第十七章 深淵
2214年 四十年以上平和だったサイバー空間で、連続爆破テロが発生。MCP、半世紀ぶりに殉職者を出す。
2220年 イギリスの各エリアで、連続通り魔事件が発生。MCP、MCSの協力捜査により解決。
2221年 TOKYOエリアで連続誘拐事件が発生。MCPジャパン支部、事件解決のため大規模捜査を敢行。
2222年 TOKYOエリアで変死体が発見される。MCSジャパン支部は殺人事件と断定、捜査本部を立ち上げる。
翌日、すすきのエリアで爆破が発生。テロの可能性を考慮し、MCPジャパン支部は同エリアを封鎖、立ち入り禁止措置を施す。
第十七章 深淵
「おまたせ」
陣は吹っ切れた顔で、二人に合流する。
「準備は、いいのかい?」
「ああ。若くて優秀なバカを置いてきたよ。ついでに辞表も書いてきた。お前は?」
「僕は――うん。もちろん書くつもりだったよ」
「俺は書いた」
陣とジョセフは〝早く書け〟と言いたげにジョンの顔をまじまじと見る。
「ジョン、男ってのは、思い切りの良さが――」
「いいじゃないか!後からだって書けるんだから!ほら、行くよ!」
ジョンは鼻息を荒くして、ずかずかと先に進み始める。
陣とジョセフは顔を見合わせて笑い、その後に続いていく。
三人が歩いているのは、NYエリアのタイムズスクエア。男が作りだした大穴の前だ。
「いいかい、上はクラーク部長の失敗は機械の不具合だったと思ってる。バックアップを抜き取るなんて、誰もできない。それが公式見解だ」
「そして俺たちも、お前たちMCPも『たかが記憶データだ』と言って、部隊を出さないだろう」
「ああ、だがトムは絶対にアミリアを持って行ってる。あの世界は何でもありだ。何かしでかす前に、アミリアを取り戻す」
陣は力強く言う。ジョンは目の前に見えてきたタイムズスクエアをまっすぐ見据え、状況を説明する。
「今大穴の前には、MCPNY支部の部隊が展開してる。僕が嘘の書類を作ってきた。これで突破しよう。あとは――」
「――出たとこ勝負だ」
引き継ぐジョセフ。
「ああ、絶対止められるんだろうなぁ……」
わかってはいるが、つい弱気になるジョン。
それを勇気づけるように、陣は確信をもって言う。
「止まらないさ」
交差点を埋め尽くす大穴の周囲には、空中に浮かぶ棒状のデバイスから半透明の規制線が張られている。その中に入るにはMCPやMCSのIDが必要になる。
そして中に入ったところで、MCPNY支部の警官が、均等な感覚で穴の周囲をぐるりと取り囲んでいる。その数およそ二十人。いくら陣とジョセフが手練れとはいえ、この人数を一度に制圧することはできない。少しでも時間がかかれば、次々と応援を呼ばれてしまうだろう。
「やあどうも」
ジョンが警官の一人に陽気に挨拶する。陣達と同年代に見える警官は、いぶかしげな顔でこちらを見る。
「僕らは連続爆破テロの捜査本部の者で――こちらは応援のMCSさんね。で、実は……この内部を先行して調査して来いって言われたもので。あっ、これが書類」
警官の探るような目線に臆することなく、ジョンはL字型デバイスで書類を表示する。
「ここは誰も通すなと言われている。内部に入るのは危険すぎる」
「それはもちろんわかってるよ。それをわかった上で、僕らが選ばれたんだ。例えばこの人、MCPで検挙数二位の武田陣巡査部長!こちらはMCSのジョセフ・アイゼンハワーさん。イースターエッグの……なんだっけ」
「イーストエンドの英雄」
陣が補足する。
「そうそう、それそれ。英雄なんだ。すごく、安心で安全なチームさ」
ジョンの説明ではダメかもしれない。書類も、当然のように偽造したものだ。
この時点で命令違反、規律無視、加えて公文書偽造の立派な犯罪まで付いてきている。
「ほら、この書類をよく読んで――」
ジョンは警官に近づき、書類がよく見えるように寄せてやる。その体の運び方に、陣とジョセフはピンとくる。
ジョンは警官の前に壁のように立ちはだかり、陣とジョセフの姿が見えないようにしている。
「署長印は?」
「うちは本部だから、本部長印が、ほらここに……いや、ごめん。下の方だったかな?」
やはり、ジョンはわざとらしく話を引き延ばしている。
陣はジョセフに目配せして、そろりそろりと穴の方へ向かう。アスファルトとの境目がチリチリと揺れている、黒い、暗い穴。その底は見通せない。が、ドローンで確認したとおり、そこにたどり着けば訳の分からない街並みが広がっているのだ。
「おい!何してる!」
穴の反対側にいた警官が、陣とジョンの動きに気付く。その大声で、ジョンと書類を見ていた警官もこちらを振り向く。
ジョセフはスリーブアローを抜き出し、反対側の警官にスタン弾をお見舞いする。陣は一足先に、穴に向かって駆け出す。
「おい待て!」
「おおっとぉ」
動きだそうとする警官に、ジョンはアグニを向ける。アミリアに憧れ、追いつこうと装備した特殊武装だ。
「動くなら、申し訳ないけど頭を吹きとばさせてもらうよ。みんな動くなあ!」
振り向き、加勢しようとしたジョセフは、その光景に固まる。
「お前達……何のつもりだ。本当に捜査員か」
「もちろん捜査員さ。ただ僕らにはやらなくちゃいけないことがある。頼む。彼らを行かせてくれ。そうすれば、君を撃たずにすむ」
もちろんこれはブラフだ。アミリアのためとはいえ、無実の人間を殺すわけには行かない。たとえバックアップシステムがあったとしても。
しかし、ここまで来て引くわけには行かないのだ。絶対に。
「ジョセフ!ここは僕に任せたまえ!」
後ろにいるジョセフに、大声で伝える。
「しかし――」
ジョセフはスリーブアローを握り直し、どうすべきか迷っている。
「いいんだ!正直僕は怖いんだ!その中に行くのが。ハハッ。だから陣を頼むよ!ジョセフ!彼は少し……無鉄砲だからね!」
怖いだなんて嘘だ。本当は行きたいに決まっている。そんな気持ちを押し殺し、ジョンは、自分の役目を全うしようとしている。
「ああ、でも言っておくけど、持つのはせいぜい十分ちょっとだよ!」
ジョセフはスリーブアローを下し、頼もしい背中に敬礼する。
「了解した。あいつは任せろ。ブラウン巡査部長」
「頼りにしてるよ!」
ジョセフは背を向け、超脚力で一気に穴に近づく。そして、陣に追いつくため、一息で穴の中に身を投じた。
「さあて……」
一人きりになった心細さを感じるジョンだったが、二人のために気を奮いたたせる。
「下がれ!下がるんだ!」
アグニを構えたまま、穴の周りにいる他の警官にも大声で吠える。
「君たちも!一歩も動かないでくれたまえ!無線も禁止だ!」
高層ビルの廃墟に反響して、ジョンの声が交差点内に響き渡る。
NY支部の警官たちは、穴に近づくことも、ジョンを止めることもできなくなる。
「よし、よしいいぞ……」
ジョンは警官にアグニを向けたまま、穴の境界線ギリギリまで後ずさる。この膠着状態を保てれば、長い時間を稼ぐことができる。
しかし、ジョンの思惑は淡くも崩れ去る。
「ジョン!」
ビルの間から、たくさんの部下を従え、歩いてくる人物が見える。
ジョンはその姿を見て、大きく顔をゆがめる。
「何してるんだお前!」
やってきたのはブライアン。その顔は、怒りに震えている。
まずい。
ジョンは額が汗でにじんでいくのを感じる。誰であれ、直属の上司ほど逆らいにくいものはない。
「ふう……頑張れ、頑張るんだジョン……」
小さな声で、自分に勇気を与え続ける。
「ジョン!」
ブライアンは怒りの形相のまま、どんどん近付いてくる。ジョンは汗ばむ手で、アグニのグリップを握りしめる。その銃口を向けられているのに、ブライアンは一つもひるまない。
「本部長印勝手に持ち出しやがって。ログが残ってたぞ。何に使った!これは何だ!」
「必要なことに使いました。後悔はしていません!」
ジョンはブライアンの気迫に負けじと声を絞り出す。
「そんなことを聞いてるんじゃない!何に使った!使いようによっちゃ、公文書偽装で立件、そのアグニも!電凶法違反で現行犯逮捕だ!」
「望むところです!覚悟は決めてきました!辞表はまだ書いてませんが……」
「クラークはもう死んだ!こんな時に、よけいに現場を混乱させるな!」
「そうです彼女は死にました!もうこの世にはいません!でも!彼女の記憶が、彼女の魂が!悪意のある人間に利用されようとしている!それだけは、絶対に許せないんです!」
ブライアンは苦虫をかみつぶしたような顔になり、必死にジョンを説得し続ける。
「しっかりしろジョン!バックアップデータを抜き出すなんて芸当、できるわけ無いだろう!あの男がその中にいるのかどうかもわからんだろうが!」
「僕が一番信頼する刑事が出した答えです!彼の言うことはいつも正しかった!そして彼なら!必ず彼女を救い出してくれます!だから……だから僕は、僕の仕事をします!」
「お前自分が何を言ってるのかわかってんのか!クビになるんだぞ!今すぐ武器をおろせ!」
ブライアンの言葉に、ジョンは震え上がる。もうすぐ三十代とはいえ、今後の人生は長い。ここでクビになれば、路頭に迷うのは目に見えている。
だが――。
だが、それでも。
僕の命より、大切なものがある!
「ブライアン警部……。僕はクラーク部長を愛していました……。同期として、同僚として、一人の女性として!」
ジョンは大きく息を吸い込み、覚悟を決める。
クラーク部長!
「男には!クビよりも大事なものがあるんだぁぁ!」
ジョセフは、穴の底に着地する。
地面は固く、磨き上げられたコンクリートのように、鈍い光沢を放っている。
上をちらりと見上げると、NYの朝日がこうこうと見える。
落下の感触としてはそこまで高さを感じなかったが、こうして目で見てみると三十m以上はありそうな感じがする。無理やり繋げた空間と言っていた。距離感がねじ曲がっているのかもしれない。しかし、どうやって帰ればいいのだろうか。まあ、それは後でなんとでもなるか。
「――陣」
数m先を歩く陣に、声をかける。
「来たか、ジョンは」
「向こうに残った」
陣は穴の入り口を振り返って見上げ、渋い顔をする。
「そうか……わかった」
顔を見合わせ、視線を前に戻す。
穴の中に広がっている世界は、陣達が知っているどのサイバー空間よりも異質で、風変わりだ。
かつて中国が作り出した、広大な世界。歴史の授業で習った限りでは、当時の中国の人口全てが入るほどの大きさを誇るらしい。とはいえ、完成前に閉鎖されたこともあり、現在のサイバー空間に比べればどうということはない大きさだが……。
今いるのは、かつて居住区として作られた地区のようだ。コンクリート製の味気ないアパートが何百棟も連なって建てられている。
それぞれきっちりと区画整理がされており、京都の町並みのように、どこまでもまっすぐ延びた道が、直角に交わって格子状になっている。
「まだ構築途中だったのか」
ジョセフのつぶやき通り、この世界は作りかけだ。地面も建物も全てコンクリートのようになっていて、全てが同じ、無個性なのだ。冷たくて味気の無い、寂しい感じがする。
「さて、どうするか……」
どちらともなく言ってみる。ここが一番の問題なのだ。ジョンが足止めしてくれているが、一人では限界がある。そのうち不祥事を避けたいお偉い連中が、陣達を止めるために部隊を送り込んでくるだろう。
広大な世界をしらみつぶしにするのは途方もない時間がかかるし、そんなことで体力を使いたくない。
いや、必要なかった。
「ジョセフ」
陣は真正面、長い長い道の向こうを指さす。
その指のさす方へ、ジョセフはゆっくりと視線を向けていく。
そこには。
男が立っていた。
一人で、奇妙なほどスマートな顔を、にんまりとゆがませて。
「巡査部長!」
約100m先だろうか、男は大きな声で話しかけてくる。
「それに英雄も!よく来てくれた!来てくれると信じていた!それでこそだ!そうでなければ終わらない!」
終わらせるのこっちの方だ。そう思いながらも、陣は何も言わずに黙っている。こんな奴の話など、一言も聞きたくなかった。
「陣」
ジョセフはスリーブアローに手をかけ、じわりと引き絞る。
「ニ対一だ。また爆破されないよう、接近戦で一気に片を付けるぞ。俺が間合いを詰める」
その言葉を合図に、ジョセフは大跳躍を見せる。空中を舞いながら、男めがけて電磁矢を何度も放つ。さらに、エネルギーの刃も同時に展開する離れ業を見せる。
上空のジョセフの下で、陣は全力で走る――視線の先では男が電磁矢を人外の動きでかわしている――真紅の小手を取り出し、右手に装着する。スイッチを押し、展開していく巨大な手をブンブン振り回して走る。
「……!」
着地とともにエネルギーの刃を振り下ろすジョセフ。男は横っ飛びによける。
「んんん………さすがだ」
ジョセフは前転して体制を立て直し、すぐさま矢を放つ。
「おっとぉ!」
反射神経強化でかわす男。
「おらあああ!」
地上の陣がたどり着き、右手のボウルナックルで殴りかかる。
「ふん」
男は素手のまま拳を握り、超怪力で真っ向から受け止める。
「ぐ……」
力を込める陣だが、男は汗一つかかず、すました顔でボウルナックルを受け止め続ける。
「ふせろ!」
ジョセフの言葉に身をかがめたその瞬間、エネルギー刃が頭上を薙ぐ。男はまたしても超人的な早さでかわす。
次々と刃を振り回すジョセフだが、男は難なくかわし続ける。端から見ていると、ジョセフがわざと何もない空間を切りつけているようにさえ見える。
「くっ」
陣も立ち上がり、ジョセフに加勢する。
ジョセフが切りかかれば陣が一歩引き、陣が殴りかかればジョセフが弓を下げる。ぴたりと息のあった連撃で男に休む暇を与えない。
だが――男はその全てを、まるで予測しているかのようにかわす。一発も当たらない。
「さすがだ!」
かわしながら男が喜びの叫びをあげる。
「サイバー軍の兵士でも、100回死んでお釣りがでるくらいだ!」
その顔が、嬉しそうにゆがんでいる。
「だがここは無制限の世界!」
男は目にも留まらぬ早さで、両の拳をそれぞれに叩き込む。
超怪力で吹っ飛ばされるジョセフ。歯を食いしばって後ずさる陣。
「MCP、MCS最強の二人でも、制限解除に限度の無い俺には勝てない。あんたら二人は、がんじがらめの世界に慣れてしまってる。制限の無い世界で、どう順応すればいいかわかるまい。ここは格別だ!向こうでは一つずつ選択してちまちま解除していたが、ここでは思うように、いや、思っている何倍もの軽さで体を動かせる!」
「お喋りなやつだな」
陣は、ゆらりとにらみを効かせる。
「ふん、ふあ。さっきのを防いだのか。さすがだな、巡査部長」
「俺の制限解除は反射神経強化。そして俺のボウルナックルは特注品でね。銃弾程度の早さなら瞬時に対応できる」
陣は苦笑いしながら、鉄の拳をガシガシかざしてみせる。
「うぅ!?」
男はとっさに顔を振るが、全てをかわしきれない。右の頬がぱっくりと割れ――初めて――男の顔に赤い血がにじみ出る。
「悪いな」
後方から、ジョセフの声が聞こえてくる。
「俺の制限解除は超感覚。他のやつとは年季が違う。貴様のかわし方の癖も計算させてもらった。そして俺のスリーブアローは特注品でね、弾の性質を細かく設定することができる。今のは速度重視だ」
男は右頬の血を拭い、陣とジョセフを交互ににらみつける。
「確かに俺たちは、この世界でどう戦えばいいのかわからない。無制限をどう使えばいいかわかんないからな。お前の方に利があるだろう。だが、俺たちはそれに勝る経験を持ってる。もうすぐおっさんって呼ばれる年だが……トム、おっさんにしか見えない世界もあるのさ」
そう言うと、陣は右の拳をたたき込む。受け止めようとする男。
「っらあ!」
陣は直前でスラスターをふかし、拳の軌道を無理矢理変える。予想外の動きに男は反応しきれず、土手っ腹に思いっきり一発を浴びる。
「ぐっ……!」
ジョセフはスリーブアローを引き絞り、二発続けて放つ。
男はナイフを取り出し、空中で矢をたたき落とそうとするが――矢はナイフの目の前でストンと落ち、男の両足にそれぞれ突き刺さる。
「うっ、ああああああ!」
両足の激痛に耐えきれず、男はその場にうずくまる。
「矢尻を重たくさせてもらった。その分傷口も広がってるだろう」
「んんんん……んーんんん。あっあっあっ……。そうだ。そうでなくては!」
男はうずくまったまま、一人悦に入る。
「トム、アミリアの記憶データを返してもらおう」
「んんんん……返して、どうする?あれは必要なものだ。最後の、仕上げにぃ!」
男は上半身を持ち上げ、スイッチのようなものをカチリと押す。
爆破か⁉
とっさに身構える陣とジョセフだったが――爆発の音は、どこからも聞こえない。
代わりに聞こえてきたのは、機械の駆動音だった。モーター音やスチールのきしむ音。
これは……。
「俺はロボットの方は専門じゃないんだが……成功したよ」
男は不適に笑う。
アパートの陰という陰から、二足歩行の、人型のロボットがぞろぞろと出てくる。
「現実世界では、ロボット三原則がジャマして、ロボットを戦争に使うことができない!それはサイバー空間でも同じだ……だが?」
まさか……。
陣とジョセフは身構える。
無機質な、何の武装もなく、ただ二足歩行ができるだけのロボット。しかしその数はどんどん増えていく。100、200……まだ続々と出てくる。
「下手をすればMCSの部隊が投入されると踏んでいたんだ。何のプランも無しにやるものか!」
男は両足の矢を引き抜き、EDRに似た注射器を足に打つ。
すでにロボットに囲まれた陣は、それを止めることができない。十m後方では、ジョセフもロボットの軍団に囲まれている。
これはもっとも恐れていたことの一つだ。たった一人の犯罪者が、いとも簡単にMCP、MCS、果てはサイバー軍を越える軍事力を手にしかねない。その気になれば、こちらが手をこまねいている間に、サイバー空間全体を掌握されてしまうだろう。
「簡単なプログラムしか組めてないが、足止めには十分だろう」
男は治った両足を叩いて確かめ、嬉しそうに笑う。
「足止め?」
その疑問に答えるように、陣の周りにいたロボットたちは突然、ジョセフめがけて走り出す。
もともとジョセフの周りにいたものは、三六〇度一斉に突撃を仕掛けてくる。
「くっ」
エネルギー刃を展開し、鉄の人形を切り倒していくジョセフ――しかし、あまりにも数が多すぎる。
何の武装も、攻撃もしてこないロボットだが、この数で闇雲につっこまれると、確実に死に至る。
「ジョセェフ!」
陣は叫び、ロボットの群れに後ろから襲いかかる。
大きな右手で最後尾の一体をつかみ上げ、放り投げる。
ロボットは耐久力が低いのか、地面に当たっただけでバラバラにはじける。
「くっそっ!」
投げても殴っても、ロボットの数はいっこうに減らない。
群れの中心では、ジョセフが鉄を切り裂いていく音だけが絶えず聞こえている。
「やめろ!おらぁ!」
倒せども倒せども湧いてくるロボット。陣は右肩が痛むのも無視して、スラスター全開で次々と蹴散らしていく。
「陣!陣!」
ジョセフは必死に電磁弓を振り回しながら、呼びかける。
「俺にかまうな!目的を思い出せ!」
正面から迫ってくる一体を切り裂き、体を回転させながら左の一体を破壊する。そのまま貫通力の高い電磁矢に切り替え、後方の一列をまとめて射抜く。最後は右のロボットを蹴りあげ、、後方に控えていた三、四体もろとも吹き飛ばす。
「バカ言え!この数は――!」
「アミリアを救うんじゃなかったのか!」
陣はジョセフの言葉に一瞬戸惑い、どうすべきか悩む。
確かにアミリアを助けるために来た。自分のクビだとか人生だとか、そんなもの全て放り出してきた。
しかし、目の前の仲間を見捨てていくのとは訳が違う。MCPを相手にしているジョンは死にはしないが、ジョセフが相手をしているのは感情無きロボットだ。
何とか、何とかしなければ――。
「ぐぁっ!!」
わき腹に刺すような痛みを感じ、陣は左手で傷口を押さえる。
手に触れたのはナイフのようなもの。男が両手で、陣の体奥深くに突き立てている。
「あぁ、そうだ!背後まで注意が回らないよなぁ!みんなそうだ!あんたも、あんたの部下も。人のことばかり気にしている場合か!」
男はギリギリとナイフを持つ手に力を込める。その超怪力に、陣はあらがうことができない。
しかも、なんだ、これは――。
陣の生存本能が、全力で危険信号を放っている。目まいがし、全身から力が抜けていく。
がっくりと膝を付き、あえぐ。
呼吸も苦しい……頭がしびれていく……意識が、もうろうと……。
「ふん。ふあ。あっあっあっあっ……んーんん」
男の笑い声だけが、妙にうるさくまとわりついていた。