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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第12話 森の熊シェフと義理堅い常連たち

国境の検問を顔パスで抜け、

 俺たちは深い森へと足を踏み入れた。


 街道とは名ばかりの獣道。

 鬱蒼とした木々が日差しを遮る。


「アツシさん、お腹空きました」


「さっきクッキー食っただろ」


「あれは別腹です。

 お肉が食べたいです、お肉」


 ミクが不満げに唇を尖らせる。

 こいつの胃袋はブラックホールか。


「……ん? あれは何だ」


 ふと、獣道の脇に

 小さな看板が立っているのに気づいた。


『森の食堂・ベアーズキッチン』

『本日のおすすめ:猪の赤ワイン煮』


 手書きの拙い文字だが、

 妙に食欲をそそる。


「行きましょう! 絶対美味しいです!」


 ミクの野生の勘が叫んでいる。

 俺たちは看板に従い、脇道へ入った。


 数分歩くと、

 丸太小屋が見えてきた。

 煙突からいい匂いの煙が昇っている。


 ドアを開けると、

 カランコロンと木のベルが鳴った。


「いらっしゃい……クマ」


 カウンターの奥から現れたのは、

 身長2メートルを超える巨漢。

 いや、全身茶色の毛に覆われた

「熊の獣人」だった。


「うわぁ、熊さんだ!」


 ミクが目を輝かせる。

 普通の人間なら悲鳴を上げるところだが、

 この女に種族の壁はない。

 あるのは「美味しいものを出すか否か」だけだ。


「食事かい?

 今は煮込みしかないけど……」


「それをください! 二人前で!」


 俺たちは窓際の席についた。

 店内は清潔で、木の温もりが心地いい。


 ほどなくして運ばれてきたのは、

 土鍋でグツグツと煮込まれた

 猪肉のシチューだった。


「熱いから気をつけてな」


 熊シェフが無骨な手で鍋を置く。


「いただきます!」


 ミクがフーフーと息を吹きかけ、

 肉を口に運ぶ。


「……んんっ!!」


 彼女が目を見開いた。


「柔らかい! 噛まなくても溶けます!

 それにこのソース、深いです!」


 俺も一口食べる。

 驚いた。

 臭み消しのハーブと、

 長時間煮込んだ野菜の甘み。


 野性味溢れる猪肉が、

 洗練された一皿に昇華されている。


「やるな、大将。

 都の三ツ星より美味いぞ」


「……へへ、ありがとよ」


 熊シェフが照れくさそうに鼻を鳴らす。

 どうやら、ここは「当たり」だ。


 最高のランチタイム。

 そう思っていた時だった。


 バンッ!!


 勢いよくドアが開けられた。


「親父! 逃げろッ!!」


 飛び込んできたのは、

 鎧を着た4人組の冒険者だ。

 全員が血まみれで、息を切らせている。


「スタンピードだ!

 魔物の群れがこっちに来る!」


 リーダー格の男が叫ぶ。

 その肩には、深い爪痕があった。


「な、なんだって!?」


 熊シェフが鍋を取り落とす。


「客がいたのか……!

 おい、あんたたちも早く逃げろ!」


 男が俺たちを見て叫んだ。


「俺たちがここで食い止める!

 その間に裏口から逃げろ!」


「バカ野郎!

 お前らボロボロじゃねえか!」


 シェフがカウンターを乗り越える。


「俺も戦う!

 客を見捨てて逃げられるか!」


 ……ほう。


 俺はスプーンを置いた。

 ミクも、パンを口にくわえたまま

 きょとんとしている。


 自分たちが死ぬかもしれない状況で、

 見ず知らずの俺たちを逃がそうとする。


 このクソみたいな世界にしては、

 珍しい「綺麗なデータ」だ。


「……ねえ、アツシさん」


 ミクが小声で囁く。


「この人たち、いい人ですね」


「そうだな。

 少なくとも、昨日の豚よりは

 生きる価値がある」


 俺たちは

「鏡」のように振る舞う。

 悪意には悪意を。

 そして、善意には善意を。


「おい、あんたたち!

 何してる、早く……!」


 冒険者の男が俺の腕を掴もうとする。


「座ってろ」


 俺は短く言った。


「え?」


「せっかくのシチューが冷める。

 店を守っててくれ」


 俺は立ち上がり、ドアへ向かう。

 ミクも、最後の肉を頬張ってから

 嬉しそうに続いた。


「デザートの前運動ですね!」


 俺たちは外に出た。

 森の奥から、地響きが聞こえる。

 木々がなぎ倒され、

 数十匹のオークの群れが迫っていた。


「……数は多いな」


「アツシさん、どうします?

 ミンチにしますか?」


「いや、店の前だ。

 血なまぐさいのは食欲を削ぐ」


 俺は前に出た。

 先頭のオークたちが

 雄叫びを上げて突っ込んでくる。


「……対象設定」


 俺は視界の中のオークを

 システム上の「オブジェクト」として

 認識する。


『ターゲット:前方10体のオーク』

『指定部位:血液(全量)』

『実行:収納』


 パチン。

 指を鳴らす。


 ドサッ、ドサッ、ドサッ……。


 先頭を走っていたオークたちが

 糸が切れた人形のように

 同時に崩れ落ちた。


 外傷はない。

 一滴の血も流れていない。

 ただ、体内の血液だけが

 完全に抜き取られたのだ。


「究極の『血抜き』だな。

 これなら肉も臭みが出ない」


「アツシさん、右から来ます!」


 俺の死角から

 数匹が回り込もうとしていた。


 ドォンッ!!


 鈍い音が響く。

 ミクが横から割り込み、

 オークの頭蓋骨を拳で叩き割った。


「アツシさんに近づかないで

 くださいねー」


 彼女は質量を乗せた拳で

 的確に急所だけを破壊していく。


 頭を陥没させ、

 胸骨を粉砕する。

 決して派手には吹き飛ばさず、

「素材」を傷つけない

 丁寧な仕事ぶりだ。


 ほんの数分。

 数十匹いたオークの群れは

 静かな屍の山と化した。


 店の前は、

 奇妙なほど静かだった。


「……終わったな」


 俺たちは店に戻った。


 店内では、

 熊シェフと冒険者たちが

 口をあんぐりと開けて固まっている。


「お、おい……

 今のは……」


「静かに処理した。

 店は汚れてない」


 俺は席に戻り、

 冷めかけたシチューを口にした。


「……まだ温かいな」


「あ、あの……

 魔物は……?」


「外に転がってる」


 俺は淡々と答えた。


「傷は少ないし、

 血抜きも完璧だ。

 いい素材になるだろう」


「あんたたちで山分けしてくれ。

 俺たちには不要だ」


「え、いや、そんな……!

 命を助けられた上に、

 素材までもらうわけには……!」


 冒険者のリーダーが

 恐縮して首を振る。

 本当に、どこまでも善人らしい。


「なら」


 ミクがニッコリと笑った。


「熊さん、お願いがあります!」


「は、はい! 何でも言ってくれ!」


「このシチューと、

 メニューにあるデザート全部!

 あと、保存がきくパンも!」


 ミクは両手を広げた。


「作れるだけ作ってください!

 全部買い取って『収納』しますから!」


「……は?」


「お腹が空いたら、

 いつでも熊さんの味が食べたいんです!

 だから、50人前くらいお願いします!」


 熊シェフは瞬きをして、

 それからニカッと笑った。


「ガハハ! 合点承知だ!

 腕によりをかけて作ってやる!」


「おう、俺たちも手伝うぞ!

 肉なら俺たちが解体してやる!」


 冒険者たちも笑い出した。


 厨房から、

 活気のある音が響き始める。


 俺はワインを傾けた。


 悪くないな。

 こういう「取引」なら、

 何度でも歓迎だ。


 善意には、

 腹一杯の幸福で返す。

 それが俺たちの流儀だ。

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