第6話 文明と暴力の価格
城壁が近づくにつれ
街道の石畳は硬さを増し
行き交う馬車の数も増えていく
三日間の行軍で
私たちの靴は泥だらけで
底もすり減っていた
「……あ」
ふと
アツシさんが足を止める
「そういえば
試したいことがあったんだ」
彼は自分のボロボロの革靴を脱ぎ
収納空間へと放り込んだ
数秒後
取り出された靴を見て
私は目を丸くした
「えっ……新品!?」
泥汚れ一つない
革の光沢まで戻っている
靴底の溝もクッキリと蘇っていた
「俺の収納内での『時間操作』だ」
「対象の時間を
召喚直後まで巻き戻した
これなら洗濯も修理も不要だ」
「なっ……!」
私は慌てて
自分のブレザーの裾を掴んだ
「じゃあ、私の服も!?」
「ああ
お前の収納じゃ無理だが
俺のを経由すれば可能だ」
「お願いします!
すぐに! 今すぐに!」
私は街道脇の藪の陰に隠れ
衣服をすべてアツシさんに渡した
特に下着だ
何日も同じものを着続ける
あの不快感
女子高生としては
死ぬほど辛かった悩み
それが数分後
洗い立てのような
ふんわりとした手触りで
戻ってきた時の感動といったら!
「……っはぁ
洗剤の匂いまでする……」
「アツシさん……神ですか?」
「ただの便利屋だ
あとJKの下着をJKが嗅ぐな」
私たちは
身だしなみを整えた
泥を落とし
プレスされたような
完璧な折り目のスーツと
制服のブレザー
この中世レベルの異世界において
異常なほど清潔で
高品質な化学繊維を纏った二人が
完成した
「次は関所だ」
巨大な城門の前には
強面の衛兵が立っている
鋭い眼光で通行人をチェックしていた
「止まれ!
身分証を見せろ」
予想通りの検問
もちろん身分証なんてない
アツシさんは慌てず
懐から一枚の硬貨を取り出した
「身分証は盗賊にやられた
……だが」
「通行税なら
これでどうだ?」
衛兵の分厚い手のひらに
チャリ、と乗せられたのは
一枚の「十円玉」
「なんだこれは……銅貨か?
こんな小さな……」
衛兵が鼻で笑おうとして
硬直した
そこに刻まれているのは
平等院鳳凰堂
0.01ミリ単位の
超精密な刻印
完全な真円
不純物のない銅の輝き
「な……なんだこの細工は」
衛兵が目を凝らす
屋根の瓦一枚一枚まで
再現された微細な彫金技術
この世界の手打ち技術では
絶対に再現不可能な
「オーパーツ」レベルの美しさ
「東方の皇国の通貨だ」
「その一枚で
この国の金貨以上の価値がある
純度は保証するぞ」
アツシさんのハッタリに
衛兵の手が震えた
「……こ、こんな高価なものを
通行税に……?」
「お釣りはいらない
とっておけ」
「は、はいっ!
通れ! 道を開けろ!」
たった十円で
私たちは最敬礼されながら
城壁の中へと足を踏み入れた
街は活気に満ちていた
石造りの家並み
屋台から漂うスパイスの香り
活気ある人々の声
だが
私たちはすぐに
冒険者ギルドへは向かわなかった
「こっちだ」
アツシさんが
人目のつかない路地裏へと入る
「ギルドに行く前に
在庫の整理だ」
「在庫?」
「お前の収納スキルは
『時間経過』があるんだったな」
「はい
生肉入れたら腐っちゃいます」
「だからだ
今、俺の収納から移す」
アツシさんが手をかざすと
空中に「空間の裂け目」が開く
そこから
ドサッ、ドサッ!
と大量の魔物の死骸が現れた
角ウサギ、森オオカミ、大猪
どれも
「今さっき死んだばかり」のように
生暖かく、血も凝固していない
「俺の収納なら時間は止まる
だが、お前がこれを出せば
怪しまれる」
「ギルドで出す直前に
お前の収納に移し替えるんだ」
「なるほど……
私が狩って
すぐに持ってきたように見せるんですね」
「そうだ
『腐らない』とか余計なことは言うな
『保存の魔法をかけてる』
くらいで誤魔化せ」
「了解です、ボス」
私たちは
新鮮な死骸を私の収納に詰め直し
改めて「冒険者ギルド」へ向かった
重い扉を開けると
熱気と酒の匂いが押し寄せる
ガヤガヤと騒いでいた
荒くれ者たちの視線が
一斉に私たちに集まった
その目が
値踏みするように細められる
無理もない
薄汚れた革鎧が常識の場所で
パリッとしたスーツの男と
制服姿の少女
浮いているなんてもんじゃない
異質すぎるのだ
「……なんだありゃ」
「貴族の観光か?」
ヒソヒソ話す声を無視して
私たちはカウンターへ進む
「アツシさんは
ここで待っててください
商人は交渉には出ないもんです」
「ああ
護衛役は任せたぞ」
私は一人で受付に向かった
「冒険者登録をお願いします
あと、素材の買取も」
受付嬢が
私の制服を見て目を瞬かせる
「は、はい……
登録ですね
素材はどちらに?」
「ここに出していいですか?」
「ええ、構いませんが……」
私は「収納」を開いた
ドサラァッ!!
カウンターの上に
山積みになる魔物の死骸
「なっ……!?」
受付嬢が悲鳴に近い声を上げた
周囲の冒険者たちも立ち上がる
「こ、これ……
まだ温かい……!?」
「今さっき狩ってきたんですか!?
この量を!?」
「ええ、まあ
鮮度には自信ありますから」
私がニッコリ笑うと
ギルド内がざわめく
「おい見ろよ」
「血の匂いが新しいぞ」
「あの嬢ちゃん
収納持ちかよ」
羨望と
そして
粘つくような欲望の視線
「おいおい
お嬢ちゃんよぉ」
案の定
テンプレ通りの展開が来た
下卑た笑いを浮かべた
大柄な男たちが
私の前に立ち塞がる
「いいモン持ってるじゃねえか」
「そんな綺麗な服着て
おままごとか?」
「俺たちが
パーティーに入れてやるよ
その代わり……」
男の手が
私の肩に伸びてくる
アツシさんは動かない
壁際で腕を組み
冷ややかに見ている
(自分でやれ)
そういうことですね
いいでしょう
実験台になってもらいます
私はため息をついた
「……触らないでください
商品が傷みます」
「あぁん?
生意気なガキだ!」
男が激昂し
丸太のような腕を振り上げた
遅い
止まって見える
私は一歩踏み込み
男の懐へと潜り込む
(イメージしろ)
アツシさんと特訓した
物理法則を無視した一撃
右の拳を突き出す
インパクトの直前
『収納、解放』
拳の前方、ゼロ距離に
直径50センチほどの
「花崗岩」を召喚する
私の体重は50キロ
岩の重量は100キロ
拳の速度が乗ったまま
質量が一瞬で3倍に膨れ上がる
ゴガァッ!!
鈍く
重たい破砕音が響いた
「あ……が……っ!?」
男の腹に
岩の塊がめり込む
そして
インパクトの直後
『収納』
岩を一瞬で消す
端から見れば
ただの小娘の正拳突き
だが
物理的には
巨大な岩石で殴られたのと同じ
男の体は
トラックに撥ねられたように
くの字に折れ曲がり
数メートル吹き飛んで壁に激突した
「ガハッ……!」
男は泡を吹いて気絶した
肋骨が数本
確実に折れている手応え
シーンと静まり返るギルド
私はパンパンと
服の埃を払った
「あ、すみません
力加減間違えました」
「次の方
いらっしゃいます?」
ニッコリと笑うと
残りの男たちは
青ざめて後ずさった
買取と登録を済ませ
私たちは逃げるように
ギルドを後にした
「派手にやったな」
「アツシさんの考案した
『質量攻撃』のおかげですよ」
「まあな
岩を出して殴って
すぐにしまう」
「原理は単純だが
タイミングがコンマ秒ズレれば
自分の腕が折れる」
「よくマスターした」
私たちはその足で
街一番の大きな商会に向かった
「商談だ
責任者を出してくれ」
アツシさんは
スーツの内ポケットから
小さな小箱を取り出した
中に入っているのは
一粒の宝石
『キュービックジルコニア』
アツシさんが
前世で開発していたソシャゲ
その「SSR確定ガチャ」演出で
廃課金ユーザーへの
プレゼント用に用意していた
人工ダイヤの模造品
「週末に発送するはずだったんだがな」
苦笑いしながら
彼はそれをテーブルに置いた
商会の主人の目が
飛び出さんばかりに見開かれる
「こ、この透明度は……!
それにこの精緻なカットは……!」
「ダイヤモンド……
いや、それ以上の輝きだ!」
主人は震える手で
ルーペを取り出し
宝石を覗き込んだ
「不純物が……ない?
ありえない……!」
「いにしえの王家の秘宝か!?
いや、伝説の『星の涙』か!?」
こちらの世界には存在しない
ブリリアントカットの煌めき
不純物ゼロの人工結晶
「東方の国で発掘された
『賢者の石』の欠片だ」
「言い値で買おう」
提示された金額は
金貨にして数百枚
この街の豪邸が
十軒は買えるほどの額だった
日本円にして
数億円クラスの資産価値
「……マジかよ」
さすがのアツシさんも
一瞬絶句した
「……チョロいな
この世界」
商会を出たアツシさんが
重たくなった革袋を手に
ポツリと呟く
「ですね
文明の利器って恐ろしい」
その夜
私たちは街一番の高級宿の
最上階スイートルームにいた
ふかふかの羽毛布団
湯気の立つ温かいスープ
そして何より
清潔な部屋
「……生き返るぅ」
ベッドにダイブしながら
私は天井を見上げた
泥水をすすり
血の匂いに塗れた日々が
嘘のようだ
「これからどうします?
お金はもう
使いきれないくらいありますけど」
「まずは
この街を拠点にする」
アツシさんは
サイドテーブルに
金貨の入った袋を置き
窓の外の夜景を見下ろした
「金はあるが
情報は金だけじゃ買えない」
「ガラクタを直して売り捌く
『修理屋』のフリをして
市井の情報を集めるぞ」
「俺たちを呼んだ
ふざけた神とやらの情報
そして『バカ5人』の動向をな」
「了解です、ボス」
共犯者たちの夜は
静かに更けていく
もう
サバイバルではない
ここからは
有り余る富と暴力を背景にした
悠々自適な
異世界攻略の始まりだ




