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五祓目 存在しない時間

 入学式、新任式、新年度のあれこれ──

 気づけば怒涛のように過ぎていき、染崎は無事、1日目を生き延びた。


 そして迎えた2日目。


 染崎は昨日よりも“賢く”なっていた。

 早く行くと痛い目を見る、という単純な学習の結果である。


「よし……今日はギリギリに行こう……」


 そうして着いた時間は、

 始業ベルの本気10秒前。


「おはよーございます!」

 ガラッと扉を開ける。


 え?なんかキャラ変わった??と思った方へー

 この人は、慣れればチキンビビりじゃなくなるんです。

 とっても単純な性格って覚えておいてください。


 だが──


 誰もいなかった。


 廊下も、教室も、昇降口さえも。

 校舎全体が、息を潜めるように静まり返っている。


「……え? え、今日って……もしかして……休み……?」


 慌てて掲示板を見る。

 紙は黄ばんでいて、端が丸まっていた。


 1979年4月8日(水)

 《本日の予定》

 ・通常授業


「……うん。平日」


 喉がひゅっと鳴った。

 校舎を歩き回ってみるが、やはり誰もいない。

 染崎は、周囲が恐ろしく静寂に包まれていることに今更気がついた。

 人間どころか、蟻一匹もいない。

 おまけに教室の後ろにある水槽の中の金魚すらいない。


 これは、事件の匂いがする…

 じゃなくて、染崎はそうやって冷静に対処するタイプではない。残念ながら。

 染崎は走っていた。


 気がついたら、走っていた。

 嫌な予感がする。急いで昇降口を出ると…


 空が、不自然なほど赤かった。


 夕焼けではない。

 もっと濃く、もっと生々しく、

 世界そのものが血のように染まっているようだった。


 鳥の羽ばたきも、花の香りも。桜の花びらも散らない。

 まるで、時間が止まっているようだ。


「……な、なにこれ……?」


 思わず一歩、あとずさる。

 その瞬間。


「――あれー? せんせー?」


 背筋が凍りついた。

 男子にしては幼い、無邪気な少年の声。


 (ひ…人!よかった!誰かいた…)

 しかし安堵は束の間だ。

 このおかしい空の下で、人がいる安心感よりもこんなところに人がいるという怖いが優った。

 この人も普通ではないのではという、恐怖。


 やばい。

 振り向いちゃいけない。

 絶対に振り向いちゃいけない。


 それでも声は近づいてくる。


「どーしてこんなところにいるの?」


 恐怖で喉が乾き切り、やっと声が出た。


「……だ、誰……?」


「んー? 僕?」

 少年の声は笑っていた。


「僕は――嵐山佑月だよ♪」


 頭が真っ白になった。


 背中が勝手に震えて、

 それでも振り返るしかなかった。


 そっと、振り向いた。


 ──確かに嵐山くんだった。


 少しだけ、胸を撫で下ろす。

 けれど、どこか“違う”。


 昨日教室にいた小柄な少年とは、雰囲気がまるで違っていた。

 笑っているのに、目が笑っていない。

 子どもの無邪気と“何か別のもの”が混ざり合ったような笑顔。


 赤い光に照らされて、彼の影が異様に長く伸びている。


「ねぇ、せんせー」


 佑月はコテリと首を傾けた。


「こんな“時間”に学校いると、だーめだよ?」

「還してあげる♪」


 無邪気で、高くて、嬉しそうな声。

 それがこの空間の異常さを、かえって強調していた。


 染崎の喉が、ぎゅっと鳴った。


「か、帰して……くれるの……?」


 顔が、勝手に引きつる。

 声が震える。

 足は鉛のように重い。


 佑月は“うんうん”と満面の笑みで何度も頷いた。


「せんせーがここにきちゃったのはね――

 一種の ジコ だから」


 言い方が、妙に歪んでいた。

 事故でも事件でもなく、まるで“この世界での専門用語”のように。


「ジコで来ちゃった人は、

 何もせずに“還してあげる”のが決まりなの。

 だから大丈夫だよ、せんせ。」


 優しい口調。

 丁寧な説明。

 しかし内容は一切優しくない。


 染崎の心臓は跳ね上がり、

 脳が一瞬でオーバーヒートした。


「な、なに……その……キマリ……?」


 声が裏返る。


 佑月は、くすりと笑った。


「この世界にはね、来ていい人と来ちゃだめな人がいるの。

 先生は“だめ”な方」


 嵐山くんの言い方的に、まるでここはこの世ではないような響きがある。

 かと言って、自分は死ぬようなことはしていない。

 というか、地獄とか怖すぎて信じていない染崎にとって、嵐山くんの言っていることは

 ???であった。


「目を瞑って、10秒ぐらい数えたら元の世界にいると思うよー」


「や…やっぱりっっここって元の世界じゃないの!?!?あの世だったりする!?」


 思わず考えたことがポロリと言葉になってしまった。


 嵐山くんはコテンと頭を傾げると、

 くすすっと笑い出した。


 何がおかしいのだろう。こっちは真剣なのに。


「せんせー、反応おもしろいね。でも…説明面倒だから。

 また会えるといいね」


「染崎せんせー。」


「まっ、まって!まだ聞きたいことがっ!」


「バイバーイ♪」


 目を瞑っていないのに、

 視界がぐにゃりと揺れる。


 足元が沈み、世界の色が一度だけ裏返る。

 赤が剥がれ落ち、青が滲む。

 まるで、別のページへとめくられたみたいに。

 耳に、生徒たちの話し声が、遠くからやってくるように聞こえだす。


「あれ、先生、こんなところで何しているんですか?」

 グラウンドのど真ん中に立ち尽くしている自分を生徒たちは不思議そうに見つめてくる。


「ど真ん中に立ってるから、びっくりしましたよ。もう。」

「あれじゃない?道に迷っちゃったんだよ」

「じゃあ、案内してあげる!先生、こっちですよー」


「あ、ああ…ありがとう…」


 結局、あれはなんだったのでしょうか。


 ――嵐山くんの声だけが、最後まで赤い空に残っていた気がした。


 *


 ガララ、と扉を開けた瞬間、染崎はまるで待機していたかのように寺沢に捕獲された。


「染崎先生。来るのが遅すぎです。」


 ずぱぁん、と頭の上に氷を落とされたような気分になる。

 染崎は反射的に愛想笑いを浮かべ、いつもの“誤魔化し用テンプレ”を口走った。


「えー、えとー……その、困ってるおばあさんを助けてて☆」


 作り笑顔。

 出来たての嘘。

 胡散臭さ100%。


 寺沢は一拍置いて、まるで“そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな”と言いたげな顔でため息をつく。


「……はいはい。そういうことにしておきます。」


 ※全然信じてない。


 染崎はそそくさと逃げるように職員室を出て、教室へ向かった。

 そしてふと気になって、教室の一角――窓側後方の席を見る。

「あれ? ……嵐山くんの席、空いてる?」


 染崎は何気なく言ったつもりだった。

 けれど、胸の奥がざわつく。さっき――いや、“どこか”で確かに会った。

 会話もした。

 真っ赤な外。

「帰してあげる」という声。


 夢だったのだろうか、と一瞬思う。

 しかしあの生々しい“空気”が夢のはずもない。


 寺沢は出席簿から目を上げ、あっさりと答えた。


「嵐山くん? 今日休みですよ?」


 その瞬間、染崎の背筋が冷たくなる。


「…………え?」


 こんな反応をするのが変だと頭ではわかっている。

 けれど声を抑えられなかった。


「いや……だって……さっき――」


「さっき?」

 寺沢が眉をひそめる。


 染崎は言葉を飲み込んだ。

 “さっき”ってなんだ?

 外が真っ赤で、生徒も先生も誰もいなくて……そして、あの嵐山くんに“帰される”と言われて……


 ――いやいやいや、言えるわけがない。


「……あー、えっと。夢を……夢を見たんです、はい」


 苦しすぎる言い訳を絞り出すと、寺沢はため息をついた。


「先生、初日から飛ばしすぎですよ。もっと寝てください」


「はい……」


 染崎はもう一度嵐山くんの席を見る。

 そこにはただ、普通の空間が広がっているだけだ。

 椅子、机、昨日見たのと同じ――誰もいない。


 ……でも、本当に“休み”だけなのだろうか。


 胸の奥に、言いようのない違和感が沈殿していく。

 現実に戻ってきたはずなのに、足元がふわふわしている。

 何かが噛み合っていない。





 

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