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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第5話 塩と文明への道程

 突き抜けるような青空の下

 私たちは岩山の頂に立っていた


 吹き付ける風が

 汗ばんだ肌を冷やしていく

 眼下には

 見渡す限りの樹海が広がっていた


 緑の絨毯が

 地平線の彼方まで続いている

 その圧倒的な自然の質量に

 息を飲む


「……あった」


 アツシさんが指差した先

 遥か彼方の森の切れ目に

 灰色の人工物が見えた


 目を凝らすと

 それは巨大な石組みのようだ

 直角に切り出された石

 自然界には存在しない直線


 城壁だ

 あそこに行けば人がいる

 文明がある


 アツシさんが

 左手首の時計に視線を落とす


 〇-SHOCK

 ソーラー充電で動き

 方位磁石も高度計も備えた

 この世界で唯一の

 正確無比な精密機械


 液晶画面のデジタル数字が

 無機質に現在地を示している


「結構距離があるな

 直線距離でも

 30キロはあるだろう」


「道なき森の中だ

 高低差も考慮すれば

 丸3日はかかるぞ」


 アツシさんの冷静な分析に

 私はリュックのベルトを握り直す


「南南東だ

 岩場を降りて森を突っ切る」


「了解です、ボス」


 私たちは歩き出した

 道などない

 獣道を頼りに進む過酷な行軍


 木の根が網のように張り巡らされ

 足を取られそうになる

 棘のある蔦が衣服に引っかかる


 顔に当たる枝を払いながら

 私たちは黙々と歩き続けた


 数時間後

 険しい斜面を降り切ったところで

 アツシさんが足を止めた


「……お前、意外とタフだな」


 彼は不思議そうに

 呼吸一つ乱れていない私を見た


「ここまでの悪路だ

 普通の女子高生なら

 とっくにへばって泣き言を言うぞ」


 私は額の汗を拭いながら

 ニカッと笑って見せた


「ああ、それ

 基本仕様みたいですよ」


「基本仕様?」


「召喚された時に

 全員に身体能力の補正が

 かかってるみたいなんです」


「ステータス画面で見たら

 ガルズ世界の平均値の

 およそ2倍ありましたから」


 重たいはずの荷物も

 羽根のように軽く感じる

 無限に歩けそうな気がする


「あっちの世界の

 アスリート並みってことか」


 アツシさんは

 呆れたように鼻を鳴らした


「ってことは

 あのバカ5人も同じスペックか」


「そうなりますね

 頭の中身はともかく

 身体だけは頑丈にできてる」


「チッ

 面倒なことこの上ないな」


 敵に回した時の厄介さを

 想像したのだろう

 アツシさんの眉間に皺が寄る


 昼過ぎ

 川のせせらぎが聞こえてきた


「休憩にしよう

 水の補給も必要だ」


 川原に降り立つと

 不思議な光景が目に入った


 対岸の岩場に

 山羊に似た角を持つ動物が

 数匹集まっている


 彼らは一心不乱に

 岩肌を舐め続けていた

 ザリザリと音を立てて

 夢中で舐めている


「……なんだあれ

 苔でも食ってるのか?」


「いいえ! 違います」


 私にはピンときていた

 動物ドキュメンタリーで

 見たことがある


 私は音を立てないように近づき

 山羊たちが去った後の岩場を

 指でこすってみた


 白い粉が指先に付着する

 それを恐る恐る口に含む


 舌に乗せた瞬間

 電流のような刺激が走った


「! アツシさん!」


 私は振り返って叫んだ


「これ、岩塩です!

 しょっぱいです!」


「マジか!!」


 アツシさんの目が輝く


 塩

 人間が生きていく上で

 絶対に必要なミネラル


 ここ数日

 獲物の血の味だけで

 ミネラルを補給していたけれど

 身体は限界まで塩分を求めていた


「でかした

 さすが補給部隊」


 私たちはナイフで

 岩塩をガリガリと削り取る


「ミク

 お前の『収納』に入れられるか?」


「任せてください!

 岩塩と水なら腐りませんから

 私の収納でも大丈夫です」


 そう言いながら

 私は削り取った岩塩と

 水を詰めた革袋を

 亜空間へと放り込んでいく


 私の「アイテムボックス」は

 アツシさんのような特別製じゃない


 中の時間は止まらないし

 生肉なんて入れたらすぐに腐る

 どこに入れたかも

 魔力でマーキングしないとわからない

 不便な倉庫だ


 でも

 こういう腐らない物資の運搬なら

 十分に役に立つ


(……なるほどな)


 アツシさんは

 作業する私を見ながら

 独りごちた


(やはり俺の収納とは

 性能が段違いだ)


(時間停止も検索機能もない

 ただの魔力袋……

 あの時

 神と交渉しておいて正解だった)


 彼は自身の

「チート性能」を再確認し

 口元を微かに緩めた


「よし

 今日の昼飯は豪華になるぞ」


 さっき仕留めた

 角ウサギのような獲物

 その肉を焚き火で炙る


 いつもなら

 獣臭さを我慢して飲み込むだけの

 ただの栄養補給


 でも今回は違う

 砕いた岩塩をたっぷりと振った


 脂が炭火に落ちて

 ジュウと音を立てる

 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる


 焼き上がった肉を

 ナイフで切り分け

 口へと運ぶ


「…………っ」


「……うめぇ」


 二人同時に

 深い溜息のような声が出た


 肉の脂の甘みと

 強烈な塩気が混ざり合い

 舌の上で爆発する


 ただの塩味じゃない

 生命維持装置が

「これを待っていた!」と

 歓喜の声を上げているようだ


 脳髄を直撃する旨味に

 涙が出そうになる


「塩だ……

 ただの塩なのに……

 こんなに美味いなんて」


「文明の味だな」


 アツシさんも

 噛み締めるように言った


「俺たちは今まで

 餌を食ってただけだ

 これでやっと食事ができる」


 腹を満たし

 塩を手に入れ

 精神的にも余裕ができた私たちは

 また歩き出す


 夜は交代で見張り

 背中を預けて眠る


 獣の遠吠えも

 森の不気味な静寂も

 もう怖くはない


 隣には

 同じ罪を背負った共犯者がいる

 それだけで

 不思議と安眠できた


 そして三日目の夕暮れ


 鬱蒼とした森の木々が

 徐々に疎らになり

 石畳のような街道に出た


「着いたぞ」


 アツシさんの声に顔を上げる


 目の前には

 夕日に染まる

 巨大な石造りの城壁が

 圧倒的な存在感で聳え立っていた


 門を守る鎧姿の兵士

 行き交う馬車の車輪の音

 遠くから聞こえる人々の喧騒


 人の営み

 文明の匂い

 社会のルール


「やっと……

 人間がいる場所だ」


 喉が渇くような緊張感

 安堵よりも先に

 強い警戒心が湧き上がる


 私たちは顔を見合わせた


 もう

 森に怯える遭難者じゃない


 これから入るのは

 人間という

 最も厄介な猛獣が住む檻の中


 獲物を狙う

 冷ややかな野獣の目をした二人が

 そこにいた

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