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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第10話 交渉決裂と即席の掃除

店内の空気は最悪だった


「おい、聞いてんのか店主!」

「税率を倍にするぞ!」


 豚のような税務官が

 唾を飛ばして喚き散らす


 せっかくの料理も

 これでは味がしない


 俺がため息をついたのと

 ミクが席を立ったのは

 ほぼ同時だった


「ちょっと待っててください」


「ああ、手早く頼むぞ」


 ミクは愛想のいい笑みを浮かべ

 軽やかな足取りで

 男のテーブルへと近づく


 その背中はどう見ても

「迷子になった可憐な少女」か

「給仕を手伝う看板娘」だ


 税務官も

 近づいてくるミクに気づき

 下卑た笑みを浮かべた


「おう、なんだ嬢ちゃん」


「詫びの酒でも注ぎに来たか?

 殊勝な心がけだなぁ」


 男が踏ん反り返り

 ミクの方へ顔を突き出す


 ミクは

 ニコニコと笑ったまま

 男の目の前で立ち止まった


 そして

 鈴を転がすような

 可愛らしい声で言った


「ねえ、おじさん」


「静かにしないと

 口を縫い合わせますよ?」


「……あ?」


 男の動きが止まる

 周囲の護衛たちも

 耳を疑った顔をしている


 ミクは、キョトンとした顔で

 首を傾げた


「あれ? 聞こえませんでした?」


「食事中なんです

 静かにしてってお願いしてるんです」


「物理的に塞がれたいですか?」


 一瞬の沈黙

 そして爆発的な怒号


「き、貴様ぁぁッ!!」


 男の顔が

 茹でダコのように赤くなる


「俺を誰だと思っている!

 この国の役人だぞ!」


「おい!

 この無礼なガキを捕らえろ!」


「牢にぶち込んで

 二度と口がきけないように

 教育してやる!」


 ……アウトだ

 俺はグラスに残ったワインを

 飲み干した


「捕縛」ならまだしも

「教育」という名の

 私刑を示唆した


 それは

 俺たちの平穏に対する

 明確な宣戦布告だ


「へいへい

 お嬢ちゃん、運がなかったな」


 護衛の兵士たちが

 ニヤニヤしながら

 剣の柄に手をかける


「痛い目に遭いたくなきゃ

 大人しく……」


 兵士の手が

 ミクの細い肩に伸びる


 その瞬間

 ミクの雰囲気が変わった


「……交渉、決裂ですね」


 ミクは

 掴みかかってきた兵士の腕を

 掴み返した


 そして

 流れるような動作で

『収納』を発動させる


 ただし

 完全にではない

 一瞬だけ

 拳の先に「岩」を出現させる


 ドゴォッ!!


 鈍い音がして

 兵士の肘が

 ありえない方向に折れ曲がった


「ぎゃあああッ!?」


「うるさいですねぇ

 次はお腹ですよ」


 ミクは怯むことなく

 兵士の懐に飛び込む


 みぞおちへの掌底打ち


 インパクトの瞬間

 再び岩の質量を上乗せする


 ゴフッ……


 兵士は血を吐き

 砲弾のように吹き飛んだ

 そのまま店の壁を突き破り

 川へと落下していく


 ドボンッ!


 盛大な水音が響いた


「な、なんだ!?」

「魔法か!?」


 残りの護衛たちが

 慌てて抜剣する


 だが

「戦闘」と呼ぶのも

 おこがましい


 ミクは

 テーブルの上のフォークを掴むと

 目にも止まらぬ速さで投擲した


 ヒュンッ!


「ぐあっ!?」


 先頭の男の太腿に

 フォークが深々と突き刺さる


「アツシさん直伝の

『投擲』です♪」


 ミクは

 踊るように敵の攻撃を避け

 次々と関節を破壊していく


「化け物か……!」

「ひ、引けッ!」


 ものの数十秒で

 護衛たちは全員

 床に転がるか川に落ちていた


 残ったのは

 顔面蒼白の税務官だけだ


「ひ、ひぃ……ッ」


 男は腰を抜かし後ずさりする


「わ、わかった!

 金か!?金ならやる!」


「見逃してくれ!

 俺は役人だぞ!

 国が黙っちゃいな……」


 ミクは

 男の目の前にしゃがみ込む


 手には

 テーブルクロスから引き抜いた

 太い刺繍糸と針セットが握られていた


 どこで買ったのか

 いや、収納していたのか


「おじさん

 さっき言いましたよね?」


「口を縫うって」


「嘘だと思いました?」


 ミクの瞳に

 ハイライトはない

 深淵のような闇が

 そこにあるだけだ


「ひ、ひいいいッ!!」


「あ、動くと痛いですよ」


 ミクが針を構える


 さすがに

 店内でスプラッターはまずいか

 俺は席を立った


「ミク、そこまでだ」


「むぅアツシさん

 あと一針だったのに」


「飯が不味くなる

 そいつは川で冷やしてやれ」


「了解です、ボス」


 ミクは男の襟首を掴むと

 ゴミ袋のように

 軽々と持ち上げた


「水浴びして

 頭冷やしてくださいね」


「や、やめ……!」


 ドボーンッ!!


 男は放物線を描き

 夜の川へと消えていった


 店内には静寂が戻った


 店主と客たちは

 彫像のように固まっている


 俺は

 何事もなかったように

 店主に声をかけた


「親父さん騒がせてすまない」


「お代はこれで足りるか?」


 俺は金貨を一枚

 カウンターに置いた


「は、はい……!

 十分すぎます……!」


「ならいい

 デザートを頼む」


「あ、私も!

 フルーツタルトで!」


 ミクが血の付いていない手で

 元気に挙手をする


 俺たちは再び席に着いた


 川の方から

 溺れかける男の悲鳴が

 聞こえたような気もしたが

 川のせせらぎにかき消された


 この街の役人が一人消えた

 それだけのことだ


 俺たちの

「美味しい夜」を邪魔するほどの

 事件ではない


「ん〜っ!

 タルトも最高です!」


 口の端にクリームをつけた

 この笑顔の少女が

 さっき男を川に投げ捨てたとは

 誰も思わないだろう


 これぞ

 俺の自慢の共犯者だ

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