第1話 廃棄物と管理者権限
揺れる吊り革。
スマホの画面。
俺、小鳥遊淳志の視界は
今日も平和そのものだった。
34歳、独身の派遣SEだ。
「負け組」なんて
世間は呼ぶかもしれないが、
俺はこの生活を愛している。
仕事は個人ブースで干渉されない。
派遣SEだと煩わしい人間関係もない。
仕事が終われば、
コンビニの新作弁当と
冷えたビール。
そして、オンラインゲーム。
画面の向こうのフレンドと
他愛ないチャットをして、
眠くなれば寝る。
これ以上の幸せが、
どこにあるというのか。
だが。
「うっそ、マジで!?」
「これ、魔法陣じゃね?」
車両の端が騒がしい。
制服を着た高校生の一団。
男女5人。
いかにも「青春」を謳歌する
騒々しい連中だ。
(……チッ、うるせえな)
俺は舌打ちを噛み殺し、
イヤホンの音量を上げる。
関わるだけ損だ。
害虫と同じ。
視界に入れなければ
存在しないのと同じだ。
そう思っていた。
足元が光るまでは。
「え、なにこれ!」
「やばい、光ってる!」
幾何学模様の光が、
床を、壁を、侵食する。
俺の長年のゲーム脳が、
即座に警鐘を鳴らした。
――召喚陣。
(冗談じゃねえぞ!)
俺は即座に踵を返す。
状況把握なんて後回しだ。
とにかく、この「円」から
出なければならない。
ドアへ向かって走る。
あと数歩。
この車両さえ出れば――。
「いやあああ!
助けてぇぇぇ!」
ドンッ。
背中に衝撃。
制服の女子高生が、
俺のスーツの裾を
鷲掴みにしていた。
「離せ!」
俺は迷わず
その手を振り払おうとする。
知らない女だ。
俺に危害を加える
「障害物」だ。
「連れてかないでぇぇ!」
だが、女の握力は
火事場の馬鹿力か、
万力のように外れない。
(ふざけんな、クソが!)
俺が拳を振り上げた、
その瞬間。
視界が白に塗りつぶされた。
浮遊感。
そして、不快な吐き気。
俺の平穏は、
見知らぬガキの
巻き添えで終わりを告げた。
◇
「……え、ここどこ?」
「真っ白じゃん……」
ざわめきが鼓膜を打つ。
俺はゆっくりと目を開けた。
そこは、
壁も床もない白い空間。
目の前には、
さっきの高校生5人組と、
俺にしがみついていた女。
計6人のガキども。
そして、俺。
「ようこそ、
異世界からの旅人たちよ」
頭上から声が降ってくる。
見上げれば、
巨大な光の球体が二つ、
空中に浮いていた。
「私たちは、
この世界を管理する
『神』と呼ばれる存在だ」
ベタな展開だ。
ラノベで腐るほど見た。
高校生たちは
「すげえ!」「マジかよ!」
と騒いでいるが、
俺の頭の中は冷え切っていた。
(……最悪だ)
状況を整理する。
俺は巻き込まれた。
そして恐らく、
帰る手段はない。
「君たちには、
この世界『ガルズ』を
救ってもらいたい」
神と名乗る光が、
淡々と事情を説明する。
魔族との戦争。
劣勢の人類。
それを覆すための戦力。
「そのために、
君たちには特別な力、
『ジョブ』を授けよう」
光が瞬くたび、
高校生たちの目の前に
ステータス画面のような
光の板が現れる。
「勇者」
「賢者」
「聖女」
「剣聖」
「槍聖」
(……なるほどな)
大当たりだ。
チート級の能力。
ガキどもは歓声を上げ、
自分の力に酔いしれている。
だが。
俺と、俺を掴んだ女には、
何も表示されなかった。
「あの……
私たちは?」
女が恐る恐る尋ねる。
光の球体は、
困ったように明滅した。
「……すまない。
君たち二人は、
想定外の『異物』なのだ」
やっぱりか。
「用意されたジョブは、
選ばれた5人分しかない。
君たちに与えられるのは、
世界を渡る者に
最低限付与される
基礎能力だけだ」
・健康体
・言語理解
・収納
それだけ。
「そんな……!
帰してください!
こんなのあんまりです!」
女が泣き叫ぶ。
だが、神は無慈悲に告げる。
「帰還は不可能だ。
君たちを戻すには、
膨大なエネルギーがいる。
諦めて、
この世界で生きてくれ」
泣き崩れる女。
同情する高校生たち。
「かわいそうに……」
「俺たちが守ってやるよ」
勇者と呼ばれた男が、
女の肩を抱く。
反吐が出る茶番だ。
俺は一歩、前に出た。
「おい、神様とやら」
ドスの利いた低い声。
場の空気が凍りつく。
「あ?」
「なんだあのおっさん」
ガキどもの視線を無視し、
俺は光の球体を睨みつけた。
「俺は34歳だ。
社会の仕組みも、
契約の何たるかも知ってる。
だから単刀直入に聞くぞ」
俺はポケットに手を突っ込み、
静かに問う。
「あんたたち、
俺達の扱いに困ってるんだろ?」
光がピクリと揺れた。
「……何が言いたい」
「まあ、その前にアイツら送っちまえよ」
「あ? 何勝手言ってるんだオッサン」
「こんなサルにこの後の話を
聞かせたいならいいけど、どうする?」
「では勇者たちよガルズを頼むぞ」
「ちょ……」
煩いサルどもはいなくなった。
やれやれだなあ。
まとめて死ねばいいのに。
さて、ここからが本番だ。
「さっきの話だがな、簡単な洞察だ。
俺たちはきっと『保護動物』だろ?
勝手に処分すれば、あんたらの上司……
『上位の神』に怒られるんじゃないの?」
ネット小説の知識と、
こいつらの焦り様。
そこから導き出される答え。
「だが、帰すコストも払えない。
だから泣き寝入りさせたい。
……図星だろ?」
沈黙が肯定だった。
「なら、取引だ」
俺はニヤリと笑う。
営業スマイルではない。
獲物を追い詰める、
捕食者の笑みだ。
「俺にジョブはいらない。
その代わり、
その3つの『基礎能力』。
俺の指定通りに
仕様変更しろ」
「……仕様変更だと?」
「そうだ。
新たな力を寄越せとは言わん。
既存の能力の『解釈』を
拡大するだけだ。
それなら、
あんたらの権限で可能だろ?」
神たちが顔を見合わせる
(ような気配がした)。
「……言ってみろ」
掛かったな。
ここからは俺の独壇場だ。
「まず『収納』だ。
あれは亜空間倉庫だよな?
なら、中の時間は自由にさせろ。
腐った飯なんか食いたくない」
「……よかろう。
生鮮品の保存という名目なら
許容範囲だ」
……時間自由に出来るなら
腐敗止めるだけじゃなく
発酵進ませたり、
修繕も出来ることに
コイツら気づいてないな
「次。
『座標』と『速度』の自由化だ。
手元だけじゃ不便だ。
視界の範囲なら、
どこでも思考で出し入れさせろ」
「……利便性の向上か。
まあ、戦闘用ではないし、
許可しよう」
甘い。
こいつら、平和ボケしてやがる。
「それから『生物』の収納。
俺が『モノ』だと認識したら、
それは収納可能にしろ。
害獣駆除に必要だ」
「……生きたまま全部は不可だ。
だが、仮死状態……
抵抗できない状態や一部なら、
物質とみなそう」
言質は取った。
「次に『言語理解』。
魔法の呪文も、
魔道具の回路も、
すべて『言語』として
解読できるようにしろ。
マニュアルが読めなきゃ
死んじまう」
「……知識への欲求か。
認める」
「最後に『健康体』。
毒、麻痺、精神干渉。
それらを『不健康』として
自動で弾いてくれないか。
そして怪我をしたら、
《《今の肉体に戻してくれ》》
あと、睡眠なしでも
稼働できるように」
「……生存率を上げるためか。
いいだろう、その程度なら」
交渉成立。
神たちは気づいていない。
自分たちが今、
世界を滅ぼしかねない
怪物を生み出したことに。
座標指定と速度制御。
それはつまり、
「どこにでも」
「どんな速度でも」
物体を出現させられるということ。
生物収納の許可。
それは、抵抗できない相手なら
一瞬で消し去れるということ。
心臓や脳ですら収納できる。
言語理解による解析。
魔法の無効化と乗っ取り。
そして、状態異常無効。
さらに怪我をしたら
《《今の肉体に戻す》》
これはデカイ。
怪我すればいつでも34歳にもどる。
不老に使えることに気が付いてない。
俺が得たのは、
ただの便利スキルじゃない。
殺戮のためのシステムだ。
「交渉成立だな。
……ああ、そうだ」
俺は最後に、
震える女子高生を一瞥する。
「その女にも、
何か一つくらいオマケしてやれよ。
すぐ死なれたら、俺の寝覚めが悪い」
「……わかった。
彼女には『聖女』の加護の
下位互換を与えよう」
光が強くなる。
転移の時だ。
俺は嗤う。
ざまあみろ。
ここからは、俺のゲームだ。
光に包まれながら、
俺は異世界への
第一歩を踏み出した。
(さて……まずは
俺の『収納』の
試し撃ちといこうか)




