第8話 泥舟からの脱出と、死体の方位磁針
最高級宿のテラス席で
俺は優雅に紅茶を啜っていた
眼下には
活気に満ちた大通り
行き交う人々は皆
笑顔を浮かべている
だが
俺の手元にある新聞の活字は
その平和な光景とは
真逆の未来を示していた
『聖勇者一行、国境へ出陣!』
『魔王軍の脅威に鉄槌を!』
『戦時特別税の導入決定』
見出しに踊る勇ましい言葉
そして
さりげなく記された増税の告知
「……クソだな」
俺はカップを置いた
「この国はもうダメだ
完全に戦争へ舵を切った」
向かいの席で
山盛りのパンケーキと格闘していた
ミクが顔を上げる
「戦争ですか?
あの5人が行くんですか?」
「ああ
『魔王討伐』という名目だが
進軍ルートを見る限り
隣国への侵攻が目的だ」
「あのバカ5人は
正義の御旗として利用され
最前線で使い潰されるだろうな」
プロパガンダに踊らされ
熱狂する国民
裏で糸を引く好戦的な王家
典型的な
「沈む泥舟」のパターンだ
俺は新聞を放り投げた
「ミク
荷物をまとめろ」
「えっ、もうですか?
この街のご飯
まだ制覇してませんよ?」
「ここに長居すれば
俺たちも巻き込まれる」
「『戦時徴用』なんて
ふざけた命令が出たら
せっかくの自由が台無しだ」
「それに
俺たちが探してる『エデン』は
こんな血生臭い国にはない」
俺の言葉に
ミクはフォークを止めた
「……エデン、ですか」
「そうだ
戦争も、義務も、しがらみもない
俺たちだけで
静かに暮らせる場所だ」
「美味しいものを食べて
好きなだけ寝て
誰にも邪魔されない楽園」
「いいですね、それ」
ミクはニッコリと笑い
残りのパンケーキを
一口で頬張った
「了解です、ボス
泥舟からは
さっさと逃げ出しましょう」
「この国のご飯には
もう飽きてきましたしね」
俺たちは即座に行動した
宿を引き払い
市場で保存食を買い込む
最高級の干し肉
熟成されたチーズ
大量のワインやエール
そして
街の食堂で作らせた
湯気の立つ煮込み料理や
焼き立てのパイ
全て俺の「収納」へ放り込む
時間停止機能のおかげで
旅の間も常に
出来立ての食事が楽しめる
「準備完了だな」
俺たちは
誰にも見送られることなく
街の門をくぐった
目指す当てはない
ただ
戦火の気配がする東を避け
西へと向かう
街道を歩きながら
俺たちは観光気分だった
「ねえアツシさん
次はどんな国がいいですか?」
「そうだな
魚が美味い国がいい」
「あ、海鮮!
いいですねぇ
お刺身食べたいです!」
「醤油がないのが難点だが
似たような調味料を探すか」
そんな他愛ない会話をしながら
半日ほど歩いた頃
道が二手に分かれていた
標識はない
地図にも載っていない分かれ道
「どっちに行きます?」
ミクが首を傾げる
「俺の勘だと右だが
根拠はない」
「じゃあ、神様に聞きましょう」
ミクは道端に落ちていた
手頃な木の枝を拾った
「この枝が倒れた方に
美味しいものがある!」
「古典的だな」
「いいじゃないですか
どうせ急ぐ旅じゃないし」
ミクは枝を地面に立て
手を離そうとした
その時だ
「おいおい、待ちなぁ!」
下卑た声と共に
街道脇の茂みが揺れた
飛び出してきたのは
薄汚れた革鎧を着た男たち
手には錆びた剣や斧
山賊だ
数にして5、6人
「運が悪かったな
ここを通るなら
通行料を置いてきな!」
先頭の男が
ニタニタと笑いながら近づく
「女も置いてけよ?
久しぶりの上玉だ」
男は
ミクが立てていた枝を
蹴り飛ばした
パキッ
乾いた音がして
枝が折れる
「……あ」
ミクが小さく声を上げた
「あーあ
せっかく占ってたのに」
俺はため息をついた
「邪魔が入ったな
どうする?」
「どうするって……」
ミクは
蹴り飛ばされた枝ではなく
男の顔を見上げた
その瞳には
恐怖も、怒りすらもない
ただ
「作業の手順」を確認するような
無機質な光
「アツシさん
右か左か
決まらないと進めません」
「そうだな
じゃあ、決め直すか」
俺たちの温度のない会話に
山賊たちが顔を見合わせる
「あぁん?
何訳のわかんねぇこと……」
男が剣を振り上げようとした
その瞬間
ズドンッ!!
大気が震えるような轟音
俺の隣から
何かが射出された
ミクではない
俺だ
俺の「収納」から
直接「射出」されたのは
直径20センチの鉄球
加速をつけて放たれた質量は
男の顔面を直撃した
「ぐへっ」
断末魔すら上げる間もない
男の首から上が
トマトのように弾け飛んだ
ドサリ
首のない死体が崩れ落ちる
手から離れた剣が
カランと音を立てて転がった
「「「ヒッ……!?」」」
残りの山賊たちが
悲鳴を上げて凍りつく
「あーあ
アツシさん、服が汚れますよ」
ミクは返り血を避けるように
ひょいと身をかわした
「計算通りだ
俺にはかかってない」
俺は冷ややかに言い放ち
残りの雑魚を見据える
「で?
お前らも『道案内』になりたいか?」
「ひ、ひいいいっ!!」
「化け物だあぁぁ!!」
山賊たちは
武器を放り出して
蜘蛛の子を散らすように
森へと逃げ去っていった
俺は追わなかった
殺す価値もない
「さて」
俺は足元に転がる
男の死体と
その手が握っていた剣を見た
剣の切っ先は
偶然にも
右の道を指していた
「ほら、アツシさん
やっぱり右ですよ」
ミクが無邪気に笑う
「こいつが教えてくれました
右に行けば
いいことがあるって」
「……なるほど
死体の方位磁針か」
俺は肩をすくめた
「悪くない
少なくとも
枝よりは説得力がある」
「ですね!
じゃあ行きましょう、右へ!」
ミクは死体を跨いで
スキップするように歩き出す
「今日の晩ご飯
何にします?」
「肉はさっき見たからな
さっぱりしたものがいい」
「じゃあ、スープにしましょう!」
俺たちは
血の匂いが漂う分岐点を後にした
背後には
首のない死体と
折れた枝
この世界の誰かが死のうが
国が滅びようが
知ったことではない
俺たちの旅路にあるのは
自分たちの幸福と
それを邪魔する者への
徹底的な排除だけだ
こうして
「共犯者」たちの
逃避行が始まった




