3週間後
「おお、ジョハン。
久しぶりじゃねえか。」
帝都の路地裏で浮浪者がジョハンに声をかける。
ジョハンもピカピカの紳士服ではなく薄汚れた労働服になっていた。
「しばらく見なかったが、どこで何やってた?」
「えっへへへ…。
今日は、酒があるから仲間を呼んでくれよ。」
「うっへえ。
良いのかっ!?」
煤だらけの黒い顔の男は、嬉しそうに言った。
だが彼に訊ねられたジョハンは、一瞬ためらう。
「…まあ、ちょっとぐらい仕事を離れてもな。
ちょっとぐらい…。」
ジョハンは、罪悪感を滲ませつつ酒瓶を撫でた。
すると汚れた顔の男は、大声で笑い出した。
「ひひひひ…!
なぁに言ってんだ、ジョハン。
お前は、仕事なんかしてねえじゃねえか。」
男にそう言われてジョハンも肩を揺すって笑う。
「えへへへっ。
そりゃあ、そうだ。」
帝都ヤーネンドンのあちこちで工事が続いている。
完全に倒壊した建物は少ないが燃えた箇所の補修工事が必要だ。
「あれも獣の一種だって信じられるか?」
工事現場の作業員が休憩中に仲間と話している。
「でっかい光の化け物って言われてもな。
実物を見た奴が居ねえじゃねえか。」
「だよな。
死体が残ってねえと。」
「でもあの日は、馬鹿みたいに暑かったよ。」
「何百万人も死んでるんだ。
獣の死体が残ってないぐらいで疑うなんて馬鹿じゃねぇの。」
作業員たちの会話が途切れた。
それぞれが頭の中をいったん整理する。
「なんだっていいぜ。
問題は、こんなことがこれからも起ったら堪らねえよ。」
また一人の作業員が口を開いた。
「ああ、そうだな。
世の中、終わりなんじゃねえか。」
「悪い方にとらえ過ぎだッちゅうの!
今回だって狩人様が獣を始末してくれたじゃねえか。
これからも問題ねえって。」
「しかしよぉ、狩人様だって死んだりしてるだろ?
なのに獣は、急に出て来てこんな暴れ方するんじゃ…。」
「私たちが考えてもしょうがないけどね。」
全員の表情は、暗かった。
新聞は、帝都再建の槌音高く復興も快調なりと喧伝している。
資本家も政治家も、ここぞとばかりに精を出していた。
何もかも元通りになって上手く行くと謳っていた。
だが庶民の不安は、根深く、広まりつつある。
帝都の表通りを堂々と奇怪な一団が歩いてくる。
鳥の嘴がついた仮面、細長い絹帽、背中に巨大な荷物、白衣。
宿礼院の医師と看護師たちだ。
「……もう、この辺りを探しても意味はないかも知れません。」
鳩仮面の医師が燕仮面の医師と話している。
鳩仮面は、杖を持ち上げて自分の顎先を撫でていた。
「なんと申しましても相手は、光ですからな。
ジョハンと戦ってすぐに姿を消して、ここには残っていないのやも。」
「ジョハンの話では、分身らしい能力も見せたと聞く。
こうなると一ヶ所に留まっているとも思えぬ。
やれやれ、お手上げだよ。」
そう言いながら燕仮面は、手のひらを上にして首を横に振った。
鳩仮面も杖の先で道路を突きながら話している。
「ともかく教授が満足するまでは、調査続行だよ。」
「だが興味深いのは、その怪光がテレパシーのようなもので会話したことじゃないか?
僕は、そっちの方が気になるね。」
「おいおい。
勝手なことはやめ給えよ。」
鳩仮面は、そう言って拒絶する。
だが燕仮面は、やや興奮気味で抑えられない。
「宇宙からやってきた知的生命だよ?
そいつの身体が光だろうが電磁波だろうが炭素だろうがケイ素だろうが分身できようが関係ないことだよ。
人間と対話できるということに比べればね!」
燕仮面がそう訴えると鳩仮面も少し話題に乗ってやった。
「まあ、確かに知能を持った生命が、宇宙にどれだけいるか分からないが人類と交信可能な生物は、知的生命全体の数よりも遥かに少ないはずだからね。」
「そうだろう!
ああ、私も怪光と交信してみたかったな。」
そう言って燕仮面は、悔しがった。
宿礼院は、怪光ヴァルデマーの痕跡を探し続けた。
と言っても生きているのか死んでいるのかも分からない状態だ。
それでも彼らが熱心に怪光を探し続けたのは、義務感よりも好奇心だった。
「予想よりも大したことなかったな。」
帝都の中心街で二人の警官が話している。
ひとりの手には、アイスクリームがあった。
「イギー、まだ始まったばかりですよ。」
アイスクリームを持っていない方の警官がそういった。
アイスクリームを持っている方の警官は、つまらなさそうに答える。
「そんなこと分かってる、サイファー。
でも1ヶ月と持たずに宇宙に帰るんじゃ、拍子抜けも良いところよ。」
「……あれ、この話、前にもしませんでしたか?」




