男は陣を指さし、両手を握りしめる。

「サイバー空間で生きる人々は、決まりを押しつけられ、自由を奪われ、窮屈で息苦しい地獄を強いられている!それなのに!もはやサイバー空間無しでは生きることもできない!」

 血管の浮いた拳をほどいていき、首を振る。

「……解放するべきだ。人も、世界も。200年前、サイバー空間ができる前の世界のように――自由に、帰るときだ」

「……お前の方法は間違ってる。人を殺してしまえば、それはもうただの狂気だ」

「何でもいいさ。俺は親父の言うとおり、人のためになる発明をした。何の束縛もないこの自由な世界を、サイバー空間につなげるという偉業を成し遂げた!俺は親父を越え!クラークの呪縛を解放し!人々に、新たな光を与えた!」

 今度は目を光らせながらはしゃぎ、陣の目の前にズイと顔を寄せる。

「すでに多くのサイバーオタクや犯罪者に、サーバーへの直接アクセスの方法を公開している。入り口はNYの穴だけじゃない。こうしている間にも、続々と多くの人間がダイブしてきている。もはやサーバーのリセットは効かない。人命を無視したやり方など、上にいる臆病者共が選択できるはずがない」

「救えてない人間がいるじゃねえか……!アミリアは、アミリアは、お前のことを最後まで考えていたんだぞ!お前のために、お前を救おうと――」

「巡査部長。この世には、どんなに願っても手には入らないものがある。誰もが、そういった願いをあきらめて生きてきた」

 陣の話を遮り、男は訳の分からない話を始める。陣は思わず、その内容に耳を傾けてしまう。

「俺が顔を変えたのは、生態情報まで全て変えたのは、姉さんにジャマされないためさ。姉さんなら、俺の犯行に気付けば、ダイブ位置のおおよその検討もつけ、途中で止めたに違いない。でもそれじゃあダメだ。それじゃあ、姉さんを手に入れられない」

「……は?」

 話の内容が全くつかめない。

「言っただろう。姉さんは俺の太陽だった。女神だった。でも、姉さんは俺の姉さん。どれだけ欲しても、どれだけ愛しても、姉さんを手に入れることは叶わない」

「……何を、言ってる――?」

「この世界なら、ば。だ。バックアップシステムの解析は難しかったが、曾祖父さんの発明を破れない俺じゃない。記憶データの保存法法と、抜き出し方を解明した。そしてこの顔の持ち主で、実験もした。バックアップシステムが無くても、その瞬間の記憶を抜き出すことはできる」

 あの、注射器か……?

「もちろん、バックアップほど精巧に抜き出せはしなかったが、記憶データから文字通り、人をよみがえらせることは成功した。不必要なデータを消すことも」

 その言葉に、陣はぞっとする。男の考え、行動、全てが常識を逸している。恐怖、嫌悪、拒絶。そんな言葉では言い表せない、絶対的な感覚が、頭の中を走る。

「もはや俺にとって、顔などどうでもいい。姉さんが俺のものになれば、それだけでよかった。そのためにまず、姉さんの中の俺を消した。俺の話し方、仕草、癖、全て忘れて、まっさらな、綺麗な姉さんが生まれた」

 男はその美しい姿を思い出すように、うっとりとした目で空中を見つめている。

「ついでに、最近ついた悪い虫も、記憶から消しておいた。おかげで姉さんは、何も知らないまま、何一つわからない世界に放り込まれ、恐怖と孤独で震えていた」

 陣は首を振る。最初に湧いてきたのは怒り、そして悲しみ。

「俺は、そんな姉さんを放っておけなかった。今までさんざん助けてもらった姉さんだ。今度は俺が助けなくては」

 男の言葉に、怒りがふつふつと強くなる。

「優しく抱きとめ、耳元でささやいた。大丈夫。何も怖がることはない」

 今や怒りが頭の中全てを支配し、何も考えられない。

 こいつは――こいつを――‼

「そして俺は、ついに姉さんを手に入れることができた……!姉さんの体温を感じ、姉さんの肌に触れ、姉さんのにおいをかいだ。姉さんの髪をとかし、姉さんに頬ずりし、姉さんの胸の鼓動を聞いた」

 陣は怒りにわなわなと震える。目からは、涙がぼろぼろこぼれ出る。

「そして、姉さんの一番熱い部分を、俺は芯から味わった……っ!最高の締まりだった。このために生きてきた。俺の苦しかった人生が、初めて報われた気がした」

「……狂ってやがる。お前は――人間じゃない」

「ふん、ふあ。安心しろ、姉さんはもう自由にしてやった。俺にはまだやるべきことがあるからなぁ」

 男は、真紅の小手を、陣の右手に装着させる。

「今ごろ、俺が教えた通り、入ってきた男たちに体を売ってるころだろう。人そのものを再現したからなァ。現実世界の体がないだけで、後は今のあんたと状況は全く変わらない。腹も減るし眠たくもなる。生きて行くには、金が必要になる。自然の摂理さ。だがおかげで――姉さんは、ちゃんと生きてる。とても人間らしく(・・・・・・・・)

「……殺して、やる……!」

 陣は歯ぎしりをして、動かせない足で地団駄を踏んで、悔しがる。

 絶対に許すものか。アミリアを、アミリアの心をもてあそび、汚し、殺したも同然に扱い――。

 八つ裂きにしてやる。全身の皮膚をむき、体を焼き、この世で最もひどい苦しみを与え、殺してやる!

「何をそんなに怒ってる。記憶データに魂が宿るか?苦しむか?――」

 男は、これでもかというほど、内側に狂気を溜めていく。

 小手のボタンを押し、わざとボウルナックルを展開させていく。そして、今にも爆発しそうな陣に、最悪の言葉を告げる。

 

「――気にするな。ただのデータだ」


「うあああああえああああああああああああ!!」

 陣の中で、何かがはじける。

「ああ!ああ!ああ!」

 ボウルナックルのスラスターを噴射させ、ロープで縛られた椅子のひじ掛けごと、右手を自由にする。そして左手を縛るひじ掛けをねじ切り、両手でトムに掴みかかろうとする。

「ひゃーはははっ!はあはあああ!」

 男は狂ったように笑い、一歩下がる。

 必死に食らいつく陣だが、両足を縛られていて立つことができない。そのまま前のめりに倒れてしまう。

「ああああ!」

 ボウルナックルで邪魔な椅子を砕き割る。ばらばらになった木くずを振り払い、這うように立ち上がる。

 その姿を見て、男はゆっくりと後ろに歩き始める。

「殺す……!うううぅぅぅ!」

 獣のように唸りながら、陣は後を追う。

 男は部屋を出る、笑いながら、ゆっくり、じっくり逃げる。

「んんんん!あっあー……」

「ああ!」

 男の顔めがけて、殺意のこもった拳を振りぬく。男はわざとギリギリにかわし、一層高い声で笑う。行き場を失った鉄の拳が、建物の壁を砕き、床にヒビを入れる。

「ふん。んははああ!そうだ!そうだ巡査部長!」

 笑いながら、男は反撃のために右手を撃ち出してくる。陣はボウルナックルでそれを掴むと、何のためらいもなく腕をへし折る。

「ぐぅん!んはっはっはっはっ!俺を……殺してくれえええぇぇ!」

「ぁぁぁあぁぁああああああああ!」

 叫ぶ陣からあとずさりながら、男は左手で銃を撃つ。陣はその全てをはじき、近づいていく。

「へへええあ……!悔しいだろ!」

 殺す。

「腹が立つだろう!」

 殺す。

「憎いだろう!殺したいだろう!」

 絶対に殺す。

「そうだ、っはあ。はあはあは、感情を解き放て!ひぃいあ!あっはっはっ魂を開放しろ!」

 絶対に殺す!

「ぅぅああああ!」

 男の左手から銃を弾き飛ばし、陣は距離を詰める。男はどこからともなくEDRを取り出し、右腕を直して殴りかかってくる。

「ゔぬぅ!」

 超怪力から顔をかばうため、陣は左の手のひらで拳を受ける。

 が、素手のはずの左手は、折れることも力負けすることもない。男の右腕と、拮抗した力を有している。その状態を見て、男は目を見開いて笑う。

「んんふっふっ!」

 陣は左手に怒りをこめ、じわじわと、男の右手をひねっていく。男は笑いながら抵抗するが、あまりの強さに、全くかなわない。

「あっはあ、はっ」

 それでも嬉しそうに、笑い続ける。狂気に満ちた目で、満面の笑みで、陣を見続ける。

「わかっただろう、無制限を使う方法が……。怒り、憎しみ、悲しみ。心の底から俺を殺したいというその感情!ふっあっふんんん……。もっと、もっと怒れぇぇ!」

 陣はもう何も言わず、男の右手を外にはじく。

「あんたは最初に会った時、『どこから来た?』と聞いた!普通なら『誰だ?』と聞くべきところで!」

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も、右手の(こぶし)と左手の素手(こぶし)を男に叩き込む。笑い続ける男が、虫の息になるまで殴り続ける。容赦なく、徹底的に、完膚なきまでに叩きのめす。

「俺はその瞬間悟った!この刑事なら、この男なら!俺を必ず見つけ出す!俺を見つけ、追い詰める!」

 最初はかわし、防いでいた男だが、超怪力や反射神経強化、さらには超脚力による蹴りまで発現した陣にはかなわない。あばらを折られ、頬を砕かれ、足の指は粉々に、左手は変な方向に曲がっている。

「はーっ。はあっ、ははは!はーっはっはっひゃあ!」

 それでも笑い、むしろ喜んでさえ見える男に、陣の怒りは加速する。

 アミリアを利用し、アミリアを汚し、侮辱し、辱め、物のように扱い、ゴミのように捨て去り……それで……それで、愛しているだと?

 違う。

 悪魔のような所業。決して許されない蛮行。

 俺が――。

 俺が、終わらせてやる。


 こいつを、殺して。


 男はついに床に倒れ伏し、激しく息切れする。大の字になって、愉快そうに眼をつぶる。

「そうだ……はあ。俺を殺せ。魂を開放しろォ!」

 陣は何も言わず、殺意以外の感情すべてを押し殺し、ボウルナックルを振り上げる。


 男の上にまたがり、動きを封じ、確実に仕留めるため、狙いを定める。


「はあ、やっと……完成だ」


 男がつぶやく。

 

 完成だと?


 知るもんか。


 これで、終わるんだ。


 長かった捜査も。


 殺人や爆破の被害者の無念も。


 アミリアの魂も。


 こいつを――殺して。




『お願い、あの子を止めて』




 陣の最後の一撃は。


 最後の一撃は。


 当たらなかった。


 当てなかった。


「はあ……はあ……はあ……」

 男の顔、その横数ミリの位置にめり込むボウルナックル。

 陣は荒い息遣いのまま、自分の右手を、男の顔を、やりきれない思いで見つめ続ける。

「うぅぅうぅ!なんだ!巡査部長!俺を殺せ!」

 男はいら立ち、怒りの声を浴びせる。

 陣は答えることなく、静かに、目を閉じる。

「ああ!これだから警察は……!」

 男は陣の下からはい出し、のそりのそりと進み始める。

「これでは意味がない!何も!があ!」

 陣は男の両足に、ボウルナックルをたたきつける。大きな音を立てて折れる男の両足。その上に鉄の拳を置き去りにして、陣は空いた両手を振って、男に近づく。

「……」

「何だその目は……やめろ!それだけはやめろ!せっかくここまで来たのに!何で貴様ら警察は!いつもいつもいつもいつも!いつもいつもぉ!」

「アミリアに、頼まれた」

 男の両足に体重をかけ、動きを封じる。

「殺せと言ってるんだ!」

「捕まって、裁きを受けろ」

「違う!殺せ!どうせ死刑になるんだ!巡査部長!あんたの手で!殺せぇ!」

「嫌なこった。俺は刑事だ。法の番人。法の執行者」

「このディープウェブに法など存在しない!」

「向こうの世界での、お前に対する罪は残っている。逮捕状も出たままだ」

 陣は時計を確認し、手錠を取り出す。

「NYエリア時間で、十二時十三分、電凶法違反で逮捕状を緊急執行する」

 男は聞こうとせず、何とか逃れようともがき続ける。しかし、陣に両足を抑えられていて、動くことができない。

「足が!足がああ!」

 陣は淡々と手錠をはめる。アミリアの、最後の頼みを果たすために。

「気にすんな。ただのデータだ」

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