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電脳戦争  作者: 影宮閃
12/19

第十二章 予告

2131年 連合国、サイバー空間の初期化を敢行。枢軸国のサイバー軍、撤退に応じなかった兵士約40万人が犠牲となる。

      中国、ロシア、「核を超える非人道的措置だ」と連合国側を非難。


2132年 北朝鮮、平壌陥落の直前、米国に向け核ミサイルを発射。

      米国、報復を検討するもオールドマン大統領が慎重な対応を取るよう全軍に通達。太平洋上に展開中の米イージス艦の迎撃ミサイルにより、核ミサイルの破壊に成功。世界は核戦争の危機から救われる。

      同年、中国、ロシアが現実世界、サイバー空間双方で連合国側に停戦協定を申し入れ。


2133年 停戦協定締結。第三次世界大戦(サイバーウォー)終結。

      北朝鮮は解体。南北朝鮮が併合され、国名が朝鮮に。


第十二章 予告




 翌朝――。

「……ん」

 陣はホテルのベッドで目を覚ます。

「んー」

 眠たい頭を起こすと――腕の中に、体の温もりを感じる。

 ああそうか。

「ん……」

 甘い吐息を漏らしながら、アミリアも目を覚ます。

 目をつぶったままだが、陣の存在を感じ取り、その胸に頬をすり寄せてくる。

「ふふ……」

 陣は下唇を噛んで笑い、アミリアの体をくすぐる。

「Ah!Jin!」

「あっはっ」

 身をよじって逃げようとするアミリアを、陣はがっしり抱え込んで逃がさない。

「No!Wait!」

 お互い、子供のように笑ってはしゃいだ。




〘これおいしいから。ね、食べてみて〙

「ちょ、ちょっと待てって」

 陣は慌てる。右手も左手も食べ物でいっぱいだ。

 アミリアは少しでもワシントンの名物を味わってほしいらしく、次から次へとテイクアウトの品を持ってくる。さすがの陣でもお腹がいっぱいだ。だが――。

〘ね、どう?〙

「ん。うまい」

〘よかった!〙

 子供みたいに目をキラキラさせて喜ぶアミリアを見ていると、とても断れなかった。

 これは吐いてでも全部食うしかないな。

 陣は一人決意を固める。




〘違うわ、こうよ〙

「こう?」

 陣はアミリアの手ほどきを受けて自撮りのためにスマホを傾ける。

〘ああ、いい感じだわ〙

 にっこり笑うと、アミリアは陣の肩に頭をもたれさせる。

「オーケー。なんだっけ、セイ、チーズ」

「Cheese」

 パシャリと音を立てるスマホ。

〘見せて見せて〙

 せかされ、もたつく手でスマホを操作する。普段、自撮りなどもちろんしない。

〘ああ、ダメよ。あなた顔が切れちゃってるわ〙

 アミリアは愉快そうに笑いながらだめ出しをしてくる。

〘私が撮ってあげるわ。貸して〙

 そう言うと、陣のスマホをかざして、もう一度肩に頭を乗せてくる。

「オッケー」

 陣はアミリアの頭上に、自分の頬をすり寄せる。

 アミリアはくすぐったそうに甘い吐息を漏らし、スマホのシャッターを切った。




〘あー、なんだかあっという間だったわね〙

 夕暮れ時、アミリアはコートをなびかせ、石畳の歩道をコツコツと足音をたてて歩く。

 陣は数歩後ろを歩き、右にある柵の向こうを眺めていた。

 アミリアは陣の無言にくるりと振り向く。そして、その視線の先を一緒になって見つめる。

 そこにあるのは、ホワイトハウス。

 陣にとって、完璧なホワイトハウスを見るのは初めてだ。一週間前に見たがれきの残骸ではない。こちらは一つのひびも入っていない、綺麗で堂々とした佇まいだ。

 しかし、脳裏にはあの時の惨劇がよぎる。

 陣は険しい顔をして、遠くにある白い建造物を見つめる。

 コートのポケットから傷だらけのペンダントを取り出し、右手の上で転がしてみる。

 あの子がたたずみ、泣いていたのはまさにこの場所だ。

〘ダメよ〙

 左からアミリアの声が聞こえる。

〘ダメよ、暗い過去に囚われるのは〙

「でも、わからなくなるんだ」

 陣はペンダントを握りしめる。

「なんで俺は刑事やってんのか。なんのために働いてんのか」

〘前にも言ったじゃない。あなたは自分を許してあげるべきよ〙

 アミリアは陣のそばに寄ってくる。

〘暗い理由で頑張ったって悲しくなるだけだわ。私たちは数少ない、正義を為せる仕事をしているの。前向きにならなきゃ〙

「前向き?」

 陣はペンダントを見つめてしかめっ面になる。ううむ・・・・・・、どうすればいいんだろうか。

〘きっとあなたは、助けられなかった人のことばかり考えちゃうのよ。そうじゃないわ。あなたのおかげで助かった人も、あなたに感謝してる人も、たくたくさんいるの〙

 陣はしかめっ面をさらに険しくする。

「そんなもんかな……」

 陣の頭の中にあるのは、苦しんでいた顔、泣いていた顔、死んでいった人たちの顔、そういったものばかりだ。

〘そんなものよ〙

 アミリアは陣の目の前に回る。柵に手をかけ、敷地内のホワイトハウスを見つめる。

 ――と。

〘あっ、こういうのはどうかしら〙

 突然、何かを思い出したようにくるっと振り向く。

〘助けられなかった人に申し訳なくて頑張るんじゃないの。あなたが一人助ける度に、一人笑顔になっていくって考えてみて。それって、とってもすてきなことじゃない?〙

 アミリアは陣に近づき、ペンダントを持っている右手を両手で包み込む。

 その表情と言葉で、陣は手だけでなく心まで包まれたような安心感を感じる。

「俺はアミィがうらやましいよ」

 陣はアミリアの両手に、自分の左手を添える。

〘私?〙

「そうだよ。いっつも笑ってて。明るくて」

〘ああ、それは違うわ〙

 陣の言葉に、アミリアは目を伏せて首を左右に振る。

〘私がずっと笑ってるのは――〙

 両手にぎゅっと力を込め、ふわりと笑いかけてくる。

〘――あなたといるからよ〙

 その輝く笑顔に、陣は見とれてしまう。

 アミリアは無邪気ないたずらっぽい笑みで陣の目を見つめ、くるりと背を向けて歩き出す。

 一人取り残された陣は、右手のペンダントと離れていくアミリアの背中を見比べる。

「ズリィよ」

 言い逃げは。

 今まで陣は、助けられなかった人たちのことを想って仕事をしてきた。それはどこか、彼らに申し訳ない――贖罪のような――後ろめたい気持ちがあったからだ。

 いつだって、そうやって頑張ってきた。頑張ってきたのに。

 アミリアは、今までになかった、前向きな気持ちで陣をやる気にさせてくれる。

 陣は右手のペンダントを、コートのポケット、その一番奥に押し込む。

 遠くのホワイトハウスを一瞥し、陣は決意を新たにする。絶対に、捕まえてやる。救えなかった人の為じゃない。誰かを、助けるためだ。

「アミィ」

 駆け足でアミリアを追いかけ、その右手をパッと掴む。

〘ちょっと!何よ、もう〙

 急なことに驚きながらも、アミリアはうれしそうに手を握り返してくる。

 二人で笑いながら、手を握ってホワイトハウスを後にする。

 謹慎が解けるまで、できるだけ二人でいよう、この幸せな時間を、できるだけ長く味わおう。

 陣がまさにそう思ったとき、その幸せを切り裂くように、アミリアのスマホが鳴った。




十一月22日現地時間(ワシントン)午後六時2分MCP本部。

「どういうことだ!」

 アミリアに続いて走りながら、陣は叫ぶ。

〘わからないわ!私も連絡を受けただけで――〙

 アミリアは本部入り口にある改札に、IDをかざす。陣も同様にして、改札を走り抜ける。

〘今までだんまりを決め込んでた被疑者が、いきなり爆破予告をしてきたらしいの。場所は――NY(ニューヨーク)エリア。時間は不明だわ。ただ――あぁ、ジョン!〙

〘ハァイ!クラーク部長――〙「――ああ!陣もいるじゃないか!」

 後半は日本語だった。ふいに現れたジョンは、意外にも日本語を喋れるらしい。

〘ジョン!あの話は本当なの!?〙

〘僕も来たばっかりなんだ。でも間違いないみたいだよ。911通報で直接言ったらしくて……発信地がNYエリアなんだ。今捜査本部の二係と、NY支部が全力で捜索してるよ。僕らも行かなくちゃ!〙

「発信地がNYエリアだと!?」

 陣は遅れて入ってくる翻訳の内容に、驚きの声を上げる。日本語に理解のあるジョンは、すぐに振り向く。

「そうだよ、陣」

「そりゃあ、今すぐ爆破するってことじゃねえか!」

 爆破を間近で見る男がNYエリアの爆破を予告。そしてまさにそのNYエリアからメッセージを発信しているとなれば……。

 間違いない。今すぐNYエリアが吹っ飛んでもおかしくない。

 三人は走り、本部の十三階、捜査一課Aブロックへ向かう。

 本部には、支部と違って各課にダイブが設置されているらしい。

 一度に大量の捜査員が入る場合や、外部から来た応援員がダイブする場合は、七階から九階にあるダイブルームを使用する手はずになっている。

 しかし――この緊急事態のためか、ダイブルームのものはすべて使用中になっていた。残されているのはアミリアとジョンのダイブのみだ。

 現実世界の捜査一課に入るのは初めてだ。陣は部屋を素早く見渡してみる。

 基本的な作りはサイバー空間の捜査一課と代わりがない。しかし、サイバー空間では机が置いてあったのに対し、こちらはGoogle製のダイブがそれぞれの位置に設置されている。支部と違い、仕事のすべてをサイバー空間でまかなっているようだ。

〘ダイブしたらすぐにアクセスポイントからNYエリアへ!先に行くわ!〙

 アミリアは自身のダイブに飛び込み、カプセルの蓋を閉める。

「OK!」

 ジョンも急ぎ、ダイブの蓋を開くが――陣がその肩に手をかける。

「ジョン!」

「なんだい陣?」

「頼む、俺に入らせてくれ」

 必死の思いで、ジョンに頼み込む。

「ええ?いやあ」

 ジョンは蓋にかけた手を止め、困惑の表情で陣を見る。

「陣、だって君は――」

「頼む」

 ジョンは、陣が真剣な眼差しでアミリアのダイブを見ていることに気付く。

「ジョン、頼む。俺に行かせてくれ」

 今度はジョンの目をまっすぐに見てくる。その視線に、ジョンは小さく頷く。

「わかったよ、陣。僕はこっちでモニタしてるから。クラーク部長をよろしく頼むよ」

「サンキュ!」

 陣は手短に礼を述べると、カプセル型の装置に体を滑り込ませる。

 複雑に編み込まれた電極に頭を沿わせ、横になる。

「行くよ」

 ジョンが蓋を閉めてくれる。遮られる視界。目の前が真っ暗になる。

 顔の周囲で機械の駆動音が聞こえ始め、陣は目を閉じる。

 普段、日常生活で眠りに落ちる時、暗闇に引きずり込まれて行くような感覚がある。ダイブはその逆だ。まぶたを閉じた視界が真っ白な光に包まれ、上へ上へと上っていく。アクセスポイントに入ったときと同じだ。

 そして、白い光の中を上りきったところで目を開けると――陣は、サイバー空間内のMCP本部捜査一課Aブロックに立っている。

 周りを見渡すが、アミリアの姿はない。先にNYエリアへ行ってしまったのだろう。

 陣は急ぎ、MCP本部内のアクセスポイントに向かう。捜査員が使用するのは、現実世界でダイブルームがあった七~九階だ。三カ所もついているとは気前がいい。

 エレベーターを降り、廊下をひた走る。左手の端末でNYエリア第一アクセスポイントを選択し、目の前に近づいた光の柱に飛び込む。

 上昇とともに走り抜けると――そこは、NYで最も有名な場所の一つ、タイムズスクエアの交差点だ。

「うわっと!」

 飛び出した先にアミリアの姿を見つけ――あまりにも勢いよく出すぎてぶつかりそうになり――陣は大声を出す。

「きゃっ!」

 アミリアは悲鳴のような声を上げ、とっさに身をすくめる。

「もう、いきなり出てくるのやめてちょうだい!」

「悪い、急いでた」

 ジョンにしては低いその声に、アミリアは振り向いて顔を確認する。

「……ハッ」

 自分を追いかけてきたのがジョンではなく陣だと気づき、頭を抱える。

「ハァ……何やってるの、あなた」

「何って、あいつを捕まえに来た」

 一つも悪びれていない陣に、アミリアは渋い顔をする。

「あなた謹慎中でしょう!?」

「大丈夫だ。こういう時のために、復帰の条件もちゃんと調べてる」

「そういうところ、刑事ね」

「どうも」

「誉めてないわよ」

「とにかく捜し出そう。今必要なのは情報だ」

 陣は左腕の端末を操作し、無線機能を呼び出す。

「連続爆破テロ捜査本部、三係の武田からNY爆破予告対応中の各局へ、一方的に送り込む――」


「武田部長?」

 NY中心街から外れた路地。木下は右耳のイヤホンを押さえる。まさか休み(ついでに謹慎中)の陣が出てくるとは。


「――マル被は、ワシントン、エジプトで黒色ヤンキースの帽子を着用、繰り返す、マル被は、ワシントン、エジプトで黒色ヤンキース帽を着用。捜索の参考とされたい、以上送り込み」

「かかるかしら」

「さあな」

 陣はアミリアに目配せをして、タイムズスクエアを歩き出す。二人で分担し、前後左右をくまなくチェックする。

 男は顔が割れているため、アクセスポイントを使えばすぐにバレる。その一報が無いということは、まだNYエリアのどこかにいると言うことだ。

 問題なのは、NYという街が途方もなく広く、人であふれかえっているということだ。探す範囲は恐ろしく多く、エジプトのピラミッドのように、ある程度象徴的な場所を重点的に見るしかない。

〘NY213、オークレイストア前でヤンキース帽発見。塗色は白〙

〘NY224、ライシーアムシアター前でヤンキース帽発見。塗色は黒〙

〘NY214、ゴールデンシアター前でヤンキース帽発見。塗色は青〙

 捜索の間にも、次々と発見の報告が入る。

「ここはヤンキースの本拠地よ。帽子をかぶってる人なんていくらでもいるわ」

「ああ……わかってる……避難勧告は出てないのか」

 NYエリアにいる人たちは、爆破予告に気付いていない。街の生活、観光を楽しんでいる。普通なら、MCPから何らかの警告が出るはずだ。

「まだ通報から時間がたっていないもの。でも、上が機能していないのは確かね」

「俺たちじゃ私服で無理だ」

 陣はスマホをジョンにつなぎ、指示を飛ばす。

「ジョン、民間人の避難が一つも進んでない。すぐ上に掛け合って、制服組を避難誘導にあて――」

 指示の言い終わる直前で、陣は通話を中断する。

 タイムズスクエア、その最も高い広告塔の前に、一人たたずむ男を見つけていたのだ。

 写真を撮る観光客や、友人と遊ぶために訪れた若者達。そのどれもが時には笑い、時にははしゃぎ、何らかの動作をしている。そんな中、その男だけは不自然に直立不動のまま、動かない。

 後ろ姿なので、ヤンキースのものかはわからない。しかしその頭には――黒い――キャップ。

 ワシントンやエジプトの時同様、異様な存在感を感じる。

「アミィ」

 アミリアに手招きし、人並みをかき分け、男に近づいていく。近付くにつれて、その存在感は確信に変わっていく。

 男は広告塔に表示されるCMに見入っている。少し斜め上を見上げたまま、微動だにしない。

 右耳のイヤホンに、周辺で活動するMCPから情報が滝のように押し寄せてくる。

 それら全てを聞き流し、男に近づく。

 アミリアもついてくる。

 ついに、男の姿を視界のど真ん中にとらえる。その距離約五m――男が、振り向く。黒いキャップを右手ではずしながら。

 奇妙なほどスマートな顔で、にこやかに挨拶してくる。

「やあ、遅かったじゃないか。久しぶりだな、巡査部長」

 狂気に満ちたその目に、陣とアミリアは思わず立ちすくむ。背後の電光掲示板の光で、男の姿はどこかまぶしくもある。

「……何してやがる」

「それはこっちのセリフさ、巡査部長。一週間も何してたんだ」

 背後で、アミリアが無線手配をしているのがわかる。今は時間を稼がなければ……。

「捜査を、やるべきことをやってた」

「ウソだ!」

 男は大声で遮る。

「一週間だ!一週間だぞ、巡査部長!俺は世界各地のサイバー空間を練り歩いた。はぁ……たくさんのMCPが追ってきた。MCSもいるのか?今は。だがそのどれにも捕まらなかった。あいつらになんか、まっぴらごめんだ。ワシントンの時に気付くべきだった。ロンドンは失敗だ。誰も気付かない。エジプトだけだ。あんなに楽しかったのは。だから俺はあんたが出てくるのを待った」

「俺を?嬉しいね」

 楽しい、ということは愉快犯だろうか。そんな理由で爆破を繰り返すのなら、到底許せたものではない。

 男は陣の後ろにいるアミリアに目を向ける。陣はそれを遮るように、体をスライドさせる。

「巡査部長とは一番付き合いが長いからな」

 男はにんまりと、陣を射抜くように笑みを向けてくる。そのあまり清潔な顔が醜くゆがみ、陣の背中に悪寒が走る。

「だが――一ついい方法を思いついた。ふん、ふあ。自分から言えばよかったんだ。そうすれば、いくらあんたが怠けていても出てくるしかない」

「おかげで今こうしてる。だが教えてくれ。まだわからないことがたくさんあるんだ。例えば――すすきのの爆破もお前か?」

 男は視線をそらさず、まっすぐこちらを見ている。距離を詰めるべきか、陣は悩む。他のMCPが周囲を固めてから動くべきか――今は逃げられる可能性も――民間人を人質に取られる前に動くべきか――とにかく、話をつないで場を引き延ばす。

「お前の目的は何だ!虐殺か!金か!宗教か、思想か!」

「あっあっあっあっあっ……んー、ああ。なんだろうなァ……。だが、あまり難しいことを考えこむな、巡査部長。今はまだ準備中。楽しむ時だ」

「何ぃ?」


 木下はアミリアから入ってきた無線連絡をもとに、タイムズスクエアへと足を向ける。

 他のNYエリアで活動中のMCPも、足早に現場を目指している。


「今は俺の目的なんか気にしても仕方ない。楽しむんだよ、巡査部長」

「ふざけんな。今度こそ捕まえてやる」

「んんー。そのために時間稼ぎしたんだもんなあ。取り調べは調べ室でやるべきだったんだ。MCPは集まってくれたかな?後ろの美人のお姉さんのおかげで」

 男の言う通り、タイムズスクエア周辺にはかなりの数のMCPが集結している。上空のドローンからの映像で確認できる。操っているのは現実世界にいる捜査員で、ジョンら捜査本部がその映像を確認している。

「そろそろ頃合いだろう」

 男はおもむろにリモコンを取り出す。ピラミッドの爆破に使っていたものとよく似ている。

「くっ」

 止めようとする陣だったが、男は何の躊躇もなくスイッチを押す。とっさに頭を守るようにかがむが――。


 グアアァン!


 陣の右前方、十mほど離れた位置が小規模な爆破を起こす。

「キャアアアアアアア!」

 通行人が悲鳴を上げる。


 グアアァン!


 続いて、陣の右、真横に二十mほどの位置が爆破。

「爆発だあ!逃げろおお!」

 誰かが叫ぶのが聞こえる。


 グアアァン!


 そこからさらに二十m先が――。

 連続爆破か?

 陣は爆破の行方を目で追う。どんどん起きていく爆発。これは、もしや――。


 ドローンによる空中からの映像を見たジョンは首をかしげる。今までのような、地盤を崩壊させる爆破ではない。地面から火柱が上がる程度の小規模爆破が連続して起こり、直径約五十mの、これは――。


 ――円を描いている。

 最後の爆発は、陣と男の間で起きた。

 その距離約二m。殺傷能力はさほど高くないようだが、間近で起こる熱風と爆風で、陣は右腕で顔を、残りの全身でアミリアをかばう。

 男は目の前で起きた爆発を見て、嬉しそうに目を細めている。

「何のつもりだ!」

 周りで起こる悲鳴や怒号に負けないよう、陣は大声で叫ぶ。

「円を描いてやった!」

 男は両手を高く掲げ、嬉しそうに笑う。

 やはりそうか。しかしなぜそんな妙なことを?

「お前にしてはしょうもない爆発だな!」

「いいや!そんなことはない!」

 男は身振り手振りを大きくして、さらに嬉しそうに笑う。

「んんんん!さっきの質問に答えてやろう巡査部長!すすきのの爆破も俺だ!俺は計算が得意だからな!」

 すすきの件を認めた男だが、今度は何だ?計算?すすきのと何の関係が――。

「いいか!俺はちゃんと計算した!すすきのの交差点が陥没するように!ホワイトハウスの敷地内だけが爆破されるように!ビッグ・ベンが倒壊するように! カフラー王のピラミッドだけが崩壊するように!全部計算通りだ!もちろん今回も、計算してきたさ!」

 男は心底誇らしげに、高らかに言う。

「そして!円を描いてやった!」

 

 なんてこった。

 

 悲鳴が聞こえ、目の前や周りをたくさんの人が逃げ惑う中、陣は嫌に澄み切った頭で理解する。

 先ほどの、円を描いた連続爆破。そしてやつは、これから起きる爆破の規模を計算している。

 陣は今、その円の中にいる。

 

 何が楽しめだ。こんなもの、一つも楽しくない。

 

 陣の悟ったような顔を見て、男はもう一度にんまりと笑う。

「――後は、わかるな?」

「っ!待て‼」

 とっさに伸ばした左手の先で、男がスイッチを押すのが見えた。




 そのまま、闇に引きずり込まれた。


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