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九祓目 謎の少女

 翌朝。

 空は驚くほど晴れていた。


 ……が、染崎の顔色は真逆だった。


「ふ、ふわぁ……眠……」


 大きなあくびをしながら、通勤用の自転車で坂道を下る。

 昨夜は興奮と不安でまったく眠れなかった。


(だって……人生で初めて、警察官が“仕事してるところ”を真近で見たんだよ?……いや、なんか言い方失礼だなこれ……)


 ひとり反省会をしながらペダルを踏んでいると、

 視界の端にふっと“誰か”が立っているのが見えた。


 川沿いの河岸。

 朝日を浴びて白く光るその後ろ姿に、思わずブレーキを握る。


 キィ、と自転車が止まる。


 染崎は瞬きを繰り返した。


(……だれ?)


 薄茶色の髪。

 ロングぐらいの髪が、朝の風にさらりと揺れている。

 ゆるくハーフアップにされ、そこには――


 朱色の、時代錯誤なほど大きなリボン。


 白いセーラー服。

 紺色のスカート。

 そして、脛まであるロングブーツ。


「……かわいい……」


 気づけば、ぽつりと呟いていた。


 彼女はじっと川面を見つめている。

 朝日で輪郭が淡く光り、まるで絵画のようだ。


 しかし、眠気で思考回路が3割くらいしか動いていない染崎は――


(いや、まぁ……なんかの撮影かな……?)


 と勝手に自己完結し、


「……ま、いっか」


 と再び自転車のペダルを踏んだ。


 その背後で、川辺の少女はゆっくりと首を傾け、

 染崎の方を――まるで不思議そうに――見送っていた。


 *


 学校に着いて、染崎はふぅ、と長いため息を吐いた。


(……この時間に来るのが一番静かでいいな。うん、ベストタイム発見。)


 そう呟きながら靴箱へ向かっていると――


「あー! せんせー! 来た!」


 元気いっぱいの声。

 楓月だった。


 頭には包帯を巻いているものの、昨日の不気味さはどこにもない。

 いつもの、いや、いつも以上に無邪気な笑顔だった。


「お、おはよう楓月くん……頭、大丈夫?」


「うん! 全然! 昨日はびっくりしたけどねー」


 にへらと笑うその表情に、染崎はつい胸を撫で下ろす。


(……ほんとに、普通の子どもみたい…。あの“感じ”が……薄い……?)


 そんなことを考えていると――


「先生っ! おはようございます!」


 反対側からも弾むような声。


 渚が駆けてきて、満面の笑みで挨拶した。


 ……その瞬間、

 染崎の背筋がビクッと跳ね上がる。


(……紺色だ。)


 渚のセーラー服――紺色。


 朝見た少女は、白セーラー服だった。


(え……? いや、ぜんっぜん別人だし……でも……え?)


 気にしないようにしようとするが、脳裏に朝のシルエットがちらつく。

 胸がざわつく。


 そこで、何気ないふりをしながら聞いてみた。


「あー、その……楓月くんと渚…さん。

 この辺に、白いセーラー服の学校って……あったっけ?」


 楓月は「ん?」と首を傾げ、

 渚は指を顎に当てて考え込む。


「うーん……白いのは聞いたことないですね。

 この辺っていっても、南ヶ丘くらいしかないし……」


 そして、くるっとスカートを揺らして言う。


「しかもあそこ、かわいいんですよ!セーラー服!ボタンが4つ左右についてて、、

 白じゃないし……いいなぁ~。私もああいうの着たい!」


 羨ましそうに頬を膨らませる渚。


 しかし、染崎の心臓はどんどん早くなる。


(え……じゃあ……朝のあれは……?

 撮影? ロケ? いや、それにしては……)


 風で揺れた薄茶の髪の光り方。

 朱色の大きすぎるリボン。

 古いデザインの白セーラー。

 長いブーツ。


 そして、あの“振り返りかけた気配”。


(白セーラー……河岸……鞄なし……後ろ姿だけで消えたように見えた……)


(……まっさか…。ね。入水自殺とかないよね!?)

 ※なぜそっちに行った。

 “染崎論”はいつも妙な方向に全力疾走する。


(まず、あんな時間に川を眺めるなんておかしい!!)

 ※いるかもしれないじゃん


(それに……鞄を持ってなかった!!

 普通、学校行くなら鞄持つでしょ!?

 持ってないのは……そう……遺書を置いてきたから……!)

 ※完全に思い込みである。

 ※あと、ギリギリなにいっているかわからない


 染崎はゴクリ、と固唾を飲んだ。


(もしだ……もし、あそこで自殺なんてしてたら……

 あそこの道……自分もう通れないっっ!!)


 怖さ>心配 という残念な動機だったが、

 染崎は勢いよくその場を駆け出した。


「……行かねばっ……!!」


「せ、先生!?どこ行くんですかー?」

 渚の声は虚しくも染崎には届かず…。

 楓月はほーん?と染崎のことなんて忘れたようです。


(考えるより体が動いていた)

 廊下の窓を突き破り、割れた窓が日光に反射してキラキラ舞う。

 まじで窓ガラス破りました。はい。


 これには楓月もびっくり。


 朝見た“あの川”へ一直線。


(間に合え……!!

 いや違う!!

 そもそも何も起きてませんようにっ!!)


 必死なのか情けないのか分からない表情で、

 染崎は坂道を自転車より速い勢いで駆け下りていく。


 風を切り、息を切らし、

 ただその川へ向かって。


 朝見た、薄茶色の髪の少女が立っていたあの場所へ。


(……どうか……いませんように……!!)


 川に着いた瞬間——





 誰もいなかった。


 染崎は膝に手をつき、ほっと胸を撫で下ろした。


(……よかった……さすがに……いないよな……

 早とちりだって……いやっっ流された!?事後!?!?!?)


 だが、そのふざけた安堵と不安は3秒 しかもたなかった。


 ふわっと冷たい風が吹き抜ける。


 背後でも対岸でもない。

 いつの間にか、すぐ隣にいた。


「————!!?」


 声にならない悲鳴を飲み込み、染崎はゆっくり横を見る。


 そこにいたのは——


 朝見た“白セーラーの少女”。


 薄茶色の髪が、陽の光もないのに白く淡く輝き、

 小豆色の瞳は川面だけを静かに見つめていた。


 近い。近すぎる。

 触れられる距離なのに、気配がまったくなかった。


(……なんで……気づかなかった……?)


 ぞくり、と背筋を何か細い氷の糸で撫でられるような寒気が走る。


 ただの女子生徒には見えない。

 ただの幽霊にも見えない。


 “何か”が違う。


 少女は瞬きもせず、川だけを見つめながら

 小さく、しかし確かに、なにかを呟いている。


 染崎は息を呑んだ。


(……しゃべってる……?)


 耳を澄ませる。


 風の音に混じり、聞こえてきたのは——


「……しゅ……さん……ど……へ……」


 掠れ、途切れ、まるで壊れたオルゴールのような声。


(しゅ……さんどへ……?

 朱三度?

 主三度?

 手がかりが……ぜんぜんわからん!)


 少女の視線は一度も染崎に向かない。

 ただ川へ、川へ、深く吸い込まれるように。


 次の瞬間——


 少女の口が、少しだけ、確かに動いた。


「××××さん…」


 その声は

 川の底から湧いたように冷たかった。


少女がなにか呟いた直後——

ほんの刹那の揺らぎがあった。


風が強く吹いたわけでもない。

光が差したわけでもない。


ただ、空気が少し波打ったように見えた。


そして

気づけば、少女は。


跡形もなく消えていた。


染崎

「………………は?」


そこに残ったのは、川の匂いと、風の涼しさと、

そして背筋の奥まで入り込むような“理解不能”だけだった。



「いや〜〜〜〜染崎先生?」


校長はゆるキャラの亜種のような、ぽってりしたフォルムで校長の椅子にどっかり座っていた。

怒っている……はずなのに、頬の丸みと語尾のゆるさで緊張感がゼロだ。


やっぱりこうなっちゃうよねー…


わかってたよそりゃ。。。

授業始まる5分前に学校から脱出して、映画のワンシーンみたいに窓を突き破ったんだもの。

完全に頭おかしい人でしょ。


うわーん…助けてテラえもんー!(寺沢先生)


「授業の前に奇行はなさらないでくださいねぇ。

 飛び出すと危ないですよぉ……?」


(奇行って言われた……!まぁそうか)


「あと、窓突き破るって…どういう身体能力してたらそうなるんです?

 修繕費結構するんですよぉ?」


「は、はい…内臓売りましょうか?」


「結構です」


だが、本当に怖いのは校長ではなかった。


校長の横。

糸目の教頭——神藤(じんとう)教頭が静かに立っている。


普段は誰より穏やかで、微笑んだまま怒るタイプだ。



しかし、今はお説教を真面目に聞ける心情ではなかった。

あれは説明できる“何か”じゃない。


頭に浮かぶのは、白いセーラー服の後ろ姿。

川面だけを見ていた小豆色の瞳。

そして、あの消え方。


言えば、きっとこう言われるだろう。


『寝不足の見間違いですよ』

『疲れているんでしょう』


……自分でも、そう思いたかった。


しかし耳に残っている。


——しゅ、さん、ど、へ


あの声だけは、嘘じゃない。


染崎は、グッと俯きながら

ひとり必死にごまかした。


(……誰にも言えない。

 言ったら、きっと自分……終わる……)※社会的に


そのまま、少女の存在を胸の奥底へ押し込んで、

染崎はうなだれたまま、叱責され続けた。


——知らぬふりをするしかなかった。



クラスに戻ると、もうすでに2限目の途中だった。


渚が机にノートを広げながらも、じーっと染崎の顔を見てくる。

「先生、心配してたんですよ!」

少し怒ったような、でも可愛い調子で詰め寄ってくる。


染崎は(これって……セクハラじゃないよね?不可抗力!!!)


これが、女性経験0の男の鏡である。


「染崎先生……!」

と、後ろから低めの落ち着いた声。


振り向くと、ほなみ先生が立っていた。

付箋だらけのファイルを抱えながら、眉を下げてこちらを見る。


視線が合った瞬間――

教室の空気が一瞬止まる。


そして、思わず口から出た言葉が。


「……ただいま」


ほなみ先生、キョトン。

「え、あ……お、おかえり?」


渚ペンぽとり。

「……え?」


クラス全員「…………」


静寂。


教室にただよう、

“なぜか家庭的な空気”。


小学生が先生にお母さんと言ってしまった時と同等に恥ずかしい。


「い、今の……!すっごく夫婦みたいでした!!!」


教室に花びらが舞ったかのようなお花畑ワールド全開。

頬を赤らめて両手を胸の前でぎゅっとする渚。


「だって、染崎先生が“ただいま”って言って~、寺沢先生が“おかえり”って~、それってもう完全に――つきあっt」


「てません。」


寺沢、即答。秒で斬り捨てた。


「……ッ!?」


「…………」


染崎は心にズドンとくるものがあった。


(ちょ……今の……自分、間接的にフラれたんですけど……)

(というか、“ただいま”って言ったせいで一人相撲して、一人でフラれた?え……なにその悲しい構図……)


ほなみ先生は眉を寄せ、

「そういう噂はよくありませんからね」と淡々と続けているだけなのだが、

染崎には斬鉄剣で切られたようなダメージがあった。


渚は渚で、

「えぇ~!?絶対お似合いだと思ったのに~!」

とまだ夢見心地で文句を言っている。


ただ、寺沢の耳が、少し赤くなっていたことに気がついたのは、おそらく誰もいないだろう。

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