Spectre from Starry Sky(星界より来る色)
"I warn rash brands who, pretending not to fear the devil, are for using the ordinary violences with him, which affect one man from another―or with an apparition, in which they may be sure to receive some mischief.
I knew one fired a gun at an apparition and the gun burst in a hundred pieces in his hand
another struck at an apparition with a sword, and broke his sword in pieces and wounded his hand grievously
and 'tis next to madness for anyone to go that way to work with any spirit, be it angel or be it devil."
余は、軽率な愚か者に警告する。
悪魔を恐れぬとうわべを飾る者共は、人間に用いられる通常の暴力
―――あるいは、他の誤りによって幻影に立ち向かおうとする。
余は、幻影に向けて銃を放った時、銃が手の中で粉々に砕けた男の例を知っている
もう一人は、幻影を剣で切り着けた時、砕けた剣が彼の手に重傷を負わせた。
而して天使であれ、悪魔であれ、あらゆる霊的存在にそのように立ち向かうのは、狂気に近い。
『The Secrets of the Invisible World Disclos'd: Or, an Universal History of Apparitions Sacred and Prophane, Under all Denominations; Whether, Angelical, Diabolical, or Human-souls Departed』
(目に見えない世界の秘密が明らかに:あるいは、あらゆる宗派における聖なるものから俗なるものまで、天使、悪魔、あるいは人間の魂が去ったかどうかに関わらず、出現の普遍的な歴史)
―――アンドリュー・モートン
余の名前は、オスカー・アラン・ホイッスラー。
世間では、ガイエル伯爵と呼ばれている。
だが余は、キルケゴール家の人間ではない。
血質鑑定を誤魔化すために連れて来られた養子なのだ。
生家の苗字がホイッスラーというところまでは、調べることができた。
しかし家族や親戚を見つけるには至っていない。
あの狂った畜生共、狩人に殺されたのかも知れないと思うとふつふつと憎悪が募る。
父は、どんな形であれ余を売った両親のことは忘れよと言っておられた。
しかし自分の本当の親を知りたいという感情を抑えることはできぬ。
だが、それも叶わぬまま終わることになりそうだ。
余は、望んでキルケゴール家に招かれた。
その余に子供を作る能力がないのは、どこまでも無惨な神の悪戯か。
神々の笑う声が聞こえる。
今の余にできることは、財産を有意に使うことだ。
キルケゴール家は、余で終わりなのだから。
余は、幾人かの学者に資金を提供している。
これが少しでも世の中の役に立てば良い。
あるいは、他の家から連れて来られ、無理やり接ぎ木にされた余が、この家に花を咲かせることができるかも知れないというささやかな望みだ。
幸いにも幾つかの研究や調査は、実を結ぼうとしている。
特に件の恐竜の化石調査は、近日中にも成果を上げるだろう。
「……んんっ。」
だが余が書き残しておきたいのは、別の研究に関してだ。
警告を残さなければならぬ。
あれは、触れてはならない。
しかし余の警告は、無駄に終わるであろう。
余自身、科学者ではないし、貴族と言っても特段、名のある家でもない。
第一、あまりに荒唐無稽な発表に世間は、鼻白むだけであろう。
幾つかの写真は、それこそトリックと疑われるだけだ。
そもそもどうして余は、こんな研究に金を出したのか覚えていない。
いや、日記には、それらしいことが書いてある。
間違いなく余の字である。
それに執事のフレッチャーや屋敷の召使、財産管理の弁護士は、記憶しておる。
だが、今の余は、あの電気技師とどこで知り合ったか思い出せぬ。
あの怪しい研究を進める女…。
「閣下、何をしておいでですか?」
「あ、うん?
ああ、君か。」
余が顔を上げると若い女が部屋にやって来ていた。
ドアが開けっ放しになっていたので戸口に立っておる。
彼女は、この上なく愛らしい。
煌めく金髪に印象的な碧の瞳をしておる。
何より立ち姿に目を引き付ける力強さ、そして確かな品があった。
「そんなところに立ってないで部屋に入れ、イグナティア。
それにしてもフレッチャーは、どうした?」
客がここまで入って来ているのにフレッチャーは、何をしている?
あの執事もまだ若いのに惚けた奴だ。
給料分は、働いてもらわないと困るぞ。
余は、少し腹が立ったが客の手前、興奮を抑えた。
「………うん?
イギー、何を読んでおる?」
気が付くとイギーが何か読んでいる。
彼女は、幾つかのページを破って持ち去ろうとしていた。
おや?
余は、さっきまで何をしておったのだ。
ペンを持っておるが机には、何も書くものがない。
「イギー、どうです?」
若い男がイギーに声をかける。
確か彼女の相棒でサイファーとかいったか。
「うむ。
困る部分は、破り捨てておいた。
念のためにこの日記も処分しておかないとならないな。」
「いや、いっそ日記は、残しておきませんか、イギー。
伯爵が日記をつけているのを召使も知ってる。
全員の記憶を消して回るのも不確定要素が多過ぎる。」
「お前は、予言者だからな。
お前が言うならそうだろう。」
「何を話してる?」
余は、イギーとサイファーに声をかける。
だが―――いや、余は、何も言っていなかった。
「あれ、この話、前にもしませんでした?」
サイファーが首をかしげている。
イギーは、苦笑いした。
「ふふふ…。
本当にこの能力は、不便だよ。
私も何を忘れさせたのか忘れてしまうんだから。」
「じゃあ、その話、前にもしましたか、イギー?
でもいつか能力をコントロールできるかも知れませんよ。」
「全員、お揃いですか?」
そう声をかけて来たのは、キャサリン・シューラー。
余が投資している技術屋で電気というごく新しい分野の研究をしておる。
今日は、彼女の成果を発表して貰うことになっておった。
(待て。
余は、彼女の研究を止めるように話そうと考えておったぞ。)
余は、忘れていたことを思い出して来た。
思い出したぞ。
(そうだ。
彼女の研究が恐ろしい結果に繋がるかも知れない。
実験は、中止して世界に警告を残そうと…!)
「それでは、実験を始めましょうか。
伯爵閣下。」
キャサリンは、そういって装置の準備を始める。
イギーとサイファーがそれを見守っていた。
「フレッチャー!
フレッチャーは、どこにおる!!」
余は、椅子から起き上がると屋敷中に聞こえるような大声を上げる。
(おかしい!
何かがおかしい!!
どうしてこうなった!?)
「………え、う?」
ふと余が振り返るとキャサリンがフレッチャーと話しておった。
「御当主様の声が聞こえましたが…。」
薄ら呆けのフレッチャーがそんなことを言っておる。
キャサリンは、困った顔で対応していた。
「そうですか?
伯爵閣下は、さっきからこの部屋にいますが大きな声を出してはいませんよ。」
「余は、お前を呼んだ覚えはないぞ。」
余も不機嫌な調子でフレッチャーに答えてやった。
なのにあいつは、妙な顔をして扉の向こうに引っ込みよる。
「さようでございますか。
では、キャサリン様、実験の成功をお祈りいたします。」
それだけ言ってフレッチャーは、部屋を離れていった。
それからしばらくしてキャサリンは、準備を完了したようだ。
彼女は、咳払いをして余の前で発表会を始めた。
「では、これまでの研究について伯爵閣下にご説明いたします。」
「…うむ。」
余は、不可解な感情に戸惑いながら彼女の説明を聞いていた。
だは、こんなことをしている場合ではないという焦りが胸に閊えている。
「トマス・アクィナスは、人間は理性によって神の存在を認識できる。
いわゆる神の存在証明を唱えました。
これは、幽霊のような質量を持たず形相のみの存在者に対する探究です。
歴史上、マクデブルクのメヒティルトなどが知られるように神の声や姿を見る体験したという例は、かなり存在します。
古代ザトランで活動した猫の神ブバスティスに仕える神官ラヴェケラフは、《星界の智慧》によって松果体―――いわゆる”第三の眼”が人間の霊感を司る知覚器官であると唱えています。
これは、ラヴェケラフの記した《彼方よりのもの》において言及されています。
この人間の第三の眼は、神々の時代から次第に退化し…。」
この調子で解説がしばらく続いた。
余は、幾分か不安な感情が薄らいでキャサリンの話に集中できるようになった。
(しかし何か忘れておる気がする。)
「…"黄金虫の魔術書"の探究により、魔力を星という形相を持つ姿に変え、物質的な破壊力を持たせることに成功したのです。
しかしこれは、形相の探究の中では半ばとしか言えず………。
一方で磁力や引力という形相を持たない力に関する研究に光を当てるのが電気なのです。」
「結局のところ、すべては電気で説明できるのだな?」
余は、キャサリンに質問した。
彼女は、やや慌てて答える。
「人間の精神力が高次元異空間から取り出すエネルギー。
それを古代人は、魔力と呼んでいましたがそれが電気のことだったのかも知れない。
まだそんなところです、伯爵閣下。」
キャサリンは、余の質問で脱線した話を元に戻す。
「それでは、この装置を使って”第三の眼”を退化する前の状態に戻していきます。
理論上、古代ザトランの魔術師たちが見たものを現代人の我々も見たり、聞いたりできるようになるはずです。」
「《星界の智慧》だな?
宿礼院が独占する知識を世界が手にする。」
余が興奮気味にいうとキャサリンは、困ったように笑った。
「あはは、いやあ…。
まだまだそんなレベルには、とうてい追いつけません。
そもそもこれは、まだ”第三の眼”を開くだけですから。
宿礼院の研究は、目だけで終わっていた古代ザトランの魔術から数段先に進んでいます。
彼らは、星界の声を、手触りを、それ以上の一体感を得ているということですからね。」
「人間の感覚器官では説明できないコミュニケーション能力か。」
「はい、伯爵閣下。」
余は、顎を拳の上に乗せて寛ぐ。
しばらく考えてからキャサリンに声をかけた。
「では、共に見てみよう。
―――Spectre from the Starry Sky
―――星界より来る色/亡霊(スペクトル/スペクター)を。」
ラヴクラフトの『彼方より(From Beyond)』に『宇宙からの色(The Colour Out of Space)』を繋げて
『星界より来る色』です




