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第10話 二度目の人生、何から始める?

 二度目の人生で最初に書く小説は、未来の流行を先取りした作品にすると決めた。


 ただし、未来の作品は盗まない。


 その線だけは最初に引いた。


 俺は三日かけて企画を作り、さらに二日かけて第一話を書いた。


 五十歳までの経験は確かに役に立った。


 説明を詰め込みすぎない。


 主人公の目的を早く見せる。


 冒頭で読者に疑問を持たせる。


 一話の最後に続きを読みたくなる要素を置く。


 昔の俺が何年もかけて覚えたことを、若い身体で最初から使える。


 「強くてニューゲームって、こういうことか」


 ただしステータス欄に『才能』があるなら、そこだけ初期値のままだ。


 書き上げた第一話を読み返す。


 文章は悪くない。


 むしろ昔の自分と比べればかなり上手い。


 それでも何かが足りなかった。


 「……なんだ?」


 もう一度読む。


 読める。


 破綻していない。


 設定も時代より少し先を行っている。


 なのに、自分で続きを読みたいと思えない。


 嫌な感覚だった。


 五十歳まで何度も味わった感覚でもある。


 俺は迷った末、美咲へ連絡した。


 『ちょっと読んでほしいものがある』


 『小説?』


 『そう』


 『長い?』


 『第一話だけ』


 『じゃあ送って』


 ファイルを送る。


 十分後、返事が来た。


 『読んだ』


 俺はすぐ電話した。


 「どうだった?」


 『早いよ』


 「何が」


 『電話するのが。今感想書こうとしてた』


 「口でいい」


 『うーん』


 その「うーん」で嫌な予感がした。


 「面白くない?」


 『面白くないわけじゃない』


 「それは面白くないときの言い方だ」


 『普通』


 胸に刺さった。


 「普通?」


 『読みやすいし、前より上手いと思う。でも、続きが気になって眠れないとかではないかな』


 的確だった。


 身内の遠慮があるぶん、実際の評価はもっと低いかもしれない。


 「設定は?」


 『分かりやすい』


 「主人公は?」


 『普通』


 「世界観は?」


 『普通』


 「お前、今日その単語しか使えないのか」


 美咲が笑った。


 『でも前より全然いいよ。急に上手くなった感じする』


 「急に、か」


 『何かあった?』


 「二十年くらい修行した」


 『はいはい』


 冗談として流された。


 電話を切り、俺は椅子にもたれた。


 未来の流行を知っている。


 二十年以上の経験もある。


 それでも傑作は自動的に生まれない。


 「分かってたけどな」


 本当は少し期待していた。


 過去へ戻れば、経験値の差だけで簡単に無双できるのではないか。


 若い作家たちより先に流行を知り、効率よく技術を身につければ、俺だって天才と呼ばれるのではないか。


 現実は甘くなかった。


 文章技術は持ち帰れた。


 失敗の経験も持ち帰れた。


 だが、他人を夢中にさせる発想まで増えたわけではない。


 俺は机の上の二冊のノートを見る。


 『未来』と『小説』。


 小説のノートを開けば、この先に生まれる名作の題名が並んでいる。


 それぞれの作品を読んだときの感情まで覚えている。


 笑った場面。


 泣いた場面。


 続きを読むために夜更かししたこと。


 俺が二十年以上かけても作れなかった「読者を掴む力」が、そこには確かにあった。


 俺はページを閉じた。


 「まだだ」


 誰に言うでもなく呟く。


 「一作書いただけだろ」


 未来では何十作書いても結果が出なかった。


 それでも続けた。


 今の俺には、さらに長い時間がある。


 一作で駄目なら二作。


 二作で駄目なら十作。


 未来の傾向を研究しながら、自分の物語を作ればいい。


 俺は第一話を最初から直した。


 主人公の目的を変える。


 冒頭の説明を削る。


 敵役を早く出す。


 書き直すたび、少しずつ良くなる。


 深夜になって、ようやく手を止めた。


 投稿はまだしない。


 焦って公開して失敗するのは一度目の人生で散々やった。


 二度目は準備する。


 未来の人気作が生まれる前に、自分の作品で先に読者を掴む。


 それができれば、俺は盗む必要などない。


 ふと、未来の作品名を書いたノートへ目が向いた。


 手を伸ばせば届く。


 開けば、答えを知っている。


 だが俺は手を伸ばさなかった。


 他人の才能を羨むことと、他人の才能を自分のものにすることは違う。


 その境界線は、今の俺にはまだ太く、はっきり見えていた。


 俺は新しいファイルを作った。


 タイトル欄は空白。


 白い画面を前に、キーボードへ指を置く。


 「二度目の人生だ。今度こそ、自分で当ててやる」


 五十歳まで消えなかった承認欲求は、若い身体へ戻っても少しも若返っていなかった。


 むしろ時間という味方を得て、以前より大きくなっていた。


 俺はまだ知らない。


 自分の力だけで成功したいというこの決意が、未来の名作を目の前にしたとき、どれほど簡単に揺らぐのかを。


 翌朝、寝不足のまま昨日の原稿を読むと、夜中には名案だと思った部分が普通に見えた。創作者にだけ発生する朝の残酷な現象まで、時間を戻しても消えていないらしい。


 俺は赤字を入れながら、逆に少し安心した。二度目の人生でも簡単には成功しない。それなら、成功したときは自分の力だと思える。


 欲しかったのは結果だけではない。「俺が書いたから売れた」と胸を張れる未来だ。その気持ちがあるうちは、机の端のノートを開く理由などないはずだった。



 こうして俺の二度目の人生は、答えではなく新しい疑問を残して進み始めた。以前なら焦って結論を出していたが、今回は時間がある。だからこそ、一つずつ確かめて進むと決めた。


 投稿するサイトについても調べ直した。


 未来の俺は、どのサービスが伸び、どんな読者が集まり、どんな作品が書籍化されやすくなるかを知っている。


 これは盗作ではない。


 市場を先に知っているだけだ。


 俺はそう考えた。


 投稿時期、更新頻度、一話の長さ。


 未来で失敗しながら覚えたことを一つずつ計画へ落とし込む。


 以前の俺は、書きたいときに書き、完成したら勢いで投稿していた。


 今度は違う。


 数話分を書き溜める。


 タイトルとあらすじも時間をかける。


 読者が最初に見る場所を軽視しない。


 作品の中身だけで勝負したいという妙な意地も捨てる。


 それらは才能ではなく技術だ。


 技術なら、五十歳までの俺が持っている。


 足りないのは、物語そのものを人より面白くする力。


 そこだけは時間をかけて鍛えるしかない。


 俺はそう結論づけ、翌日の執筆予定をノートへ書いた。


 未来の名作を利用するという選択肢は、まだ予定表のどこにもなかった。


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