第18話 対勇者用・近接戦闘プロトコル
港町を壊滅させ、
俺たちは馬車で次の街へ向かっていた。
「〜♪」
ミクは上機嫌だ。
窓の外を眺めながら、
昨日の「虐殺」の余韻に浸っている。
だが、俺の頭の中は
冷静な計算で埋まっていた。
(……昨日の動き、雑だったな)
ミクの身体能力は高い。
だが、所詮は「フィジカル」だけだ。
相手が三流のゴロツキなら問題ない。
だが、もし相手が
「あの5人の勇者」だったら?
「聖剣」の一撃。
広範囲を焼き払う「賢者」の魔法。
今のミクが突っ込めば、
懐に入る前に消し炭にされる。
俺が遠距離から支援すれば勝てるが、
万が一、俺が分断されたら?
ミク単独での生存率が低すぎる。
「……ミク、講習を始めるぞ」
「え? お勉強ですか?」
ミクがキョトンとする。
「『対勇者戦』を想定した
スキルの応用練習だ」
「今のままじゃ、
お前は勇者に殺される」
「ええっ!?
私、結構強いですよ?」
「相手はチート持ちだ。
物理で殴る前に、理不尽を押し付けてくる。
だから、お前も『理不尽』になれ」
俺は収納から
一つの指輪を取り出した。
以前、遺跡で拾ったガラクタの中に
混じっていたものだ。
解析済み。
「これを着けろ」
「綺麗! 何ですかこれ?」
「『液状化の指輪』だ。
魔力を流すと、体表に
目に見えない粘膜の膜を張る」
「物理攻撃も魔法も、
一度だけ『ヌルり』と滑らせて逸らす。
いわゆる『絶対回避』の魔道具だ」
「うわぁ……
なんかローションみたいですね」
「文句を言うな。
これがあれば、最初の一撃を捨てて
強引に懐に入れる」
「そして、ここからが本番だ」
俺はミクの手を取った。
「お前の『収納』、
使い方を変えろ」
「え? 荷物を入れるだけじゃ……」
「違う。
俺と同じ『攻撃と防御』に使え」
俺は二つの理論を授けた。
1. **防御:**
自分の体に触れている間、
「自分への干渉」を収納対象にする。
炎だろうが剣撃だろうが、
触れた瞬間に亜空間へ送れば無効化できる。
2. **攻撃:**
相手に触れた瞬間、
「相手の臓器」だけを収納する。
皮膚や筋肉は無視して、
中身だけを抜き取る。
「アツシさんみたいに、
遠くからはできないんですよね?」
「ああ。お前の権限じゃ
『接触』が必須だ。
だからこその指輪だ」
「滑って、避けて、触る。
それで終わりだ」
「なるほど……!」
ミクの目が、
肉食獣のように細められた。
「わかりました。
ゲームで言う『即死コンボ』ですね!」
「覚えが早くて助かる。
次の街に着くまで練習だ」
数時間後。
俺たちは「魔導都市ルーン」に到着した。
ここは王都への街道沿いにある、
魔法研究が盛んな街だ。
そして、
勇者パーティーの噂が最も多い場所でもある。
「アツシさん、見てください!
変な人がいます!」
ミクが指差した先。
広場で演説をしている男がいた。
派手な鎧。
腰には不釣り合いに大きな剣。
そして、取り巻きの兵士たち。
「我こそは!
勇者カイト様の右腕!
剣士ガイルである!」
「この街に潜む
『魔王の協力者』を狩りに来た!」
男が叫ぶと、
兵士たちが一人の女性を引きずり出した。
「いやぁ! 離して!」
「私はただの薬屋よ!」
「黙れ!
貴様が売っていた薬草、
魔族領でしか採れないものだな?」
「それは……仕入れで……」
「問答無用!
魔族と取引する者は同罪!
よって、ここで処刑する!」
ガイルと呼ばれた男が
剣を抜く。
刀身が赤く発光している。
魔法剣だ。
「……アツシさん」
ミクが俺を見る。
「あれ、勇者のお友達ですか?」
「ああ。
『虎の威を借る狐』ってやつだな」
典型的な、
力に酔った勘違い野郎だ。
勇者の威光を笠に着て、
好き放題やっている。
「……ムカつきますね」
ミクが呟く。
正義感ではない。
「同族嫌悪」に近い苛立ちだ。
「私の前で、
あんな三流がイキってるのが
目障りです」
「テストには丁度いい」
俺は顎でしゃくった。
「行ってこい。卒業試験だ」
「了解です、ボス!」
ミクが人混みをかき分け、
広場の中央へと歩み出る。
「ちょっとそこの三流さん!」
「あ?」
ガイルが手を止める。
ミクは無防備に、
スキップするように近づいていく。
「処刑なら、私と代わりません?
その人、殺してもつまんないですよ」
「なんだ貴様……
頭がおかしいのか?」
「おかしいのはお前だろ、バーカ!」
ミクが挑発する。
ガイルの額に青筋が浮かんだ。
「……いいだろう。
貴様から先に肉片にしてやる!」
「燃え尽きろ!
『炎熱斬』!」
ガイルが剣を振り下ろす。
刀身から吹き出した炎が、
ミクを飲み込もうとする。
「死ねぇ!!」
必殺の間合い。
回避不可能。
群衆が悲鳴を上げ、目を覆う。
だが。
ヌルッ。
炎の刃が、
ミクの直前で「滑った」。
「なっ!?」
まるで魚のように、
ミクの体が炎の軌道をすり抜ける。
『液状化の指輪』の効果だ。
「遅いですよ」
一瞬で懐に入ったミク。
その左手は、
すでに自分の右腕を掴んでいる。
(防御展開……完了)
ガイルが慌てて
返しの刃を振るう。
至近距離からの横薙ぎ。
だが、
その剣はミクの体に当たった瞬間、
「消えた」。
「は……?」
剣がない。
刃だけでなく、柄まで。
ミクの体が、
剣を「吸い込んだ」かのように。
「……接触、確認」
ミクの右手が、
ガイルの胸板に触れる。
「じゃあね」
『対象:心臓』
『実行:収納』
トンッ。
軽く押すような動作。
衝撃も、音もない。
だが。
「あ……が……?」
ガイルの動きが停止した。
剣を握ろうとした手が空を切り、
膝から崩れ落ちる。
胸に外傷はない。
だが、その体内にあるはずの
ポンプは、
今、ミクの亜空間の中に転がっている。
ドサリ。
「勇者の右腕」は、
二度と動かなくなった。
シーンと静まり返る広場。
ミクは自分の手を見つめ、
パッと笑顔になった。
「アツシさん!
できました! 大成功です!」
「……心臓って、
温かいんですねぇ!」
彼女は無邪気に叫び、
倒れている死体を跨いで戻ってきた。
兵士たちが震え上がって道を空ける。
「悪魔だ……」
「触れただけで殺したぞ……」
「合格だ」
俺はミクの頭を撫でた。
「よくやった。
これで勇者とも戦えるな」
「はい!
あの指輪、すごいです!
ヌルヌルして気持ち悪いですけど!」
「さあ、行くぞ。
騒ぎが大きくなる」
俺たちは
腰を抜かしている薬屋の女と、
物言わぬ死体を残して
その場を立ち去った。
「ねえアツシさん。
今の心臓、どうします?」
「捨てとけ。汚い」
「はーい!」
ミクは路地裏のゴミ箱に、
ポンと何かを投げ捨てた。
生々しい音が響く。
勇者の右腕。
その末路は、
生ゴミと一緒だった。
俺たちの「攻略」準備は整った。
次はどいつだ?
本物の勇者でも、魔王でも。
かかってこい。
俺とこの「最強の共犯者」が、
全員まとめて収納してやる。




