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八祓目 帰らない

染崎は言葉を探した。

だが何を言うべきか分からない。

“分身”なんて、そんな言葉を笑って言える関係じゃないだろう──そう思ったとき。


楓月は、桜の根に腰を下ろし、落ちていた花びらを拾いながら続けた。


「ねぇ、せんせ。佑月ってさぁ、本読むの好きなんだよね」


「あれさぁ。何が楽しいのか全然わかんないんだよねぇ」


ひらひらと花びらを風に放るように指から飛ばす。

その仕草は無邪気なのに、言葉の温度が不思議と低い。


「オレ、本とかつまんなくてさ。読むと眠くなるし。

頭ん中がむずむずするだけで、なーんも入ってこないの」


「……まぁ、好き嫌いはあるよね」


「好き嫌いってレベルじゃないんだよねぇ」


ぽつりと、桜の根に指先で線を描きながら楓月が言う。


「でもさ……おかしくない?」


「え?」


楓月は顔を上げた。

夕焼けに照らされた瞳は、笑っているのにどこか冷たくて、ぞくりとするほど綺麗だった。


「オレたち、同じ日に生まれたんだよ?

同じ部屋で寝て、同じ物食べて、同じ環境で育ってさ」


「……うん」


「でも佑月は本が好きで、頭が良くて……オレは走るのが好きで、身体の方が得意でさ」


花びらが一枚、楓月くんの膝に落ちる。

それを払わず、ただ見つめていた。


「同じなのに。どこもかしこも同じなのに。

……どうして、こんなに違うんだろーね?」


その声は、ほんの少しだけ震えていた。


ほんの少しだけ、寂しさが混じっていた。


染崎は胸が締めつけられる感覚を覚えた。


双子だからこそ感じる“差”

双子だからこそ抱える“影”


楓月くんは、笑っている。

いつも通りの、あの無邪気な笑顔で。


なのに、その笑顔がふっと陰る。


「せんせー。ねぇ……」


顔を上げたとき、

楓月の瞳は“底が見えない湖”みたいに静かだった。


「どーしてかな…?」


キュッと胸が締め付けられる。

その気持ちが染崎には少しだけ理解できるような気がした。


染崎は、震える声で絞り出すように言った。


「……つまり、君は……」


楓月は、ゆっくりとこちらを振り向く。


夕日を背負ったその顔は、子どものようで、大人のようで、

そしてどこか“人ならざるなにか”にも見えた。


けれど、彼が発した言葉は、あまりにもシンプルだった。


「僕の名前は──嵐山楓月。

佑月の双子だよ、せんせー」


にこっ、と。


あまりにも普通の、あまりにも当たり前の“紹介”。


それなのに、染崎の膝から一気に力が抜けていく。


呼吸も、肩のこわばりも、全部ほどけるようにゆるんで──


「…………はぁぁぁぁぁ……」


その場にぺたんと座り込んでしまった。


「ど、ど、ど……ドッペルゲンガー事件……

い、いっけん……らくちゃく……」


ずっと抱えていた不安と謎が一気に氷解し、魂まで抜けそうなほどの脱力感。


そんな染崎を、楓月は興味深そうに覗き込んだ。


「えへ。せんせー、そんなに安心したの?」


「そ、そりゃするよ……!

朝から怖い思いして……いやもう本当に……いや、赤い空は解決してないか…」


「ふーん?」


楓月は楽しそうに頬を緩めた。


そしておもむろに染崎のほっぺを人差し指で“ツン”とつつく。


「ねぇねぇ、せんせー」


「……な、なに……?」


「いまのせんせー……」


一瞬間を置き、にこーっと満面の笑み。


「イカみたい♪」


「なんで!?」


「ぐでーってしてるから! ほら、くにゃくにゃ!」


「どこ触ってんだ!!!」(腕です)


「足あと4本生えたらイカだね!」


「グロいし怖いっっっっっっっ」


ケラケラと笑う楓月。

近くで見ると、本当に子どもみたいに無邪気で──

だけど、やっぱりどこか底が見えない。


「ねぇ、せんせー」


「……なに?」


楓月は腰を屈め、染崎と目線を合わせた。


その瞳は、夕日の光を吸い込むみたいに揺れていて。


「せんせーがビックリしてる顔……僕、すっごく好き」


「…なんか嫌なんだけどっっっ」


桜の木の下。

夕日の色と楓月の笑顔が、ゆっくりと混ざり合いながら──


染崎はまだ、何ひとつ“本当のこと”を知らなかった。


けれど、この瞬間だけは。

双子の正体を知れた安堵が、何よりも大きかった。


タ5時のチャイムが、廊下の向こうからふわりと響いた。

《よい子は家に帰りましょう》——街のアナウンスの声が、放課後の空気をすっと締める。


染崎は大きく息をついて、さっきまでの騒動が嘘のように肩の力を抜いた。

「……よし。じゃあ楓月くんは帰りな。なんせ——ガキだからね!」


もう完全に遠慮のない、教師としての威厳もどこかに置いてきたような言い方。


楓月はむっとした顔のあと、にやりと口角を上げて笑った。

「ガキって言うほうがガキなんだよ、せんせー!」


「はいはい、言うじゃんか……」


「言うよ、僕は賢いからね!」


「はい出た自己申告〜」


つまらない言い合いがそのまま笑いに変わっていく。

廊下の夕日が二人の影を少し長く伸ばし、笑い声だけが残っていく。


──そして、ようやくこの奇妙で不思議な“佑月のドッペルゲンガー事件”は、一件落着したのだった。



染崎の足音が遠ざかり、昇降口の扉が閉まる音が完全に消えたあと。

楓月は、ぽつんと桜の木の下に取り残された。


夕日が落ちかけ、風が枝を揺らすたびに影が揺れる。

染崎の背中が見えなくなるまで、ただそこに立っていた。

——ここからが「本当の放課後」だと言わんばかりに。


その瞬間だった。


キィィィン——


鋭い耳鳴りが、脳の奥を針でつつくように走る。

ついで、ドクン、と血の気が引く感覚。


「……っ、また……?」


そして、あの声。


かヅキィィ……がづき……ガヅキ……


木霊のように、さざ波のように、何度も何度も。

性別も年齢もわからない、不気味に溶けた声。


“いつものだ”

楓月はそう思った。

思ったが——今日は何かが違った。


鞄を持ち直し、帰ろうと一歩踏み出した瞬間、視界が大きく揺れた。


「……っつ……」


ふらり、と身体が傾き、桜の幹にもたれかかる。


だめだ。いつもより……くる。


鳴り止まない耳鳴り。

脈打つこめかみ。

脳に小さな雷が落ち続けるような痛み。


楓月は無意識に、桜の木に額を——

ガンッ

強く打ちつけた。


「……っは……」


もう一度。

もう一度。

何度も、何度も。


気づいたとき、額を伝って温かいものが頬に流れ落ちていた。


血だ。


けれど——


痛みはなかった。


むしろ、ぞくりと背筋が震えるほど、

愉快だった。


「……あは……は……」


誰もいない夕暮れの校庭で、

楓月の笑いと、桜の葉が揺れる音だけが響いた。



時刻はとうに 20時 を回っていた。


外にはまんまるなお月様が浮かんでいる。


遠くから虫の声が聞こえる。

この街は山が近いから、自然が多い。


虫なんて探せばうじゃうじゃいますん(染崎は蝉の抜け殻が嫌い。生きてる方も無理)


校舎の外はすっかり闇に沈み、職員室だけがぽつりと島のように灯っている。


染崎は書類の束を前に、

「えーっと、この提出期限は……いや違う、こっちが明日の……」

と、例によってワタワタしながら資料を確認していた。


ぐぅ…っと背伸びして、ふと横に座っている寺沢先生を見る。


机の上は付箋だらけ。

“背が高い” “声が小さい” “兄弟がいる” “今日元気なさそう”

――生徒たちの特徴や気づいた変化が、びっしり書かれている。


「……ほんと、熱心だよなぁ……」


真剣な表情で。こんな人がなんで染崎には当たり強いんでしょう。


心の中でそう呟きつつ、染崎はまたプリントに目を落とした。


その時だった。


ジリリリリリリ……!!


職員室の黒電話が、静寂を裂くように鳴った。


「えっ……あっ、はいはい、電話電話……!」


新人の反射で、つい受話器を取ってしまう。

——取った瞬間に後悔した。


(うわ、俺……電話出たことない……どうしよう……)


「……は、はい! 成宮市立成海中学校です」


受話器の向こうから、おそらく女性と思われる声が震えて届いた。


『あの……私、1年6組の嵐山の母です……』


「……嵐山……くん? 楓月くんの……お母さん、ですか?」


『はい……。じつはあの子が……まだ帰ってきていなくて……』


染崎の背中に、氷を押し当てられたような感覚が走った。

手が震えた。

脳裏に、夕暮れの桜の木の下で笑っていた楓月が浮かぶ。


——まさか。


「……すぐ、探します」


染崎は即答した。

自分でも驚くほど強い声だった。


返事を聞くより早く、受話器を置いた彼を、寺沢が心配そうに見つめる。


「……染崎先生、どうかしました?」


染崎は唇を固く結び、立ち上がった。


「……楓月くんが、帰ってないらしいんです」


職員室の空気が一気に変わる。



「楓月くーん!!!」


真っ暗ななか、懐中電灯片手に河原や土手の方へ捜索に出る。

もしや流されたのではと思ったが、他の教師から危険ですと言われて引き下がる。

染崎は別の場所へ走る。


次に向かったのは元町の商店街。

もう複数の店が閉まっていた。かろうじて開いていた精肉店の店主に話を聞くが、

ここにはきていないなぁと。


次は公園。

誰もいない。いたにはいたが、ヤンキーっぽいのが屯していて染崎はビビりながら退散。


結局。あれから色々探し回った。

近所のスーパー、繁華街、お寺など。

しかし、どこにもいない。人と話すことが苦手でも頑張って話した。

でも収穫はなし。


腕時計は無慈悲に音を立てる。

もう時刻は22時を回っていた。



染崎は、留守電が入っていないか見てきてと頼まれて、真っ暗な学校に戻ってきていた。

校門を潜った時、夕方のことを思い出していた。


楓月くんとのやりとり。

あの後、楓月くんは…どこに行ったのだろう。


ーいや。


もしかしたら…


今までどこかに「行った」と考えすぎていた。

そう思い。。。早足で、あの桜の木下へ。


見つかったのは、校庭の端。

満月の光を受けて白く浮かび上がる“あの桜の木”の下だった。


「……楓月くん!?しっかり!」


染崎は駆け寄り、思わず声を上げた。

楓月は制服の肩から胸にかけて血を滲ませ、こめかみから赤い筋を伝わせて倒れていた。

呼吸はある。意識は――浅く揺れる程度。


「寺沢先生、保健室! 担架お願いします!」


普段は頼りない新人教師が、今だけは違った。

指示がすぐに職員室へ走り、他の教員も慌てて動き出す。

染崎は自分の震える手を抑え、楓月の肩を支えながら短く声をかけ続けた。


「大丈夫、大丈夫だ、だだだからね……」



保健室。

緊急手当が施され、救急車を呼ぶ選択を迷っていると、

寺沢が言った。


「まず保護者に連絡……ですね。傷は深くなさそう。ぶつけたんでしょう」


「は、はい……!」


黒電話のダイヤルを震える指で回し、染崎は楓月の母へ連絡した。


そして――やって来た嵐山家の両親を見て、染崎は思わず息を呑んだ。


若い。


父親はタレ目で柔らかい雰囲気の人だった。

緊張しきった空気の中でも、どこか優しさのにじむ笑顔を浮かべる。


そして母親。

黒髪のひっつめ髪の品のある顔立ちの美人だった。

その目が、保健室に入った瞬間、ぐっと揺れた。


「楓月……!」


ベッドに駆け寄り、小さな肩を抱きしめる。


「ほんとうに……ほんとうにありがとうございます……っ」

「先生方が見つけてくださらなかったら……」


何度も何度も頭を下げられ、染崎は逆に申し訳なくてたまらなかった。

むしろ見つけるのが遅れたのではないか、とさえ思う。


「い、いえ……僕は……その……当然のことをしただけでして……!」


語尾が迷子になりまくる染崎。

しかし両親は涙ぐみながら、深々と礼を述べて帰っていった。


扉が閉まると、保健室は静けさを取り戻す。


染崎は大きく息を吐くと、

ようやく力が抜けたように、その場にへたり込んだ。


「……あー…死ぬかと思った……」




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