01:始まりの前のプレリュード
薄く雲の掛かった満月の下
街灯の明かりすらない田舎の道を闇色のコートに身を包んだ一人の男が歩いていた。
傍から見えるのは男の口に咥えられた煙草の小さな明かりと空から降り注ぐ冷たい月明かりのみ。
背に瀬を割れた大きな鉄製の箱には頑丈な鎖が何十にも巻き付けられている。
男の名前はラグナ=エンカルト。
漆黒の髪に金色の瞳を持つ自称宣教師。
そんな彼の仕事は・・・殺し屋さん。
「まったく、アンタって反省するって言葉の意味理解できてる?」
「さあ、俺って過去は顧みない主義だから。・・・所でレーナ、飯はまだ?」
「…アンタそのうち死んでも知らないからね。はい、どーぞ。」
はあ、とため息を付き目の前のカウンターに座る男にできたてのパスタを差し出した。
今日もこの男は体中に傷を作ってやってきた。
しかし当の本人は全く気にせずに両手にはめられた手袋すらはずさずに湯気を立てているパスタにがっついていた。
男の名前はラグナ。
一年ほど前からこの小さな村にちょくちょく顔を出すようになった自称宣教師。
だか私も村の人も一度たりとも彼が布教活動をしているところを見たことがない。
まあ、なんだか訳在りらしいので深く聞くことはしないで放って置いているけれど。
ラグナとの出会いは突然で痛烈だった。
下手したら死んでしまうかもしれないぐらい危なくて衝撃的な出会いだった。
あの日は太陽がストライキを起こしたんじゃないかと思うほど薄暗くて、昼間にも関わらず殿家でも照明を灯しているような日だった。
そんな日に何を思ったのか私は外に出た。
そして出会った。
目の前には大きな鉄の箱と黒い塊。
地面にはありえないくらい鮮やかな赤い水溜り。
死んでるのかと思ったから私は慌てて黒い塊に近づいた。
「・・・ちょっと?生きてます・・・?すごい怪我・・・]
私が声を掛けるとその黒い塊はもぞもぞと動き出し私の肩に手を掛け小さな声で呟いた。
「 」
「え?聞こえない・・。何て?」
「・・ろ。・・・掴ってろ。」
「は?」
男が言った意味が分からずキョトンとしていると前方がありえないぐらいに明るくなった。
眩しくて眼をつぶっているとふわりと私の体が軽く中に浮かぶのを感じた。
「はいっ!?きゃ・・ちょ何ーーーーっ!?」
「喋るなっ舌噛むぞ!?」
「はっ、大怪我人がそんな村娘助けてる余裕あるのか?人の心配する前にてめえの心配したほうがいいんじゃねーの?」
浮遊感がなくなり薄く眼を開けると私は黒ずくめの男の腕の中にいた。
後ろを振り返って先ほどまで私達が居た場所を見てみるとさっと血の気が引くのを感じた。
そこには大きな穴がぽっかりと開いていた。
全身から冷や汗がどっと吹き出し心臓が五月蝿いぐらいにバクバク言っているのが分かる。
そんな私の様子に気がついたのか男は私の顔をみて薄く笑った。
「悪い、巻き込んじまった。たぶん直ぐ終わるから。」
そういうと男は怪我をしているのが嘘のようにすんなり立ち上がると巨大な鉄製の筒(閃光筒)を持っている男と対峙した。
先ほどの眩しい光の原因はあれか、と思ったのと同時に一つ疑問が浮かぶ。
あの黒ずくめの男は何で狙われているんだろう・・・。
そんなことを考えている間にも2人は動き出し黒ずくめの男は腰に差してあった銀色の銃を抜いた。
「閃光筒相手に拳銃一丁かよ。舐めるのも大概にしなっ!」
「さっきから良く喋る奴だな。弱い犬ほど良く吠えるとはよく言ったものだ。」
「てめえっ!!跡形も無く消し飛ばしてやるっっ!!」
黒ずくめの男の言葉に血が上った男はそのまま引き金を引いた。
大きな光の弾が黒い男に向かって近づいてくる。
私は怖くなり目をつぶったので実際の所何があったのか良くわからにけれど、一発の銃声が鳴ったと同時に眼を開けると硝煙を上げている拳銃を持った黒い男と力尽きて倒れている先ほどまで閃光筒を持っていた男が視界に入った。