カちこみに来ました
いきなり現れたその男は、工藤と名乗った。僕を迎えに来てくれ
たという。2メートル近い巨体に、圧倒される膨大な筋肉。そして
飢えた虎のような視線。こんな状況でなかったら、真っ先に逃げ出
すべき対象だ。
「少年!帰るぞ!」
彼は僕を拾い上げ、左肩に担ぎ上げると、上着の右ポケットから
何かのスイッチを取り出した。
「騎士団長!拘束せよ!」
王様の命令で騎士団が剣を抜き襲い掛かってきた。総勢30人
近くはいる。でも、この人なら、なんとかしてくれそうな気が
する。
「ぽちっとな!」
工藤さんが、手にしたスイッチを押すと、下の方から強い振動が
伝わってきた。
「貴様!何をした!」
「何、第一目的のクソ召喚陣をぶっ壊しただけだ。これから、ここ
にある関連書類もおまえらも記憶ごと焼却するけどな!」
「あれがどれほど貴重なものかわかっているのか!」
「貴重?あの傍迷惑なゴミがか?まあ、お前らみたいな弱小国家が
運良く手に入れられたもんだな。貴重さで言えば、あれほどムカ
つく仕様は滅多にないけどな」
「貴様、勇者召喚陣の秘密を知っているのか!生かしておくわけ
にはいかん。その小僧ともども死んでもらおう」
「構わんぜ?俺も最初からヤるつもりだったからな!」
騎士たちは、僕たちを取り囲み、一斉に斬りかかってくる。
そして、そんな僕たちを視るクラスメートたちの視線は、未だ
冷ややかなままなのだ。彼らは一体どうしてこうなってしまった
のだろう。
斬り殺されると思い、僕が目を閉じた瞬間、工藤さんの声が
聞こえた。
「ゴーレム!」
そして金属同士が打ち合う激しく甲高い音が、全周から聞こえて
きた。目を開けると僕たちの周りを取り囲むように3メートル近い
大きな8体の鉄の人形が立っていた。
「こいつらはミスリルゴーレムだ。俺の魔力をたっぷりと練り込ん
であるから、ここの貧乏騎士団の鉄の剣じゃ、傷ひとつつかない
ぜ?ああ、団長さんだけはさすがに、ミスリルの剣をお持ちの
ようだが量産品だなそれ。まあ、あんた程度の腕じゃミスリルの
剣持ってても、うちのゴーレムは倒せんよ」
「ゴーレムたちの隙間からヤツを狙え!槍と弓を用意せよ!」
「そんなの待つわけねえだろ!」
パチン!
工藤さんが右指を弾くと、ゴーレムの周囲に群がっていた騎士団員
たちの足元からおおきな炎がガスバーナーのように立ち上がり、
彼らを飲み込む。その白い炎は、生身の騎士どころか剣も鎧すら
も燃やし尽してしまった。熱くないのは、工藤さんがなにかやった
のだろうか?
「貴様!無詠唱魔術の使い手か!貴様ほど腕が立つものが、何故、
我が国のような小国を襲う!」
「無詠唱?あのなあ、俺は異世界を渡り歩いて仕事してんだ。その
土地ごとの土着の魔術呪文なんか使ってたら仕事になんねえ
だろ?魔術呪文てのはなあ、所詮、世界のシステムにアクセス
するプログラムだ。語彙・文法・発音・高低でこれを入力して
する音声入力だ。俺は思念で、システムに直接アクセスしてる
んで、実はこっちのほうが正確で効率がいいんだよ!
ま、あんたじゃわからんだろうけどな」
苦悶の表情の騎士団でただ一人生き残った騎士団長は、剣を
こちらに向けたまま、王を守ろうと駆け寄る。王や神官たちは、
騎士団の壊滅に驚愕し、動けず逃げ出せていない。
「王よ!勇者たちの助力を!」
「勇者たちよ!あの者たちを滅ぼせ!」
「その言葉、待ってましたよ王様」
「魔法、使ってみたかったんだよなあ」
「直樹君、君が勇者に選ばれなかったのは邪悪の使者だった
からなのね」
千佳まで狂ったようなことを呟く。この世界に来てからどんどん
おかしくなっていくクラスメートたち。
「工藤さん、僕のクラスメートは助けられないんですか?」
「おまえ、この状況でそんなこというか?余裕だな?いやバカなの
か?ゆとり弊害なのか?まあ、地球での依頼の件もあるし、
ちょっとサービスしてやるよ!やれ!バルガー!!」
いきなり右端の天井が無くなり空が覗いた。そこに現れた巨大な
丸太がそのまま左端に向かって天井を削り取っていく。根こそぎ
消え去った青空が広がる天井には、巨大な影見えている。
巨大ロボット?あの丸太は、もしかして腕?
「おまえのクラスメート殺さない程度に手加減するには天井が邪魔
なんだよ!腐っても強化戦闘体なん で半端な攻撃じゃ、動きは
とめられないけどな」
そう言って工藤さんは僕を下に降ろすと、後ろに向かって背中を
押した。
「離れてろ。普通の人間のお前じゃ、触れると死ぬぞ?」
はいはい、僕はどうせ外れ勇者ですよ?不貞腐れてのっそりと
距離を取っていると、後ろの工藤さんの方からバチバチと激しい音
がしてきた。振り返ると、彼は右手の人差し指を頭上に掲げて
いる。その指先に激しい放電現象が発生している。なにかヤバい
ことをするおつもりのようだ。僕は急いでその場から逃げだす。
「クラスメートの諸君。今回は依頼の件があるんで殺しはしない。
が、ちょっと痺れるぞ?まあ、お前ら強化戦闘体なんで死ぬこと
はないから安心しろ。そっちの王宮のクソ虫と堕神官どもは、
知らんがな?運が良ければ記憶が吹っ飛ぶが、命ぐらいは残る
かもな」
工藤さんの意図に気づいたクラスメートたちは、やらせまいと
飛びかかってくる。さすが勇者、目で追うのがやっとの速度の
素早い動きでイケメン春日と照田、そして久遠さんは、もう工藤
さんの目の前だ。
しかし、工藤さんが放った雷撃は、いや、その凄まじさから表現
すると轟雷群は、物理的に速く動く程度のことでは、躱せるわけも
なく、僕を除くその場の全員を襲う。クラスメートは全員びくびく
と怪しい動きをして生きてはいそうだが、王様を含め、王宮の人も
神官も身動きひとつしていない。こっちは誰ひとり生きていそう
にはなかった。
「フィオナ、終わったと思うがどうだ?」
『その場には、この世界の者の生命反応はありませんね。その子
たちへの命令魔力反応もありませんし、あの召喚陣は、召喚時に
主の固有魔力波動を登録するタイプですから、その王が死んだ
今、もう操られることはないでしょう。ところで、その子たち
どうするんです?』
「今の段階で始末することもないだろうさ。目的の品を受け取って
からあとは、悪さしなけりゃ、こいつらの勝手にすればいい」
工藤さんが何か独り言を言っているが、今更気にすることじゃない
よね。僕は、工藤さんに駆け寄り尋ねた。
「工藤さん、皆は、僕のクラスメートはどうなったんですか?」
「この程度なら、すぐに目覚めるさ。ほら、何人かはもう意識を
取り戻したようだぞ」
僕は、千佳に駆け寄り抱き起す。
「千佳!千佳!大丈夫?生きてる?」
制服がかなり破けているが大切なところは隠れている。よし
問題ない。全身にあの雷による火傷や裂傷があるが、わずか
ながら小さくなっていっているようだ。これも勇者の力なの
だろう。
「全員気がついたようだな。ところで久遠静さんいるかい?」
「はい。わたしです」
「君のご両親の依頼で遺品を受け取りにきた」
「え?」
工藤さん、まだ生きている久遠さんに向かって遺品だなんて
何を言ってるんだろうと、その時思った僕は、この後、彼から
語られる僕以外のクラスメートの身に降りかかった悪魔の所業
の正体をまだ知るべくもなかった。