砂漠の国の砂時計
さぁさ、聞いておくれ。
これはとお~いとおい砂漠のなかにある、ちいさな魔法の王国のおはなしだ。
その国にはオアシスの水を守るように作られた王宮があって、せっかちな王さまが暮らしていたんだ。
王さまにはみっつの宝物があった。
ひとつはかわいらしい王子さま。でも王子さまはなんでものんびりマイペースで、毎朝ターバンを巻くのだってものすごく時間がかって、せっかちな王さまに「はやくせんか!」と怒られていたね。
もうひとつは王宮のいちばん奥に守られているオアシスから湧き出る水。こんこんと湧き出る水は暑くて砂ばっかりの砂漠に暮らす人々の命を支えていたんだ。
そしてさいごのひとつは、魔法の砂時計。砂漠の昼と夜を操っていて、いちにちに2回、ちゃあんとひっくり返さないと、次の夜や朝がこなくなってしまう魔法の砂時計なんだ。
さてさて、そんな王国のある日、王さまが王子さまにいったんだ。
「王子や、おまえは7つになったのだから、しきたりに遵い王家のしごとをさせなければならん」
ってな。
水と砂時計の管理は昔から王家の仕事と決められていて、7つになるとまずは夕方、砂時計をひっくり返す役目をもらう習わしだったんだよ。
王子さまはずっと前から早くその役目をやってみたかったから、とてもとてもよろこんだ。
はじめて入る王宮のいちばん奥の部屋はうっすらと暗かったが、天井は星空のようにキラキラしていて王子さまはちっともこわくはなかった。
砂漠だから外はとてもあついんだが、こんこんとわき出てくるつめたい水のおかげで、その部屋はひんやりしていて、王子さまは背中をぴんとのばしたんだ。
王子さまはまんなかにあるまるいかこみのついた泉をのぞきこんだ。泉の底は見慣れた砂でおおわれていた。冷たい水がこぽこぽと湧き出るたびに、砂に潜ったへびのまたたきのように動いていた。この水は泉の壁に作られた大きな獅子の口から水路を通り、王宮の庭にある貯め池にためられ、人々は好きなだけ持って帰ってよかったんだ。
おっと、話がそれちまったかな。魔法の砂時計の話にもどすが、泉よりも少し奥のほうにあった。
大人とおなじくらいの背丈のある大きな砂時計だが、くるりとした二重の円が動く枠に入れられているから7つの王子さまでもひっくりかえすのはかんたんな仕事だった。
はじめての役目のときは、王さまが見守ってくれた。
王子さまは魔法の砂時計の砂がすっかり落ちきるのを待つあいだ、砂時計をじっとみつめた。
まんなかのくびれた部分より上には太陽のようにまぶしい金の砂、下には星のような銀の砂が入っていて、不思議なことに金の砂はくびれを通るあいだに銀の砂に変わる。
それはとてもきれいで、王子さまがうっとりと見つめているあいだに金の砂はすっかり銀に変わってしまった。
「ほらほら、はやく返すのだ! 夜が遅れてしまうのだからな!!」
せっかちな王さまはいつだって「はやく はやく」と急かすので、王子さまはドキドキしてしまうんだ。そのときも王子さまはドキドキしたが、くるりと砂時計を回した。
すると上になった銀色の砂がさらさらと落ち始めた。銀の砂はくびれの部分を通ると今度は金色の砂に変わっていったんだ。
サラサラ キラキラ
それはとてもきれいで、王子さまはすぐにこの仕事が大好きになった。
王子さまは一日も欠かさずにのんびりと砂が落ちきるのを待ってから砂時計をひっくり返して、3年が経った。
10になった王子さまに、王さまはいったんだ。
「大事な役目を、よくやっているな。おまえも10になったのだから、しきたりに則り魔法の砂時計の管理を朝も任せることにしよう」
って。
それから王子さまは朝と夕、まいにちまいにち砂時計をひっくり返した。のんびり屋の王子さまだったが、一度だって砂時計をひっくり返す時間に遅れたことはなかったさ。ゆっくりやってきて、砂が落ちきるのをじっと見守ってから砂時計を返していたからな。
王さまはいつもそんな王子の後ろで「いそがしい、いそがしい」と言いながら泉の水を見にきて、王子さまのことはちらりとも見ずにすぐに他の仕事のために帰っていった。
食事のときも、王さまは味がわかるのかな?って王子さまが思うくらいぱぱっと食べて行ってしまうし、寝るときも寝床についたらすぐに寝てしまうし、朝がきたらさっと起きて「いそがしい、いそがしい」。
それは見ている王子さまのほうが目がまわるようで、だから王子さまは王さまがそのうち目をまわして倒れてしまうのじゃないかと心配になったんだ。
(父上をすこしゆっくり休ませてあげたいな)
王子さまはそう思って夕方に砂時計を返す時、ほんのすこし斜めにしておいた。これで砂が落ちきるのがすこしだけ遅くなるはずだってな。そのぶん、王さまはゆっくり眠れるだろうと考えたんだ。
そしてそのとおりに夜は長くなった。すこぉしだけどな。
王さまは夜が長くなったことに気がつかずにいつもよりも長く眠り、王子さまは自分の仕事にとても満足した。
のんびりしている王子さまだったが、砂時計の仕事のほかにも勉強だってあるし、遊びたいことだってある。だからもっと昼が長くなったらいいなと思った。まいにちせかせか働いている王さまだって、もっと昼が長くなればゆっくりできるのかもしれないと考えた。
だから王子さまは朝、砂時計を返す時にすこしだけ斜めにしておいた。
その日、王さまは仕事のあとで、すこしだけ時間があったので、王子さまといっしょに、ネコと遊んでくれたんだ。
そうしてのんびりしたいし、王さまにものんびりしてもらいたい王子さまはすこしづつ昼も夜も長くしていった。
王子さまはしらなかったんだ。
砂漠の昼が長くなるということは、じりじりと太陽が照りつける時間が長くなるということ。太陽が照りつける時間が長くなれば、そのぶん貴重な水が空気に溶けて消えてしまうこと。
砂漠の夜が長くなれば、盗賊たちがその闇に忍んで盗みをはたらきやすくなること。
王さまはついに貯め池の水が少なくなっていること、夜盗が増えていることに気づいた。そして砂時計が斜めになっていることにも気づいて、カンッカンに怒った。
王さまは泉と時計の部屋に王子さまを呼んでこっぴどく叱りつけた。怒られた王子さまはおそろしくなって泣いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、父上。ボクは父上がゆっくり休めたらいいなって思ったんだ。それから、いっしょに遊んでくれたり、一緒にのんびりしたかったんだ――」
王子さまは泣きながらそう、打ち明けた。
すると、それをきいた王さまは、王子さまといっしょになって泣きはじめたんだ。「すまなかった」と言ってね。
それがなぜかは、王子さまにはわからなかったんだけど――。
でも、な。
さぁさ、よぉく聞いておくれよ!
これはとお~いとおい砂漠のなかにある、ちいさな魔法の王国のおはなしだ。
その国にはオアシスの水を守るように作られた王宮があって、のんびりした王さまが暮らしていたんだ。
王さまにはみっつの宝物があった。
ひとつは心優しい王子さま。
もうひとつは王宮のいちばん奥に守られているオアシスから湧き出る水。こんこんと湧き出る水は暑くて砂ばっかりの砂漠に暮らす人々の命を支えていたのさ。
そしてさいごのひとつは、魔法の砂時計。砂漠の昼と夜を操っていて、いちにちに2回、ちゃあんとひっくり返さないと、次の夜や朝がこなくなってしまう魔法の砂時計なんだよ――。