第4話 共犯者たちの契約
異世界の夜は
あまりにも暗くて深い
パチパチと爆ぜる
焚き火の音だけが
私たちの世界を繋ぎ止めていた
炎の揺らめきを見つめながら
私は重たい口を開いた
「地球にいた頃は
本当に毎日が退屈で」
「朝起きて
満員電車に揺られて学校行って」
「友達と昨日のドラマの話をして
コンビニで買い食いして」
当時はそれが永遠に続くと思ってた
「パパもうるさいしママも過干渉だし
早く一人暮らししたいなって」
「ずっと、そう思ってたんです」
でも、ここに来て思い知らされた
その「退屈」こそが
奇跡みたいな平和の上に
成り立っていたんだって
「スマホの充電が切れるとか
お風呂のお湯がぬるいとか」
「そんなどうでもいいことで
イライラできてた日常が」
言葉が詰まる、喉の奥が熱くて痛い
「もう二度と手に入らないんですね」
溢れ出した涙はもう止まらなかった
「お母さんの作った卵焼きが食べたい」
「お父さんに怒られたいよ……」
膝に顔を埋めて
私は子供のように泣きじゃくった
恥ずかしさなんてない
ただ
絶望が黒い波となって
私を飲み込んでいく
アツシさんは
慰める言葉も言わず
ただ黙って新しい薪をくべていた
その沈黙が逆に心地よかった
安っぽい同情なら
今の私には凶器にしかならない
しばらくして
私の嗚咽が収まるのを待って
彼が低く呟いた
「……俺には帰る場所なんてない」
焚き火に照らされた
彼の横顔は
彫像のように冷たく
そして悲しげだった
「親父は早くに死んで
お袋と妹の三人暮らしだった」
「貧乏だったけど
笑い合える家族だったんだ」
「俺が高校に上がるまでは」
彼の声が微かに震え始めた
「いじめだった
いや、あんなのはただの拷問だ」
「靴を隠すとか可愛いもんじゃない」
「トイレで水を浴びせられ
金を持ってこいと殴られ
教師も見て見ぬふりをした」
アツシさんの拳が
白くなるほど強く握りしめられる
爪が皮膚に食い込んでいる
「それでも俺は耐えた
お袋を悲しませたくなかった」
「俺さえ我慢すれば
いつか終わると信じてた」
でも、それは甘い幻想だった
「奴らは
俺が抵抗しないのをいいことに
家にまで押しかけてきた」
「お袋を突き飛ばし
妹の鞄を漁って
笑いながら家を荒らしたんだ」
その時の光景が
今も目の前にあるかのように
彼の瞳に憎悪の炎が宿る
「その瞬間俺の中で何かが
プツンと切れる音がした」
「理性が弾け飛んで
獣の本能が目覚めたんだ」
彼は自嘲気味に口の端を歪めた
「気付いたら
リーダー格の男に馬乗りになって
顔面を殴り続けてた」
「何度も何度も
拳が砕けるかと思うくらい」
「周りの連中が悲鳴を上げて
逃げ出していくのが見えた」
「でも、俺は止まらなかった」
アツシさんは
私の目を真っ直ぐに見つめた
その瞳には
深い闇が渦巻いている
「人を殺して
俺が何を感じたと思う?」
「後悔?恐怖?罪悪感?」
「違う」
「……快感だったんだよ」
その言葉は
夜の冷気よりも冷たく
私の背筋を走った
「殴るたびに
拳から伝わる衝撃が
脳髄を痺れさせた」
「ずっと俺を踏みつけにしてきた
あの見下した顔が恐怖に歪んでいく」
「その様を見るのが
たまらなく愉快だった」
「圧倒的な達成感
全能感生きているという実感」
「ああ、俺は今
自分の人生を取り戻したんだって
魂が震えるほど歓喜した」
「相手が動かなくなっても
俺は笑いながら殴ってた」
「俺は、そういう人間なんだ」
「復讐に恐怖ではなく
快感を覚える
制御不能な野獣なんだよ」
吐き捨てるように言って
彼は私から視線を外した
「だから刑務所に入った
当然の報いだ」
「俺は、前科持ちの犯罪者だ」
拒絶される、軽蔑される
そう信じ切っている背中
普通の
清く正しい女子高生なら
ここで悲鳴を上げて
彼から離れるのかもしれない
「復讐なんて虚しいだけ」
「暴力は何も生まない」
そんな
教科書通りの綺麗な言葉で
彼を諭すのかもしれない
でも
涙が枯れた私の心にあるのは
そんな聖人みたいな感情じゃなかった
私の中で
何かがカチリと噛み合う音がした
「ドン引きされるかも
しれませんけど」
私の声は
自分でも驚くほど
落ち着いていた
「よくやったな
としか思えないんですが」
アツシさんが
弾かれたように顔を上げ
驚愕に目を見開く
「え……?」
私は涙を拭い
彼の目を真っ直ぐに見つめ返した
「私
いじめられたことも
いじめたこともないんです」
「ただ
ずっと見てました
教室の隅っこで
傍観者として」
誰かが泣いていても
誰かが殴られていても
私は教科書を読んでいた
「関わりたくなかった
標的にされたくなかった」
「いつか自分も
復讐されるかもって
ぼんやり思うことはありました」
「でも
いじめを止めるリスクと
将来復讐されるリスクを
頭の中で天秤にかけて」
「私は
黙って見過ごすほうを
選んだんです」
そう
私はずっと計算高い
冷徹な損得勘定で動く女
「アツシさんは
家族を守るために
感情を爆発させて戦った」
「でも私は
自分を守るために
感情を殺して見殺しにした」
「どっちが
人間として酷いんでしょうね」
自嘲気味に笑うと
アツシさんは呆然としていた
「今の状況だってそうです」
「か弱いふりをして
身体を使って
アツシさんに依存してる自分」
「生き残るために
あなたを利用している自分」
「すごく計算高くて
ズルくて嫌になります」
「でもこれが私なんです」
卑怯で臆病でしたたかな私
聖女でもなければ
被害者でもない
ただの生存本能の塊
「アツシさんは
そんな私を軽蔑しますか?」
問いかけると
長い沈黙が落ちた
薪が崩れ
火の粉が舞い上がる
ふと
私の頭に大きな手が乗せられた
ゴツゴツとした
人殺しの手
でも不思議なほど温かい手
「……俺たちは
似たもの同士だな」
その言葉が
ストンと胸の奥に落ちた
今まで感じていた孤独が
少しだけ薄れるのを感じた
「お前はズルくない
生きようとしてるだけだ」
「俺も
お前を利用して
寂しさを埋めてるのかもしれない」
彼は不器用に私の頭を撫でた
もう
ただの主人と飼い犬じゃない
守る者と守られる者
そんな単純な関係でもない
傷を舐め合い
罪と秘密を共有し
この理不尽な世界で
泥をすすってでも生き延びる
私たちは今日から
本当の意味での
「共犯者」になった




