第11話 嵐の翌朝とクッキーの味
翌朝
宿の外が騒がしい
窓から通りを見下ろすと
警備兵たちが
血相を変えて走り回っている
「……やれやれ」
俺はあくびを噛み殺し
カーテンを閉めた
昨夜の「掃除」が
効きすぎたらしい
噂話が風に乗って聞こえてくる
『税務官様が川で発見された!』
『全身ずぶ濡れで震えてたらしいぞ』
『口が利けないほど錯乱してるとか』
死んではいないか
まあ、あの程度のクズ
殺す価値もない
「アツシさん、おはよーございます!」
隣のベッドから
ミクが飛び起きてくる
寝癖のついた髪
屈託のない笑顔
昨夜、男の関節をへし折り
川へ投げ捨てた少女とは
とても思えない
「外、騒がしいですね
何かあったんですか?」
「さあな。治安が悪い街だ」
「物騒ですねぇ、早く出ましょうか」
「そうだな。朝飯食ったら出発だ」
俺たちは
何食わぬ顔で部屋を出た
昨日のレストランは
「臨時休業」の札が出ていた
仕方なく
別のカフェのテラス席で
モーニングを注文する
焼き立てのパンと
ふわふわのオムレツ
「ん~っ!
このオムレツ、チーズ入りです!」
ミクが頬を緩める
街の住人たちは
「昨夜の怪事件」の話で持ちきりだ
『悪魔が出たらしいぞ』
『いや、東方の暗殺者だ』
『税務官の悪行への天罰だろ』
俺たちのすぐ隣で
そんな会話が交わされている
だが、ミクは気にも留めない
彼女にとって昨夜の出来事は
「害虫を叩いた」程度の
出来事なのだから
俺はコーヒーを啜りながら
彼女を観察する
日本にいた頃
彼女は「普通の女子高生」だった
いじめもない
家庭環境も良好
友人もいたはずだ
だが
彼女の中には最初から
「倫理のネジ」が一本なかった
あるいは
配線が違っていたのかもしれない
平和な日本では
「常識」という殻を被って
無意識に擬態していた
だが
この無法の世界に来て
俺という「共犯者」を得て
彼女は
初めて「素顔」を晒したのだ
邪魔なものは排除する
自分の快楽を優先する
そこに罪悪感など微塵もない
「……アツシさん?
顔に何か付いてます?」
ミクが首を傾げる
「いや
お前は本当に
楽しそうだなと思ってな」
「楽しいですよ!
美味しいご飯に、綺麗な景色」
「それに
アツシさんがいますから」
一点の曇りもない
純粋な好意
俺だけが
彼女のこの「異常性」を
肯定できる
俺だけが
彼女の「共犯者」でいられる
「……そうか、ならいい」
俺たちは朝食を終え
市場へと向かった
「アツシさん!
あそこのクッキー!」
ミクが指差したのは
行列のできる焼き菓子屋だ
「噂で聞きました!
ここのナッツクッキー
絶品らしいです!」
「また食うのか」
「お土産です!
旅のお供に必須です!」
俺たちは列に並び
「店にある在庫全部」を
注文した
店員が目を丸くしたが
金貨を見せると
喜んで箱詰めしてくれた
大量のクッキー箱を
「収納」へ放り込む
これで
当分のおやつには困らない
「ふふっ幸せです~」
ミクがクッキーを一枚
サクサクと齧る
その横顔は
どこにでもいる
可愛らしい少女そのものだ
街の出口へ向かう
門番たちは
検問を強化していたが
俺たちの顔を見ると
すぐに道を開けた
「お気をつけて
東方の貴族様」
彼らは知らない
この可憐な少女こそが
昨夜の騒動の元凶であり
最も危険な「爆弾」であることを
「いい街でしたね!」
街を出て
街道を歩き始めると
ミクが振り返って言った
「ご飯も美味しかったし
お土産も買えました」
「そうだな
ただ、少し虫が多かった」
「あはは!
アツシさん殺虫剤持ってないし
物理で叩くしかないですね」
「違いない」
俺たちは笑い合った
背後には大騒ぎの街
だが
俺たちにはもう関係ない
クッキーの甘い香りを漂わせ
俺たちは次の「エデン」を求めて
西へと歩き出した
さて
次はどんな味が
俺たちを待っているだろうか




