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四祓目 嵐山くん

 寺沢に教室のど真ん中へ“召喚”されたあと、

 教卓の前で固まっている染崎に、寺沢がひそかに近づいてくる。


「……では、自己紹介をお願いします」


「む、無理です……! まだ何も考えて……!」


 情けない小声で必死に訴えるが、寺沢は眉一つ動かさない。


「…では私は今から挨拶をします。その間に考えてください。

 普通の内容でいいんです。落ち着いてください。くれぐれも変なことは言わないでください」


「ふ、普通……普通ってなんだ……」


 自分に普通ができるなら、そもそもこんな固まってない……!


 そんな染崎の心をよそに、寺沢はスッと前へ出た。

 さっきまでの冷たい声とは打って変わり——


「はい、みなさん。おはようございます!」


 声色が一オクターブ上がっていた。


「今日からみなさんの副担任になります、寺沢ほなみです。

 一年間、よろしくお願いしますね」


 明るく穏やかな声。

 生徒の表情が一気に柔らぐ。


「「よろしくお願いしまーす」」


 え、誰……?

 同一人物……? え? さっきとのギャップ怖……!


 染崎は、寺沢の豹変した対応に呆然としながらも、

 なんとか自己紹介を考えようと頭をひねる。


 ――と、名簿が視界に入った。


 出席番号1番 嵐山佑月


 染崎の視線は、その名前の行で止まった。


 ふと、教室の一番前の窓際へ目を向ける。


 小柄な生徒が、外をじっと見ていた。

 柔らかな黒髪、細い首筋、中性的な整った横顔。

 一瞬、女の子かと思ったが、名簿には“男”と書かれている。


 その佑月は、こちらを見ていない。

 ただ、曇りガラスの向こうの校庭の景色をずっと眺めていた。


 ……なんか、可愛らしい子だな。

 中学一年って、こんなに小さかったっけ……。


 染崎は自分が中一だったころを思い出す。


 いつも名簿の真ん中あたりだった。

「1番」には、なぜか憧れがあった。

 筆記テストで名前を書く時、あのトップバッター感が羨ましかった。


 出席番号1番かぁ……羨ましいなぁ。

 ……いや、何考えてんだ俺、今は自己紹介……自己紹介……!


 しかし視線はなぜか嵐山くんに引き寄せられたままだった。

 彼は表情を変えず、相変わらず窓の外へ視線を預けたまま。


 その横顔には、どこか影のようなものがあった。


 寺沢の明るい声が教室の空気をつくっていく中、

 染崎は名簿の「1番」に意識を向けたまま、

 二重写しのように嵐山くんの横顔を見つめていた。


 窓から差し込む光が、彼の輪郭をほの暗く縁取っている。

 髪が揺れるたび、微細な影が頬をかすめる。


 なぜだろう。


 見ていると、胸の奥がひやりと冷たくなる。


 嵐山くんは一度もこちらを見ない。

 まるで“教師の存在そのもの”が、彼にとって必要ないかのように。


 染崎は、ふっと息を吸った瞬間に気づいた。


 頭の中の言葉が、急にすべり落ちていく。


 さっきまで必死に考えていた自己紹介の言葉が、

 紙の字が水に溶けるように、形をなくしていった。


 ……あれ……? なんだっけ……

 自分、今……何を……考えて……?


 思考の端が、砂のようにさらさらと崩れていく。


 音もなく、感情もなく。

 ただ、淡々と“なくなっていく”。


 胸の奥の温度が抜けていき、

 周りのざわめきが遠ざかっていくように感じた。


 寺沢の声も、生徒たちの小さな笑い声も——

 外でなく鶯の声も。草木のざわめきも。


 すべてが、薄い霧の向こうにあるみたいだった。


 ……なんだ……これ……。

 なんで……こんな……。


 教室の時間だけが流れているのに、

 自分だけが置き去りにされているような感覚。


 ぞくり、と背筋が震えた。


 それでも嵐山くんは、ゆっくりとまばたきをし、

 そのまま窓の外へ視線を向け続けている。


 無表情で、静かで、

 ふれてはいけない深い水底のように。


 この子……普通じゃない……?


 そう思った瞬間——


「はい、では次は……担任の先生お願いします」


 寺沢の声が割り込んだ。


 現実に引き戻された染崎は、息を呑んだ。


 足が震える。

 喉が乾く。

 心臓が、さっきより少し早く鳴っている。


 だが、なぜ震えているのか——

 自分でもよく分からなかった。


「あ…あ、えっと…」


 まずい。何も考えてない。

 寺沢は無言のまままるでさっさと何か言えとでも言っているかのような顔だ。


「あ…み、みなさん!はじめましてっ…今日からみなさんの担任の、っ

 染崎ようs」


 噛んだぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっ☆☆☆

 ※彼は感情豊かです。


 もうおしまいだ。自分は舌切り雀みたいに(?)

 寺沢先生に舌ベラを引っこ抜かれちゃうんだっ…


 懐から辞表を出しかけた時…


「先生は、どうして教師になろうと思ったんですか?」


 鈴のように透き通った声が、教室の後ろから響いた。


 可愛らしい少女。

 ふわっとしたポニーテールに、まっすぐこちらを見つめる澄んだ瞳。


 染崎は——悟った。


 あ……これは救いだ。

 これは……俺に与えられた“第二のチャンス”なんだ……。


 崇めたくなるほど神々しいタイミング。

 釈迦の気持ちがよくわかった。


 染崎は、救済の光に導かれるように思った。

 なんか……ウケるやつ……何か……

 脳が焦げるほど回転し、

 そして、最悪の答えを選んだ。


「え、えっと……む、昔、好きだった子が……

 “教師とけっこんしたい”って、その……言ってて……」


 教室がざわめいた。


 女子たちの視線が一気に彼に向く。

 あの質問した少女も、ぱちぱちと瞬きをして興味深そうに身を乗り出す。


 ——無論、嘘である。


 染崎にはそんなドラマチックな青春など一切なかった。

 むしろ、誰かにそんなこと言われる世界線が存在したなら五体投地するレベルである。


 だが「ウケそうだから」という浅はかな理由で発射された虚言は、

 思わぬ角度で弾けた。


「えー!先生、そういう恋愛したことあるんですか!?」

「初恋?初恋??」

「その子とはどうなったんですか!?別れたんですか!?」

「名前は?イニシャルだけでも!」

「ていうか先生って何歳?結婚願望あるんですか?」

「先生、彼女います?」

「ストーカーにあったことあります?」

「年収は?」

「先生って経験は──」


 小さな救いのはずが、

 気づけば染崎は質問責めの 教室公開尋問祭り のど真ん中にいた。


 中にはクソみたいな質問も混じっていた。

 ——というか、クソの割合の方が多かった。


 染崎は笑顔を貼り付けたまま、

 内心では土下座して泣いていた。


 なんで……俺こんな嘘ついたんだろ……。


 ここで助けてくれるのが寺沢である。

 パンパンと手を叩くと、

「はーい。そこまで。続きは後で聞いてあげてください」と場を制止した。


 これに関しては感謝しかない。

 もうすぐで教室の窓を破って逃げるとこだった。


 教室が笑いに包まれる中、染崎はもう一度嵐山くんの方に視線をやった。

 自分が話している間、嵐山くんの目線は一度も動かなかった。

 どうも、それが気がかりであった。

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